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江戸前ダンジョン繁盛記!  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
1855年~1856年 拡張
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第百二十一話 吉と出るか凶と出るか

 命名規則について、話をしよう。


 最初の頃、ボクは命名という行為が重要だって話は何度かしてきた。

 ベラルモースにおいて名前は、その存在を個として確立させるための最初の核であり、最大の要素だ。名前を持っていない存在は不安定で、自我もなければ理性もない。己の肉体が持つ機能すら、十全には扱えない。それくらい、名前はとても重要なものだ。


 この機能を利用したシステムが、ダンジョンキーパーであるモンスターの命名。コアの能力で生み出されるモンスターには通常名前がなく、弱い。けれどこれに命名することで幹部たりうる強力なダンジョンキーパーを生み出すことができる。

 ダンマスは、この二つの存在のメリットデメリットを理解した上で、使い分けることが求められるわけだ。そしてネームレスとネームドの差がどれほどのものかは、今さら言うまでもないと思う。


 けれどこの名前は普通、生殖や生産など、自然の営みの中で行われる誕生においては最初から世界そのものによって命名された状態で生まれる。これが真名であり、だからこそ最初から一個の確立した存在が生み出される。親や作り手が名づける名前……ボクでいうクインは通名でしかない。


 それじゃ逆に、地球ではどうか?


 地球の命名規則は、実のところベラルモースと良く似ている。けれど、存在が生まれた瞬間に世界から真名を与えられるベラルモースと異なり、この世界では世界からではなく、在世の他者によって真名を得る。

 おまけにこの真名の存在も結構ゆるくて、真名の改名すら可能だ。この辺りが緩い分、名前を得た時の強化具合はベラルモースのそれよりだいぶ小さいわけだけど……。


 そんな仕組みだから、場合によってはとんでもなく強力な存在が、いつまでもネームレスであることもしばしば起こりうるんだよ。特に、言葉という文化を持たない人間以外の生命体でそれは顕著だ。

 そう、幟子たかこちゃんの元である伝説の大妖怪、白面金毛九尾の狐は、実はこの真名を持ってなかったんだよね。


 彼女は特に、魂魄だけで自在に行動できるようになるために、かたくなに自身への名づけを嫌ってたようだ。これによって個として完成し、一つの肉体にとらわれることを嫌ったんだと思う。

 だから彼女は常に、乗っ取った身体の持ち主の名前を使った。それが妹喜ばっきであり、妲己であり、楊貴妃であり、玉藻の前であり、幟子だ。


 魂属性を獲得する手段はいくつかあるけど、この方法は魂魄体での移動に一切の制限がかからない。他の手段で得た場合は、魂魄体になるのにも、それで移動するのにも事前に準備がいる上に、魔法の補助が必要になるんだよ。

 でも人間界を渡り歩き、贅沢三昧をし、社会を乱すのを楽しみとしていたっぽいかつての白面金毛九尾の狐にとって、それは嫌だったわけだ。自在に魂魄だけで動き回れる状態を維持することは、重要なことだったんだろうね。一度真名を得ると、地球の規則でも改名はできても捨てることはできないから。


 そしてここからは、地球での独自のルールだ。


 説明した通り、地球ではネームレスの存在が実はかなり多い。人間に関係してない存在が、大半そうだと言っていい。

 だから、相当数の力を持っているネームレスが、ある日突然名前を付けられて確立した際にどうなるかもルールとして決められている。そんな存在が、一つの肉体に複数入っている場合もね。


 このルールでは、単体だけなら単純にレベルが上がることになっている。場合によっては進化するんだけど、この点については、ダンジョンコアの命名によるネームドモンスターの作成と近いものがある。


 一方で、先述のような一つの肉体に複数の存在がある場合は、名前を付けられた存在を基本とした形ですべてが一つに統合されてしまうんだよね。

 これは名前を除けば、レベル、種族、職業、能力、スキル、称号と、おおよそ【鑑定】で見ることのできるものすべてが当てはまる。性格も例外ではないみたいだ。


 つまり今回の件で言うと、石とそこに入っていた九尾の欠片が双方ネームレスで、石のほうに濡羽ぬればという名前が付けられた。結果、地球独自の命名規則、その例外規定に従って、九尾は石に統合されてしまったわけだ。

 ベラルモースでは、どう転んでもあり得ない。存在の統合なんて、【融合】か【習合】スキル、あるいはダンジョンのシステムである【合成】以外なんてありえないんだけど。

 道理で結界が残ってたわけだ。世界システムによる現象なんだから、ただの結界程度でどうこうできるはずもないよね。


 とまあそんなわけで、二つの存在が統合されたことで、両者の特徴も混ざりあったわけだ。

 種族は石のほうを中心としたもの(確か九十九系統)に置き換わり、けれど九尾の欠片の影響で最上位種である元君げんくんに書き換わった。称号も同様で、混ざったって言っていいだろう。

 一方、レベルをはじめとした能力はそれに準じて最適化されたけれど、石はほとんどスキルを持っていなかったから、これは九尾の欠片のものがほぼ完全なままで受け継がれた……と、こんなところだね。


