第二十六話 非公式対談 上
「挿話:初夜」の表現が規約に引っかかり、運営から警告を受けておりました。
当該部分は既に改稿いたしましたが、皆さんにはご迷惑をおかけしましたことをここで謝罪いたします。
『主よ、件の男がダンジョンに入ったぞ』
「うん、こっちでも確認した。ありがとね。今日はもう休んでいいよ」
『了解した』
ユヴィルから報告を受けると同時に、侵入者の報告がメニュー画面でも上がる。
報告通りそれは男で、一見剣も持ってないいし庶民の格好をしてるみたいだけど、【鑑定】をすると……。
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個体名:岩瀬・忠震
種族:人間
性別:男
職業:侍
状態:警戒
Lv:40/100
称号:岩瀬家当主
昌平坂学問所教授
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うん、どこからどう見ても侍だね。
そしてレベルが高い! ボクが地球に来てから見た人間では、トップクラスのレベルだ。ステータスやスキル構成が気になるけど、あいにくスキルのほうの【鑑定】は失敗したからわからない。
ただ……すっとした面長の顔、切れ長の目からは高い知性を感じる。メガネがあったら完璧って感じ。……頭は髷だけどさ。
勝手な予想だけど、彼はきっと文官だ。称号に教授ってついてるし。
けどそうなると、文官でレベル40はかなりの高レベル。恐らく、相当の切れ者が送り込まれてきたと見たほうがいいと思う。
となると、彼は戦闘はあまり得意じゃないはず。モンスターやトラップにやられないように、早いところ保護指定をかけておくとしよう。
メニューを操作しながら、ボクは後ろに控えるティルガナに声をかけた。
「それじゃティルガナ、彼を迎えに行ってきてくれる?」
「かしこまりました、主様」
ボクに首を垂れると同時に、ティルガナは時空魔法【テレポート】を発動させた。すると彼女の身体が、時空の揺らぎに包まれて掻き消える。
次の瞬間、メニュー画面の映像に彼女の姿が現れた。うん、まだ時空魔法のレベルは低いけど、十分使いこなせてるみたいだな。高いDEを払ってでも最初に与える属性を時空にして、正解だ。
さて次は、ボクの準備だな。
早速腕輪の機能で人に化け、光魔法【イミテイトビジョン】で姿を整えてからコアルームへ移動する。
「わふ」
そこには、ジュイがコアの前で寝そべっていた。ボクを見て身体を起こすと、尻尾を振りながら首をかしげる。
「ジュイ、ここで客人を迎える。しばらく二人で待機だ」
「うぉん」
短い声と共に、画面に「はーい」と表示された。ゆるい。
それから待つことしばらく。表示し続けていた画面から、客人が第二フロアに入ってきたところでボクは改めて姿勢を正して、ジュイにもそれを促した。
彼はボクの隣で折り目正しく座り、キッと表情を引き締めて入り口に鋭い視線を送った。なんてオンオフの差の激しい……。
「主様、お客様をお連れいたしました」
「ん、お疲れ様」
けどすぐにティルガナの声で、ボクは真顔に戻る。
それから戻ってきたティルガナと、その後ろに着いてきていた忠震君に顔を向けた。
忠震君は、ジュイの姿を見て硬直する。けれどそれはほんの数瞬で、ほどなく取り繕うとボクに頭を下げてきた。
「……お初にお目にかかります。私、老中阿部主計頭様の命で参りました岩瀬忠震と申します。クイン様とお見受けしますが、よろしいでしょうか?」
「うん、ボクがクインさ。ようこそボクのダンジョンへ、歓迎するよ」
「恐悦至極に存じます」
うーん、所作の一つ一つで洗練されてて、教養の高さがにじみ出てるな。言葉遣いも丁寧だし、これは相当な人物が来ちゃったかな? うまく乗り切れるといいんだけど。
「それで、正弘君の命令? どういう要件かな?」
「はい。いくつか貴殿の有するこのだんじょんなる空間について、お尋ねしたいことがございます。また、私個人といたしましても同様にお尋ねしたいことがございまして、このたび足を運びました次第です」
「なるほど、よくわかったよ。それじゃ、このまま立ち話もなんだし、部屋まで案内するよ。ついておいで」
「宜しくお願い致します」
「ティルガナはお茶お願いね」
「畏まりました」
再び頭を下げる忠震君を尻目に、ボクは踵を返す。そしてティルガナが了解と共に頭を下げるのを横目に見ながら、歩き出した。
ここコアルームは神殿風に改装したからいくつか扉があるように見えるわけだけど、このうち使えるのは一番奥、マスタールームに繋がる一つだけであとはダミー。
