禁呪
「え、禁呪を覚えたい?」
ある日、幟子ちゃんがせがんできたので、ボクは思わず聞き返した。
「そうじゃ! ほれ、妾こないだ遂に精錬魔法が創造魔法に成長して、新たな称号を獲得したじゃろ? けど、【フルマジックユーザー】と言うには一つ足らんではないか。これでは名折れじゃと思っての!」
それにもっとぬしさまの役に立ちたいし、と付け加えて、彼女はにへっと笑う。
ふむ。言わんとしてることはよくわかる。あの称号の定義には、禁呪は含まれてないんだよね。それはこの魔法が、それだけ特殊な例外だからなんだけど。
彼女の気持ちもわかる。禁呪がこの世の理を改変する魔法であり、それを使えばより多くのことができるようになるのも間違いない。
そして、彼女がさらに強くなるのはボクとしても望むところで、別に断る理由なんてないんだけど……。
「ごめんよ、禁呪は覚えようと思って覚えられるものじゃないし、教えようと思って教えられるものでもないんだ」
「な、なんでじゃー?」
あからさまにがっかりする幟子ちゃん。相変わらず、表情がころころ変わる子だ。
「ごめんよ。でも別に、いじわるで言ってるんじゃないんだ。禁呪は絶対に教えられないようになってるんだよ、そう言う風に主神様が決めてる魔法なんだ」
「むう……?」
幟子ちゃんが首を傾げる。
うむー、この辺りは地球の感覚ではわかりづらいかもだなあ。あらゆる神様があちこちにいて、システムを常に管理してるベラルモースだからと言えるかもしれない。
「まあとりあえず、例を挙げようか。よ……っと、これが、【真理の扉】の魔法式なんだけど……なんだけど……(中略)……ふう書けた。どう、これ読めるかい?」
口で説明してもわかりづらいだろうから、ボクはパソコンに【真理の扉】の魔法式を書き出した。総量で言えば、基本魔法とも言うべき四属性魔法の初歩のおよそ万倍はある複雑な魔法式だ。
ただ、その量は幟子ちゃんの最終必殺技とも言うべき【禁鞭】や【傾世元禳】と同程度だ。彼女の能力があれば、普通は読み解ける量とも言える。
「むむう!? なんじゃこれ、何が書かれてあるのかさっぱりわからんのじゃよー!?」
にもかかわらず、彼女は内容を理解できなかった。彼女ほどの実力者がだ。恐らく、彼女はここに書き出された内容の1つたりとも理解できてないだろう。
「でしょ? そう言う風になってるんだよ、これ」
「む、むー!?」
「禁呪はね、その使用を認められたヒトにしか内容が理解できないように、習得者ごとに魔法式が一定じゃない上に、それそのものにも隠蔽の魔法が施されてるんだよ。もちろんその隠蔽の内容も、ヒトによって一切被らないようになってる」
「ぬー!? 魔法ごとに完全独自言語をそれぞれ2つずつ使っとるんか!? どんな手間暇かけとるんじゃ!」
「まあ一応、禁止された呪文だからね、そこはね」
苦笑しながら返したものの、つまりはそういうことなのだ。
「……じゃったら最初からそんな魔法、創らんけりゃええのに……」
「そういうわけにもいかないんだよね。ベラルモースって本来の創造神を斃した主神様が簒奪して作り替えた世界だから、世界の記憶である真理の記録にどうしても掲載されちゃってるんだよ。掲載されている以上は、誰かがいつか必ずそこにたどり着いて使うようになる可能性があるから……」
「ああなるほどのー、隠して不正使用されるくらいなら、あると公言した上で徹底管理しようとしたわけか……」
「そういうこと」
歴史という事物は、何があっても改変できない。時空魔法にも、時間を止めたり早くしたり、遅くしたりする力はあっても過去にさかのぼる力はない。この事実は、創造神はもちろん、それに成り変わった主神様にも変えることができなかったらしいんだ。
だから、主神様が創造神を斃してその立場を簒奪し、不幸しかなかった世界を作り変える上で用いられた彼女の御業は、すべて禁呪という項目にまとめられて封印された。
そう、禁呪は本来神が起こした奇跡全般を指す魔法。この魔法が他とは別扱いなのは、そう言う理由なのだ。
「……そんな魔法を、ぬしさまはどうやって覚えたんじゃ? ぬしさまは確か……えーと……何個か使えるじゃろ?」
「そりゃもちろん、神様の試練を突破したからだよ。それが禁呪唯一の習得方法で、だから誰にも教えることができないんだ」