 そして肝心の性格だけど……あらゆるものに魂が宿るこの世界、進化を封じられ個としての力を磨くことができなかった石の人格(?)とはいえ、やはり一切影響なく消滅したってことはないようで。


「……此方はどうなりますか? まさか処刑だなんてことはありませんよね?」

「いや……うん……それはさすがにしない……と思うよ。まあ、今後の身の振り方次第かな……?」

「ううう……先ほどは軽率なことをしました……申し訳ありませぬ……」


 随分としおらしい性格になってるっぽい。演技の可能性もまだ否定はできないけど、全身からにじみ出る気配がすごく穏やかなものになってるし、たぶんガチだと思う。


「小狐丸?」

「はいちちぎみさま! このひとからははぎみさまの気配はかんじません!」


 小狐丸もこう言ってるし、もはや濡羽は九尾の欠片とは完全な別人って思ってほぼ間違いないと思う。今の状態なら攻撃もされないだろう。

 まあ、一応念のため魔法やスキルは使えない状態で、身動きも封じた状態で問答してはいるんだけど、これじゃ逆に申し訳ない気分になってくるレベル。


 何せここは実空間から切り離された亜空間。外との兼ね合いもあるから、時間の流れを変える【ザ・ソウルアンドタイムルーム】で作ってある。とりあえず今は、幕府との話をする前に謎は全部解いておきたかったからこうなったんだよね。

 そこでボクは、幟子ちゃんと小狐丸を連れて話を聞いていて、命名規則のことに思い至って今に至る。


「妾みたく、ベラルモースのシステム管理下で命名を行えば、こんなことにはならんかったんじゃろうがのぉ」

「それはそれでだいぶアレだけどね。ベラルモースでは一つの肉体を共有する複数の名無しの魂とか、絶対ありえないから」

「そのありえないをベラルモースでやった結果、妾が【眷属指定】を受け入れた時と同程度の強化が白面金毛九尾からの独立時にもう一度起こってしまったのは、笑ったがの」

「命名による強化が二回も起こるとか、反則だよね」


 命名で強化された九尾の欠片を、【眷属指定】で再強化しつつ仲間にしたいってのが、隠してたけど本音なんだけどな。

 前回の欠片といい、まったく物事うまく行かないものだね。


 いやー、まさか慶福よしとみ君が石に名前つけるなんてね……。普通そんなこと思いつかないし、思いついてもやらないでしょ……ペットじゃあるまいし……。

 そう言う意味では、石に箔をつけさせる作戦は失敗だった、のかもしれないなあ……。


 一応、結果だけを見たら決して悪い結果にはなってないから、よかったと言うこともできなくはないだろうけどさあ。


「……とりあえず、幕府への説明資料を作らないとなー。世界システムやら霊魂学やらの要素も入ってるし、説明するのに相当骨が折れそうだ」

「その辺りはみんな専門外じゃし、ぬしさま以外どうにもならんところじゃの」

「まーね。とにかくがんばるよ」


 とはいえ、全部理解してもらう必要はない。

 最悪、特殊な存在にうっかり名前を付けるとやばいことになる、ってことだけ理解してもらえればそれでいいや。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 で、その後老中会議で一通りのところを説明したのはいいんだけど、短時間ですべて理解できた老中は案の定一人もいなかったので、超大ざっぱにある程度わかってればいいことにした。


 それはいい。どうして起きたのか、それを防ぐにはどうすればいいかと言った、災害対策とかで必要になる部分は、ある程度共有できたから。


 問題は、それ以外のところだ。後始末の部分だね。

 目撃者の大半は、こっちで記憶を改ざんするからまあいい。よくはないけど現状ではいいとするしかない。


 じゃあ何が問題って言うとだね。


「……慶福公が、例の女を探しておられる……」


 絞り出すように阿部正弘君が言った。その顔は、これ以上ないってくらいに渋い顔だ。


「……人外に一目惚れとは厄介な……」

「狂おしく同意するよ……」


 同じく渋い顔でつぶやいた松平慶永よしなが君に、ボクは力なく頷いた。


「お得意の魔法で、なんとかなりませんかな……」

「今回に関してはほぼ諦めたほうがいいかなあ……」


 恋愛っていう感情は、厄介だ。こいつに関係した箇所の記憶は、改ざんが非常に難しくなるんだよね。おまけに成功しても、ふとした瞬間それが解ける可能性がかなり高くなる。

 それだけの力があるんだよねえ、誰かを好きになるってことは。逆に向くとストーカーとか、より厄介になるけどさ。だからこそ、主神様は恋愛を司り、色んな種族を仲立ちする神様なんだけど……。


