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江戸前ダンジョン繁盛記!  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
1855年~1856年 拡張
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第百十三話 撤収

「……今度こそ終わった……んだよね……?」


 さっきのことがあるだけに、アナウンスが流れても安心できない。

 ボクは警戒を解くことなく、周囲を見て回ってたけど……。


「それっぽい気配は感じないんじゃよ。でもぬしさま、念のため小狐丸で確認してみたほうがいいじゃろ」

「あ、それもそうだね」


 幟子ちゃんに指摘されて、ボクはぽんと手を叩きながら小狐丸を取り出した。


「小狐丸、近くに九尾の気配はあるかい?」

『はいちちぎみさま! もうそんなかんじはありません!』

「……ああーよかったぁ、終わったー!」


 今度こそ終わりだ! しんどかったよ!

 しぶとい相手は苦手だ!


「……って、ここで満足して終わりじゃだめだよね。まずは、えっと……」


 思わず花を閉じて眠る体勢に入りかけたけど、まだそれは早い。

 慌てて姿勢を整えて、周囲を見渡す。すると、すぐそこに上半身を失った栄次郎……と思われる死体が転がっているのが見えた。


「……幟子ちゃんとの波状攻撃で、かな。身体はただの人間だから、そりゃあれは死ぬね……」

「よいしょっと」

「あっ」


 勝利の余韻を感じながらしみじみと栄次郎の死体を見てたら、フェリパがタワーシールドで残ってた下半身をつぶした。


 …………。


 ……うん、まあ……うん。念に念を入れまくった感じというか、死体蹴りみたいな感じするけど……気持ちはわからなくはないし、何かいうのはやめとこう……。


「お、フェリパご苦労さんなのじゃよ」

「掃除はしっかりしとかんとなー」

「違いないのじゃ」


 あっはっはと笑う二人。なんだか全身から力が抜けそうな会話だな……。


『主、大丈夫か?』


 そこにユヴィルが羽ばたきながらやってくる。ボクの肩に止まって、機嫌をうかがうような視線を向けてきた。


「あんまり大丈夫じゃないよ……。本来ボクはただの研究職なんだ、久しぶりに本気出したし、すぐにでも寝たい気分」


 彼に、ボクは乾いた笑いで応じる。

 まごうことなきボクの本音だ。


 視界の端では、藤乃ちゃんがなんか片手に持ってこっちに向かって来ている。その周りには、メンバーが勢ぞろいだ。

 それを眺めていると、ボクの影からかよちゃんがずぷりと出てくる。


「旦那様、お疲れ様でした」

「うん、ホント疲れた」


 肩をすくめながら、軽くため息をつく。

 けど、まだボクは休めないみたいだ。


『主、それで捕らえた者たちはどうする?』


 ユヴィルが、後ろにごっちゃりとまとめられた捕虜を示して言う。

 こうして眺めると壮観だよね……よくもまあこれだけ集めたものだよ。


 4分の1くらいは人間なんだけど、どこから集めてきたんだか……。

 っていうか、こんだけ人がいなくなってたら、絶対どこかで騒ぎになってるだろうし、うちから派遣してる鳥たちの監視網に引っかかってもよさそうなんだけど……。

 やっぱり、それだけ相手が規格外だったってことかなあ……。


「……どうしようね。一応、元を倒したから『魅了・極大』は解けて……解けてないし!?」


【鑑定】する限り、確かに状態は上向いてるけど解除には至ってなかった。

 倒してもなおまだ大ってどういうことだよ……どんだけ強力な魅了だったんだよ……麻薬か何かかな……。勘弁してほしいよホント……。


「……ここまで来たら、魔法で根気よく治すしかないか。と言いたいけど……そんなレベルの高い魔法使うだけの魔力ある人ー?」


 ボクの言葉に手を上げたのは、ジュイ、ユヴィル、藤乃ちゃん、フェリパといった、回復魔法が苦手、もしくは使えない面々だけだった。

 他のメンバー……ティルガナやラケリーナ、ネイシュも、恐らく余裕はあるだろうけど、彼女たちは傷の回復はできても状態異常の回復はそこまで得意じゃなかったはずだ。ラケリーナとか、むしろ異常をかける側だしね。


「うん……しばらく何かしらの亜空間で大人しくしててもらおうか……」

『……そうだな』


 締まらないなあ、ボクって。

 でもしょうがない。とりあえず、時空魔法【ホーム】に収納収納っと。


「あ、そうだ。上様」

「ん? どうかした?」


 色んな状態で気絶してる捕虜たちをみんなで運ぶ際中、藤乃ちゃんがすぐ近くまでやってきた。

 そちらに顔を向けてみれば、彼女は後ろから生首を1体引っ張り出してくる。


「藤田東湖、討ち果たしましてございます」

「おお、そうか。栄次郎と一緒にあいつに捕まってたんだったね」


 魅了状態で暴れてた面々の中に紛れてたみたいだ。殺すなとは言ったけど、確かに彼は最初から殺す対象だったね。

 もう一人の栄次郎は九尾ごと幟子ちゃんと殺したし、これで今回の目的は一応達成かな。


「うん、ありがと。よくやってくれたね」

「はっ、ありがたきお言葉」


 跪きながら、藤乃ちゃんが頭を垂れた。こういう時は畏まるね、彼女も。

 でも、相手が悪かったとはいえ、一度はしくじった仕事をやり遂げたんだ。思うところはあるだろうし、ここは素直に受け取るのがいいんだろう。


 とりあえずこれで、ダンジョンを明確に敵視する考えを拡散したがる人間はひとまず全部殺したかな?

