第百十八話 神様の横やり
待って、待って待って、ナニコレ何がどうなってるの!?
いくつか追加した覚えのないものがあっちこっちにくっついてるんだけど!?
「……だ、旦那様?」
「マスター?」
「……ごめん、また想定外なことが起きた……調べる。悪いんだけどネイシュはあの子……アルヴァの世話に戻って。かよちゃんは【存在概念改変補助・壱式】の準備お願いできる?」
「イエスマイマスター」
「はあ……わかりました」
かよちゃんとネイシュが声をかけてくるけど、それに逐一説明してる余裕はない。
何が起きてるんだ? いや、原因は間違いなく1つだ。
称号【八坂刀売命の神使】。お前だ!
これがついたことで、土属性や【奉納】、【神託】といったスキルが勝手にくっついてるんだと思う。
そんでもって、それがくっついた理由なんて1つしか考え付かない。
ボクにつけられた【八坂刀売命の加護】。これだろ、絶対!
「そんなルール聞いたことないぞ……?」
でも、神様からの加護系称号で、神使の称号がくっつくなんて聞いたことないんだよなあ。
ともかく、大急ぎで【真理の扉】を起動。加護系称号に関する情報にアクセスだ!
「…………」
次々に脳裏をよぎっていく、無数の情報。それらを全速力で解析していく。
けど……。
「……やっぱりそんなルールは存在しないな……。少なくともベラルモースでは、有りえないことだね……。となると……」
……地球管理システムにおける効果?
あるいは、ボクの【始祖】と同じく、2つのシステムが同期したことによるバグ?
いやでも、地球管理システムのほうにそんなルールがあったとしても、ここはダンジョンの中なわけで、ここでそっちのシステムが動くなんてありえないはずなんだけどな。
とりあえず、真理の記録をもっと奥まで接続してみるか……。
「……あ。あった、地球側のシステム特有の現象なわけだ、これ」
結果、確かに地球管理システムのほうに、「加護系の称号を所有している者が眷属を生み出した時、最初の個体に限り眷属とならず、加護を与えた神の使いとなる」ってルールが設定されてる。八坂の神様が加護をくれた時「打算もある」って言ってたのはこのことだったわけだ。
……でもそれでもおかしいよなあ。さっきも言ったけど、ここはダンジョンの中で、ベラルモースのシステムで動いてるんだぞ? なのに、なんでこの効果が発揮されたんだろう?
それに、よくよく見るとこの効果、完全には発揮されてないよね。「眷属とならず」って部分だけど、ボクの眷属としても確立しちゃってるんだけど?
「マスター、思考中のところ大変申し訳ありませんが……」
指を唇に当ててうんうん考え込んでると、横からネイシュがおずおずと声をかけてきた。
一応、一通りのところはわかってたし、と思いながら彼女に応じる。
すると彼女は、胸元にとあるものを掲げながらこう言った。
「部屋に収蔵しておりました、諏訪大明神様の鱗が朽ちてしまっておりました」
「……!?」
「いかがいたしましょうか?」
「あの神様……やってくれた、そういうことか!」
「マスター?」
やられた、完全にやられた。
八坂の神様が言った「打算」ってのは、この鱗も込みでってことだな、たぶん?
……打算なんてレベルじゃないな、人の眷属を勝手に自分のものにするとか、黒すれすれなグレーゾーンだぞ? この世界じゃありなの?
ともあれ、確証がほしくてもっかい【真理の扉】を使ってみる。
すると案の定、「神の身体の一部は、種が発生、もしくは成長する過程で最も近くにある存在に多大な影響を与える」ってあるじゃない。神様由来のモノってのは世界の理に干渉する可能性を持つ、ってことだ。創造神は別格としても、伊達に生命としての頂点に立ってないってことだね。
まして八坂の神様は、幟子ちゃん以上に長く生きるだろう神。ただの鱗がそれだけの力を持ってても、なんら不思議じゃない。
「……つまり八坂の神様は、ボクたちの誰かが成長……つまり進化する時に、自分の神使になるように加護と鱗を与えたんだな? あの場にいたのは、ボクとかよちゃんを除けばみんなボクの眷属だから、進化してれば自動で神使になるって寸法だ」
ボクの眷属を自分の神使に上書きできるようにした……そういうことなんだろう。鱗は万が一の時の保険ってところかな?
その保険のおかげで、アルヴァはまんまと八坂の神様の神使にされてしまったわけだけど……ダンジョン内はベラルモースシステムが稼働している。
所定の土地から離れると力を十全に発揮できなくなる土着神の彼女にとって、そんな場所にいる存在の定義を書き換えるには、鱗1枚じゃ足りなかった。これが答え、かな?
