第百十話 クイン、百十話目にして初戦闘する
《あれは【火鴉壺】! 自意識を持った炎が自律稼働する魔法で、ぬしさまの感覚で言えば召喚魔法みたいなもんじゃ! 倒すか術者が送還せぬ限り場に残り続けるから、気をつけてたもれよ!》
《【烈炎陣】じゃないのか……うーん、やっぱただ情報を聞くのと、実際に見るのとじゃ大違いだなあ。……魔法を跳ね返されたのは【混元傘】で合ってる?》
《うむ! 妾もよう使って見せたから、今さら説明はいらんじゃろ?》
《魔法を反射する魔法で、反射のタイミングは選べる。一定以上攻撃すれば破壊はできるし、前方にしか効果はないけど、連発はしないほうがいい……だったね。やれやれ容赦ないなあ、遠くから攻撃しても近づいて攻撃しても、どうしようもないじゃん》
なお扇子……【五火七禽扇】も頻繁に見たことがある。幟子ちゃんがレベリングの時、好んで使ってた風の攻撃魔法だ。
しっかし、元が同じのはずなのに、結構好みの差があるのか?
幟子ちゃんが使わなかった魔法メインで攻めてくるし、何より彼女は、あんまりこういう逃げ場をなくして追いつめるような戦い方はしなかった。どちらかといえば威力の高い攻撃で、相手をすりつぶす戦い方をしていた。悪く言えば脳筋だけど、シンプルだからこそ打ち破るのは難しいんだよな。
とか考えてるうちに、火の鳥が襲ってくる。周囲に衝撃波を伴ってだ。
逃げ場の選択肢は多くない。多くないんだけど、その少ない先に逃げると、何か別の攻撃が待ってるんだろうな……。
となると、下手に逃げるより前に出たほうがよさそう、かな? ガッチガチに防御固めてもなお、あっちの攻撃食らったらすごいダメージになるけど……逃げてたって話は進まないしね。
《主、あの【火鴉壺】とやらは、さっさと拘束するなり封印するなりしてしまうのが一番だろう。時空系が一番だが……》
《時空魔法のリソースは防御に回したいよね。となると妥当なのは……これかな》
「【メタルコフィン】! 【ディメンションミラー】!」
魔法の発動は、裏で補佐してくれてるかよちゃんのおかげで、一発目は一瞬で発動できる。二発目もラグはかなり少ない。
今回使ったのは、相手を金属の棺桶に閉じ込める拘束魔法と、攻撃を跳ね返す反射魔法。前者は火の鳥を無力化するために、後者は飛んでくる衝撃波対策だ。攻撃的防御ってところかな。
火の鳥が召喚系の魔法なら、意思を持つ魔法。こいつの突撃を完全に反射することはできない。だからまずは閉じ込める。
幸い耐性はないみたいで、無事鈍く光る巨大な棺桶に飲み込まれた火の鳥は、そのまま棺桶ごと地面に落ちた。
一方衝撃波のほうも全部反射しきった。相手に向かうそれを追って、ボクも前へ出る。
もちろん、いくつも魔法を用意してだ。相手がこの程度でどうにかなるとは思えないからね。
実際、相手は笑っていた。余裕だな。今度はこっちから攻めるぞ!
土魔法【ストーンバレット】で石の弾丸を造る。これに、かよちゃんに助けてもらいながら【ブラッシュアップ】を5連発。
水や氷、土など、実体を持つタイプの攻撃魔法を強化するこの魔法を、5も重ね掛けすればただの石の弾丸も、鋼の弾丸を越えて超合金の弾丸をも超える威力に達するんだよね。【アンチマテリアル】コンボって言われてる。由来はよくわかんないけど、命名は例の主神様だ。
「そしてー……【レールガン】!」
ものを超高速でぶっぱなすための魔法で、全力で撃ちこむ!
投げるものがないと使えないし、空気抵抗を計算に入れないといけないから難しい魔法だけど、すべての条件を満たせばとてつもない威力になる。
ただでさえ威力がとんでもない【アンチマテリアル】コンボに、【レールガン】を加える【デストロイ】コンボは、ベラルモースでも魔法使いが扱える最高クラスの攻撃力だ。
これを、補助はあるにしても6つ同時に精製しちゃう。これだけやれば、いくら相手の方が各上って言っても効くだろうし、相手を覆う傘バリアだって破壊できる! と思う!
