第百五話 認知の是非
幟子ちゃんが、雲隠れしていた自分の一部を遂に発見したって連絡をしてきたのは、三月の半ばごろだった。
例の太刀……小狐丸がうまく効果を発揮してくれたみたいで、慎重に慎重を重ねたような相手の隠ぺいをようやく突破できたとか。
「どうじゃぬしさま、妾がんばったぞえ!」
「うん、期待通りの活躍だよ。さすが幟子ちゃんだ」
「んふふふー、そうじゃろ、そうじゃろ!」
ボクに頭を撫でてもらってよほどうれしいのか、幟子ちゃんの九つある尻尾がそれはもうすごい勢いで揺れている。
まあね、これくらいのご褒美はね。あってもいいよね。見ててかわいいし……と、最近はそう思う。かよちゃんとまったく方向性が違うから、そう思うのかもだけど……。
それより、どうにも気になる点があって、ボクは幟子ちゃんの後ろに目が釘付けになっていた。
なんでかっていうと、そこには子供がいるからだ。ただの子供じゃない。この国の、古い様式の格好をした子供だ。けど、その髪色は金髪。瞳も赤い。顔には、どこかで見たことがあるような、お面のような赤い化粧が指してある。
そんな子供が、うらやましそうな顔で指をくわえてこっちを見てる。ボクじゃなくても何だって思うだろう。
「……で、幟子ちゃん? そろそろ説明してほしいんだけどさ」
「んあ……?」
なんでなでてただけで果ててるのかな、この子は。よだれがひどいことになってるぞ。
「んんんっ、げほんげほん、すまぬ、はしたないところを見せてしもうたのじゃ」
今さら取り繕ってもとっくに手遅れなくらい、彼女の威厳は地に落ちてると思うけどね。
「ぬしさま、紹介するのじゃよ。これなるは、息子の小狐丸じゃ!」
「……は?」
「はじめましてですちちぎみさま!」
「……はああ!?」
満面の笑みで子供を前に出してきた幟子ちゃんと、ぺこりと頭を下げながらそう言った子供に、ボクの思考が完全にフリーズした。
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個体名:小狐丸
種族:妖精
性別:男
職業:ダンジョンキーパー
状態:普通
Lv:197/300
生命力:991/991
魔力:872/872
攻撃力:905
防御力:824
構築力:385
精神力:324
器用:318
敏捷力:433
属性1:冥 属性2:天
スキル
剣術Lv6 魄撃Lv4 巫神解放Lv2 形態変換Lv4
妖術Lv1
魔力察知・小Lv4 防御力無視・小Lv8 生命力自動回復・小Lv1 自属性攻撃吸収・微Lv2
日本語Lv3 儀礼Lv2
称号:刀派【三条】
妖刀
クインの眷属
聖魔両族
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【妖精】
テラリア世界完全固有の生物であり、器物系統の上位種。
長きに渡って陽光と月光を浴び続けたことで、精錬された魂を持った九十九が成長した姿。
基本的に人と同じ姿を取ることができるようになっており、時には人に紛れて暮らす者もいる。
テラリア世界のバージョンアップに伴い、現在は自然発生しないように調整されている。
進化条件:スキル【形態変換】の所持。
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「……なるほど?」
ステータスを確認して、大体わかった。
今、幟子ちゃんの膝の上で抱きかかえられているこの子供。要するに、あの小狐丸が生物として人化した姿ってわけだ。
ステータスの中身が、アイテムじゃなくて生物のものに切り替わってるから、間違いないだろう。
いくつか気になることはあるけど……そこは後にするとして……。
「なんで? だってこないだ【祝福】してみたけど、何もなかったじゃん」
「妾もようわからんのじゃがのー、どうもぬしさまの眷属になった段階でとっくに妖怪になっておったらしいんじゃよ。けど、その段階ではそれこそ生まれたばかり、うまく【形態変換】ができんかったようなんじゃよね」
「……あー、【形態変換】ってそういうスキルなのか」
「うむ。本来の姿である太刀と、人の姿を切り替える技のようじゃ。妾としばらく行動を共にして、ようやっと人化できたと言うておったよ。最初は妾も目玉が飛び出るかと思うくらい驚いたぞえ」
かかかと幟子ちゃんが笑う。まあ、そりゃそうだろうね。ボクだってたぶん、驚くと思う。
それはいい。それはいいんだけどさ。
「なんでボクが『ちちぎみさま』なのさ?」
「だって妾とぬしさまの愛のけっしょ……あ、はい、ごめんなさいなのじゃ、調子乗っちゃったのじゃ」
ふざけたことを言いかけたから、にらんだらしおらしく撤回した。
「……けどの、ぬしさま。この子は生物としては生まれたてなんじゃよ。どうも魔力が消滅した影響なのか、器物が宿す魂の精神的な成長が昔と違ってほぼないも同然になっとるみたいでの……」
「……完全に赤ん坊ってこと?」
「完全に、とは言わん。まったく成長がなかったわけではないみたいじゃからの。それでも、長いこと幼子のままだったことは間違いないんじゃ。
とすれば、親が必要なのは自明の理。されど、その、な。こやつを鍛えたのは三条宗近じゃ。相槌は妾。ゆえに、父はあやつで母は妾ってことになるんじゃが、あやつ、とっくに死んどるじゃろ?」
「……まあ、それはね」
800年くらい前の人間だもの。当たり前だ。
むしろそんなに生きてる人間がまだこの世界にいるなら、ぜひともお会いしたい。
「じゃからな、代わりが必要だろうと思うての! であれば、妾の愛しい人はぬしさまであるからして、父親はぬしさまじゃろう! とな?」
「……へえ。で、ボクに何も言わずボクが父親だって教え込んだ、って?」
「……ごめんなさいなのじゃああぁぁ!!」
小狐丸をそっと横に置いて、からの華麗な土下座が決まる。
この辺りの言動はいっそすがすがしいくらいだけど、そうするくらいならなんで最初からやらないって選択肢を取らないかなあ。
「つい出来心なのじゃー! 少しだけでも夢を見たかったんじゃよー!!」
「言いたいことはわかるけどさ……」
だからって、そんな既成事実作るみたいなことしないでほしい。
完全にとばっちりじゃないか。
「ちちぎみさま! ははぎみさまないてます! めっです!」
ほらぁ!
