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江戸前ダンジョン繁盛記!  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
1855年~1856年 拡張
128/147

 挿話 アメリカにて

本日2回目の更新です。

 アメリカでの生活も一年を過ぎ、英語による読み書き会話もだいぶ上達したと思う。

 この一年間で、小生らは様々なものを見聞きし、体験したが、あまりに異なる文化にとにかく驚愕続きであったことは間違いない。

 そして日ノ本の為を思い、敵国のすべてを知りつくさんと努力を重ねてきたが、その全てを知り得たとは到底思えないし、それを書き上げるのも難しいとも思う。


 ただ、一年この国を見聞きして、これだけは間違いないと断言できることがある。

 それは、この国の強かさである。


 今、小生は「強かさ」と記したが、これは通常我々が意図して使う意味とは異なる。

 転んでもただで起きぬとか、悪知恵が良く働くとか、そういう精神的な意味での「強かさ」ではないのだ。

 アメリカの「強かさ」は、そのものずばり、言葉の通りに武力的な意味での「強かさ」である。この国を語る上で、これは避けては通れぬと小生は見ている。


 例を上げよう。


 小生は、彼を知り己を知れば……の教えに従い、アメリカの様々なことを調べたし、調べている。これには無論、この国の歴史も含まれている。

 そうして小生が知ったこの国の歴史は、まさにそうした武力的な「強かさ」がなければ成り立たなかったと言っても、過言ではない。


 そもアメリカとは、エゲレス人が入植し開発してきた地域であり、本国から虐げられた彼らが武力でもって一つの国として独り立ちした、下剋上の国である。

 既にこの段階からして、戦わなければ生きていけなかった、あるいは強いことが必要であったことが容易にうかがえると言うものだ。


 そしてこの土地は、彼らが入植して来るまで、都市開発などは行われておらず、大自然がそのまま広がっていたのだという。そんな未開発の土地には当然、野生の獣が多くいたであろう。加えてこの地には、いんでぃあんなる部族が無数にひしめき合い、割拠していたという。

 そんな見知らぬ上に危険で、しかも極めて遠い土地に最初に入った人々の心境はいかばかりであったか。敵国の祖人とはいえ、これには小生も素直に頭が下がる思いである。


 その……先住民と呼べばいいか。彼らとは、今もなおアメリカの民は戦い続けていると言う。当たり前だが、戦うには武器がいるし、訓練がいるし、強い身体がいる。それが百年、二百年と続けばなおさら。

 アメリカとはすなわち、そうした強いものを持っていなければならない国柄なのである。

 彼らの交渉とはすなわち、彼らの挨拶である握手をしていない側の手を、後ろ手に隠して(しかも意図的に隠しきらずに)銃を手にしているような交渉なのである。ペリー氏が大量の船を用意して我が国に臨んだ意図は、つまりそういうことであったと見て、十中八九間違いはなかろう。

 木島殿はあれを砲艦外交と呼んでいたが、言い得て妙である。


 であるからこそ、日ノ本でもアメリカに劣らぬほどの軍備を整えることが、この国に対抗するための必要にして最低限の条件であると、小生は断言するものである。


 この国では、我々武士が代々育んできた、士道に基づく清廉な取引はまずありえないと言ってよい。

 対面した武士が、常に抜刀した状態で対話を求めてきている状態と言い換えれば、小生の言い分もご理解いただけることだろう。そんな相手とは、平時のままではとても言葉も交わせぬであろう。そのためには、こちらも抜刀せねばならない。


 だが果たして、そのような気概が今の幕府にあるだろうか?

