第百十一話 反撃
本日2回目の更新です。
《旦那様、禁呪補助の準備整いました!》
《おお、待ってたよ!》
これで現状をしのげそうだぞ。
《幟子ちゃん、空間制圧にあとどれくらいかかりそう?》
《3分ばかしほしいのじゃ! やれるかの?》
《今なら行けると思うよ!》
《頼もしいのじゃー!》
《アレを使うのか……いや確かに、ここは出し惜しむところではないか》
ユヴィルからも賛同もらったし。よーし、反撃開始だ。あとは使うタイミングだけだね。
「ふむ……何やら整ったようですね」
それをあっさりと見抜いた相手の言葉が、ひんやりと周囲に広がる。
「それが何かまではわかりませんが……使われる前に決着を着けるが上策でしょうね」
ゆらり、と黒い鞭みたいなもの――【禁鞭】の鎌首をもたげさせて、相手が笑う。
周囲の魔力が、同じく鞭のような形状に作り上げられていく。先ほどよりやや時間をかけて、ゆっくりとなのはさすがに魔力の消耗が進んだからだって信じたいけど……。
いやあ、こうやって改めて正面から見ると、あまりにもバカげた魔法だな。笑うしかない。
ベラルモースでも、あのレベルの魔法はそうそう見ないんだよ。一撃だけなら【デストロイ】コンボが匹敵するだろうけど、単発の攻撃魔法じゃないのが怖いよな……。
それに超複雑だ。たぶん、最上位種じゃないとうまく使いこなせないだろう。
「次は防げますか?」
そして、挑発的な言い回しと共に、【禁鞭】が振るわれた。
隙間なく迫りくる、大量の鞭の残像。そのすべてが威力を持つものとは思えないけど、それは希望的観測って奴だろう。あれ全部が、必殺の威力を持つ攻撃と考えて対処するのが、正解なんだろうな。
回避するだけなら【ハイド】でいいけど……それじゃやっぱりダメだった。
いや、回避には絶対成功するから、そういう意味では成功なんだけど……何回繰り返しても、あっという間に追い詰められて逃げ一辺倒になっちゃうんだよね。攻撃範囲が広すぎるんだ。
時間稼ぎって意味じゃ、【ハイド】はこれ以上ない手段なんだろうけどさ。これを繰り返すだけじゃ勝てっこない。それに【ハイド】もいずれ解析されるかもだしね……。
《ぬしさま、待たせたのじゃよ! 掌握完了したのじゃよ!》
いい加減攻めに転じないと。そう思っていたところで、絶妙のタイミングで幟子ちゃんからの連絡が届いた。
それだ、それを待ってたよ! こうなったらもう、遠慮はいらない。ボクが取るべき手段は――これだ!
「禁呪【可能性創造】!」
発動と同時に、ボクの身体からごっそりと魔力が失われる。消費量で言えば、恐らく【魔力節約】なしで発動した【禁鞭】を悠々と上回る。
でも、虚脱感は一瞬。直後、ボクの身体は何十もの色が混ざり合うカオスな色彩の魔力に覆われ、瞬き一度の間だけ、世界から色が消えて、全能感が全身を駆け巡った。……この感覚は、相変わらず勘違いしそうになるな。
決して事実ではないその感覚を押し込めながら、カッと目を見開く。たぶん、外から見たらやはりカオスな色に変わってるだろうボクの目。そこから見える視界の端に、「回避成功率0%」と表示されていた。
絶望的なその事実を見据えて、ボクはさらに宣言する。
「プラス100%!」
直後、ボクを無数の攻撃が襲う。
けれど――。
「な……!?」
すべての攻撃が、ボクに当たらず逸れた。その光景を見て、相手が絶句する。
まあ、そりゃそうだろう。絶対にありえない軌道を描いて、ありとあらゆる攻撃が不発に終わったもんね。それはもう、攻撃そのものが意思を持ってボクを避けたような形だったし。
驚かないほうがどうかしてるし、驚いてもらわないと困る。何せこの魔法は、ボク一番の切り札だからだ。
「次はボクの番だ!」
「む……!」
「【ストーンバレット】! 【ブラッシュアップ】5連!」
【アンチマテリアル】コンボを今のボクにできる最速で、6発放つ。
音速を超えて飛んでいく弾丸……なんだけど、これでも九尾の一部に対する攻撃としては不足だ。威力云々じゃなくて、対応手段が相手にありすぎるんだよね。
事実、ボクの視界の中では、相手に襲い掛かる6つの弾丸それぞれに、「命中成功率17%」といった数値が表示されている。ほとんど当たらないも同然だ。
一番高いものでも25%、最低のやつに至っては2%と来てる。こんな攻撃程度、負傷していてもなお大したことないってことなんだろうね。
でもね?