 そうだといいけど、念のため一段落したら改めて調べてみよう。


『あるじー、こいつどーするの?』


 そう思ってると、今度はジュイがやってきた。

 口に、ちょっとだけラミアっぽくなったままの蛇をくわえた状態だ。


 ……ん? あれ、白くなってる? なんでだろ、恐怖で白髪になるとかそういう変化かな?


「あ。そいつ、まだ生きてるんだね?」

『だねー。殺しとくー?』

「んー……」


 唇に指を当てて、考えてみる。


 正直、別にこのままほっといても別に問題はない、と言えばない。元はこの蛇も野生だろうし。

 ただ、九尾たちの憑依は特殊で、その後【借体形成】によって身体を作り変えられてしまう。そしてそれは、どうやら憑依が解けても継続するっぽんだね。だから今の状態の蛇が野生で生きて行けるかってなると、怪しいだろうなあ。


 最悪、人間に捕まって見世物小屋とかで出し物にされるかも?

 いきなり化け物に憑依されて、散々利用された挙句そんな末路は、さすがにかわいそうだな……。


「……せっかくだ、うちで引き取ろうか」

「え、旦那様、飼うんですか?」

「でもいいし、眷属にするのもありかもね」

「あ、なるほど」


 スネーク系は、どういう進化の道を辿っても結構強いからね。大器晩成型が多いのが難しいところではあるけど、DEを大量に獲得する目途がある現状、促成栽培とでも言うべきレベリングもできなくはないから、なんとかなるだろう。

 もしこの世界の固有種があるなら、それを選ぶのもありだしね。


「ってわけでジュイ、連れて帰るよ」

『んー、わかったよー』


 と言いつつ、ほれとばかりに蛇を差し出してくるジュイ。


 ……ん? ボクが世話しろって?

 むう、こういうところで彼はめんどくさがりだなあ。


 しょうがない、確かに手(ってゆーか触腕)は余ってるし、ボクが運びますよーだ。


「……後はもうないね?」


 若干ふてくされながら周りに確認すると、全員が頷く。

 それに頷き返してから、幟子ちゃんに目を向けた。


「では、この亜空間を解除するのじゃよー!」


 彼女のそんな言葉と共に、九尾の狐のひとかけらが生み出していた亜空間は、この世からきれいさっぱり消え去った。


 そしてボクたちの前には、かすかに白み始めた空の下、静かに揺らぐ水面をたたえた諏訪湖が現れる。

 砕けた亜空間の余韻が魔力の破片となって、諏訪湖に置かれた力場によって浄化されていく。それがわずかな朝日を受けて煌めきながら、水面へと降り注いでいく様はなかなかに幻想的な光景だ。


「いやー、戻って来たねー」

「ひとまず、終わりですねー……」

「そうじゃのう。いやはや、不思議な気分じゃ……」


 なんて口々に言葉を交わす、その視線の先で。

 諏訪湖の湖底から、光が湧き上がってきてるのが見える……。


 気のせいだと思いたい……思いたいけどこれ、絶対気のせいじゃないよな……。


 もー、なんなのさー。こっちは死闘の後で疲れ切ってるって言うのに。これ以上の面倒事はごめんだよー!


「あのう、旦那様……」

「うん……そうだね、魔力だね、これ……」


 しかもこれ、神属性だ。いやまあ、この諏訪湖周辺自体が、神属性の魔力を集積するための装置になってる以上、これはわからなくはないんだけど。

 そしてわずかとはいえ、亜空間魔法を消した余波の魔力が降り注いだことで、その機能が早速発揮されたのも、わからなくない。増えてるのも、何かしらの増幅機能があったんだろうってことで、まあ納得はできる。

 世界から魔力は消えても機能は生きてたんだ、って。


 問題なのは、その神属性の魔力が、明確な力を宿した状態で噴出してることだよ。しかもこれ、【神威】のスキルじゃないの?

 おかげで、ボク含め神属性を持たないティルガナやネイシュが居心地悪そうだし、反する属性を持つかよちゃん、藤乃ちゃんに至っては顔色を悪くしている。幟子ちゃんはなぜか平気な顔をしてるけど……。


 仕方ないから全体に再び戦闘態勢として【祝福】でバフをかけて、これから起きるだろう出来事に備える。これで済むのは、それだけボクたちが強くなってるからではあるんだけども……これだけの気配を出す相手と戦いになったら、ボクら1分も持つかなー……。


「……こういう時は、鬼が出るか蛇が出るか、って言うんだっけ、日本では?」

「ええ、まあ……」

「せやけどクイン様、こんなごっつい神属性、鬼も蛇もありえへんやろ」

「それもそうだ」


 なんてことを言いあいながら、経過を見守る。相手が強すぎると、なんていうかもう警戒するのもバカらしく感じるよ。


 そうして待つこと数十秒。とんでもないものが湖の底から現れた。当然、ボクたちは全員言葉を失くすばかりだ。


「こうして意識を取り戻したのはどれだけぶりか……。力を分けてくれた者たちよ、感謝する」


 雫が滴り落ちる水音をバックに、お腹の底まで響くような美しいアルトボイスでそう語りかけてきたもの。

 それは、朝日の中に燦然と輝く純白の身体を持った、巨大な巨大な……えっと、蛇? だったのだ……。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


一難去ってまた一難。

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