第百七話 狐退治、その前に
「さて、というわけで会議を始めます」
『それはいいんだが……あれはどうしたんだ?』
「気にしないで。必要なタイミングが来たらたたき起こすから」
『そ、そうか……』
会議室。
幹部たちを集めての打ち合わせで、最初にユヴィルが指摘したのは、部屋の隅の方で幸せそうな顔のまま気絶している幟子ちゃんについてだった。
別に性的なことをしたわけじゃなくて、本当にウソ偽りなく全力でぶん殴っただけなんだけどね。それでも嬉しそうなんだから、もうどうすればいいかボクにはわからない。サディストじゃないボクにとって、マゾヒストの対応は疲れるだけみたいだ。
「話を戻して、と。えー、幟子ちゃんの報告で、彼女の一部の所在がわかった」
話題を軌道修正する。全員の真面目な視線を受けながら、ボクは説明していく。
「で、そいつのところに行く前に打ち合わせをしようと思ってね。だから集まってもらったのは、主に戦闘要員のメンバーってわけ」
『なぜこれだけのメンバーを集める必要がある? 相手は幟子の分体なんだろう? ならば彼女が取り込んでしまえばいいのでは? 強さが同等なら、戦いとなった時に彼女一人では厳しいだろうが、それでも俺たちではまだ……』
ユヴィルの指摘は最もだ。周りのメンバーもそれに頷いている。
強さについてもその通りで、実際に幟子ちゃんと本気で戦うってなった時、まだ上位種の彼らじゃ足手まといにしかならないだろう。ボクでぎりぎりってところかな。
「まあね、そりゃそうだ。ボクも最初はそのつもりだったよ。でも、事情がちょっと変わってね」
そうして改めて、さっき知ったばかりのこと……幟子ちゃんという存在についてのあれこれを説明する。
分体を吸収してしまうと、幟子ちゃんという存在のありようが変わってしまうこと。
幟子ちゃんはそれを嫌っていて、分体は他のものも全部殺していいと思っていること。
そして、その作業に他のメンバーも巻き込むことで、全体の底上げをしようということ。
「そんなわけで、相応のリスクはあるにしても、今回の作戦にはみんなある程度関わってほしいと思ってね」
そう締めくくって、ボクはいつの間にか出てきてたお茶を口に含んだ。
視界の端では、かよちゃんがお盆を持って控えている。よく気がつく子だ。
小狐丸は、寝ちゃったのかな。その辺りは、見た目通り子供なのか。
「ついでに言うと、今回の相手……越後の国で発生して信濃の国にやってきてる分体は、どうも慎重な性格っぽくてね。最初から幟子ちゃんをぶつけると、さっさと逃げられる可能性が高いんだよね。
だから、相手には『少しがんばれば倒せる、食べられる相手』って思ってもらいたいんだよ」
『うーむ……言いたいことはわかるが……』
「相応って言うけど、危険すぎるやろ? 単純に計算したら、うちらとたかちゃんとのレベル差は1100強やで?」
『私なんか、1300くらい開きがあるわよ……さすがにちょっと……』
ユヴィル、フェリパ、ラケリーナが難色を示す。その一方で、
「あたしは是非参加したいわね。汚名を返上したいってのもあるけど……単純にやり返してやりたいわ」
『おれは戦るー。狼のほうが強いって、証明してやんよー』
やる気満々なのは藤乃ちゃんとジュイだ。
そして、
「わたくしめは、主様の決定に従います」
「左に同じくです、マスター」
メイド組は明確な意見を避けた。
ふむ、純粋な賛否の意見という意味では、2:3で反対のほうが多いわけだ。
おまけに、しっかりと理由をつけてるって点では、反対意見のほうが重みがある。
いやまあ、実際危険がかなり高いのは間違いない事実だから、その通りとしか言えないんだけどね。
「確かに、かなり危険度は高いね。だから、もう少しレベル上げしてから行こうと思ってる」
「……せやかてクイン様、そんな簡単にはいかへんやろ?」
「いや、ちょっと強硬手段を取るつもり」
「『「「強硬手段?」」』」
ボクの言葉に、大半のメンバーの言葉が重なる。
それに頷きながら、ボクは答えた。
「時空魔法【ザ・ソウルアンドタイムルーム】」
魔法名を宣言してるけど、構築はしてない。単に名前を言っただけ、だね。
それだけでほとんどのメンバーが理解したようで、なるほどと頷いている。
『どゆことー?』
ジュイと藤乃ちゃん、ラケリーナ、そしてネイシュと言った、外部から入ってきたメンバーが首を傾げている。
「この魔法は、【ホーム】と同じく亜空間を形成する魔法だ。ただし、その中での時間の流れは外よりも極端に遅いっていう魔法なのさ」
「最大出力で発動させれば、亜空間内での1年が外での1日になるそうです」
「うわあ……」
ティルガナの補足に、藤乃ちゃんが遠い目をした。
なんか、「またこいつは」みたいな呆れの色が見えた気がするけど、気のせいだよね?