「プラス80%!」
その宣言と共に、視界の中のすべての弾丸の命中成功率が、突然80%増えた。最高だったやつは100%でカンストし、どう計算してもこの1発だけは確実に命中することになる。
一方で、相手は先ほどのように【紅珠液】を展開し、飛来する弾丸を溶かそうとした。さっきよりも展開している量や範囲は明らかに広く、1発たりとも通さないという考えが見える。
それでいて、自身の前方には【混元傘】を展開して防御態勢も取ってるんだから、まったく抜け目がないよね。
これだけの鉄壁を築かれれば、そりゃ成功率が2%まで下がるってものだ。
でも、今はそうした行為は一切関係ない。何がどうなろうと、どういうことをしようと、ボクが追加した80%という数値は絶対に覆らない。
「莫迦な……!?」
だから、すべての弾丸は空間を跳躍して降り注ぐ強酸を避けるし、あり得ない軌道を描いて傘の反射バリアを回避して相手に迫る。
それだけ迫ってもなお、全部が100%にはなってないから半分は叩き落されたり、回避されたけど……。
「ぐっ、く……莫迦なッ、あり得ない!」
残る半分は、相手の身体を穿ち抜いた。
深くなった傷と、滴る血をかばう様子を見せながら、彼女が叫ぶ。
うん、そうだね、あり得ないね。こんなこと、絶対にあり得るはずがないよね。
でも、禁呪【可能性創造】とはそう言う魔法なのだ。世界の真理を捻じ曲げて、あり得ないことをあり得ることに改変してしまう魔法。これこそ、ボク一番の切り札だ。
《実際に使っているところは初めて見るが、とんでもない魔法だな、これは……》
《使えば使うほど、精神病みかねないけどね。他にもリスクは一杯さ》
当たり前だけど、長くは使えない。こんなもの、延々と使えるわけがない。
ただ、そんなこと戦ってる相手に言うわけがないよね。
「ねえ、もう一度だけ……聞くよ。もう一度だけ、これが最後で構わないから」
ってことで、できるだけ大物っぽく振る舞いながら、ボクはそう告げる。
「ボクに協力してもらえないかな? 待遇は保証するから」
「お断りです……ッ!」
でも、返事はほぼ即答で、ノーだった。まあうん、そんな気はしてた。
この欠片は、孤高だ。自分が誰かに従うことを良しとしない。それを実現するだけの力もある。だから素直にすごいって思うんだけど……今は、その気持ちを曲げてほしかったな……。
「かくなる上は、亜空間を放棄して……ッ、……!?」
そう、もう手遅れなのだ。この亜空間の制御は完全に幟子ちゃんが乗っ取っていて、相手に操作することはできない。あれだけ周囲を覆っていた赤黒い酸の霧も、少しずつ薄れてきている。
信じられないものを見る目が、ボクに向けられた。立場が完全に逆転していた。
「……とっても残念だよ。君が野に放たれた後にするだろうことを考えれば、誘いを断られたボクは君をここで倒さないといけない」
「く……っ!」
苦し紛れとは思えない勢い、規模の【禁鞭】が飛んでくる。
けど、無駄だ。躊躇なくボクの回避成功率を100%に引き上げて、一気に前へ出る。そうすれば、人ごみをかき分けるみたいにして、攻撃が自然とボクを避けていく。
「君に恨みはないんだけど……ごめんね。さよならだ」
そしてボクは、あらかじめ幟子ちゃんから教わっていた対九尾用の魔法を放つ。
妖術【落魂の呪符】。肉体へのダメージは最小限に、魂そのものへダメージを与える攻撃魔法。ベラルモースじゃ禁呪にしかない魔法がほいほい出てくるんだから、かつてのこの世界はとんでもなく恐ろしい世界だったんだなって思う。
「!? その術は……まさか!」
その魔法を見て、相手が目に見えてうろたえた。
ありえないって感じのその驚愕は、彼女も使えるはずの魔法をどうしてボクが使ったのか、とか、そういう意味が強いかな?