ボクが取得している禁呪は全部で4つ。【真理の扉】、【可能性創造】、【存在概念改変】、そして【世界跳躍】だ。この4つの魔法すべてが、世界の理を捻じ曲げあるべき姿を改変するとんでもない魔法だ。そんなとんでもないものを、誰も彼も使えるのはあまりにも危険すぎるんだよ。
だから使用者は、神々の手で直に選定されている。厳重かつ高難易度の神々の試練を乗り越えて、初めて使えるようになる魔法なのだ、これは。
「ほむ。てことは、ぬしさまは神々の試練を幾度も乗り越えたすごいお人ということじゃな! 側室として鼻が高いのー!」
人のことでこれだけ喜べる人って、根っからの善人だよね。さすが、大悪党の中にあった唯一の良心。
でも残念ながら、ボクはそんな真っ当な方法で禁呪を習得したわけじゃないんだよなあ。
「いや、ボクはズルしまくったからそんな褒められることじゃないよ」
「ひょっ!?」
ボクの告白に、幟子ちゃんが飛び上がる。尻尾と耳がぴーんと立って……そんなに驚くことかな。
「なんじゃ、神様相手にイカサマしたんか? そりゃ随分な肝っ玉じゃのー……」
「んー、それも違うっていうか……ボク自身には別に、そういうことをしてる認識はなかったんだよね」
「こゃーん?」
どゆこと? と言わんばかりに、幟子ちゃんがこてんを首をかしげる。
「いやさ、ボクが元々魔法工学者で、魔法の研究者ってことは知っての通りだと思うけど……その研究の過程でこう、ね」
「えーっと、じゃな……」
「ん。ボクの本来の研究テーマって、実は禁呪なんだよ。これを生活に生かせないかとか、そういうことを研究してたんだよね、ボク」
「ほうほう……ほう?」
そう、ボクは専門分野は実は禁呪なのだ。
神話の時代、創造神が牧場と呼んだかつてのベラルモースの将来を憂い、そのありように否を唱えた今の主神ドロシア・クィルサカンテの起こした奇跡。それらはすべて魔法によって引き起こされ、世界を今の形に変えた。
けれど、これらすべての奇跡を使いこなせた者は、ベラルモースの歴史上存在しない。世界でただ一人、主神様のみが扱いきった魔法。一人の魔法工学者として、これほど謎に包まれたものもないじゃない?
知りたい。最初はそんな、ただの好奇心。
でもやがて、魔法工学の師を得るに至って、ボクはその好奇心を使命感に変えた。
ベラルモースは魔法が発達した世界だ。その魔法を、生活の向上のために用いるのが魔法工学の本懐。それがボクの所属した学派の理念だったのだ。
魔法によって、本来生きることができない人、活躍の場を得られない人が、その他大多数と同じ舞台に上がれるようにするのが魔法工学者の目指すべきところだ、ってね。
実際、そんな志を持った過去の魔法工学者たちによって、ベラルモースは発展した。今ボクたちがダンジョンで使ってるあらゆる魔法道具はそうやって生まれたのだ。
眼鏡、料理道具、農具、工具、義肢……それらはみんな、過去の偉人達の努力の結晶であり、これによってベラルモースでは、地球では排斥されるような人でも人生を謳歌できる。
でも、それだけ発達したベラルモースでも、すべての人が救われるわけじゃない。まだ解明されてない病気や現象も、いっぱいある。
ボクは、そういうものを少しでも多く解決したかった。したいと思える出会いがあった。だからボクは、ただ前に歩き続けた。今思えば、若かったんだろうね。
「そうやってあれこれ考えるうちに、禁呪にたどり着いたのさ。これを組み込めれば、うまく使うことができれば、世の中はもっとよくなるって思ってさ」
「ぬしさまはやっぱり優しい人なんじゃの……。普通は自分の手の届く範囲しか目が向かんもんじゃろうに」
「いや、そんな大それたもんでもないと思うよ。要するにボクは、神様にならずに神様みたいなことをしたかっただけさ。傲慢なことにね」
「そんなことはないと思うがのー」
うーん、とうなる幟子ちゃんには応じず、説明を続ける。この件については、あまり掘り返したくない。
ともあれそんなわけで、ボクは研究を禁呪にシフトした。そして当然ながら、その過程で禁呪の禁止されている理由を知る。
でもそこで諦めるわけないじゃない? 駄目って言われてはいわかりましたじゃ、発展はないわけでさ。
「で、たどり着いた結論が、擬似的な禁呪を作るってやつで」
「なんでそうなったんじゃ……」
「いや、だって正攻法じゃ絶対突破できそうになかったし……ボク魔法工学者ならそれでやれば解決すべきって思って」
