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第二十三話 交渉と説明と、少しの脅しと

「……せぇい!」


 まあ、誰かがそうするだろうと思ったけど。忠優ただます君が掛け声とともに切りかかってきた。

 とはいえ、ボクにとってはあくびが出るレベルの攻撃だ。それに、そもそも攻撃を受けるつもりなんて一切ない。


 ぎぃん、と金切り音にも似た音が響いて、彼の剣が空中で止まった。その刃は、ボクの数歩手前で阻まれたのだ。その刃を阻んだ虚空の一点が、白く光っている。


 光魔法【バリアフォース】。あらゆる攻撃に対して有効な防御魔法。もちろん過度な威力の前には無意味だけど、無強化の斬撃ならいくらでも防げる。


「言ったじゃん。やめといたほうがいい、君たちじゃ勝てないって」

「な……、な……!?」

「いいんだよ? 今この場で君たちの首を取っても。でもそんなことしたって、誰も得しない。だから、せめて人の話は聞いてもらいたいんだけど……」


 しゃべりながら、ボクは周囲に水魔法【ウォーターショット】を複数、待機状態で展開する。いくつもの水の弾丸が空中に形成され、その全てが六人に頭を向けて出番を待つ。できれば、出番は与えたくないところだけどね。

 その様子に、やはり場がざわつく。


「……だから、ねえ? 話、しよう? ボクは君たちにとっても、有益な話だって自負してるんだ。応じてほしいな。老中首座、阿部正弘君」


 そうして続けたボクの言葉に、全員が目を丸くした。当人の正弘君は、誰よりも驚いた様子だ。

 けれど、明らかにボクが異常な存在だと理解したんだろう。深いため息を一つついて、ゆっくりと口を開いた。


「……あいわかった、応じよう。……伊賀守殿(松平忠優のこと)、ここは刃を収めたほうが、我らのためのようだ……」

「……わかり、申した」


 正弘君の呼びかけに、忠優君は苦々しい表情を隠すことなく剣を収めると、すり足で後ろに数歩下がった。


 ……この二人以外めっちゃ怯えてるな。大丈夫かなこれ、ちゃんと話できるかな。


 でも、ボクだってこういう交渉ごとは初めてだ。問題ないように振る舞ってるつもりだけど、内心はまだ落ち着けてるわけじゃない。

 一応だけど、もはや定番となった木魔法【アロマセラピー】は使っておいたほうが良さそうだ。向こうだけじゃなくって、ボクにとっても


「うん、決断ありがとう。それじゃあ、早速話に入ろう……っと、その前に席に着いていいよ。立ちっぱなしはつらいでしょ。……あ、ボク下座に行くから、普段通りにしてもらっていいから」


 言いながら、ボクは下座に【ショートジャンプ】して腰を下ろす。再びどよめきが起こるけど、【アロマセラピー】の効果だろう。そこまで驚きは尾を引かず、六人はそれぞれ元の席に戻って腰を下ろした。


 っていうか、畳ってすわり心地いいね。それにこのほのかに漂う植物の香り……アルラウネとしては、落ち着く香りだ。これ、ほしいかも。


 ……いや、それは今は置いといて。


 正弘君たちが落ち着き、こちらに目を向けたところでボクも座る。それから、【アイテムボックス】から事前に作っておいた書状を取り出して一番近くに座ってた信親君に「まずこれを」と手渡す。

 彼は震える手でそれを受け取ったけど、職務を放棄することなくリーダーである正弘君へ回した。


 書類の中身は、ベラルモースの書式で書かれてはいるけど、文章自体は日本語で記されてる。【アイテムクリエイト】の特記欄に打ち込んだ文章を日本語に変換して作成した逸品だ。

 文章がしっかり日本語になっていたことに、書状を開いた正弘君は驚いたようだった。けど、彼らの母国語で記されてるほうがわかりやすいだろうからね。ただの手紙に50もDEを使ったけど、その甲斐はあったと思う。


 肝心の内容は、真理の記録アカシックレコードから読み取ったアメリカの書状を参考にしてあり、それにならって基本的には友好を結びそれを深める、相互補助的なものになってる。


