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江戸前ダンジョン繁盛記!  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
1855年~1856年 拡張
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第百九話 大妖怪との交渉

本日2回目の更新です。

「……まず名乗ったほうがいいかな。ボクの名前はクイン、お察しの通り人間じゃない」


 ぺこりと頭を下げ、そいつに名乗る。

 でも返事はなかった。ただ、先ほどと同じく鋭い視線が注がれているだけだ。


「ボクの正体はひとまず置いといて……今回ここに来たのは、君と交渉するためなんだ」

「交渉、ですか」

「うん。君相手に嘘や隠しごとをしても意味ないだろうから、単刀直入に言うんだけど……人間や動物をこんな大量に狩るのをやめてもらいたいんだ」


 言いながら、周囲にさらされている動物たちをぐるりと見渡す。


 改めて見ると、ある意味で壮観だ。人だろうがなんだろうが、一切関係なくあらゆる動物が封印もしくはそれに近しい状態のまま、天井からつるされているんだからね。

 人間の感覚で言えば、決して気分のいいものじゃないだろう。ボクはさほどでもないけど、迷惑なのは間違いない。


「このままだと、周辺の住人が困る。生態系も乱れちゃう。それは勘弁してもらいたいんだ。それに、今の勢いだと、人間たちもそのうち無視できなくなって、討伐軍が起こる可能性だってある。そうなったら、お互い損なだけでしょ?」

「言わんとしていることは理解できます。確かに、今数万の大軍で押し寄せられては、この身は危ういでしょう」

「でしょ? だから、やめてもらいたいんだ。もちろんただとは言わないよ」

「当たり前です。何が見返りですか?」


 お、食いついてくれた? やっぱり今の生活はつらいのかな。

 ……いやいや、油断はできないぞ。こっちの条件次第では、決裂する可能性は十分あるもんね。


 って言っても、ボクから出せる見返りはさほど多くない。


「見た感じ、君は魔力が欲しいんだよね。だったら、魔力を手に入れる手段を渡すことができる」

「……ふむ」

「なんなら、住む場所も用意できる。衣食住、全部を保証するよ。どう? 悪い条件じゃないでしょ?」

「そうですね、良い条件です」


 おお、行けるかな?


「――良すぎます」

「ぅえ?」


 と思ったら、冷たい言葉と共に殺気が飛んできた。


「この身に求めることと比べて、条件が釣り合っておりません。それではあまりに、この身が得をしすぎている。そんな甘い話は信ずる気になれませんね」

「そりゃそうだ」


 だろうね、と答えながらボクは肩をすくめる。

 これであっさりうんと言ってくれればよかったんだけど、いくらなんでもそんな甘いわけがないか。


「実は、その衣食住を保証する先で、ボクの下で働いてもらいたいんだよ。ボク、色んなことに手を出しててね。人手が足りないんだ」

「なるほど、労働がその対価に含まれると」

「うん。でも理不尽な命令なんてしないし、限界まで働かせるなんてこともしない。ある程度自由に動いても大丈夫な職場だよ」

「その身はその場で、一体何を目的としているのですか?」

「目的? 目的か……最大の目的は、あくせく働くことなく穏やかに暮らすことだけど。そのための環境整備が今はメインかな。住処の増強はもちろんだし、部下の育成だって急務だ。……要するに、どこにも誰にも負けない、強い組織を作るのが今の目的ってところかな」

「…………」

「そのためにはやっぱり、ある程度以上の強さや能力の持ち主が仲間に欲しいんだ。その点、君は文句ない。これだけの亜空間を維持できるのももちろんだけど、魂の力強さが段違いだもん。だからぜひ、うちに来てくれると嬉しいんだ。

 人間は危険が遠ざかる。君は衣食住とエネルギー問題が解決する。ボクは強力な味方が手に入る。誰も損しないと思うんだけど」


 どうかな? と、相手に視線を投げかける。


 反応は、しばらくなかった。考えてるんだと思う。まだ疑ってるのもあるかもしれない。

 けど、下手に返事を催促して、機嫌を損ねられても困る。ここは相手の出方をうかがったほうがいいだろう。


「……よくわかりました」


 およそ3分ほどの時間を置いて、返事が来た。

 その言葉に、ボクの期待は大きくなる。


「クインでしたね。その申し出――お断りいたします」

「えぇーっ!?」


 ここまで持ち上げといて、一気に落とすかな普通!?