《スキル【魔法乗算】を正式取得しました》
え、あ、そりゃどーも?
「【紫綬羽衣】」
魔法が発動した気配。あれは確か、防御魔法だったっけか。かなり効果の高い魔法だったって記憶してる。近づいたら毒も食らう。ボクはそもそも毒は効かないから、それは気にならないけど……。
それと同時に、相手が高速で動く。直後に傘バリアに【デストロイ】コンボが2発命中、破砕音を響かせながら消滅した。
残る4発は、2発が外れて2発が掠めたようだ。けど、どちらもあんまりダメージにはなってないっぽい。生身だったら結構行ったんだろうだけどな……やっぱり【紫綬羽衣】の防御力は半端ないや。
とはいえ、ここで足を止めるわけにはいかない。相手は格上だ、まだまだ攻めるぞ。
《かよちゃん、禁呪を準備するから、サポートはそっちにシフト!》
《はい!》
「【アンチマテリアル】コンボ、3連発の【魔法乗算】っ!」
早速【魔法乗算】を試してみる。確かこのスキルは、魔法を重ねることで効果を跳ね上げるスキルだったはずだ。
乗算と言いつつ、計算式が乗算じゃないのはご愛嬌だけどね。重ねる数が増えれば増えるほど、効果の上昇量が低くなっていくから、一定数以上は期待通りの効果にはならない。
まあ、今はスキルレベルの関係上、コンボの重ねがけは3つが限界だけど。
さて威力のほどは?
「ふむ……その程度の速度の攻撃であれば……【紅珠液】」
「ええぇぇっ!?」
相手から放たれた毒々しい液体に触れた瞬間、【アンチマテリアル】コンボの弾丸が一瞬にして溶けた!
周りの、同じく強酸の霧が漂う【紅水陣】の効果があったにしても、音速って「その程度」で済む速度じゃないと思うんだけど!? どんだけ強力な酸なのさ!?
「【火竜鏢】」
「げぇっ!?」
高速の火炎弾が飛んできた! 火はホントやめてって!
……あ、でも今は【ディメンションミラー】が発動中だから跳ね返せるか。
「うわっ!?」
と思ってたら、火炎弾の軌跡に炎が尾を引いて壁を作り始めてる! しかもその炎、その場に残って燃え続けてる!?
やばい、これは本気でやばいぞ。あっちこっちに火を設置されたら、ボクが移動できる範囲が減っちゃうじゃないか!
「まずはこの火を消さないと……って、あれ? あの火炎弾は……?」
《主、あの魔法は不規則に動くものだ! 今幟子から確認を取ったから間違いない。最終的に目標に届きはするが、それまでは完全オートだそうだ!》
《あー思い出した! くそっ、やっぱり3週間の詰め込みは無理があったかな……!》
あっちへ曲がったり、こっちへ逸れたり、なんていうか当てる気があるのか疑問に思う軌道を描いてるくせに、距離は確実に詰めてきてる。なんて性質の悪い魔法だよ!
くっそー、負けないぞ! 【毒】スキルを発動しつつ……!
「水魔法【スコール】!」
魔法の発動と共に、亜空間内に強烈な雨がどこからともなく降り始めた。滝のような雨脚は視界を遮るけど、【ゴッズアイ】を発動させてるボクには関係ない話だ。
この豪雨によって、周囲の火の勢いはどんどん小さくなっていく。よしよし、効果はばっちりだな。
そしてこの豪雨には、スキルの【毒】によって強烈な毒が含まれている。酸のように、触れてすぐ効果を発揮することはないけど……浴びてれば悪影響が出るのは確実だ。
《いや……たぶんそれは悪手だ! すぐに解除しろ!》
《え、なんで!?》
と思ってたら、ユヴィルからダメ出し。思わず顔をしかめたけど、
「ふふ、ならば【混元珠】と行きましょう」
「あ!?」
水そのものを操る魔法、だったっけか? そうだ、その存在を忘れてた! 魔法とはいえ水魔法は水だ!
