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第十五話 超高速(幕末にしては)の旅

 さて江戸への道中だけど、実のところそこまで時間はかからない。事前に調べておいた情報だと、距離にして大体30里(およそ120キロ)程度。前回の速度なら三時間……休憩を加味したとしても四時間あれば十分着く距離だ。


 ただ、その道中すべてがきれいに舗装されてるわけじゃない。っていうか、ボクの感覚じゃ街道の大半がとても道とは呼べないような代物でね……さすがに常時速いスピードで走り続けることはできなかった。アップダウンも激しかったし。

 ジュイみたいに荒れた場所や森の経験が長いと、もうちょっと速度を出せたんだろうけどなあ。実力を見せてあげようとか言いつつろくに力発揮できてなくて、なんかすごく負けた気分だ。


 おかげで道中数回の小休憩と一回の食事休憩を挟みつつ、なんていうボクとしては緩やかな道行になった。

 速さに慣れてないかよちゃんは、むしろ落としたスピードのほうがよかったみたいだけどね。これもなんだか負けた気分……。


 ちなみに関所は二つあったけど、二つとも【ステルス】のコンボで何事もなく通過した。

 この時通過しながらちょっと関所の様子を眺めてみたんだけど、なるほど行きも帰りも面倒っていうか煩雑っていうか、そんな感じのやり取りをしてた。

 中には妙にスムーズに通ってる人もいたけど、やたら時間を取られてる人ももちろんいた。早々に押し通ることにしたから彼らの違いについてはあんまり興味はないけど、いずれにしても押し通ることにして正解だったなとボクたちは苦笑しあったものだ。


 走ってて一番気になったのは、寺院と思われる建物がたくさんあったことだ。

 かよちゃんに聞いた限りだと、この国では主に仏教とかいう宗教が信じられてるらしいけど、それにしちゃ数が多すぎる気がする。

 ベラルモースだと、昔宗教団体が調子乗ってバカみたいに大量虐殺した歴史があるせいで、宗教施設は一つの街に一つって決められてるところが多いんだけどな。

 この世界の宗教は、そんな過激なことをしない純然な宗教団体なんだろうか。それとも、単純にのさばってるだけなんだろうか。ちょっと気になるね。


 ……っていうか、この世界って神様が管理投げてるんでしょ? なのに宗教は存在するんだ? いない神様を信仰するのってむなしくない?


 どうやらまたしても調べたいことができたみたいだ。宗教の話は敏感なものだし、江戸に着いて時間に最優先事項済ませたら早めに調べてみよう。そう心のメモ帳に記しておいた。


 あと気になったこととしては、半ば定期的に宿場町が整備されてたことか。その数はかなり多くて、30近くあったんじゃないかな。

 庶民は一生に一度旅行できればいい、程度の経済状況なのに、これだけたくさん宿があちこちにあるのはにわかには信じがたかった。まあ、宿場が多いのは旅をする人間にはいいことなんだろうけど。


 それぞれの宿場までの距離がかなり短かったのは、この世界にモンスターがいないから、かな。ボクの故郷はモンスターがそこらにうろうろしてるから、旅はかなり危険なんだ。

 最近は移動手段が発達して旅も気楽なものになったけど、ベラルモースでもそれはここ百年くらいのことだ。それ以降にできた新しい街以外は今でも軒並み城壁で囲まれてて、それぞれの距離もかなり離れてたらしいから旅行は大変だったろう。


 そしてそんな風だったから、ベラルモースではわりと最近まで山賊なんかも珍しくなかったんだけど……。この国じゃ、それらしい輩は一切見かけなかった。治安いいんだなあ、この国。

 文明の度合いから言って、ベラルモースじゃ間違いなく山賊がたくさんいただろう時代程度のものしかないんだけど……。


 なるほどなあ、こんなに平和だったら別に二百年以上外国と付き合いなくったっていいやって思っちゃうよね。

 人間、まず第一に自分が平穏に暮らせることを求めるもんな。それがあって初めていろんなことができるんだし。


 それを考えると、強い身分制度が根付いてるこの国も、それぞれの人はみんなその人たちなりの幸せの中に生きてるんだろうなあ。

 これはこの世界全体に言えることなのかな。それとも、この国が特別平和なのかな。


 いつか世界中を見て回りたいボクとしては、そこはとても気になるところだ。魔法のない世界だし、少しは期待してもいいんだろうか。そうだと嬉しいなあ。


 そんなことを考えながら、江戸の市中に着いた頃にはだいぶ日が暮れかかってた。大体十八時半くらい。

 街の様子はまだ結構活気がある。行き交う人もそれなりに多くて、なるほど百万人が住んでると言われても納得する賑やかさだ。


 ただ、人々の格好にはやっぱり違和感がある。服はまだいいんだけど、あの髷って髪型はどうも受け付けられないなあ。

 女の人の髪型は結構豊富みたいだけど、結局は髷の系統みたいでボクの美的感覚とはかけ離れてる。っていうか、故郷で昔あった、船の形に髪型を固めてた女貴族のエピソードを思い起こすからすごく遠慮したい。


