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江戸前ダンジョン繁盛記!  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
1855年~1856年 拡張
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第百十九話 次の一手?

 アルヴァが加入してからおよそ半月と少し。いよいよ春が訪れて穏やかな気配が漂ってきた頃合い。

 前回の戦いの後処理などを一通り終わらせて、一段落したボクたちは再びダンジョンの外に進出していた。今回の場所は美作国のとある山の中。


 ……の、予定だったんだけどねえ。


 ボクは今、大坂の港で荷物が積み込まれてる真っ最中の船を遠目に眺めている。ダンジョンのほうの後処理もまだ終わってない。


 これがなんでって、話せば少し長くなるんだけど。

 先日、美作の九尾の欠片を監視してた鳥たちから、報告が飛んできたんだ。例の、九尾が憑いてた欠片が人間に拾われた、ってね。

 だからこれはまずい、ってんで一段落まであと少しだったところを繰り上げて、急いでこっちまで来たんだよ。何せ中身が中身だし、何があってもおかしくないと思って。石ごと欠片いなくなってたのは本当だったし。


 んで調べてみたところ、どうも例の欠片を拾ったのは石材商みたいでね。だから拾うって表現は正しくなくて、何人かの人夫が運び出したってのが実際のところらしい。

 つまり、あの欠片はなんと商品になっちゃったのね。危険だから鳥たちを使って近づかせないようにしてたのに、こういう時の商人のガッツには恐れ入るよ。


 こうなったからには、力づくでどうにかするのは下策になっちゃってさあ。おまけに売り先がもう決まってるから、ってんで買収もできなくて。

 しょうがないから、相手が暴れ出さないように見張りを兼ねて積み出しを見学するしかないっていうね……。


「上様、あれの売り先調べてきたわ」

「お疲れ藤乃ちゃん、待ってたよ。で、どこに売られるの?」


 音もなく後ろに現れた藤乃ちゃんに身体ごと振り返って尋ねると、彼女は言いづらそうに一度視線を伏せた。


「それが……どうやら紀州徳川家の江戸屋敷みたいで……」

「……おおう……」


 ……どうやら、これは完全に面倒ごとになっちゃったようだ。


 ボクは盛大に漏れ出るため息を隠せなかった。


「……ってことは、あの船に載った後、海路で江戸まで行くわけだね?」

「らしいわ。去年の地震でダメになった庭の再建に使うって話よ」

「なるほど。しっかし……海、かあ……」


 海はきついんだよなあ。


 火に比べたらかなりマシだけど、塩気たっぷりな海水はアルラウネにとってきついんだよ。すぐにどうにかなるわけじゃないけど、それでも浴びすぎると枯れちゃう。うっかり海に落ちようものなら、アイアンメイデンに抱かれたような痛みを味わい続けて死ぬと思う。

 港周辺で数時間、1日程度ならどうってことはないから、以前横浜で船に乗りこんだりはしたけど……海路で物を運ぶってことは、結構な時間海の上なんでしょ?


「それは……かなり遠慮したいかな……」

「まあ、ね……上様は、ね……」


 とは言っても、このまま引き下がるわけにはいかない。


「……いっそ海の底に沈めちゃうか。乗組員や船の持ち主には悪いけど」

「それはちょっと難しいんじゃないかしら? いくらろくに動かせない石の状態とは言っても、相手は九尾の一部よ?」

「……させてくれないだろうなあ、それはさすがに」


 あっちもあっちで、ボクたちに警戒の目を向けてるもんね。そうでなくともずっと監視してたのは事実だし、せっかくのチャンスを潰されるようなことは、いくら魔力が足りない状態とは言っても全力で阻止してくると思う。


「だからこの案は却下かなあ。となると、あとは正攻法か……。一応、紀州徳川家とは伝手はあるけど……」


 かの家の当主、徳川慶福よしとみ君とは一度顔を合わせて自己紹介もしてる。彼ともボクとも仲がいい家定君に仲立ちを頼む、って手もある。


 それでも、まったく理由を言わずにただ石だけをもらうのは無理ゲーだろうなあ。ただの石を理由なくほしい、ってのが一番不自然だし。

 九尾の欠片のことは幕府にも伝えてあるけど、伝えてあるのは上層部だけだからなあ……。幕府に要請すれば協力はしてくれるだろうけど、ボクたちのことをほとんど知らされてない紀州徳川家がどういう反応するだろう?