その扉をくぐると長い廊下になってて、そのさらに一番奥がボクとかよちゃんが普段過ごしてる部屋。手前には浴室があって、その向かいを応接室に設定してある。
ちなみに、そのさらに手前には名づけたちの個室と、客室が設けてある。
「さあ、ここが応接室だよ。中へどうぞ」
「失礼いたします」
どこまでも折り目正しく、忠震が接室に足を踏み入れた。そんな彼にイスを勧めて、ボクも着席する。
決して広くはない部屋だけど、置いたものは多少なりともこだわってある。ベラルモースのものが多く使ってあるから、忠震君は興味深そうに視線を泳がせてる。
その後、彼はイスとテーブルにもその視線を向けて一瞬固まった。日本にはこういう風に座るのはないもんね、そうなるだろう。
けど、少し戸惑ったみたいだけど、すぐに堂々とした態度でボクに向き直ったのはさすがにここに派遣された人材ってところかな。いい胆力してるよ。
「さて……それじゃ、話を聞かせてもらおうかな。どんなことを聞きに来たのかな?」
テーブルの上に置いた手の上に、さらに自分の顎を乗せてボクは聞く。
それに応じて、忠震君も少し身体を前に出してきた。
「はい。ですがその前に……記録を取ってもよろしいですか?」
「ああ、もちろん。人の記憶には限界あるしね、好きにしていいよ」
「ありがとうございます」
そう言って、彼は肩から下げていた小さな箱をテーブルに置いた。中から出てきたのは、紙束と組み立て式の筆。携帯用の筆記具ってところか。
この国に、ペンの系統の筆記具がないことは一応知ってる。初日に宿屋に泊った時に使えなくて代筆してもらったからね。
ボクにとって筆は画材なんだけど、この辺りはそれこそ文化の違いだろう。
「それからもう一点。私は、貴殿の国について何も知りません。本当に何も、です。そのため、もしかしたら貴殿にとって好ましくない発言をしてしまう可能性がございま……」
「それも大丈夫、何を言われても気にしないよ」
悪いとは思ったけど、ボクは忠震君の言葉を遮った。
下手な緊張を起こさないように配慮して、の発言だろうことは察しがついたからね。外交とはいえ非公式のことだし、先手を打ってきたわけだ。やっぱり頭いいな、彼。
もっともボクは上げ足を取るつもりがないから、それにかこつけて自分も失言した場合流してもらうように提案するだけだけどね。
「それに、そのことはお互い様だからね。ボクだって日本のことはまだほとんど知らない。だから、お互い何か気に障るようなことを言われても、今日は水に流すことにしよう。公式の場じゃないしね。どう?」
「……そう仰っていただければ、幸いでございます」
やっぱり頭を下げた忠震君にいいから、と手を振って、ボクは本題に入……ろうとして、聞こえたノックの音に言葉を飲み込んだ。
「入っていいよ」
「失礼いたします」
入ってきたのは、お茶を持ってきたティルガナだった。そのままよどみない動作でテーブルに近寄ってくる。昼間の出来事で忘れかけてたけど、そういえば彼女、メイドだった。
少しだけ見直してるボクの視線の先で、慣れた手つきで忠震君へお茶を差し出すティルガナ。次いでボクの前にお茶を……。
……あ、なりは立派でも頭の中はダメだこれ。目が全力で「わたくしめはこの後お楽しみですからどうぞごゆっくり!」みたいなこと言ってる。
かよちゃん大丈夫か。取って食われやしないだろうか。
そんなことになったら、死すらも生ぬるい永劫の苦しみを味あわせてやるからな。
「……失礼しました」
震え声でティルガナが出て行ったのを確認して、ボクはこっそりとため息をついた。それからお茶に手を伸ばす。
「……緑茶、ですか。ここでこれを目にするとは思いませんでした」
先にお茶に口をつけていた忠震君が、目を細めながら言った。
「ん。こないだ老中の皆には言ったけど、日本の食事は気に入ってるからね。お茶もそろえてるんだ。そのうち人も来るだろうって思ってたし。ベラルモースのお茶ももちろんあるけど、君たちはこっちのほうが慣れてるでしょ?」
「ええ。ご配慮、痛み入ります」
「どういたしまして。……さて、それじゃそろそろ本題に入ろっか。何から聞きたい? なんでも答えるよ」
「わかりました。ではまず質問というより確認なのですが、貴殿はこの世界を調査するために空の彼方から来訪し……その拠点を我が国にほしいということですね?」
「うん、そうだよ」
「拠点はこのだんじょんなる空間という認識でよろしいですか?」
「そうなるね。この空間全体が、ボクの拠点になる」
「わかりました。……範囲は、どれくらいですか?」
「ちょっと待って。えーっと……東西半里四方くらいかな。それが上下に重なってる状態だよ」
「……思っていたよりもかなり広いですね。一応、了解しました」