とボクが思うより早く、【スコール】の気配がおかしくなった。その範囲が一気に狭まり、まるで槍のような降り方になる。水たまりを作っていたものも、ボクの身体のほうへ収束していく。そしてそれらが一斉に、ボクを……包み込むように……。
「魔法の制御乗っ取られたのか!」
ぎりぎりのところで【ショートジャンプ】を発動、それを回避する。
水相手ならなんでもありなのか、あの魔法! 敵の魔法の水すら操れるとか反則じゃないか!
そんな簡単に乗っ取られるような構造にはしてなかったはずなんだけど……汎用性高いな、普通の水魔法と組み合わせたら強そう! 後で教えてもらおう!
いやそれはさておき……水をこの場から無くせばいいなら、【スコール】そのものを消すしかない。
幸い、制御を乗っ取られたとは言っても完全ではなかったようで、なんとか打ち消すことはできた。
《……空気を奪って消火するほうがよかったみたいだね……》
《ああ、恐らくな……》
でもそれやると、周りに釣られてる人たちにどんな悪影響が出るかわかんないからな……。フィールド系の魔法はその辺りの制御が難しいから、使いづらいんだよなあ。
「ふむ……埒があきませんね。見事と言ったほうが良いでしょうか」
「そりゃどーも……」
こっちは必死なんだけどな。どの魔法も、いっぱいいっぱいの状態でなんとか対応してるのが実情だ。
攻撃もしたいけど、隙がないんだよな……。幟子ちゃんはもっとつけ入る隙があったんだけど……やっぱり性格の違いか。
「このままちまちました攻撃を続けても、不毛な未来しか見えませんね」
「そう思うなら、考え直してほしいんだけどなあ」
「お断りします」
「そう言うとは思ってたけどさ……」
有無を言わせない言葉に、思わずため息が出る。
その手前で、【メタルコフィン】が溶け始めているのが見える。思ってたより持ってるみたいだけど、もうそろそろ破られそうだ。
「……それで、どうするのさ?」
「攻撃の威力を上げます。範囲も広げましょう」
まだ強い魔法が来るの……。本気でやめてもらいたいな……。
そうも言ってられないから、とりあえずとっておきの魔法……切り札の一つを切るとしよう。これなら、よほどの攻撃が来ても対処できるし、そのまま逆にカウンターを決められる。
そう決意したところで、相手が魔法を宣言した。
「全力で抗ってみなさい。――【禁鞭】!」
直後、今までとは比べ物にならないくらい大量の魔力が動いたのが感じられて、背筋がぞくりと震える。
待って。それ、確か最強クラスの攻撃魔法じゃなかったっけ? ただ消費が半端ないから、魔力を回復する手段がない相手が使う可能性は限りなく低い、ってのが幟子ちゃんの見立てだったはずの。
この相手以上に魔力を使える幟子ちゃんでさえ、この魔法を使うと一度に半分近くの魔力が消費されるって説明してたんだぞ。
それだけのリスクがあるってのに、この状況で敢えてこの切り札を切れる度胸には脱帽するよ。いくら魔力のストックがあるにしても、そんな気楽に使える魔法じゃないよ、これ。
そしてそんなことを考える間もなく、ボクの眼前に無数の黒い筋が現れた。どれもが野太い。しなりながら風を切り裂き、衝撃波をも伴って襲ってくる。
あ、うん。
間違いない。これの直撃を喰らったら、死ぬ!
「――【ディメンションカッター】!」
そのとんでもない攻撃を……ボクは、空間ごと切り裂いた。あ、もちろん周りの人たちは避けてるよ。
切り裂かれた地点には割れ目が生じ、ボクからの一直線には空白が出来上がる。攻撃の大半は、その空白の発生と同時に消滅した。
次いで、それ以外の範囲の攻撃も、生じた空白に押しのけられる形で、ボクを紙一重のところで逸れていく。
効果はそれだけに留まらない。切り裂かれて生じた空白は、あらゆる意味での空白だ。そこにめがけて、周囲のものが一気に落ちていく。火の鳥が閉じ込められていた金属の棺も、その中へ消えていく。もちろん、残っていた攻撃も例外じゃない。
そうやって飲み込まれたものはすべからく、次元の狭間に消えてその意味を失う。
そして。
「ぬう……!? ぐぅあ――!」
空間の断裂は、周囲に大量かつ強烈な衝撃を生む。ただの衝撃じゃない。空間そのものを揺るがす衝撃であり、空間そのものが崩壊しかねない衝撃だ。それは威力どうこう、規模どうこうの話ではなく、ありとあらゆるものに平等に、確実にダメージを刻む。
完全防御力無視の、広範囲攻撃。それが時空魔法最大の攻撃魔法、【ディメンションカッター】。ボクが持つ、切り札の一つ!
