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第十四話 移転開始

 さて、出発の日がやってきた。いつも通り朝ごはんを済ませて、ボクはダンジョンを閉じる作業に入る。


 ダンジョンを閉じている間、その中に魂の存在するものを入れておくことはできない。逆に、魂のない……普通に【モンスタークリエイト】したモンスターたちはそのままでいい。

 そんなわけだから、かよちゃんにジュイ、それに家畜のニワトリは一旦外に出す必要がある。


 ……って言っても、別にそう面倒なものでもない。かよちゃんにジュイは、ボクと一緒に行動すればいいだけだ。ニワトリにしても、時空魔法【ケージ】を使えば簡単に保護できる。


 時空魔法【ケージ】は【アイテムボックス】とほぼ同じ魔法だ。ただ、【アイテムボックス】に生物が収納できないのに対して、【ケージ】はそれができる。っていうか、生物しか収容できない。この特性上、故郷では主に家畜の運搬などに使われてる。あとは囚人の護送とか。

 とはいえ、中はめちゃくちゃ狭い上に白一色の殺風景極まりない空間だから、長時間の収容はお勧めしない。場合によっては発狂しかねない。まさにケージなのだ。


 まあ、簡単に保護できるとは言ったけど、魔法としての難易度は高い方ではある。


 ちなみに、その他各種生活用品はもちろん【アイテムボックス】に収納済みだ。さすがにシャワーやトイレの類は面倒だからしないけど、魔力炉そのほかキッチン辺りはダンジョンの移転完了前に使う可能性あるから収納の対象だ。

 取りつけ、取り外しはいずれもある程度技術がいるけど、ボクは魔法工学者でもある。この辺りはさほど難しいことでもない。

 その作業、かよちゃんが不思議そうに眺めてたけど、やりたかったんだろうか。魔法にはかなり興味を示してた彼女だけど、この辺りは少しずれて魔法工学の範疇なんだけどな。でも本当に興味があるなら、次の取り付けは色々教えてあげてもいいかもしれない。


「ニワトリよし、と……あとは最後の仕上げだな」


 ニワトリたちを【ケージ】に収納して、ボクはつぶやく。


 その隣でゴブリンナイトが何かを言いたそうな悲しげな瞳をボクに向け続けてるんだけど、ボクはそれに触れないよう努めて無視する。そんな目をされたって、無理なものは無理なんだ。ニワトリとゴブリンナイトでは、その存在を統括するシステムが違いすぎるんだ。

 ……彼は名づけネームドモンスターじゃないはずなんだけどな。気にしたら負けだろうか……。


 ともあれ、ボクは後ろを振り向かずコアルームに移動する。それでも背中を見つめられてる感じがあったから、なるべく急ぎ足で。

 そこでは、旅装に身を包んだかよちゃんと、きれいなお座りをするジュイが待っていた。


「お待たせ。それじゃ、始めるよ」

「はい」

「うぉん」


 二人の頷きを受けて、ボクはメニューを開いた。その中から、【移転】を選択する。

 前にも説明したけど、これを使うことでダンジョンのデータをコアに戻して持ち運べるようにする。その間ダンジョンは完全に封鎖されることになるから、「閉じる」と俗に言う。


〈【移転】を実行します。本当によろしいですか?〉


 画面に出てくる問いにはいと答える。するとその瞬間、ダンジョンコアの表面を青い光の筋が走り始めた。それと同時に、画面には現在の作業進捗率が表示される。

 やがてそれが100%になると、「完了」の文字が出て、周囲の景色がダンジョンコアに吸い込まれていった。


 ほどなくしてすべての景色を飲み込むと、ダンジョンコアが静かにボクの手の上に乗り――ボクたちはいつの間にか森の中に佇んでいた。


 周りは既に白み始めている。この国の夏場は、昼が長いらしいのだ。とはいえボクだって昼行性の生き物だ、明るいに越したことはない

 ただ、気温は高い。……いや、気温もだけど、何より湿度が高いのかな。今までエアコンの利いたマスタールームにいたから、これは堪えるな。特に、湿度から来る暑さは気持ち悪いくらいだ。水魔法で空気中の水分を調節しておこう。


「う……わあ……」


 一方、かよちゃんが唖然としてる。魔法のない世界じゃ、空間がいきなり変貌するなんて絶対に起きないだろうから、無理もない。

 ジュイも似たような反応だ。彼ももとはと言えば普通の動物だったわけだしね。


 そんな二人を尻目に、ボクはコアを【アイテムボックス】でしまう。それから手を叩いて、二人の意識を呼び戻す。


「さ、行くよ二人とも。まずはかよちゃんの村だ」

「は、はい」

「わふっ」


 そうしてボクは、ジュイの先導で歩き始めた。


 特に何事もなく歩き続けること、三十分ちょっと。より明るくなってきた視界に、建物が見えてきた。木でできた小屋のような家がいくつも、ただし無造作に並んでる光景はなるほど、辺境の村って感じだね。

 まだ人影はまったくない。日の出と共に起きるスタイルなら、もう起きてる人がいてもよさそうだけど……気にしても仕方ないか、今は。


「あそこ?」

「はい、そうです。えーっと、あそこの大きい家の前を右に曲がって道なりに行くと、私の家です」

「よーし、それじゃそこまで行くよー」

「はい」


 声を抑えて会話しつつ、遂に村の中に入る。いやまあ、寝静まってるから何も変化はないんだけど。

 それでもなんか、異世界の文明圏に入ったんだなって感じがして気分が高揚するね。村でこれだから、江戸まで行ったら興奮するんだろうなあ。


 そんな益体もないことを考えながら歩いて、歩いて、かよちゃんの家の前に到着した。

 家自体は、周りの家と大差ない。ただ、すぐ脇に不思議な形の……門? みたいなものがあって、その奥には小さな祠が見える。これがかよちゃんの言ってたお社、ってやつかな。