よほど驚いたんだろう、直前まで30%台だった命中成功率が、66%と表示されている。まずはこれを100%にしよう。
「プラス50%」
念のため、ちょっと多めに足しておく。
ここに加えて、一撃で倒す確率を確認。こっちは22%だったので、プラス80%しておく。
これで、今からボクが放つ魔法は、必中かつ必殺の魔法になった。そろそろ身体が厳しいだろうけど、これはやっとかないといけない。
「それじゃ……さよならだ」
そしてボクは、終わりを宣告する。これはもう、絶対だ。
ボクの言葉に合わせて、魔法が放たれた。薄紫色の光線が、ボクの眼前に浮かんだ呪符から発射される。
速度は、さほどでもない。【アンチマテリアル】と同じくらいか。これなら普通、相手にはほぼ当たらないんだろうね。
でも今は、絶対に当たるし絶対に殺す魔法だ。相手の攻撃をすべて無視して飛んでいき、相手がどう動こうと攻撃自ら瞬間移動して相手を襲う。
10秒ほど逃げていられたのは、さすがって言うべきなんだろうな。けど、それ以上は続かなかった。
「――――ッッ!!」
相手の身体を落魂の魔法が貫き、その中にあった魂を消滅させる。
肉体自体にはダメージが行かないから、悲鳴らしい悲鳴は上がらなかったけど……。
《戦闘経験により、個体名:クインのレベルが997に上がりました》
《戦闘経験により、スキル【耐継続ダメージ】を正式取得しました》
《戦闘経験により、スキル【堅守】がLv6に上がりました》
《戦闘経験により、スキル【魔法乗算】がLv2に上がりました》
《戦闘経験により、スキル【妖術】がLv5に上がりました》
《戦闘経験により、スキル【並列思考】がLv5に上がりました》
《戦闘経験により、スキル【耐継続ダメージ】がLv2に上がりました》
《戦闘経験により、スキル【物理抵抗・小】がLv5に上がりました》
《戦闘経験により、スキル【弾性・微】がLv10に上がりました。最高レベルに到達したため、スキル【弾性・小】Lv1に上書きします》
《経験値を23ポイント獲得しました》
……どうやら、倒しきったみたいだね。
スキルの取得は戦闘中でも起こり得るけど、レベルアップは戦闘が終了した……つまり相手の戦意をくじかないと絶対に出ないアナウンスだ。
訓練とかだと審判の一声とか相手の「参った」がそれにあたるけど、今回みたいな殺し合いでそれが出るってことは、相手を間違いなく倒したことの何よりの証左だから。
と、とりあえず、そろそろ限界だ。【可能性創造】を解除して……次の瞬間、身体が文字通り悲鳴を上げて砕け、血が噴き出す。
《ほわあ!? ぬしさまよ!?》
《旦那様、大丈夫ですか!?》
《はは……まあ、ね……大丈夫、致命傷じゃないから……》
うん……今回入れてまだ3回目だけど、この後追いのダメージはホントつらい。使用してた時間と、増やした可能性に比例してダメージが増えるから、調子に乗るとマジで死ぬからね。今はもう、立ってるだけでいっぱいいっぱいだ。
他にもいろいろリスクはあるんだけど、ひとまず表面的なものはこれくらいで……もっかい自分を回復して、っと。
うん。とりあえず、身体は無事元通り。動くのが億劫なほど心が疲れてるのは、すぐにはどうしようもないけどさ。
……あ、そういえば身体を乗っ取られてた蛇はどうなったかな?
「……うーん、一度改造された身体はほとんど直らないのか」
探してみたら、その蛇は直前までと同じ場所でぐったりしていた。けど、人っぽい上半身は多少直っていたとはいえ、完全に戻ってはいなかった。狐っぽい顔はなくなってるけど、手が普通に残ってる。どことなくラミアっぽい状態のままだ。
「どうしたものかな……これでまだ生きてるけど、これじゃ自然に帰るなんて無理だろうし、うちで引き取るかいっそここで楽にするか……」
ひとまず保護しようかなと思って、だるい身体を引きずって蛇に近づく。
《……!? 主、危険だッ!!》
「……!?」
けどそこで、ユヴィルとボクの察知系パッシブスキルがすべて危険を察知した。それも特大の危険だ。
大急ぎでその場を離れようとしたけど少し遅く、触腕が三本も切り裂かれて宙を舞う。全身に激しい痛みが走った。
念話を通して、仲間全員の悲鳴が聞こえてくる。
「うッ……あ……!?」
《ぬしさま!?》
《旦那様!?》
「な……ウソぉ!?」
そこには、狐の耳と尻尾を持ったイケメンが、刀で切りかかってきていた。
誰これ!? 今までこんなやついなかったのに!?
「ちぃ……勘のいいことです。侮ったつもりはなかったですが、やはりその身は侮れませんね」
男が言う。ぺろりと舌で唇を湿らせ、獰猛な笑みを浮かべるその様子はまるでさっき倒したやつみたいだ。
「……!?」
大慌てで【鑑定】してみたら、その想像は正解だった。今目の前にいる男は、間違いなく九尾の狐に憑依され、操られている状態だったから。
なんで!? あいつは確かに倒したはずなのに! システムだってそう判断したのに! ここでまた反撃されるとか、完全に想定外なんだけど!?
ここまで読んでいただきありがとうございます。
クインがチートらしいチート発揮するのはどんだけぶりでしょう。一応彼もなろう系主人公なので、かなりアレな能力も一応使えるんですよ。一応。
まあ相手のほうがやっぱり一枚上手だったわけですが、この辺りはベラルモース人故の油断ですね。クインが言う通り、倒したと確定しないと出ないアナウンスが出たので、どうしても気を緩めてしまったのです。
それから……ここでお知らせを一つ。
更新再開から今日まで、一日二回の投稿をしていた本作ですが、今日を持って更新頻度を一日一回に落とします。
そろそろストックが危なくなってきているので……。何卒ご了承ください。