新しい魔法の開発は、どの魔法でも行われてることだ。先だって幟子ちゃんが地球にしかない病気に対応して見せた【アンチレプラ】のように、必要に応じて創り出され、追加されていくものなんだよね。
だったら禁呪だって新しく創れるはずだ! ってことで、【真理の扉】の劣化コピーを創ったのです。真理の記録の存在は知ってたから、そこにアクセスできれば行けると思って。
出来上がったのは劣化も劣化で、本家に比べればあらゆる面でしょぼかったし、一度使うたびに魔法式を新しく作り変えなきゃいけなかったんだけど……それでもほしい情報を得ることはできた。
当時ボクが欲したのはズバリ神々の試練のルール一式で、それを全部洗い出してルールの穴をとにかくつきまくるという方法を取ったのだ。
「まあその劣化コピーを創るだけで200年くらいかかったんだけどさ」
……あれ? 待てよ、ボクの年齢って50前だったっけ……あれ……。
なんか……記憶にもやがかかってるような……。
「それでも十分早いと思うぞえ?」
「ん……んん、うん……うん?」
ボクの反応が芳しくないからか、幟子ちゃんが心配そうに見つけてきた。
いけないいけない、ぼんやりしてる場合じゃないね。
ボクは首を振ると、彼女の言葉に応える。
「で、えーと、まあ、その結果、まず本家を取りたいと思って【真理の扉】を、次に魔法道具にするのに便利そうな【可能性想像】と【存在概念改変】を取得して、最後に異世界に行きたいってなってから【世界跳躍】を取ったんだけどさ」
「話だけ聞いてると、ぬしさまがますますすごい人に思えてくるのー!」
「神様たちにバレたんだよね」
「おーっと!?」
「おかげで博士課程通らなかったんだよねー」
ボクのステータスに、修士はあっても博士がないのはそれが理由だ。やりすぎた、やりすぎたのだボクは。
おまけにこれが原因で学派から追放されてて、だからこそ異世界に行こうと思ったってのも実はあったりするんだけども。
「あとそうだ、おまけに色々ステータスも落とされたね。天罰で」
「おまけ!? そっちのが深刻ではないかえ!?」
得た禁呪は決して悪用はしなかったし、ボク自身には野心も悪意もなかったから、情状酌量で【神罰を受けし者】っていうベラルモースで一番重い罪系の称号はつかなかったけどさ。
とにもかくにも、ボクはレベルとステータスを初期値に戻された上、各種スキルレベルも半分以下、ものによっては1まで落とされている。称号もいくつか剥奪もしくは格下げされた。
あと自覚症状がないからたぶんとしか言えないんだけど、記憶もいくつか飛んでると思う。もしかしたら、他にもまだペナルティあるかもね?
「やー、ボク自身は強さにそこまで興味はなかったから、そっちはそこまででもないんだよ」
「そ、そうなんかの……。器が大きいと言っていいんじゃろか……」
「まあそんなわけなのさ。だから禁呪を教えることはできないんだよ、ごめんね」
「お、おおう……うむ、それならば仕方ないの……」
「どうしても習得したいなら、一度ベラルモースに跳ぶしかないね。今のボクのステータスなら、人ひとりあっちに送るのはそこまで難しくないと思うけど……」
「や、それは遠慮しとくのじゃ。帰ってこれないかもしれんし……」
「そりゃそうだ」
いやでも、もしかしてこの世界にも禁呪に該当する魔法があったりするのかな?
調べて使えるなら調べてみたいところだけど……まあ、それはさすがに遠慮しておこう。さすがにもう、神罰はこりごりだ。
知らないうちにやらかす可能性もゼロじゃないだろうけど、わざわざ見えてる地雷を踏みに行くような真似はいくらボクでもしないさ。
……ちなみに【真理の扉】で調べる限り、5000年に及ぶベラルモースの歴史で、ボクみたいなことをした人(そして同じく神罰を食らった人)は過去に5人ほどいたらしい。
これを聞いたママが、「じゃあ1000年に1人の逸材なのね!」って言ってたのは素直に親バカだと思う。いや、単にボクを慰めたかったのかもだけど。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
閑話→幕間→閑話と来てたので、今章も幕間の予定だったのですが特にネタが浮かばなかったうえに閑話のネタのほうは浮かんできていたので、閑話で行きます。
今話を含めて3つ閑話を投下する予定ですが、基本的に設定の漏れを紹介する閑話になるつもり。
というわけで今回は、皆さん思うところあったかもしれない禁呪についてでした。