「ボクはまだそこまでの技量はないから、これだけに専念してもせいぜい1カ月を1日にするくらいが限度かな。現実的に考えればやらなきゃいけないこともあるから、3週間を1日くらいが限度だろうけど……」
『まあ、な。確かに今からそれだけの時間鍛えれば、俺やジュイ、フェリパ、藤乃あたりは進化できそうではある』
「訓練相手は、今度の戦い相手を想定して幟子ちゃんにしようと思ってます」
『ちょっと、それ強すぎるんじゃないの!?』
「や、妥当な選択だと思うけどな? 選択肢そもそも他にないし」
『そうだけど!』
黒いラケリーナが少し青い顔をしてる。うん、まあ、この中ではまっとうな感性をしてる上に下から2番目のレベルだもんね。
促成栽培をしかけるには、ちょっと幟子ちゃんはきついとも思うけど、未来のためにがんばってもらいたいところだ。
「たかちゃん相手に3週間みっちりかー……そないなことしたら、ここのメンバー全員が普通に進化しそうやんな」
「それが目的だからね」
何より、ダンジョンの戦力強化は何も今回に限らず、今後ずっと必要なことだ。
もちろん、ダンジョンそのものの強化は必須だけど、切り札になる幹部たちの戦闘力も、出来る限り早く上げたいんだよね。あんな失敗はもうしたくないし。
それに、わりと近いところで比較的大規模になりそうな戦いをしないといけないかもしれない事態に、なりつつあるしね。
『……大規模になりそうな戦い、だと? それはどういうことだ?』
「幟子ちゃんの分体って、全部で3つあるんだけどさ。うち1つが、長州の萩辺りで既にヤバいレベルまで根っこ伸ばしてるんだよね。【真理の扉】で調べた結果だから、この目で見たわけじゃないけど」
場の空気が凍りついた。まあ、気持ちはわかる。
「幟子ちゃんが言うに、彼女は元になった大妖怪の穏やかな部分だけを引き継いでるみたいだけど……この萩にいるヤバいやつは、逆にヤバいところだけを引き継いでる可能性が高いんだって。
実際、長州国内はかなりの人間が餌食になってるっぽいんだよ。それってつまり、大国を何度も傾けた本物の大妖怪が、わりと近いところで力を蓄えてる真っ最中、ってことでさ」
「……そんなのがもし牙をむいて来たら、確かに今のあたしたちじゃどうにもならない、か……」
「おまけにさ、元の大妖怪って、たった一人で10万もの人間を兵士として同時に操ったって言うんだよね。そんなのが一気に向かってこられたら、なおさらでしょ?」
『確かに……』
「逆にこっちは、表立ってそういう外道なやり方はできないからね。幟子ちゃんに同じ方法をやれなんて言えないしさ。仮に最悪の事態になったとしたら、そんな大軍を幕府と一緒に抑えるために大半のメンバーが駆り出された中で、どんなことでもする上に、とんでもなく強い化け物と戦うなんてこともあり得るわけで」
正義の味方って、面倒だよねえ。
そう付け加えつつ、ボクは結論を口にする。
「そんなわけで、レベリングは喫緊の課題だろうってのがボクの意見。で、今は比較的みんな余裕があるし、今のうちにやっておいて、幟子ちゃんの一部の中でもとりあえず練習台にしやすそうなやつで具合を見よう……とまあ、そんな感じかな」
この言葉に、メンバーはみんな、確かにと頷いた。どうやら、説得には成功したかな?