「ここです」

「よし。じゃあここに荷物を置くね」


 家を示すかよちゃんに頷いて、ボクは【アイテムボックス】から贈呈用に作っておいた荷物を取り出す。

 木箱はこないだかよちゃんと一緒に持ってこられた供物が入ってたやつだ。っていうか、中身は手をつけてない。だって他に食べ物あったし。ってわけで、まるっと突き返す形になる。


 まあそれだけだと食糧事情は改善しないだろうから、【アイテムクリエイト】で作った食料品も加えてある。

 食料品は当然のように入れ物と一緒に作られるんだけど、包装がベラルモース基準で出てくるから少し心配だ。何せビニール袋に入ってるからさ……。明らかにこれ、オーパーツになるよね……。

 心配しても仕方ないんだけど、わざわざこれのためだけに入れ物を作るのはめんどかったから、これ以上は気にしないことにする。何かあったらその時はその時だ。


 ちなみに、袋の中身は米だ。この国の主食らしいから喜んでくれるだろう。品質は高めにしてあるし、きっと満足してもらえると思う。


「これでよしと。あとは……」


 荷物を一通り並べ終えて、ボクは振り返る。そこでは、かよちゃんが静かに自分の家を見つめていた。


 その隣に並んで、ボクは彼女をなでる。


「いいんだよ、最後のあいさつくらいしてきても」

「はい……。……でも、えっと……」


 促されてかよちゃんは、一度だけ小さく頷いた。けど、ボクのほうに目を向けながら、おずおずと言葉を続ける。


「洞窟に行く前に、別れは済ませてます、から。それに私はもう、嫁いだ身ですし……」

「……本当にいいんだね?」

「……はい」


 そう言ってもう一度頷いた彼女の目には、涙がたまっていた。ちっとも大丈夫じゃなさそうなんだよなあ。

 とはいっても、無理やり両親に合わせてその決意が鈍っても困る。ここはボクが一言、残しとくとするかな。


 かよちゃんに気づかれないように時空魔法【テレパシー】を発動させて、まだ眠ってるだろう彼女の両親にメッセージを飛ばす。

 えーっと……。


(かよちゃんは確かにもらったよ。大事にするから安心してね。それから彼女と一緒に贈られた食料は、不要だから返すよ。かよちゃんを受け取った礼として少し加えておいたから、秋の収穫までがんばってね)


 こんな感じでいいかな。眠ってる相手には夢って形で伝わるだろうけど、神聖っぽくてむしろいいと思う。


 なんてことを十数秒の間に済ませると、ボクは改めて口を開いた。


「わかったよ。それじゃ、そろそろ行こうか」

「はい」

「ここからは一気に移動する。かよちゃんはジュイに乗ってもらえるかな?」

「え……」

「わう」


 目の前にやってきて伏せをしたジュイに、目を白黒させるかよちゃん。


「……歩かないん、ですか……?」

「ボクは歩くよ? ただ、その速度にたぶん君はついてこれないだろうからさ」

「え……ええ?」


 頭の上にいっぱいはてなマークを浮かべるかよちゃん。うん、これは口で説明するより実際に体験したほうが早そうだ。

 そう判断して、ボクは半ば強引にかよちゃんをジュイにまたがらせた。


「え、あの、旦那様……」

「いーからいーから。移動中落ちたりしたら困るから、ちょっとだけ固定するからね」


 まだうろたえてる彼女に断りを入れつつ、ボクは触腕を一本伸ばしてそれで彼女とジュイの身体を固定した。リード兼シートベルトだ。

 それから風防として風魔法【エアコントロール】を全員にかけておいて、と。これでよし。


「それじゃ、行くよ。ジュイ、ちゃんとついてくるんだよ?」

「ウォン!」


 気合は十分そうだ。


 それじゃ……敏捷力1999の実力を見せてあげようか。このステータスでもなお、歩くのが苦手な種族柄そこまでの速度は出せないんだけど、それでもジュイの約10倍の数値を持ってる。彼の全力疾走と同じくらいの速度は余裕で出せるんだぞう。


「とうっ!」

「ひゃあぁぁっ!?」


 下半身の残る触腕すべてをうごめかせて、一気に時速20里(およそ80キロ)ほどにまで加速したボクの隣からかよちゃんの悲鳴が聞こえてくる。


 うん、無理もない。だって、この国にこんな速度で動く乗り物なんてないはずだし。

 でもここは慣れてもらうしかない。ちゃんと風は当たらないようにしてるんだし、怖いことなんてないはずだもん。


 それに、いずれ魔導車や飛法船なんかにも乗せてあげたい。これくらいで驚いてもらっちゃ困るのさ。


 一方ジュイは、さすがにスピードファイターなだけはある。ボクの走りにもきっちりついてきてる。かよちゃんを乗せててもなお、余裕は十分ありそうだ。

 この分だと、もう少し速度を上げてもいいかな? このまま一時間くらい行って道がしっかりしてたら上げようかな、うん。


 そんなことを考えつつ、ボクは隣の悲鳴を華麗に聞き流しながら走ることに専念したのだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


クイン、この段階ではまだ米を口にしてません。

彼の運命の出会いはもう少し先です。

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