「やったか!?」
悲鳴も聞こえたし、さすがにこれを食らったら、ただじゃ済まないだろ!
って思ったら、横からあの黒い筋の攻撃が回り込んできた!
「なんでー!? 目の前の分は全部飲み込んだはずなのにー!!」
《馬鹿、「やったか?」はやれてないフラグだから厳禁だと聖書にも書いてあるだろう! 主神の教えくらい覚えておけ!》
《ごーめーんーってばー!!》
ここでまさか宗教的なことについてダメ出しくらうなんて、思ってもみなかったよ! でもその話は後でね!?
数は減ってたけど、それでも大魔法の反動でボクは碌に動けず、その攻撃をほぼ直撃する形で食らってしまう。
全身がきしみ、強烈な衝撃が駆け巡る。痛い、すごく痛い!!
「うっ……ぐぁあぁぁっ!!」
その打撃の勢いで吹き飛ばされ、地面を転がる。インパクトの直後にどうやら変身が解けてしまったようで、セイバアルラウネとしての姿がさらけ出される。
どうやら攻撃は、純粋に物理的なものだったみたいで、複数持ってる物理系防御スキルのおかげで予想よりはダメージがない。見た目や感じたところよりは、生命力の減少は少なそう、かな……。
《ぬしさま!》
《旦那様、大丈夫ですか!?》
《い、意外とね……それでも、こっちはバフ全力でかけてるのに今の、あれだけの少ない攻撃で半分くらい生命力減ったけどさ……》
ふらつきながらも立ち上がる。のたのたと各触腕がうごめき、体勢だけは万全に持ち直した。
でもとりあえず、相手からも攻撃は飛んでこない。あっちもあっちで、かなりダメージを受けたってことかな……。今のうちに、回復しておかなきゃだ。
ここは出し惜しみせずに【ゴッドブレス】で一気に全回復だな、うん。
《それより幟子ちゃん、あの魔法について教えて! 次元の狭間に落としたはずなのに、なんで攻撃が残ってたの?》
《うう……【禁鞭】は最初は広範囲に広がるんじゃが、最終的にはたわんで、弧を描きながらも対象に収束する性質があるんじゃ……。正面からの攻撃をさばいても、他の部分が残っておったら軌道を修正して飛んでくるんじゃよ……》
《どんなとんでもない魔法なのさ、それ!》
《そういうバカげた魔法なんじゃ、【禁鞭】は! 我が流派、截教においては最強の術なんじゃよ……!》
《マジか……》
そうとしか言いようのない現実だった。ユヴィルなんか絶句してる。
《うう……特訓の時に妾も使っておくべきじゃった……! そうしておけば、ぬしさまも対応を誤ることなんてなかったはずなのに……》
《……それについては今話してもしょうがないよ。過ぎたことだし。問題は……》
念話を続けながらも、前を見据える。
そこには、左腕を失い、全身傷だらけになりながらも、敵意に満ちた目を隠しもしない相手が立っていた。
相手の右手からは、漆黒に輝く鞭のようなものが伸びている。とても長くて、とても太い。あれが【禁鞭】の正体かな……?
「なるほど……その身は花魄の類でありましたか。道理で、炎を異常に気にしていたわけですね」
「……ばれちゃったね。できれば見せたくなかったんだけどな、正体は」
花魄とやらが何かはわからないけど、雰囲気から言って花とか植物の妖怪のことだろう、きっと。
そしてそうだとしたら、相手の指摘は正しい。みんなも知っての通り、ボクはアルラウネだからね。
さて、弱点はばれた。変身をしなおす余裕はなかったからなあ。
ダメージも……回復はしたけど体力的、精神的な消耗までは回復してないから、万全とは言えない。
相手もそれなりに食らってるとはいえ、仕切り直しって言うにはちょっと、厳しい状況だな……どうしようね、ホント?
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この物語に主人公が無双する系の要素は含まれておりません。ご了承ください。