 最悪何かしらの対価は必要になるとして……そこでどうやって譲歩を引き出せるか、うまいこと妥協点を見つけ出せるか、か……。


 ……うん、自信ない。全然ない。交渉に関してはボク、まったく定評ないんだよなあ。


「できないことはするもんじゃない。この件に関してはロシュアネスに任せよう」


 先日の大量DE獲得で、ウェルベス共々彼女たち文官組には数人の部下をつけている。あの2人にはさすがに劣るけど、文官としての能力がボクより高いのは間違いない。

 その部下たちの、訓練も兼ねる感じでなんとかしてくれれば幸い……かな。


「……よし、それじゃ方針が決まったところで、一旦戻ろうか。これ以上ここでボクたちにできることはない。監視は鳥たちに続けてもらうってことで」

「御意」


 頭を下げる藤乃ちゃんを伴って、ボクは港を後にする。

 そうして人目のないところに移動したところで、ダンジョンに帰還した。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 数日後、ロシュアネス以下外交官組の活躍により、クインは幕府伝いに石を回収するという方向で目途を着けることに成功する。

 具体的には、紀州徳川家が購入した庭園用の石を、幕府が江戸城の整備のために用いると言うことで買い上げる形を取り、そこから対応可能なダンジョンへ引き渡される予定だ。そのための費用は、幕府とダンジョンが折半することで決着した。

 幕府としても、化け物以外の何物でもない九尾の欠片を江戸に置くなどとても容認できない。なのでこの件は、両国協調で当たるべき案件と判断、全面的に協力してくれることになった。多大なダンジョンへの貸しを返す意味もあったが。


 この際両者で取り決められた内容として、件の石に多少の箔をつけることが決まった。

 というのも、紀州徳川家が購入した庭石は大小様々で結構な量になる。その中から、問題の石だけを買い上げるにはなにがしかの理由が必要だったのだ。


 すべてを買い上げてしまえばいいという意見もあったが、そうすると今度は買い上げた石をどう使うかという問題が出てくる。ダンジョンで石を使う予定などない(あったとしても、DEでどうにでもなる)し、幕府としても庭石を買い上げるのはあくまで建前に過ぎず、実際に庭石を利用する予定など一切ないのだから。ついでに言えば、それだけの庭石を買い上げる費用も馬鹿にならない。

 故に採られたのが、件の石に箔をつけることであった。箔をつけ、特殊な石と認識させることで、幕府がそれ一つだけを買い上げる理由にするのだ。


 そのために、ダンジョン側はアルヴァの派遣を決定。海上で船を適度に襲わせ、石に船を守らせることで箔とする作戦だ。


 石に宿る九尾の欠片としては、海の藻屑となるなど到底容認できないだろう。となれば、船が沈むのは何が何でも死守するだろうと思われた。そしてそのためには、石のままの欠片には魔法を使う以外に方法がない。そうすれば、不思議な力を持った石と思われるのは間違いない、と。

 あわよくば九尾の欠片が保持している魔力を無駄遣いさせよう、と言う腹積もりである。


 そんな政治的なやり取りが江戸で行われていた頃、件の石は太平洋の大海原を船で移動していた。船はこの時代の日本のものとしてはかなり大型で、積荷はかの石以外もみな石材だ。

 徳川の御世は、その初期から大型船の建造が禁止された時代ではあったが、商船に関しては17世紀のうちに早々と撤回されている。この時代における海運はそれだけなくてはならないもので、今回のような特に重量のある輸送は、船でなければ難しかったのである。


 しかし海を行くというのは、いつの時代も危険がつきもの。遣隋使、遣唐使の時代に比べれば技術は上がったし、日本近海から離れないとは言っても、やはり海は魔物が住まうと形容されるに相応しい環境である。

 20世紀に入った直後の時代でさえ、タイタニック号の沈没事故などがあったのだから、19世紀の船旅に何があるか分かったものではない。


 だから船乗りたちは、ことさらゲンを担いだ。船の命名によくある「丸」もその一つで、諸説はあるが「丸を描くと始点に戻ってくることから、帰って来れるように」という意味があったとされる。