 ……その答えは、恐らくない、であろう。

 それくらい、ペリー氏が当初我が国を訪れた時の幕府の対応は、ひどいものであった。


 しかし、小生が日ノ本を離れて既に一年以上になる。その間に伝え聞いた幕府の対応(各国との条約締結)は、小生が思っていたよりもまっとうなものであったのだ。

 条約の内容は、ペリー氏やフィルモア氏を通じて、意見が欲しいと請われたため確認しているのだが、譲れぬところは譲っておらず、なかなかに対等にやりあっている、という印象を受けた。

 この後、さらにアメリカは彼らにとって優位に立つための交渉をするための使節を送るようだが、そこでの対応をどうするか。日ノ本にとっては、こここそが今後のために重要な分かれ道となると小生は思うのである。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 何の前触れもなく、がたん、と窓枠から音が響いてきた。次いで、鳥がはばたくような音が鳴る。

 深夜の一室でそんな音がしたものだから、ペンを走らせていた吉田松陰こと寅次郎は、静かにペンを置きながらも素早く椅子から降りて身構えた。

 それから机上の、書きかけの紙をそっと引き出しに仕舞い込むと、筆記具に次いで使用頻度の高い相棒、刀を引き寄せた。


 音はもうしていないようだが、油断はできない。ましてここは彼にとって、敵地である。警戒は必要以上にすべき、そう彼は日ごろから思っていたし、実践している。今回は特に、得体が知れない。いつもよりも用心深くすべきだろうと判断した。

 まあ、彼のそんな姿勢は常のことであり、刀もわりと高頻度で抜かれているので、ペリーをはじめ多くの人間が、松陰を「クレイジージャパニーズ」と陰で言っているのだが、それはともかく。


 そんなわけで、松陰は身構えながら窓の前まで行き、音の正体を求めて目を凝らした。

 だが、闇に慣れた目をもってしても、そこから見える範囲には何もなかった。少なくとも、動くものは見当たらない。


(……忍びの類であろうか?)


 であるならば容赦はせぬと、松陰は構えていた刀を、細心の注意を払いながら抜いた。ほとんど音もなく現れた銀色の刃が、小さな灯火を受けてかすかに光る。

 だがそんな彼の警戒は、ほどなくして粉砕されることになる。


「なっ、と、鳥? こんな時間に何故このような……、ッ!? こ、これは……まさか……!? いや、そんなはずは……!」


 そこにいたのは、一羽のカラスだった。国が違うからか、日ノ本でよく見かけるものよりかなり大きい。

 だが、松陰が途中で言葉を切ったのはそんなことが原因ではない。

 問題だったのは、そのカラスがくちばしにくわえていたものである。それは、この国では絶対にありえぬものであった。


 それを目にした彼の目は、大きく見開かれる。同時に、構えられていた刀は持ち主の意思を失ってだらりと下がり、ごくりと息をのむ音が最後に続いた。

 そう、そこにあったのは、松陰にとってまったく予想だにしていないものだった。あまりにも理解の範疇から超えていたために、彼はそのまま数秒硬直してしまったのだ。


 彼の視線の先にあったもの。それは、窓に差し込まれた白い紙の包み――日本でよく見る形状の手紙だった。


 少しの後、なんとか我に返った松陰はまず刀を急いでしまうと、形ばかりの警戒をしながらカラスのいる窓にさらに歩み寄る。

 そうしてゆっくり、極めて緩慢な動作で窓を少しずらして、カラスから手紙を手に取った。


「……小生、宛て……だと……!?」


 そのまま彼は再び、けれど先ほどより長く硬直した。驚愕で丸く小さくなった瞳が、ただ一点、己の名前を穴が開くほどに見つめている。額面に記された宛名が、まごうことなき己のものだったからだ。

 だが彼の意思とは裏腹に、彼の手は無意識のうちに手紙を撫で始めた。その仕草は緩やかで、一見すると壊れ物に恐る恐る触れるような雰囲気だが、実際は違う。それは懐かしいものを慈しむ仕草だ。


