第十八話 日本国の現状
に、日刊総合93位……!?
夢でも見てるのか……!?
情報収集には三日かかった。一つのことを調べたら、そこから芋づる式に調べたいこと、調べなきゃいけないことが出てきて……いやあ、参った参った。
検索の成功率は上がってるはずなんだけど、それでも今まで以上に調べることが多くってね。
3から4に上がるのに一か月以上かかってるから、当然三日で禁呪のレベルが上がることもなく。せめてLv5になれば、【真理の扉】の成功率も50%になるんだけどなあ。
っと、愚痴っても仕方ない。本題に入ろう。
まず、例の男が出していた上申書。あれは彼が言ってた通り、外国からやってきた船への対応についての意見を述べただった。その内容は置いとくとして、問題は外国の船が来ているって点だ。
それがどうして問題なのか? 順を追って説明しよう。
まず、今までに何回か言った通り、この日本って国は現状国交を閉ざしている。もちろん例外もあるし、ぶっちゃけ各地では密貿易も相当に行われてるらしいけど、それはさておき。ほぼ二百年、一部の外国を除いた国との関係をほとんど断っているのだ。いわゆる鎖国ってやつだね。
それがいいか悪いかは、今は関係ない。その鎖国状態を解くよう、他国が迫ってきているってことが問題なのだ。それも脅しだから、日本にとっては頭が痛い問題なのだ。
やってきた国の名前は、アメリカ合衆国。日本とは広大な海を挟んだ向こうにある国で、日本に比べると相当に広い国土を持つ国らしい。
彼らの目的は、日本があるアジア地域の市場への進出、および交易航路の開拓。そして、捕鯨船の物資補給のための寄港地確保だ。一番の目的は寄港地の確保だと思う。
なんでかっていうと、そもそも日本はアジアという地域の中では一番東にある。アメリカはその更に東にあるわけなんだけど、二国間には大陸はおろか、島嶼すらほとんどない。アメリカにとって、そんな海を船で横断するのは相当の負担になるわけだ。だからアジア地域に移動する時の足掛かりとして、どうしても日本に寄港地を確保したいらしいんだよね。
ただ、日本はさっきも言った通り鎖国してる。一時期は、実力行使で強制的に船を追い払ってたくらいだから、相当に徹底してるなあってボクは思うんだけど……。
寄港地を設置するってことは、そんな日本の方針を転換することになる。ただの転換じゃない。ほとんど百八十度向きを変える行為、って言っていい。それは封建制度を長く続けてきた日本にとって、簡単に受け入れられるものじゃなかった。
もちろん、ただそういう要請があったってだけなら、別にそこまで問題にはならなかっただろう。
実際、今から六十年くらい前から外国の船が頻繁に訪れてるんだけど、そこでの要請は穏便に断ってお帰り願ってるからね。以降、強制退去じゃなくって穏便な対応をするようになったりと、幕府のほうも考えながらやってたのだ。
それじゃ何が問題なのか? というと……ずばり、アメリカが武力を背景に開国を迫ってるってことだ。要するに、さっきも言ったけど脅されてるんだね。
こうなると、交渉は難しくなる。しかも、アメリカの武力は明らかに日本よりも上だ。
ベラルモースに鉄砲とか大砲とかいう兵器は存在しないんだけど、調べる限りその威力はどんだけ小さく見積もっても下級の魔法に匹敵する。その兵器に技術力の差があるとなると、相当に厳しい。威力、連射速度、量産体制……そのすべてで負けてるんだから、勝てるわけがない。
加えて言えば、船もアメリカのほうが相当に上だ。彼らが乗ってきた船……日本人は黒船と呼んでるらしいけど、それには蒸気機関っていう機関が積まれていて、風がなくても進むことができるのだ。そんな技術は、日本には一切ない。
さらに、幕府の頭を悩ませてるのはそのやり方をしそうな国が他にもたくさんある、ってこと。
筆頭はアメリカの元盟主、イギリス連合王国。かの国は、日本の元盟主とも言える海向かいの隣国、清を麻薬を使った上に力ずくという、人とは思えない卑劣な方法で屈服させている。
とはいえ、方法はどうあれアジア地域の大帝国とも言うべき清の敗北は事実。それは日本にとって、相当な衝撃だったみたいだ。
もちろん、イギリス他剛腕を振るうヨーロッパの国が日本に来ると断言できるわけじゃないけど、それは逆もしかりだ。そして来た場合のことを想定して警戒していたところにアメリカが強引な手段で迫ってきたから、幕府は困窮してる、ってわけ。
さらにさらに、当時国の最高責任者とも言える将軍は死の間際にあった。当然国としての、それも統治方針を変えるほどの重大な意思決定が、スムーズにいくわけもなく。
そんな感じでいろんな悪い条件が重なってしまった結果、日本側は気圧されながらもなんとか決定の先延ばしを申し出た。
さすがに統治者が危篤って理由はアメリカも無下にできなかったのか、この日本側の意思は受け入れられ、ひとまずアメリカの黒船は日本から去って行った。これが、今からおよそ二か月前の出来事になる。
そしてこの事態にあって、老中(大臣みたいなものかな)のリーダー……えーっと、阿部正弘は名案が浮かばなかったため、色んな人に広く意見を求めた。この結果、庶民からも色んな意見が寄せられているらしい……ってのが、今の日本の状況。
うん。
なんっていうか、うん。江戸の街の雰囲気からは考えられないけど、日本は存外、国の危機らしい。危機感が街から感じられないのは、情報が統制されてるから、かな?