 ただし、ダンジョンの性質上、日本の中に別の国とも呼べる存在の容認を要求せざるを得ないこと、中で死んだ人の身柄を引き渡せないことはどうしても譲れない。

 この、日本にとって大きな二つのデメリットを少しでも軽減するために、ダンジョンから好きな資源を産出できること、それの利用と引き渡しについて、さらに万が一の国難にあっては日本に協力する可能性の提示など、日本に対して相当に譲歩した内容も多く含まれてる。


 っていうか、ここまで来ると逆に譲歩のし過ぎで怪しまれるかもね。この辺りのさじ加減には結構迷った上だから、実のところ本当にこれでいいのかいまだに自信はない。


「……クイン……殿、だったな。その……この内容は、本気ですかな?」


 他のメンバーにも伝えるため、音読していた正弘君が読み終わって、最初の発言はそんな問いだった。

 自信はないけど、今から退くことはできない。だから彼に対して、ボクはもちろんと断言しつつ首肯する。


「……本邦の言葉も通じるようだし、単刀直入にお聞きするのだが。一体、貴殿はこの国で何をなさるおつもりか?」

「そうだねえ……簡単に言えば、調査かな」

「……はあ?」


 唖然、って感じの顔が六つ並んだ。


「実はね、ボクは空の彼方から来たんだけど。そこはこの世界とはまったく違う場所なんだ。

 君たちも見たからわかると思うけど、ボクは君たちとは違う能力を持ってる。こういう能力がない世界がどういう場所なのか、どういう歴史をたどったのか、そして接触する意義があるのかどうか、それを調べるのがボクの仕事なのさ」


 はい、大嘘でーす。よく口が回ったなって自分でも思うけど、これは間違いなく【アロマセラピー】あってだろう。


 説明の中身だけど、もちろんボクにそんな御大層な目的はない。あくまでボクの目的は、この世界でのんびりと暮らすことだ。

 でも、そんなことを交渉の場で堂々と言ってプラスに働くわけがない。ってわけで、適当に理由をでっちあげてみた。ねつ造の理由とはいえ信じてもらわないと困るから、いかにもそれらしい内容にしたけどね。


 その理由は、正弘君たちにとってはやっぱり途方もないと言うか、考えもつかないことだったからこそ直前の「はあ?」なんだろう。まあ普通ならもっと驚いたり混乱したりするんだろうけど。【アロマセラピー】の効果で、正弘君たちは冷静に状況を考えられるだけの精神状態を維持できてるようだ。


 ただ、正弘君は何か考えるようにして口を閉ざした。疑問を口にするのは、他の人たちだ。

 そしてやっぱり、ここでも忠優君が活発に発言する。


「この世界? それは我が国だけが対象ではないと?」

「うん、その通り。君たちが南蛮とかシナとか言ってる地域も含めて、全部だ。国だけじゃなくって、海とか山も含む。それだと当然、必要な時間は膨大なものになるよね。だから、そのための拠点がどうしても必要なんだよ」

「……その拠点を、我が国の中にほしいと!?」

「残念ながらそうなるね。それについては、信じてほしいとしか言いようがない。でも、それに見合う見返りは今正弘君が読み上げた通り、用意するよ」

「ぬう……だ、だがそれは、ここに書かれていることが真実なら、であろう。好きな資源を産出できるだと? そんなことがあってたまるか!」

「だったら、見に来るかい?」

「!?」


 ボクの言葉に、全員が目を見開いて驚いた。


「井伊家下屋敷前に作ったダンジョン。そこに来てくれれば、ボクはいつでも歓迎するよ。そしてその書状に書いた内容が真実だ、って証明してあげる」


 返答は、なかった。信じられないだろうなあ、魔法のないこの世界じゃありえないもんねえ。


「……クイン殿。その言葉をひとまず、信じたとして……」


 それを破ったのは、今まで無言だった正弘君だ。彼に視線を向ける。


「……もう一つ、お聞きしたい。なぜ我が国を選ばれたのか?」

「ああそれ……」


 問われた内容は、確かに至極もっともな質問だ。すべてを調査したいなら、別にどこの国だっていいに決まってるもんね。


 それに対する答えを脳内でつぶやきながら、六つの視線を受けてボクはにこりと笑う。そして、改めて口に出す。


「理由はね、簡単だよ。この国が気に入ったからさ!」

「……は!?」


 もう何度目だろうね、彼らが驚くのは。でもボクは気にしない。気にせず、言葉を続けるのだ。


「女の子はかわいいし、食事だっておいしい。ご飯に味噌汁、最高じゃん! 街は活気にあふれてて、平和そのものだし。こんないい国、ボクの故郷……ベラルモースでだってなかなか存在しないよ。そんな国が今後もしかしたら他の国に蹂躙されるかもしれないってなったら、手を貸したくなっちゃったのさ」