 松陰の手に、懐かしい和紙の感触が広がった。それは、既に持ち込んでいた紙を使い切ってしまっていた彼にとって、嬉しさのあまり涙ぐむほどの衝撃を与える。

 だが彼は涙をぐっとこらえると、ここでようやく手紙を開封する。そして中身をばっと広げ、そこに居並ぶやはり懐かしい毛筆の文章を食い入るように検めていく。


「なんと……!? ぬう……!? これは、まことか……!?」


 読み進めながら、彼は様々な言葉を漏らす。それに連動して表情もころころと変わっていく。

 せわしないことだが、手紙に書かれた内容はそれだけの衝撃を彼に連続して与えるものだったのである。

 その様を、カラスがただじっと眺めていた。


 しばらくそうやって、手紙に没入していた松陰。だが彼は、最後の部分を見るやかすれた短い悲鳴を上げ、がばっと顔を上げて絶句した。


「い、いや、しかし、これは……これは確かに、間違いなく……」


 しかしほどなくして、納得と諦観をないまぜにしたような声が彼の口からもれた。

 ただ、その顔に覇気はなく、浮かんでいるのはただただ困惑であった。


「……だとすれば、そうなのであるか。幕府は本腰になった、と……そういう……?」


 呟きながら、ぼんやりと天井を仰ぐ松陰。どこか呆けた彼の身体がゆらぎ、落ちるようにイスへ座り込む。その拍子に、手紙がそっと机に落ちた。


 かすかな明かりに照らされた、日本からの手紙。そこには、公文書特有のしかつめらしい語調で、長々と様々なことが書かれていた。

 今の日本の状況説明から始まり、老中たちの喧々囂々の会議、各大名たちへの様々な根回しを経て国禁が緩和されたこと、それに伴い、後出しながら松陰たちへの立場が認められたことなどである。さらには日本国内の情勢、故郷長州の情勢なども書き添えられていた。

 それらは松陰たちにとっては、喉から手が出るほどほしかった情報ばかりである。だがあまりにほしかった情報ばかりがピンポイントで入ってきたため、松陰はにわかには信じられなかったのだ。


 だが何より、松陰を困惑させたのは手紙の最後である。前述の、さまざまな説明の最後に書き記された一文。それと、その隣にあったものが、彼を何より困惑させた。


 そこには、こう書かれていた。


『将軍徳川家定の名において、吉田寅次郎以下二名の渡米を正式に認め、またかの国の調査を命ずる』


 まさかの将軍勅命である。これには、幕府に反感を持つ身の松陰とはいえ、さすがに多大な衝撃を受けた。


 吉田松陰という人物は、決して身分は高くない。底辺とは言わないが、それでも藩士としてはあくまで一介であり、その他大勢の中の一人でしかない。

 そんな彼に、将軍が直々に命を下すと言うのは、ほとんどありえない事態なのだ。

 にもかかわらず、今回の手紙である。松陰には、幕府の思惑がわからなかった。疑うのも無理はなく、しかし末尾に記された家定の名と花押が、真実であることを示している。


 ……いや、彼の冷静な部分は、わかってはいたのだ。幕府も、ようやく重い腰を上げて事態収拾に動き出したのだ、と。

 だが、それまで散々に幕府に抗議の声を上げ続けていた松陰にとって、さながら押し続けていた壁が消えた時の反動のように、突然得られた理解が衝撃になった。

 これだけでも茫然自失となりかけた松陰だったが、だめ押しとばかりに「忍びが別途でアメリカに入った。双方の連絡はこのカラスを用いること」と追伸が記されていて、余計に我を失うことになる。

 結果として、彼は驚愕のままこの日の夜を過ごしたのだった。


 さすがに翌日になれば、彼も正気に戻ってことの次第を仲間二人に即刻報告し、あれやこれやと今後の方針を話し合うことになる。

 しかしそれでもなお彼らの衝撃は大きく、改めてこの件への疑問点が浮かんだのは、カラスへ情報を伝えてしまった後だった。

 いや、ダンジョンの息がかかっている木島忠太のみは、気づいていたかもしれないが……。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


今章は歴史関係の動きより、ダンマスものとしての動きが中心なのでその手のシーンがないんですが、さすがにアメリカに渡った彼の周りは少しくらい描写しておかないとまずかろうと思い、このタイミングで一つ挿入。

個人的に吉田松陰という人物は、結構うっかり屋なイメージです。


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