 その辺りを説明すると、参加者の大半が頭を抱えたり、天井を仰いだりした。ボクの似たような心境だ。


「かくなる上は、外交案件とするが現状最も得策かと……」


 ロシュアネスの提案に、ボクを含めすべての老中が、深いため息でもって応じた。そこには、「だろうなあ」という共通の諦観が漂っていた。

 とはいえ、ほどなくして立ち直り、会議を再開できるのはさすがに国政を担う官僚ってところかな。


「しかしそうなると、ダンジョンの存在とクイン殿たちのことを公表せねばなりませんぞ……」

「それはまだ時期尚早ということではなかったか?」

「然り。されど他に妙案が浮かばぬことは事実……」

「隠したまま行くとなれば、日本国のしきたりに従わねばなりませんか。確かこちらの国では、上位の武家の婚姻は公家の子女、もしくは公家の養子となった者と、でしたね」


 そこに普通に入り込んでるロシュアネスはさすがだな。その手の案は、ボクにはちょっとすぐには出せない。彼女の部下もいて、書記とかで活躍してる。


 うん、ボクはしばらく黙ってたほうがよさそうだ。空間の維持だけがんばろう。


「左様ですな。されどあの黒い石娘を養子として迎えてくださる奇特な公家が果たしてあるかどうか……。来歴で言えば、まるで得体が知れませんぞ」

「うむ……いかなる公家が、身元の分からぬ者を養子にすると言うのやら……」

「あの娘が元を正せば九尾の狐であることは、周知の通り。そして、実はクイン閣下の側室も九尾の狐なので、我々としては閣下の義妹と言うことで十分なのですが……明かせませんからね、その辺りのことは……」

「ふむう……実態の上では十分すぎる立場なのですがな」

「そうですな。我が国に強く友好的な国の幹部、その妹君となればむしろ、こちらの身分を気にするべきところでしょう」


 ねえ待って? 今、すごく聞き捨てならないことが聞こえたよ?

 ボク、幟子ちゃんを側室にするだなんて認めてないよ?


 ……ああ、でも、ロシュアネスに「いいから」みたいな目を向けられた。これはあれだな、国益のためにそれくらい我慢しろってことだよね、きっと……。

 たとえ何もしてなくっても、実際に内外から側室って認められることは、今までとはまったく違う意味になってくるんだけどな……くそう、なんでそうみんなしてボクと幟子ちゃんをくっつけようとするんだ?


 結局このまま話は進んで、幟子ちゃんは完全にボクの側室ってことで幕府からも認められてしまった。

 外交の場で真実と言い切ったことを、ボク一人のわがままで覆すなんてできないじゃないか……。

 ぐぬう……納得できない……。


「ここはやはり、朝廷の中にも我々の協力者が必要なのではありませんかな」

「そうですな……どうやら、以前から話し合っていた計画を進めたほうがよさそうです」

「計画、とは?」

「概要は今話題に上がった通り、朝廷内にクイン殿たちのことを知る人物を協力者として用意すること、ですな」

「左様。幕府の権威が回復しているとはいえ、やはり我々は元来朝廷より委任を受けた将軍職を、さらに委任されて補佐するものですからな」

「国の意思を統一すると言う意味でも、朝廷内に協力者はいい加減必要であろう、と……」

「なるほど、確かに仰る通りです」


 まあ、うん。

 どんどん話が先に進んでることについては、あえて何も言うまい。


「……クイン閣下。どうやら一度、京へ赴く必要がありそうです」

「京かあ。一度行ってみたかったんだよね」

「何故閣下も同行することになっているのです?」

「……え? あれ、そう言う話じゃなかった?」

「異世界ベラルモースを理解していただくなら、魔法が使える人間的な外見の者がいれば十分でしょう?」

「う……そ、それはそうだけど……ほ、ほら、確かこう、風水? とかっていう、この世界独特の空間構築学に基づいてる場所じゃん? 一研究者としては、気になるじゃん?」


 ボクだって、自分が交渉ごとに向いてないことはわかってるよ。細かい説明や、実際の交渉はロシュアネスに任せておけば間違いないって思ってる。


 ただ、諏訪湖の例があるように、この世界には地形を利用した魔法的な仕組みを持つ土地が各地に存在している。そしてそれは、この国の都である京もそうだと真理の記録アカシックレコードに書いてあるんだ。

 京そのものに神様らしき存在はいないみたいだけど、ベラルモースと地球のシステムの違いを理解するうえで、この辺りの明確な違いを知っておくことは大事なことなんだよ!


「ゆくゆくはダンジョンうちの探索者たちに、ダンジョン内でのみ魔法が使えるようなシステムを構築したいんだ。そのためにも、色々調べておきたいことが各地にあるんだよ」

「それは江戸ではできないことですか?」


 う、す、鋭い。確かに、江戸もその機構が導入されている。風水がしっかり仕込まれている。

 でも、一研究者としては足りないんだよね。ここは引くわけにはいかない!


「君は未知の存在の良し悪しを、一つの事例だけで判断できるのかい?」

「……なるほど、できませんね。ふむ……そのシステムを実現できれば、確かに今後の利益となるかもしれないのは事実……。……わかりました、ご同行願います」

「やったー」


 ……って、なんで部下に許可もらってるんだボク?

 うちの外務大臣がボクに手厳しい件……。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


更新遅れてすいません、仕事帰りに飲んでました。


それはともかく……と、こんな感じの理由で九尾の一部はほぼ無害化しましたとさ。

でも事態はより複雑なことに……。

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