やれやれだよ……。
まあでも、ボクには禁呪がある。【存在概念改変】を使えば、この手の効果も全部消してしまえる。最悪それで行くしかないだろう。
「……あ、ネイシュ、その鱗はたぶんもう使い物にならないから、ダンジョンに吸収してDEに変えるよ。その辺に置いといて」
「イエスマイマスター」
これはそれでいいとして……。
「……とりあえず問題としては、神使としての強制力と眷属としての強制力、どっちが強いかどうかだね」
ボクの命令のほうが優先されるなら、無理に【存在概念改変】をする必要はないと思う。八坂の神様への情報、あるいは魔力の奉納を禁止すればいいだけだし。
その辺りは確かめないといけないよね。って思いながら、ようやくアルヴァに目を向ける。
彼女の身体は、蛇だった頃に比べると格段に大きくなっていて、今やこの部屋も狭そうに見える。顔立ちは蛇からだいぶ変わっていて、八坂の神様に近くなってるかな?
一方、普通の蛟には存在しない器官も彼女は持ち合わせていた。両手だ。
これは確か、昨夜調べた限りだと竜に進化して以降じゃないと生じない器官、だったはずなんだけど。【残滓】の影響で手っぽいものが既にあったからか、進化することでその部分がすっかり手になってしまったんだね。蛇っぽい身体なのに器用値が高めなのはこれが原因かも?
「アルヴァ。……あ、そうだ、まだ耳聞こえないんだっけ」
だからこそ【念話】スキル与えたんだった。
『アルヴァ、最初の命令だ。八坂の神様への【奉納】を禁止する』
『え? あ、ご主人様? うぃうぃーっす!』
……軽い性格なんだね、随分と……。これで九尾の欠片の憑依にずっと耐えてたのかって思っちゃうな。
『本当に実行できる? 八坂の神様が隠蔽するように命令してたりしない?』
『されてねっすよー! アタイに命令できるのはご主人様だけっす!』
『……ホントかな、なんかどうも信用できないんだけど……』
『花魄の精よ……そう疑ってやるな。彼女の言葉は真実だ』
「おぅわっ!?」
念話に割り込まれた! その声は聞き間違えるはずもない、八坂の神様だ!
『あ、八坂の神様。ごめんねぇー、せっかく神使にしてくれたのに。ご主人様の縛のが強いみたいっす』
『そのようだな。眷属という点のみだけでなく、他の……我も初めて見る複雑な制御がかかっているようだ』
複雑な制御? ……あー、ダンジョンコアによる、ダンジョンキーパーとしての制限か。
これの制限はボクや神様っていう、いわゆる生物からの制限じゃなくて、世界そのものによる制限だから、眷属や神使よりも上位の制限になるのかもしれない。
そう思ったら、心にも余裕ができた。神様との会話を続けよう。
『……八坂の神様、ああいうやり方は困りますよ……』
『すまない。わかってはいたのだが、復活の確率を少しでも上げておきたかったのだ。ふふ、だが中途半端な結果になったのは素直に残念だよ』
『結構良い性格してますね、八坂の神様も……』
『ふふふ、この身体、魂を構築する神の一柱の名残だよ。……それはともかく、今回はすまなかった。もう二度とこのようなことはせぬと誓おう』
『そうしてくれるとありがたいです。……まあ、ボクだって悪魔じゃないです。正月とか、そういうお祝いごとの時は少しくらい力を奉納させますよ』
『そうか、そう言ってくれるか。ありがとう……我はつくづく、運に恵まれているようだ』
『……だから横やりだけは勘弁してくださいね。平時は湖でのんびりしててくれるとありがたいです』
『はははは、汝も言うな。だがそれは心得ているよ。諏訪大明神というのは元来、人々が災厄を振りまいてほしくなくて奉った神だ。汝らが正しく祀る限りは、何もせぬよ』
その条件がとんでもなく怖いんだよな……。要するにちゃんとできなかったら暴れるよって事じゃん?
