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江戸前ダンジョン繁盛記!  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
1855年~1856年 拡張
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第百六話 狐の気持ち

本日2回目の更新です。

 騒動はとりあえずここまでとして、だ。


 小狐丸はかよちゃんに一旦預けて、改めて幟子たかこちゃんからことの詳細を聞こう。

 その小狐丸が、幟子ちゃんから離れたくないってぐずりまくって大変だったけどね。かよちゃんと二人で必死になだめて、なんとか席を外してもらう頃にはもう時計の短針が一つ半くらい動いてたよ。

 出ていく直前、なんかかよちゃんと幟子ちゃんが盛り上がってたのも原因ではあるだろうけどさ。


 ともあれ、だ。


「相手はの、諏訪湖周辺で亜空間に潜んでおったよ。最初に調べた周辺におったんじゃ。盲点じゃったわい」

「なるほどね。一度調べたところは基本、あんまり調べないもんね」

「そこに多重の隠ぺい工作がされておったな。わからんと断言はせぬが、小狐丸がおらんかったら正直見破るのにもっと骨を折ったじゃろうな」

「それは優秀なことだね」


 空間を越えて存在を感知するとか、尋常じゃない性能だぞ。いくら対象がかなり限られてるからって、さすが伝説級レジェンド装備って感じだよなあ。

 っていうか、妖怪に変じてもアイテムとしての特性はしっかり引き継いでるんだな。スキル的には【妖術】に統合されてるのかな?


「と、いうわけで、場所はわかったぞえ。それでぬしさま、今後どうするんじゃ?」

「そりゃもちろん、乗り込んで魂魄は回収するよ。で、あるべき場所に戻す。そうすれば幟子ちゃんも元の強さに戻るでしょ?」

「ふむ、まあ、そうか」

「ステータスを見る限り、幟子ちゃんは本来最上位種のレベル300オーバーだからね。うちの最終兵器として、ぜひともパワーアップしてほしいかな」

「左様か……」


 おや?

 おかしいな、いつもの幟子ちゃんなら、期待してる風なこと言えば飛びついてくるはずなんだけど。


「……どうかしたの? らしくないじゃない」

「う、うむ……その、じゃな……」


 本当にらしくないな。こんな感じで言いよどむ幟子ちゃんは初めて見る。

 隠しごとをしてるとか、そういう感じじゃないんだよね。何か本当に気にしてることがある感じ、かな?


「いいよ、遠慮しなくったって。いつもの態度はともかく、ボクは君の見識は信頼してるから」

「う、うむ……」


 それでもなお、言いづらそうにもじもじしてる幟子ちゃん。

 どうしたものかと思い始めたところで、彼女はようやく口を開いた。


「あの、じゃな……ぬしさま……ぬしさまに頼られるのは、妾すごく嬉しいんじゃがな……その……妾の一部については、その。すまんのじゃが、殺してはくれんかのう……」

「……はあっ?」


 そうして出てきたのは、予想外の言葉だった。


「えっと……待って、待って待って。幟子ちゃん、それって、つまり君はこう言いたいの? 本来の力を取り戻す機会を棒に振るって?」

「ち、違うんじゃよ! いや、違くもないんじゃが……その、連中はぬしさまたちの肥やしになってもらえば、それでええと思うんじゃ……」

「……なんでさ? あー、確かにその選択肢はありか。幟子ちゃんと同レベルの相手を倒せば、相当レベルアップにはなるだろうけど……。いやでも、全体の底上げにつなげたいってのはありがたいけどさ、君はそれでいいの? だって、今の君は」


 強いは強いし、なんなら今の地球……テラリアにあっては、ボクたちを込みにしてもたぶん最強の存在だろう。でもそれは、決して彼女の正しい姿ではないわけで。

 それを彼女は、拒むっていうの? それとも、往年の実力に戻る必要はないって?


「ち、違う……そんなことはなくて……じゃな。もっと、今より強くなれば、そりゃ、もっとぬしさまの役に立てるから……最初の頃はそれで良いとも思っとったんじゃよ。でも……」


 どんどん幟子ちゃんの言葉が弱くなっていく。その視線は、ボクの機嫌をうかがうかのように、せわしなく泳いでいる。

 そんな彼女に頷いて、続きを促す。


「……もし、もし妾がすべての欠片を取り戻して、本来の妾になった時……その時、妾という存在は恐らく、消えてしまうんじゃよ」

「……なん、だって……?」


 どういうことだろう?