さらさらと筆を動かす忠震君だけど、少しだけ顔が引きつってた。それが意味してることはわかるけど、それについては言及しない。不毛な言い合いになりかねないもん。
まあ、広いって言うけどこの広さ、あくまで「今の」だけどね。これから際限なく広がる予定でいるよ。もちろんそれも、言わないけど。
「……この拠点をひとまず認めると仮定して、質問を続けます。以前いただいた書状では、その場合の謝礼として我が国の求める資源を条件付きで提供するとのことでしたが……これについて二つ。まず、資源は本当に何でも良いのですか?」
「うん、なんでもいいよ。なんなら、今言われたものをここで用意しようか?」
「では、銀を1貫目(およそ4キロ弱)をお願いしてもよろしいですか?」
即答か。狙ってたかな? 確か今、日本は銀貨の銀含有量低下で物価が上がってるはずだもんな。狙いどころの一つなんだろう。
「いいよ。質は? 1から10の中で選んで。数字が大きいほうがいい質で、最高の10は純銀になるけど」
「……差し支えなければ、10で」
「強気に出たね。ふふ、いいよ」
微笑みながら、ボクは【アイテムクリエイト】を起動した。
言われた通り、入力内容は銀で質は10、重量は1貫目。必要DEは123DE。
最終確認ではいを選ぶと、次の瞬間テーブルの上に銀塊が出現した。きれいに成形された状態でだ。
「な……ッ!?」
そしてそれを見た忠震君が、今までで最高のリアクションと共に絶句した。クールって言葉が似合う彼の整った顔が、驚愕で染まっている。
その姿にちょっとした優越感を覚えながら、ボクは作った銀塊をそっと忠震君のほうへ差し出した。
「さ、確認してごらん?」
「は、はあ……では……」
受け取った忠震君は、まだ驚いた余韻を引きずりながらも、銀塊を手に取っていろいろやっている。表面に手を当ててしばらくじっとしたりとか、持ち上げてみたりとか。
こうして見ると、【鑑定】がないって不便だなー。いや、ベラルモースでも【鑑定】スキルは希少なんだけどさ。一度手に入れちゃうとやっぱり、ね……。
そして忠震君、調べはしたものの確証は得られなかったようで、どことなく気だるげな気配を漂わせながらイスの背もたれに身体を預けた。
まあね、重量計とか水とかあればわかるかもしれないけど、触るだけで判断は難しいよね。
「……失礼しました。その……確かにこれは、銀のようですね……」
それから彼は、ため息交じりでそう言った。
「うん。信じてもらえたかな?……あ、ちなみにそれはあげるよ。餞別ってことで」
「……はい、確かにこれは、間違いないと私は判断します。そして、ありがたく頂戴いたします」
ただ、銀は遠慮なく受け取った。この辺りの図太さは、見習うべき?
「……では、二つ目の質問をしても?」
「うん、どうぞ。さっきの続きだよね?」
「はい。条件付きで提供する、ということでしたが……この『条件』が提示されておりません。どのような条件なのでしょうか?」
「それね。条件は人だよ」
「人……それはつまり、労働力ということですか?」
「間違ってないけど、正しくもないね」
ボクの回答に、忠震君が小さく首をかしげる。
「つまり、移住者を募りたいんだ。君も見たでしょ、館の周りまだほとんど何もないからさ。本業のほうも人手も足りてないし」
「なるほど、所属もそちらの国に完全に移したいと……」
「そういうことだね。まあ、無理に人を集めなくってもいいよ。それこそ罪人でも構わない。流刑とか死刑とか、そういう扱いを受ける人ならそっちとしても扱いが楽になるんじゃないかな? それに……人扱いされてない人だっているよね?」
鷹揚に頷きながら説明したボクに、忠震君は不思議そうに眉をひそめた。言わんとしてることは大体想像がつく。そんな連中を集めてどうするつもりなのか、ってとこだろう。社会的にズレてる人間でもいいって言われてるんだからね。
「それだけ人手不足が深刻ってことさ」
代わりにそう言っておく。
「……だんじょん内に徘徊していたあの妖怪たちは、人手ではないのですか?」
けど、おっと。
そんな質問が来るとは。確かに、単に労働力なら彼らモンスターを使えばいいだけだよね。やっぱり忠震君、頭いい。
さて、どう答えたものかなあ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
前書きにも書きましたが、規約に引っかかって警告を受けました。
具体的なことは割烹に書きましたが、これがデータにどう影響を与えるのか不安です。
悪影響が出たとしても、最小限に収まってほしいところですが、さてどうでしょうか……。