 あくまで日本に来たのは偶然ではあるんだけど、それはおくびにも出さない。それで片付けちゃったら、もったいない。


 自分の国を褒められて嬉しくない人なんて、いやしないだろ? それに、好きなものを守りたいっていう理由は単純だけど強い動機になりうる。だからこの理由は、多少なりとも印象の改善につながると思うんだ。これで頷いてくれると嬉しいな。


 これ以上追及されるとネタの引き出しがないってのもあるけど、なんてったって今の言葉は紛れもないボクの本音なんだから。


「だからボクは君たちを害するつもりなんてこれっぽっちもない。さっきの魔法も、ボクみたいな異世界人を交渉の席に受け入れてもらうための必要なことであってボクの本意じゃないんだ」

「ならば、その洞窟の中で死人が出た件についてはどう申し開きをするつもりか?」

「それはただの自衛だよー。君たちだって、この江戸城に抜身の剣を持った人間が押し入ってきたら同じ対応するんじゃないの?」

「む……」


 うん、モンスターの設定を武装した相手のみ攻撃にしといてよかった。ボクのほうから攻撃してるわけじゃないから、やましいところなんて何もない。

 まあ、もちろんそれは詭弁なんだけどさ。物的証拠はどこにもないし、ぶっちゃけちゃうと言ったもの勝ちだ。


「貴殿の言い分はよくわかった……」


 しばしの沈黙を破って、最初に口を開いたのは正弘君だった。審議は尽くした……って顔じゃないな。


「……しかし、すぐには決めかねる話だ」


 ですよねー。とりあえずボクを追い出して、会議したいって顔だよねー。


「……故に、しばし時間をいただきたい。ひと月……いや、せめて半月。それだけの時間をもらえないだろうか」

「いいよ、半月だね? それじゃあきっかり十五日後、同じ時間にここに来るよ」


 ボクが即答したことに向こうは驚いてるみたいだけど、ボクだって端から即答してもらえるとは思ってないよ? ダンジョンの実態を知らない人間にとって、まるで真意の読めない交渉内容だってことくらい自覚してるってば。時間設定を聞けただけでも、今回は十分じゃないかな。


 そのままボクは、ゆっくりと立ち上がる。


「あ、その間もしうちに来たら歓迎するよ。聞きたいことがあるなら、いつでも来てくれて構わないからね」


 立ち上がりながら、そんなことを言っておく。

 これに対する反応は、半々に分かれた。無表情を貫くものと、誰が行くもんかみたいな顔をしたものだ。


 はてさて。この六人、どう動くかな?


「それじゃあ、今日のところはこれで失礼するよ。大事な話をしてる最中にお邪魔して、悪かったね。次に会う時は、よりよい関係を築く未来を見せてくれると、嬉しいな」


 ボクはそう言ってにこりと笑うと、【アイソレーション】を解除しつつ、【テレポート】を発動させる。

 そして、困惑、狼狽、動転……そんな様々な表情を見せる六人の顔を眺めながら、時空の揺らぎに飲み込まれた。


 次にボクの視界に現れたのは……ニワトリの世話に精を出すゴブリンナイトの姿だった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


主人公、自分でも言ってる通り交渉事はそんなに得意じゃありません。決して頭が悪いわけじゃないんですけどね。

ちなみにステータスの各項目が、MMORPGなんかでよくあるSTRとかVITとかじゃないのはその辺のためですね。

「主人公最強」をそれでやろうとすると、もちろんINT……賢さもすごい数値になるんですけど、そんな数値で人の知性なんて表現できないですからね。


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