 彼女の言葉の意味を考えて、あんまり多くない霊魂学の知識を脳内で探る。


「今の妾は……いや、今の妾も、元の妾の一部でしかないんじゃ。元あった、伝説の大妖怪たる白面金毛九尾の狐を形作る、あらゆる要素の中の一つ。それが妾じゃ。その中でも、たぶん良心や童心に本体の記憶が加わって具現化した人格……ってのが、妾の本質ではないかと思うんじゃ」


 考えたボクに構わず、幟子ちゃんがつぶやくように言った。

 それを聞いて、一つの仮説がボクの中で組み上がっていく。


「……そういう、ことなのか。本体とステータス上は出ていても、君も白面金毛九尾の狐のごく一部。他の欠片も、もちろんそう。ってことは、君たちが力を取り戻そうとして一つになったら」

「数値の上では、すべての要素が一つに戻って、白面金毛九尾の狐が復活する。じゃがきっと、全部の欠片の自我はぐちゃぐちゃに混じり合う可能性が高い。そうするとたぶん、国を傾け人を餌にしてきた、残虐な白面金毛九尾の狐になって……戻ってしまうんじゃよ。

 いや、そうなったとて、ダンジョンコアの力で眷属としてぬしさまに縛られておる以上、たぶん周りに危害を加えることにはならんと思うがの……でも」


 そこで言葉を切った幟子ちゃんは、一度顔を伏せて沈黙した。

 彼女が言わんとしていることは、もうボクにもわかる。わかってしまった。


 つまり。


「……全部が混ざっちゃったら、ただの一部でしかない君の自我は、本体の一部として……ただのパーツになって、消えてしまう。それはつまり、今の幟子ちゃんにとっては」

「……死と同義じゃ。それは、……それがどうしても、嫌なんじゃよ……」


 ボクの言葉につなげる形で、幟子ちゃんが再び口を開いた。

 同時に上げられた彼女の顔には……今にも泣き出しそうな。捨てられる間際の子供のような、そんな表情が浮かんでいた。


「妾は、妾は死にとうない……! 怖い……! ぬしさまを愛する己がいなくなることが、この上なく怖いんじゃよ……!」

「幟子ちゃん……」


 さっきまで元気だったのが、信じられないくらいの豹変っぷりで、彼女は泣いた。

 テンションの乱高下自体はいつものことだけど、その様子はまるで子供そのもので……だからボクは、申し訳ないけどものすごく納得もしていた。


 初めて会った時から、思ってはいたんだ。

 彼女は本当に、伝説の大妖怪なのか? って。


 だって伝説に名を残す九尾の狐……白面金毛九尾の狐とはあまりにも違いすぎるんだよ。

 真理の記録アカシックレコードにあるあの妖怪の過去の行いは、データで見ると本当に、それだけ残虐で冷酷で、苛烈だった。


 罪もない人間を有罪にするなんて優しいほうで、そんな人たちを赤熱するほど高温の銅柱に抱きつかせて殺したり、毒蛇でいっぱいにした大穴に叩き落として殺したり。

 あるいは、少し言語体系や生活環境が違うというだけの人たちを万単位で捕まえて、生き埋めにしたり。

 そういうことを、彼女はしていた。それが趣味だ、遊びだと言わんばかりに。


 でも、今の彼女の性格はと言えば、無邪気で感情の振れ幅が大きい、素直な女の子なのだ。

 差し出された魔力たべものを嬉々として受け取ってしまうし、それに大きな恩を感じてしまうし、おまけに一目ぼれもしてしまう。

 そして目の前の出来事に一喜一憂して、好きな人に構ってもらいたくて、とにかくボクの近くにいようとする。ボクに褒められようとする。


 なるほど、彼女の自己申告は恐らく正しい。

 今の彼女はきっと、伝説の大妖怪の中に残っていた、純朴な子供の部分なんだ。


「じゃからぬしさま、お願いじゃ、後生じゃ。妾を、どうか他の欠片と一緒にせんでたもれ……。なんでもするから、どんなことだってするから、だから……だから、妾をこのままぬしさまの、傍にいさせてたもれ……」


 震えながら、ぼたぼたと涙をこぼしながら、絞り出すようにそう言った幟子ちゃんの姿は、まさに「伝説の大妖怪とは思えない」。


 けど、……あーあ、もう。これじゃボクが悪いみたいじゃないか。またか。


 ボクは別に、幟子ちゃんを邪険にするつもりなんてない。彼女が嫌だって言えば、融合させて一つに戻すのをやめるのだって、なくはないって思ってた。

 ただ、一つに戻すってのがまさか、全力で地雷を踏み抜くことになるとは思ってなかっただけでさ……。


「……わかった、わかってるよ。ボクは君が嫌なことを強制するつもりなんかないから。ほら、顔上げて……」


 なおもわんわんと泣く幟子ちゃんの顔を上げさせて、とりあえず他にものがないから触腕でぬぐう。

 ぐしゃぐしゃになった彼女の顔は……、この状況で言うのもなんなんだけど、一瞬フリーズしかけるくらいには、ボクの心を刺激するものだった。

 思わずアレの触腕が動いたくらいには。……自分で自分に驚くよ。


「……まこと? まことに、まこと?」

「そうだよ。ボクに譲れないところがあれば、また別だけど……少なくとも、そうじゃないところで仲間の希望を無視するなんてボクは絶対にしないから。ましてそこに話を聞くメリットがあるなら余計だよ」