ベラルモースの神様はそりゃちょっかいを出せば怒るけど、そんなの人間だって同じなわけで。本来はみんな、人々の生活を見守って問題ごとを解決してくれる神様たちばっかりだ。それと比べるとまるで正反対な存在だよね……。
『はいはい、わかりましたよ。……当てもあるんで、アルヴァには諏訪神社を守らせることにします』
『ふむ、汝も十分心得ているようだな。わかった。……今回は本当にすまなかった。詫びだ、一つ受け取ってくれるか』
『いらないです、隠し事やだまし討ちは勘弁ですから』
『今回は本当に裏はない。我を助け、対等に渡り合って見せた汝に対する称賛と謝罪、そして約定だ』
『……もしものことがあったら、即刻破棄しますからね』
『構わん。これについては二言はない』
『……わかりました』
はあ、と思わずため息が出た。直後、脳裏にシステムメッセージが響く。
《称号【八坂刀売命の約定】を獲得ました。称号【八坂刀売命の加護】に上書きします》
……ランクが上がったんですけど? 加護の1段階上のだぞ、これ。
加護であれだけのボーナスが生じてたことを考えると、そのボーナスがどれだけ上がったのか気になるところではあるけど……。
『では、我は今度こそ本当に失礼する。いずれまた会おう、花魄の精よ』
そうして八坂の神様は、その言葉と共に遠ざかっていった(気配が)。
できればあんまし会いたくないかな!
はあ……なんかもうどっと疲れた……。
今回は本当、想定外がありすぎるよ……。
けど、まだ作業は途中だ。もう少しだけがんばらないとね。
ってわけで、アルヴァに魔法をかけるからその場でじっとしてるように告げてから、かよちゃんに確認する。
「大丈夫です、行けます」
返事はすぐに来たので、ボクもそれに応じて魔法を展開した。
「それじゃ……行くよ」
「はい」
「【存在概念改変】」
「【存在概念改変補助・壱式】」
魔法が放たれる。同時に身体から大量の魔力が抜けていく。
でも……おお、進化前に比べると明らかに負担が軽くなってる。補助魔法、壱式しか使ってないのにこの程度の感覚で済むんだなあ。
最大魔力も構築力、とんでもなく増えたからなあ……うん、強くなったのが実感できるね。
ま、それはさておき……。
魔法の光が、アルヴァの身体を包み込む。それが十数秒。
ほどなくして光が消えた時、そこにいた彼女の見た目は今までと変わらないけど……。
「……うわーっ! 見える、見えるー! 音も聞こえるーっ!」
そう、その瞳は光を取り戻していた。聴力もだ。
それがよほど嬉しいのか、アルヴァは全身を躍動させて感情を爆発させている。どうやら、幟子ちゃん並みに喜怒哀楽がかなりはっきりしてる子みたいだ。
「ご主人様ー! マジありがとーっ! 愛してるー!」
「はいはい。ボクは必要だからやっただけで、博愛精神を発揮したわけじゃないからね」
「それでもだよー! もー絶対見えないままなんだって思ってたもーん!」
……嬉しいのはわかったから、あんまし身体に巻きつかないでくれるかな。さりげなく【拘束】を発揮しようとしない。
まあ、別に痛くもなければ身動きも普通に取れるけどさ。比較的強めのステータスとはいえ、ボクとのステ差は圧倒的だから。
なんて思ってると、不意に彼女の身体が光を発して、次の瞬間全裸の女の子が現れた。ただし、下半身は蛟のままだ。
「!?」
それを見て、かよちゃんが絶句する。
一方ボクはというと、あー変化使ったんだなーって程度だ。まだスキルレベルが低いから、不完全だね。下半身が丸ごと蛟だから、なんていうかラミアっぽい。っていうか、ほぼラミアだなこれ。ラミアの変種って言われてもたぶん、ベラルモースのみんなも納得すると思う。
あ、ちなみに顔の素地は悪くない。白髪赤目ってのも、なかなかに神秘的だね。でも胸が大きいのはボク好みじゃないんだなあ、残念ながら。
「えっへっへー、原型のが距離近くてイイけど、こっちだとご主人様と視線が近くて捨てがたいかな~」
「そう? ボクにはよくわかんないけど」
「ん~、わかってほしいけどしょーがないかぁー。へへー、すりすりー」
下半身をボクの身体に巻きつけたまま、頬ずりするアルヴァ。まるで猫みたいだなあ。
「……そこまでですよ」
でも、それをよしとしない人がいた。かよちゃんだ。
彼女は巻きついていたアルヴァをその力でひっぺがした。
「ひゃっ。あーん、もー、かよちゃん様のいけずー」
「いけませんっ、そ、そんなはしたない恰好っ! ちゃんと服を着てくださいっ!」
嫉妬じゃなくて、あくまでアルヴァの体裁の話をするのはかよちゃんらしいと言えばらしい。