 って、驚いてる場合じゃないや、ボクの周りの空間が凍結してるぞ!?


「これは……時空魔法【スペースプリズン】!?」

「ほう、それが正式名称なのですか? この身の記憶しているものとはだいぶ異なりますね。この身はこう呼んでおりますよ」


 一歩も動くことなく、止まりゆく空間の向こう側で、相手が嗤う。


「【永久氷壁】」

「……っ!」


 レベリング中、幟子ちゃんは使わなかった魔法だけど……名前も大まかな効果も聞いてる。つまりこれは【妖術】、この世界の魔法だ。

 空間そのものが止まり、一切の変化を拒否してしまう魔法だったっけね。効果や相手のステータスから言って時空魔法に分類されるのは間違いないけど、ベラルモースだとこの規模の魔法は禁呪に入っててもおかしくないレベルだ。これは解析に苦労しそうだなあ。


「止まった時間の中で、永遠を無為に過ごしなさい」


 音が遠くなっていく。この中に閉じ込められたボクは、もはや二度と外に出ることはかなわないんだろう。

 ふむふむ、これ単なる拘束魔法じゃなくて、完全封印状態にする魔法なんだな。魔法が完成したら時間すら凍ってしまい、ボクは周囲に釣られた人たち以上に悲惨な末路を辿るんだろうね。普通の封印魔法は棺とかを必要とするだけに、見た目は一見何も変わってないけどないもできなくなるってのはかなり凶悪な魔法だぞ。


「……まあ、ボクを閉じ込めるのは簡単にできることじゃないんだけど」

「む……!?」


 音もなく、【永久氷壁】が効果を失っていく。ボクを捉えきれず、魔法が失敗に終わったのだ。


 ボクは属性に時空を持つ。属性にそれがあると、関係した技術の精度や威力、そして耐性が段違いに高くなるってのは、前回説明した通り。

 つまり、時空魔法に属する魔法攻撃でボクにダメージや状態異常を与えるには、純粋にボクより高い技術が必要になるんだよね。その差は、運でどうこうできるものじゃない。


「悪いけど、ボクも時空魔法は得意でさ。この手の攻撃は効かないよ」


 言いながら、ボクはにこっと笑って見せる。

 効かないから、さっきの条件で考え直してくれないかなってつもりだったんだけど……返ってきたのは、5色に輝く特大の魔法弾だった。


「ちょッ!?」

「【五光石ごこうせき】」

「えええぇぇぇ考え直してほしいんだけど――!!」


 叫びながら、ボクはぎりぎりのところで時空魔法【ショートジャンプ】で魔法弾の射線上から緊急退避する。


 驚きはしたけど、放たれた魔法の名前は聞き覚えがある。っていうか、よく知ってる。レベリングの時に、幟子たかこちゃんが頻繁に使ってたものすごく厄介な魔法だ。

 どこまでも敵を追う、絶対命中の自動追尾弾。おまけに食らうと、5種類の状態異常の中から1つがランダムでかかる。威力も相応で、かなりとんでもない攻撃魔法だ。


 とはいえ、ボクにしてみれば何回も食らったことのある攻撃だ。対処方法はいくつかある。

 問題は、その方法がどれも難易度が高いってことと、そもそもこの魔法がわりと連発できる魔法だから対処そのものも難しいってことかな!

 実際、最初に放たれた魔法弾の向こう側に、10を上回る魔法弾が控えてるしね!