そう思ってると、予想外のところから声が飛んできた。
「旦那様、それって私も参加してもいいですか?」
「はっ!? 何言ってるのかよちゃん! 君は無理にそんな強くならなくったっていいんだよ!?」
「それはわかってるんですが……私だけ弱いままって、なんだかのけ者みたいで、嫌です……」
「それは、……それも、そっか……」
かよちゃんは、自己犠牲精神が結構強い。誰かが何かをしてる時、自分だけ何もしてない、できないってのを嫌う奉仕主義的なところもある。
鬼姫まで進化してこれたのも、そもそもはそういうところが彼女にあったからだ。
せっかく他の皆の背中が見えてきたのに、またここで引き離されるのは嫌なんだろうな。
「……わかった、わかったよ。一緒に修行しよう。でも、実際の戦闘の場につれてくかどうかは別だからね?」
「わかってます、そこまでの無理は申しません」
こくりと、力強く頷くかよちゃん。
そんな彼女に小さくため息をついて、けどそれが嫌じゃない自分にボクは思わず苦笑した。
「……それじゃ、そんな感じでレベル上げするよ。細かい内容はこれから改めて決めるってことで、おっけー?」
ボクの問いに、全員からの了承が返ってきた。よし。
「じゃ、具体的な内容決めよっか。となるとさすがにそろそろ幟子ちゃんにも参加してもらわないとな……」
そうつぶやいて、ボクは今もなお気絶したままの幟子ちゃんに目を向ける。
すると、
「了解なのじゃよー!」
元気よく立ち上がりつつ……もとい、飛び上がりつつ、笑顔で幟子ちゃんは復活した。
いや、この感じは少し前から起きてたな。相変わらず、子供みたいなことするよなあ。
まあ、幟子ちゃんはこうでなくちゃって感じではある。底抜けに明るい彼女は、うちのムードメーカーみたいなもんだ。
それに遊ばれはしたけど、前回幟子ちゃんが言ってたことは彼女の本心だろう。あれは演技じゃない……と思うし、何よりボクも、極悪非道な幟子ちゃんとのお付き合いはちょっと遠慮したい。
そんなことを考えながら、ボクたちは細かい部分を詰めていく。
最終的には幟子ちゃんとのレベル差や仲間同士での連携強化も鑑みて、色んなメンバーと二人一組を作り、それを一定時間ごとに入れ替える形で落ち着いた。小狐丸もここに加わってもらうつもりだ。
最終的には、ある程度レベルが整った状態にしてから、全員で幟子ちゃんに挑んでみることになる。予行練習ってやつだね。
それから、幟子ちゃんが使える、使えなくても知ってる【妖術】はわかる範囲で全部教えてもらおう。相手が彼女と同じ九尾の狐である以上、使ってくる可能性が高いもんね。
フルで出張ることになる幟子ちゃんの負担が大きいけど、ここは彼女のまいた種ってことで引き下がってもらう。なんなら報酬として、なでなでともふもふまでなら譲歩してもいい。
かくして、ボクたちの修行が始まった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ソウル=精神
タイム=時
ルーム=部屋
つまりはそういうことだ。
主神様「時空魔法のシステム作成時、他に名前が思いつかなかったんだよ。わかれ。な?」