 強い反抗心を持つかもしれない突出した個を、縛りがあるとはいえ部下に置いておくのは正直嫌だしね。

 そう言いながら、さらにボクは続ける。


「たとえ多少実力が下でも、ボクはボクと一緒にいて気の合う人のほうを選ぶよ」

「ぬしさま……ぬしさまああぁぁー!!」

「うわ……っと。やれやれ……」


 ボクの言葉に感極まったようで、幟子ちゃんは号泣しながら胸元に飛び込んできた。

 いつもなら、すぐにひっぺがすんだけどな……。さすがにあんな本心を聞かされた後にそれをやるほど、ボクは悪魔じゃない。


 本当、「やれやれ」だよ。


 なんていうか、あれだな。ボク、こういう話に弱いんだろうなあ。甘い甘いとは思ってたけど……ここまでとはね。

 でもなー、それもそうだけど、幟子ちゃんの顔に思わずぞくっとした辺り、ボク、彼女に対して多少はそういう気持ちがあるってことなのかなあ。


 そんなつもりはなかったし、かよちゃんがどう言おうとボクは他の人に目を向けるつもりなんてなかったけど、なあ……。確かに、嫌いってことはないけどさ……。


 ……尻尾、気持ちよさそうだなあ。


 そんなことを考えながら、ボクはしばらく幟子ちゃんに付き合い続けた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 んだけど。


 幟子ちゃんも落ち着いて、じゃあ狐の魂を一つにしないなら別案で、ってことで、幹部を会議室に召集していた時。


「あ、おかよ殿! 先ほどはありがとうなのじゃ!」

「幟子様」

「おかげでうまくいったのじゃ! ぬしさまの一物を反応させられたぞえ!」

「た、幟子様……! し、しーっ!」


 そんな会話が聞こえてきて、ボクは耳を疑った。


「ぬしさまはほんに優しいお人よな! にゅふふ、仮にも傾国の狐の前であれは甘すぎるのじゃよ。ま、そんなぬしさまだから妾、好きになったんじゃがの!」


 そちらに目を向けてみれば、青い顔で幟子ちゃんを抑えようとしているかよちゃんと、えっへんと胸を張ってドヤ顔の幟子ちゃんが。


 ……ふむ。


 ほほう?


 なるほど、なるほど。


「つまり君は、最初から泣き落とす気満々だったわけだね……?」

「わひゃあぁぁ!?」


 最速で後ろに回り込み、ちょっとドスを利かせた声で囁いたら、漫画みたいな勢いで幟子ちゃんは飛び上がった。

 そのままかよちゃんの後ろに回り込んで、影から少しだけ顔を出してこちらに目を向ける。


「ぬ、ぬ、ぬしさま……その、あのじゃな、これはじゃな……べ、別に、あれじゃ、さっきの言葉に嘘はなくってじゃな!? まことぞ、まことぞ!?」

「うんうん……大丈夫だよ、わかってるよ……海よりも深い事情があるんだよね?」

「そうそう、本当、そう。本当色々あってじゃな……その……」


 なんかわたわたと、特に意味をなさないボディランゲージを両手がしてるけど、本当に無意味だ。


 ボクは全力で笑みを浮かべながら、前へ出る。

 ふふふふ、どうしてくれようかな。いやあ、本当、見事に騙されたよ……さっきのボクの気持ちを返してほしいもんだね!


「あ、あの、旦那様……」

「あ、かよちゃんはいいんだよ。何か話をしてたみたいだけど、問題なのは行動に移した当人だもんね」

「ぅう……あの……できれば私も一緒に……」

「ダメ」

「うううー……幟子様ごめんなさい……私ではこれ以上は無理ですぅ……!」

「ふわああー!? そんなこと言わずもうちょっとかばってたもれ―!?」

「ごめんなさい!! 私はこれ以上旦那様を裏切れませんんんん!!」

「あー!?」


 かよちゃんは逃げ出した。

 しかしボクは回り込まない。そちらには目を向けず、取り残された幟子ちゃんの目の前に立つ。


「……ぬ、ぬしさま……あの、その……」

「何か言い残すことはあるかい?」

「……や、優しくしてね……?」

「ダメ」

「ふわああぁぁぁぁー!!」


 この日ボクは、ベラルモースでもしたことがなかった全力でもって、攻撃系のスキルを全部、最高威力で発動した。


 結論だけ言おう。

 限界までバフをかけたボクの全力の攻撃は、レベル差およそ1000の格上の防御も抜く威力になる。


 うん。

 実に有意義なデータが得られてボク満足!


 あ、ちなみに、それでレベルが8も上がりました。やったね。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


多分誰もが思ってただろう「こいつ九尾にしてはポンコツすぎねえ?」という疑問にお答えする回でした。

複雑な存在である一個の生命体が四つに分割され、本体として最後に残っていたのが「純粋な子供であり化け物の良心」というのはパンドラとちらっと……かかってたら面白いなって思ってました(滅


ちなみに最後ギャグな感じに落としてしまったので補足できなかったのはボクの力量不足なのですが、幟子が化け物の中の子供、良心というのは嘘ではないです。

本当に思惑通りに行きまくったので調子こいて、本人の前で大暴露しちゃっただけです。


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