 そんな信心深い海の男たちが、突然波間から出現した純白の巨大海蛇……ミズチを見たらどうするか。


 神に祈るに決まっている。もちろん、船を沈ませないよう必死にそれぞれの職務をこなしながら、ではある。そう言う意味で、海の男はやはり勇敢だった。

 だが、水を自在に操る蛟が相手では、あまりにも分が悪かった。天気は早々に時化へと変わり、船は激しく触れる。そこに十数メートルを超える波を叩きつけられてしまっては、小さな人間にはもはやどうすることもできなかった。


「くそう……何がなんだってんだよ……」

「もうダメだ……すまねえ母ちゃん、俺はここまでだ……」


 そして彼らが絶望に打ちひしがれ、船体が完全に横転しそうになったまさにその時。


 突如積み荷の一角から光が放たれ、船体がそれに覆われた!


 それだけでも驚愕に値するが、光はそれにとどまらず、なんと横転しかけた船がそのまま一回転すると、空中に留まって海原を滑空し始めたのである。

 積荷の多くはその時に海へ落ちて行ったが、乗組員は奇跡的に全員振り落とされることなく、その奇跡を目の当たりにした。


 薄紫に輝く羽衣のような輝きに守られた船はもはや一切の風も波も寄せ付けず、荒れる海原すら御してみせる。そのまま一転して凪いだ海原に、音もなく船が着水していく。

 そんな奇跡を船乗りたちは目を丸くして、しかし逃すまいと見開いたまま眺め続けていた。


 蛟、すなわちダンジョンから派遣されたアルヴァは、相手が悪いと思わせるような悔しげな態度を取って、海中へと消えていく。どうやら、意外と演技派らしい。


 それから彼女が姿を消して数分。

 やがて船が海に戻ると、相手の不在を確認したかのように輝きが船体から消える。直後に、船体が波の影響下に戻って小さく揺れた。


 残されたのは、あるべき姿に戻った海原と、波の音。それから海鳥たちの鳴き声ばかり。

 いつもの効果音を耳にした船乗りたちはけれども、しばらく呆然としたまま身動きが取れなかったと言う。


 だが少ししてみなが我に返った頃には、何が自分たちを守ってくれたのかという当然の疑問を全員が抱く。

 そうして奇跡の担い手として見出されたもの。それこそ、かつて殺生石と呼ばれ、かつ今でもなお美作の山中で生き物と取り殺そうと、機会を狙っていた存在であった。


 石……九尾の欠片にしてみれば、助けたのは成り行きでしかない。今まで船乗りたちを殺さなかったのも、己を持ち去った人間たちが商人で、いずれ人の多い場所に持って行ってくれると期待していたからにすぎない。

 だからこそ海の底に投げ出されるなど願い下げで、己の目的を阻害しようとした自然の気まぐれを振り払ったのだ。それだけのことだった。


 しかし船乗りたちにとって、そんな欠片の来歴など想像の埒外のことだ。だから欠片の思惑とは裏腹に、彼らは欠片を盛大に崇め奉り始めた。

 妖怪として生まれ、妖怪として生き、妖怪として死ぬつもりだった欠片にとって、この扱いは初めてのことで、戸惑うしかない。


 いや、もしそれにかつての記憶が残っていれば、戸惑うことはなかったかもしれないが……。


 ともあれ、欠片は初めて・・・の神様扱いに盛大に困惑し、今までの不運っぷりから一転しての好待遇に、一周回ってものすごくネガティブに受け取った。


 ――大方この後、盛大に落とされるのです。そうに違いありません! 此方は己の不運具合、侮っておりませぬからね!


 言うまでもなく、それは考えすぎ以外の何物でもないのだが。

 ともあれ欠片は、霊験あらたかなご神体のような扱いを受けたまま、それにものすごく居心地の悪さを感じながら、でもちょっとだけいい気分を味わいながら、数日後には無事、江戸の街へ持ち込まれたのであった。


 実際はここまでの流れがすべて、ダンジョンと幕府が描いた思惑通りのマッチポンプではあったのだが。ひとまず九尾の欠片がそれに気づくことはなかった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


なんとここまでクインの想定通り!(フラグ

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