国の動揺を引き起こすような都合の悪い情報は、なるべく知られないようにする、ってのは人治国家ではよくある話だ。そうじゃなかったら、アメリカの黒船が帰り際に江戸湾に入って江戸のすぐ近く来たってのに、あれだけ庶民がのんびりとしてられるはずがないだろうし。
まあ、情報伝達手段がベラルモース程発達してない、ってのも要因ではあるか。
ともあれ、そんなわけで日本の政治中枢は今どうすればいいのかわからず混乱してる。混乱、って言うほどパニックってわけじゃないんだけど、それでも江戸湾のすぐ目の前まで武装船がやってきたことは効いてるようで、困っているのは間違いない。相手が戦って勝てる相手じゃないから、なめられまいと抵抗してもいい結果になる可能性は低いしねえ。
ただ、これはボクからしたら逆に美味しい状況、とも言える。ぶっちゃければ、つけ入る隙がいっぱいある、ってこと。
ボクもアメリカと同じように、脅しをかけて関係性を構築しようとしてた。その点で見れば先を越された、とも言えるんだけど……今回に限っては、後だしのほうが有利だ。何せ、アメリカは回答を先のばされて、しかもこの国には留まってないからね。
一方のボクは、居座る気満々だ。ダンジョンマスターという職業上、むしろ動き回るのは推奨されないしね!
そして調べた限り、アメリカが再訪するのは一年後だという。でも、額面通り一年後に来るなんて思ってない。どうせ、それより早く来るに決まってる。そうすれば、より圧迫かけれるもんな。油断してるところをズドン、ってね。
だからそれまでの間に、アメリカが出す条件よりも緩い条件を見せて、日本の味方って言い張って、ボクのダンジョンを日本に対する外国として認めさせたいと思う。
そのためなら、相当の譲歩をしてもかまわないと思ってる。なんなら、最低限のところだけでもいいかなとも思う。
なんでかっていうと、この三日間でボクはもはや米と醤油と味噌なしには生きられない身体にされてしまったのだ。ご飯と味噌汁の破壊力ときたら……。なんだよあれ美味しすぎるでしょ……。醤油ベースの煮物も、もう手放せない。
おまけにかよちゃんってば、ベラルモースの料理とそれらを組み合わせてアレンジ料理出してくるようになったし……それがまた美味しくってね。ボクはとっくに、胃袋を握られているのだ。
だからボクは、そんな日本から搾取するつもりなんてまったくない。日本にメリットを与えるつもりのないアメリカ(っていうか、ヨーロッパ各国)とは、抜本的に違う存在なのだ。
まあ、色んな意味で異質な存在であるボクを受け入れてもらうためには、数回くらいは力を振るう必要はありそうだけど。それでもそれは最終手段だし、いざやるとしても最低限にするつもりだ。
「……ってわけで、明日辺り江戸城に乗り込むつもり」
状況を説明し終わって、ボクはそう言った。それからカップを傾け中身を嚥下する。渇いたのどに、緑茶がおいしい。時間は既に夜の九時を回ってる。
対面では、世界樹の花蜜の入ったカップを両手で持ったかよちゃんがこくりと頷いた。
「えっと、別にお城を攻撃するわけじゃない、ですよね?」
「もちろんだよ。とりあえずは、老中のリーダー……えーっと、首座? の阿部正弘君に会って話をするつもりでいるよ」
正直、国のトップと会談して思惑通りに進められる自信はないけどね。そういう政治的な駆け引きに必要な知力は、持ってないんだよなあ。
とはいえ、それをかよちゃんの前で言うのははばかられた。なるほどかっこつけたいって気持ちはこういう風に出来上がるんだなあ。
「わかりました。その間、私とジュイ様はどうすればいいですか?」
「今夜中にダンジョンを再展開するから、マスタールームで待機かな」
言いながらボクは、ぼんやりとニワトリの動きを目で追いかけてたジュイを見た。