 ちらっと横目でかよちゃんを見る。ジュイの首筋を遠慮がちにもふる彼女の髪型は、肩甲骨くらいまでの髪を首の後ろで簡単に結んだものだ。髷は結ってない。ボクの熱烈な主張で、髷は結わないでもらうことにしたのだ。

 個人的には、このまま髪を解いて腰くらいまで伸ばしてもらいたい。前髪はぱっつんで。うん。


 そんなボクの思考に気づいているのかいないのか、かよちゃんは小さく小首を傾げながらも口を開いた。


「あの、旦那様。そろそろ日も暮れますし、今日は……」

「ああうん。そうだね、そのほうがよさそうだ。宿を探そう」


 見た感じ街灯は一個もないし(当然かあ)、このまま日が沈みきったらほぼ真っ暗だろう。今日はここまでにしといたほうがよさそうだ。


 山を下りたあたりから見えるようになった大きな建造物――この国の城をちらりと見上げてみる。

 ……うん、あそこに行くのは明日だな。


「それじゃ、ジュイは一旦ここまでだね」

「クーン……」

「ごめんって。できるだけ早く出られるようにするからさ、ね?」

「わふ」


 少し渋った様子を見せたものの、すぐにジュイは頷いてくれた。

 そしてボクは、伏せをしてかよちゃんを降ろした彼に時空魔法【ケージ】を使ってこの場から消すと、周りの様子をうかがう。

 人目はない。これならいいだろう。ボクたちにかけてる【ステルス】コンボを解除して、姿を現す。


 それから腕輪に込められてる人化のスキルを発動させて、ボクは人間の姿に変身した。


「わあ……」


 その様子を見て、かよちゃんが感嘆の声を上げる。そりゃそうだろう、それだけ劇的な変化をしたんだからね。


 ボクは自分の身体を一通り眺める。緑系の色だった肌は、かよちゃんと同じごく薄いオレンジ色になってる。髪と目の色は変わってないだろうから、見た目の違和感は相当すごいと思うけどね。

 でも一番の変化は、やっぱり下半身かな。普段は花になってる下半身には二本の脚ができている。思い通りに動くけど、慣れてないからちょっとぎこちない感じがする。


 ……っと、そういえば変身はできても服は作れない。このままだと下半身を露出したままだ。すぐにズボンをはこう。

 幸い、上に着ていたのが裾の長めのやつだったから局部が露わになってるわけじゃないけど、これはさすがにまずい。


 というわけで【アイテムボックス】から下着とズボン……さらに靴下と靴を取り出して、最速で身に着ける。姿は変わってるとはいえ、ボクに裸を見せる趣味はない。


「これでよし、と。じゃあ行こうか、かよちゃん」

「はい……」

「どうかした?」

「……あの、やっぱりそのお召し物で行くんですか? すっごい目立っちゃうと思うんですけど……」


 遠慮がちに言うかよちゃんの視線は、ボクの首から下に向けられている。なんでかっていうと、ボクの格好がこの国のものじゃないからだね。

 上に着てるのは、自然素材じゃない繊維のレインウェア。その下には保温性や伸縮性に富んだインナーだ。さっき用意したズボンは、耐久性の高いジーンズタイプ。ついでに靴は旅用のごついやつだ。色合いは全体的に地味めに抑えてるけど、それでもこれを日本のものだって断言するやつがいたら、そいつは頭がおかしいやつだろう。


 でもね。


「だってボク、こっちの服着れないし」


 そうなのだ。この国の服、着るのにコツがあってうまく着られなかったのだ。


「だからそれは、私がお手伝いしますって言ってるじゃないですかぁ……」

「うん、そうなんだろうけどね。でもそれ面倒じゃない。こっ恥ずかしいし。だったら慣れてるやつでいいよ。周りの目はどうにでもできるから」

「うー……、……はいー……」


 しぶしぶ、といった感じで頷くかよちゃん。

 なんだろう、そんなにボクに着せたかったんだろうか。この辺りの感覚、よくわかんない。他人に服を着せるとか、中世のドレスじゃないんだからさ。お互い時間の無駄だと思うんだけどなあ。これも文化の違いかなあ。