「【万里起雲煙ばんりきうんえん】」


 おまけに、死角からは魔法の矢が雨あられと飛んでくるんだから、逃げ場も存在しないんだよね!

 さすがに幟子ちゃんと同じ能力を持つだけあって、使ってくる技がえげつないよ!

 しかもやり方が幟子ちゃんより戦術的だ! あの魔法矢、ただの人間ならかすっただけでも即死しかねない威力あるんだから、対処しないわけにはいかない!


「【ハイド】!」


 まあ、時空魔法の使い手相手には、ただの攻撃はある意味で効果を発揮できないんだけどね。

 こうやって違う位相に移っちゃえば、攻撃以前にそもそも触れることすらできなくなるから。こっちからも攻撃はできないけど、今はとりあえずこれでいい。


 ふう、とため息をつきながら、身体を貫通しまくる攻撃の嵐を他人事みたいに眺めやる。


【五光石】は、対象を喪失したことでただの弾丸になる。だから大量の追尾弾も、そのまま一直線に地面に着弾して亜空間を揺らしていた。


《いきなり攻撃してくるなんて思ってなかったよ……。かよちゃん、サポートに専念してもらえる?》

《はい、旦那様!》

《ユヴィル、君は攻撃を見切ってボクに教えてほしい。特に回避が間に合いそうにないときとか、気づいてない時に。それと、相手の魔法をボクが忘れてた場合もサポートよろしく》

《了解だ》

《他のメンバーは、いつでも出られるように待機! それから万が一に備えて防御系のスキルはスタンバっといて!》

《わかったよー》

《畏まりました》

《御意》

《はいはい、わかったわ》

《イエスマイマスター》


 念話で大量の承諾を聞きながら、ボクは動く。


 敵を見失った相手は、油断なく周囲を防御魔法で覆ってるみたいだ。

 とりあえず、その背後に【ヴォイドステルス】コンボで移動する。


「いきなり攻撃をしかけてくるなんて、ひどいじゃないか……」


 今まで違う位相に潜んでいたから、瞬間移動に見えるだろうけど、相手は特に驚くこともなく、ゆっくりとこっちに振り向いた。


「ふむ……なるほど、この身を配下に置こうと思うだけの力量はあるようですね」

「君のお眼鏡にかなうのは嬉しいんだけど、ボクは別に戦いに来たわけじゃないんだけどな……」

「ふう……どうやら勘違いしている様子」

「……?」


 相手の物言いに首をかしげるボク。その向こう側から、鋭い視線が飛んできた。

 同時に、周囲に赤黒いもやがどこからともなく漂い始める。濃厚な魔法の気配がする……間違いなく、攻撃魔法が既に発動されてるな?


「この身は誰の下にもつきません。誰の言い分も聞きません。この身に命令できるのはこの身だけ、この身を縛るのもこの身だけ。故に、その身の交渉は初めから意味のないものなのですよ」

「……!」


 そういう性格なのか、この欠片は!


 幟子ちゃんが本来の九尾の良心に当たる欠片だとしたら、こいつは誇りや気位に当たる欠片なんだ、きっと。

 自分こそが一番、自分こそが唯一。そんな考えが根本にあるんだろう。だからこそ、一人ですべてを成すために、貪欲に魔力を求めていた……ってところかな。


 だとしたら、確かにそもそも部下として欲しいなんて前提は、それだけで拒否確定ってわけだ……。


「その身はどうやら、芳醇に魔力を讃えている様子。美味しくいただきますゆえ、ここから逃がしませんよ」

「それは……さすがにお断りかな、……ッ」


 ぴりり、と全身に痛みが走る。よく見れば、赤黒いもやに侵食されて、身体がぐずぐずと溶け始めていた。

 酸か何かかな? この魔法、そういうフィールド型の魔法なのか。この手の継続ダメージ系の魔法はいくつか聞いてるけど……どれだ?