彼の目はボクの発言と同時にきりりと引き締まって、超速でボクのほうに向けられる。直前まで退屈で死にそうな顔してたのに、現金なやつ。
まあでも、気持ちは分からなくはない。いつまでも【ケージ】の中に入れ続けるのは問題があるから、ってことでジュイもニワトリたちも今は出してるんだけど、やることどうこう以前にろくに動き回ることもできない状況じゃ、さすがにジュイにはかなりストレスがたまってるっぽい。
ニワトリたちは小さいからこの亜空間でも大丈夫そうだけど、ジュイは体格いいからなあ……。
「うん、ダンジョン開けたら広いスペースも近いうちに作るつもりでいるから、それまでもう少しだけ我慢してね」
「わふっ!」
ボクが言いながらなでると、ジュイは「やーったー」って感じで一声軽く吼えた。たった数日だけど、よっぽどストレスがたまってたんだろう。
彼のためにも、早いところダンジョンを育てて拡張したいね。
「その時が来るまでは、ゴブリンナイトと一緒にダンジョンの防衛をお願い。ないとは思うけど、コアルームまで他人を入れるわけにはいかないから」
「おんおん」
今のは「まかせてー」って感じかな。
彼に頷きながら、ボクは次にかよちゃんを見る。
「かよちゃんは、さっきも言ったけどマスタールームで待機だ。ゴブリンたちと一緒にいるところを見られたら敵扱いは間違いないだろうから、ボクがいいって言うまで絶対に部屋から出ないこと」
「わかりました」
こくりと応じる彼女ににこりと笑って、ボクはゆっくりと席を立った。
「それじゃ、ボクはダンジョンを展開してくる。展開したらすぐにマスタールームに二人を引っ張るけど、すぐに展開できるかどうかはわかんないから、無理なら寝てていいからね」
「えっと……はい、わかりました」
おお、従ってくれた。やった。
いや、彼女ってばボクより絶対早く寝ようとしなかったんだよね、今まで。ボクに合わせてくれるのが嫌だなんて言わないけど、視界の端でうつらうつらしてるの見ると罪悪感がさ?
無理はさせたくないから、ここ最近ずっと言い続けてたんだけど、ようやく受け入れてくれたようだ。
まあ、なんだかんだで起きてるんだろうけどねー。でも、それについては言わないお約束。これ以上踏み込まない、このラインが彼女の間の譲れないポイントだろうから。
「仮宿ではあるけど、かよちゃん。留守はお願いね」
「はい、任せてくださいっ」
ボクの言葉に、気負った様子で頷くかよちゃんはかわいい。そこまで気を配ることなんてないと思うんだけど、やる気があるのはいいことだ。
そんなかよちゃんに頷き返して、ボクは時空魔法【ホーム】の外へ移動する。
その背中に、「行ってらっしゃいませ旦那様」という声を聴きながら。
「さて……まずは移動だな。変化はまだ解いたままいっか」
そうつぶやく頃には、既にボクは江戸のとある町屋の屋根にいた。背後では【ホーム】の口が閉じて時空の揺らぎが消えていく。
空を見上げれば、そこには朧月。そろそろ聞きなれてきた虫の鳴き声がまばらに聞こえる中、ボクは暗視のための闇魔法【ノクトビジョン】を発動。そのまま屋根伝いに移動を開始した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
というわけで、ようやく作中の時間軸が「いつ」なのかが明らかになりました。
少し歴史に詳しい方なら、ペリー来航の二か月後ということで正確な年までわかることでしょう。
今回はその時代の、日本を取り巻く状況を大まかにですが説明させていただきました。
今のところは史実通りに進んでいますが、ここからクインが介入していくことによって……さて、どのように歴史が変わっていくのか。ようやく、って感じですが、ここからが本番です。
この後も楽しんで行っていただければ幸いです。