 なんて首をひねりながらも、ボクは光魔法【イミテイトビジョン】を使う。見た目を偽る魔法で、他人の目をごまかすためによく使われる。

 あくまで見た目が変わってるだけで変身してるわけじゃないのが、変化のスキルとは違うところ。だから触られたりするとバレちゃうんだけど、今は夜も間近だし問題ない。


 これで今のボクは、傍から見たらこの国の格好をした外国人、程度に見えてるはずだ。服装だけじゃなくて、髪の色や目の色もこの国に合わせて黒に見えるように調整してるからね。

 まあ、顔立ちについては調整が難しいから諦めてる。その辺りは、祖先に外国人がいたらしいって感じでごまかすしかないかな。


「どう? ちゃんと小袖着てるように見えるでしょ?」

「は、はい……ま、魔法ってなんでもできるんですね……」


 かよちゃんの反応を見るに、カモフラージュは完璧ってところかな。よしよし。


「ははは、なんでもはできないよ。死んだ人間を生き返らせたりなんてのはできないしね……それじゃ、行こう」

「ひゃっ!?」


 あれ? 手を握っただけなのにすごいリアクション。

 なんだか顔赤くしてるみたいだけど、えーっと、待ってこれってもしかして。


「……もしかして、こういう習慣ないのかな?」

「……あの、あまり……」

「そっかー……」


 女の子と歩くなら手を繋ぐのは常識だと思ってたんだけどな。ところ変わればこういうのも変わるんだなあ……。


「……ボクとしては、これくらいくっついて歩きたいところなんだけどね?」

「ひゃあっ!? だ、旦那様、こ、こんなところでそんな、だ、だめですぅ……!」

「え、待って、抱き寄せた程度でそこまで勘違いされるわけ!?」


 こりゃだめだ。一度この国の風俗もちゃんと検索しておかないと、いつかとんでもないことになりかねない!

 とりあえずかよちゃんに大体のところを大雑把にでも聞きだして、それに従うことにしたんだけどさ。


 ボクの半歩ほど後ろのところからついて来るだけとか、まったく釈然としないんだけど!?

 この国の人たちってどうやってデートしてんの!? こんなんじゃ全然楽しめないじゃないか!


 おかげで宿屋でのやり取りがほとんど記憶にない。特に何も言われなかったから、お店の人に不審に思われたわけじゃないだろうけどさ……。


 思わずかよちゃんを抱き枕にして寝ちゃったのは、仕方ないと思うんだ。

 まあ、やることはしてないけどね。変化のスキルはそこまで再現できないからさ。生殖活動はあくまで素の身体じゃないとできないんだよ。魔法だって別に万能なんかじゃないのさ。


 ……別にヘタレとか、そういうんじゃないのだ。ないったら、ない!

ここまで読んでいただきありがとうございます。


残念ながら、地球の宗教は過激ですね……(遠い目


それはさておき、江戸時代の貞操観念として外で男女が物理的な接触をすることはよろしくないものと考えられていました。

当然、手をつなぐなんてことはしません。腕を組むとか論外です。

現代でも、ご年配の夫婦がそういう街歩きをしているところはそうそう見ないですよね。そういうことです。

逆に現代のカップルが五十年後に街歩きするとしたら、今のデートに近い歩き方すると思います、個人的には。


なお、日本独特の「女は黙って後ろからついて来い」というスタイルは、「何かあったら俺が絶対に守る、だから少し下がったところを歩いてくれ」という意味からきているという説もあるそうですね。

逆に西洋のレディーファーストは「女をまず先に行かせて危険の有無を確認する」ものだという説も。

大学時代そういう文化風俗を専攻していた身ですが、さすがにそんな詳しいことはわからないんですが……個人的には、それぞれの説が正しい正しくないかは各人が好きに解釈すればいいと思うと同時に、日本のスタイルがその説通りだったらかっこいいよね、とは思います。


……かよちゃんがやたらと女性であることを卑下するような言動を取るのは少しやりすぎのような気もしますが、読者の皆さんはいかがお考えでしょう。

ただ、これはあくまでフィクションです。少し大げさに盛ったほうが物語としては盛り上がるしキャラも立つので……と思ってやっているんですけど……。

一応、彼女も少しずつクインをいろんな意味で支えられる存在になっていくよう成長させる予定でいますが。

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