ボクは、アルヴァの行為で少しくらい嫉妬してくれないかなって思ってたんだけど。
この辺は信頼があるからかなあ。そうだと嬉しいね。
「旦那様!」
「んー? それもそうか。……アルヴァ、最初の宿題は変化の際にちゃんと服まで考慮に入れること」
「えーっ!? いきなりひっどーい!」
「人型やるなら必須だからね。それが嫌なら常時原型だよ」
「うー……服イヤー……でも我慢する……」
「わかればよろしい……とりあえず今はこれで着とくといいさ」
言いながら、ボクは適当な服を【アイテムクリエイト】した。
「……これどーやって着んの?」
「おお……そこからか……」
「そりゃそーっしょ、アタイついさっきまで蛇だったんよ?」
「それもそうだね……かよちゃん、お願いできる?」
「はい、わかりました。……あんまり見ないでくださいね」
「わかってるよ」
向かい合う二人を尻目に、アルヴァ用の【取得経験値アップ】装備を作る。ある程度以上の伸縮性がある、チョーカーみたいなものでいいかな。
それから……せっかくだ、居住フロアに諏訪神社を建てておきますかね。これは他と同じくらいの規模にすればいいか。
……約定の称号になったからかな。昨夜見てた時より値段安くなってる……。
ってことは、【モンスタークリエイト】の値段も下がってるんだろうな。いよいよ龍種だけの軍団が現実味を帯びてきた。その手のフロアの作成は、もう確定だなこりゃ。
アルヴァに水属性つけるのに結構DE飛んだから、今すぐってのはちょっと無理だけど。
「旦那様、終わりました」
「ありがとー」
「見て見てご主人様ー、似合う? 似合うー?」
「あー、うんうん、似合ってる」
「もー! そこはもうちょっと言いようってのあるんじゃないのー? 具体的にってぇ奴ー!」
「いやあ、ボク元々ファッションには疎いからさ……それより、はい」
「?」
「アルヴァ用の装備品だよ。他にも用意するつもりだけど、まずはこれね」
「ぅえ、あ、う、うんっ、あ、あんがと……」
アルヴァの首に、黒いチョーカーが着いた。……うん、似合ってる! と思う。たぶん。よくわかんないけど。
これで彼女の成長が他の面子に遅れることはないはずだ。中位種でレベル上限が300っていう成長の遅さが気にかかるけど、レベルの総合で言えば見劣りしなくなるだろう。
「それじゃ後は……表に諏訪神社用意しといたから、アルヴァはそこの管理をするようにね」
「ん……了解ーっす」
「また神社が増えたんですか……なんだか街が神社の市みたいに……」
ごめんよかよちゃん。でもさ、ここまで来ると逆にコンプリートしてみたくなんない?
なんないかな?
そっか……なんないか。
その後、既存のメンバーにアルヴァを紹介して回った。ちょっと心配ではあったけど、軽い口調の割に先輩には素直に従ってたので問題なさそうだ。
ただ、ほぼ同質の存在にずっと憑依されてたからか、幟子ちゃんは苦手みたい。こればっかりは少しずつ慣れてもらうしかないかな。どうせならメンバー同士は仲よくしてもらいたいからね。
それに、幟子ちゃんはうちの最大戦力だからね、一定水準の連携はできるようにしてもらいたい。幟子ちゃんはその辺りの事情は理解してるから、問題は起きないと思うけど……
あと、住人たちからは新しい神社と込みで、神様の一種みたいな感じで普通に受け止められてた。
元々諏訪神社の信仰は各地にあったし、うちの住人はその各地から集められた人たちだから余計みたいだね。
ただ、新しいご利益がありそうだとか言われても、それはちょっと難しいとは思うけど。
アルヴァ自身も、軽薄なところはあるけどなんだかなんだで素直で人懐っこい性格だ。住人からもなかなかに受けは良かった。
まあ、ラミアな見た目の彼女がいいって言う特殊性癖に目覚める住人が一定数いたのは、かなり予想外ではあるけど。
実は今、ウェルベスからは色町の建設を打診されてるんだけど、そこで働いてもらうのは人間の女の子だけでなく、モンスターの女の子も配備したほうがいいかもしれない。
いい意味で、ベラルモースの文化も受け入れられてるのかも。そう思いたいところだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
またしても特殊な個体が仲間になりました。
クインの配下、特殊個体がかなり多いのでベラルモースでやってたらレアモンスターハンターとかにすごく狙われそうな感じになってきた。
いやまあ、ベラルモースから出たからこそこんなメンツが集まったんですけど。
あ、いや、別にフラグじゃないですからね、今の。ベラルモースから侵略者とかは考えてないですからね、今のところは!