 時間あんまなかったから、幟子ちゃんから簡単な説明を聞くに留まっちゃった魔法はかなり多いんだよな。おまけに妖術の数が100以上と多すぎて、全部覚えれてないし。


 だからこそ、ユヴィルと幟子ちゃんがボクの影の中に控えてるんだけどね。


《あれは【紅水陣こうすいじん】だな、幟子?》

《うむ! 以前話した十絶陣の一つで、亜空間内の敵に慢性的な痛手を強いる術じゃ!》

《ああ、あの性質の悪い魔法! しかも防御無視の割合ダメージだよね、確か! ……幟子ちゃん、亜空間の掌握はどれくらいかかりそう?》

《5分……いや、万全を期すなら10分欲しいのじゃ!》

《おっけー、それくらいなら耐えてみせるよ! ティルガナ、藤乃ちゃん、フェリパ、相手がこの空間から逃げようとした時のためにボクとは分かれて潜んで!》

《畏まりました!》

《御意に!》

《あいよ、まかしとき!》


 指示を与えた3人の返事を聞きながら、天魔法【エンジェルブレス】、【ゴッズアイ】を使う。


 継続ダメージには継続回復で対抗だ。これで、フィールド効果でやられることはない。

 けど、これだけでどうにかできるわけもない。回復効果も、継続ダメージと相殺だし、何より赤黒いもやが消えたわけじゃない。そこで視覚に頼らず情報を見通せるようになる【ゴッズアイ】だ。ユヴィルたちが持ってる【千里眼】のスキルを、一時的に魔法で獲得するものだね。


 これでよし、少なくともこれで同じ土俵には立ったぞ。


《主、もう相手は来ているぞ! 早く逃げるんだ!》


 ……と、思った直後、ユヴィルからの警告。確かに、眼前に巨大な鳥の形をした炎が迫っていた。


 炎はダメだ! アルラウネ種にそれはヤバい!


「ぃぃぃ【ショートジャンプ】!」


 面で迫る炎を慌てて回避して、相手の頭上に出現する。


「天魔法【シャイニング】!」


 そして全方位広域攻撃魔法を放つ。相手は妖、冥属性を持つ大妖怪の一部。天属性はそれなりに効果があるはずだ。そしてこれだけ大規模な魔法をぶっ放せば、ひとまずは圧迫することはできるはず。


 迸る青い光が周囲を盛大に打ち付けながら、強烈な輝きが刃となって一面に満ちる。

 ところが、その魔法は相手を攻撃せず、そっくりそのままボクに向かってはね返ってきた!


「……マジかー!?」


 さらにそれに追随して、あの炎の塊が来る! これも自動追尾か!?


《主、後ろだ!》

「後ろはいただきましたよ」

「ぅええ!?」


 眼前に迫りくる二重の攻撃! と思ってたら後ろから声が聞こえた。しかも、魔力が急激に高まるのを感じる! 絶対に攻撃スタンバってる!


「【五火七禽扇ごかしちきんおう】」


 前後上下から攻撃が迫る! うん、避けるの無理!


「【ハイド】!」


 別位相に緊急退避! それから場所を変えて仕切り直しだ!


「ふいぃぃ……」

「その隠形の術……厄介ですね。どうも、逃げに徹されると今のこの身では捉えきれぬようです」

「まあね……この手の魔法はそれなりに自信あるからね……」

「しかしその身の目的から、この身の前に姿を直接見せることは必至。ならば、持久戦と参りましょうか。逃がしませんよ、その身は絶対に喰らわせていただきます」


 そう言うと、そいつは苦笑のボクとは対照的に、くすくすと笑った。

 魔力で形成された扇子で口元を隠しながら。背後に、巨大な炎の鳥を従えながら。傘のような膜に身を包みながら。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


交渉とは一体。

というわけで、次回から本格的な戦闘に入ります。

あのクインが! 遂に! ようやく! 戦います!


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