純真な目で間に割って入る小狐丸の、その視線がものすごく痛いよ!
これをとばっちりと言わずして、なんて言うのさ!?
「幟子ちゃん……」
「ううううう、ごめんなさいなのじゃ……なんでもするから許してたもれ……」
「って言われてもさ……」
どうしろって言うんだよ、この状況。完全に修羅場じゃないか。
ボクは悪くないぞ。どう考えたってボクは悪くない!
「お話は聞かせていただきました」
遠い目をして現実逃避をしていると、かよちゃんが静かに割って入ってきた。
彼女に、ボクたちの視線が集中する。
どうしよう。浮気とかしたわけでもないのに、本当に修羅場になっちゃうぞ……!?
「旦那様、観念しませんか?」
「……へ?」
「幟子様はこれだけ旦那様を愛しておられるんですよ。いいじゃないですか、側室の一人くらい」
「……いやいやいや、かよちゃん何言ってるの?」
「おかよ殿……! そもじは神か……!」
「旦那様が私に操を立ててくださるのは、その、とても嬉しいんですけど……でも、お世継ぎのこともありますし、やっぱり室は多いほうがいいって思うんです」
「か、かよちゃん……言わんとしてることはわかるんだけど、あいにくとボクは寿命長いし、君だって進化して伸びてる。そもそも家に縛り付けるつもりで子供がほしいわけでもないから、室がどうのこうのってのはボクには意味のない話なんだよ?」
「でも……。……その、えーっと」
自分の意見があっさり蹴散らされて、かよちゃんが目に見えて慌てる。すごく目が泳いでる。
それが少しだけ続いて……。
「あのっ、旦那様っ」
かよちゃんの次の言葉は、どこか決意のこもった声だった。そして、どこか開き直ったような感じもある。
その言葉と共に、彼女はなぜか幟子ちゃんの隣に駆け寄った。
「な、なに?」
「あの、えっと、私、幟子様の味方ですからっ!」
「はあ?」
「ふおぉぉ!?」
そのままかよちゃんが幟子ちゃんの身体を抱きしめる。何が起きてるんだ。
「私、もっと幟子様とお近づきになりたいんです! その、同じ立場のお友達が欲しくて……だから、その!」
「えー……ええー、ちょ、わけわかんない……んだけど……」
けど、かよちゃんの目は真剣だ。別に思いつきで言ってるってわけじゃ、なさそうだなあ……。
同じ立場の相手がほしいってのはわからなくはない。それに、かよちゃんは前々から幟子ちゃんに同情的だったし、ボクの知らないところで話もしてたみたいだけど……。
だからって、浮気公認ってボクには理解できないなあ……。何がどうなってその結論が出たのかさっぱりわかんないぞ。
「……でも、えと、それがかよちゃんの気持ちなんだね? したいこと、なんだね?」
「はいっ」
こくりとかよちゃんが頷く。
打算とか理論とかそんなんじゃなくって、単に感情の問題とかそんなんなんだろうなあ。
理屈じゃないので動いてる人間を説得するのは、骨が折れるものだけど……まさかかよちゃんがここでそんなわがままを言ってくるとは思わなかったよ。
意見はできるだけ言うようにとは何回も言ったけど、そう来るとは……。
「……あの、だ、ダメですか……?」
そしてダメ押しに色仕掛けかな!?
かよちゃんにそういう顔をされるとなあ……どうも弱いなあ、ボク。惚れた弱みってやつかなあ……。
「はあー……わかったよ……小狐丸の認識はそのままでいい……」
結局、ボクはため息をつきながらそれを認めることにした。
幟子ちゃんとかよちゃんが表情を明るくする。
「ただし! ただし、ボクは幟子ちゃんを認めたわけじゃないからね。今回のことは許すけど、もうこんなことしないで」
「う……わ、わかったのじゃ……」
「……そういうのはさ。正攻法でなんとかしてよね。仮にも色恋で国を傾けた妖怪なんでしょ、君」
「!? ぬ、ぬしさま、そ、それって……」
「あーもう。君がボクを落とせたら、その時はちゃんと考えるよってこと。全部言わせないでよね」
ボクがそう言うと、幟子ちゃんの顔が目に見えて輝いた。思わずそこから視線をそらして、ボクは頬をかく。
「わかったのじゃー! ありがとうぬしさま、大好きなのじゃよー!!」
そして彼女は、万歳しながら快哉を叫ぶ。相変わらず、ストレートに感情を出す子だよな……。
その隣で、かよちゃんがまるで自分のことのように喜んでる。
うーん。わかんない、女の子の思考がわかんない……けど。
かよちゃんが嬉しいなら、まあ、いいかなとも思うんだよなあ。別に幟子ちゃんが大嫌いってわけでもないし、ね……。
でも、勘違いしないでほしい。ボクはあくまでかよちゃんに負けたのであって、幟子ちゃんに気を許したわけじゃないんだからね!
「?? ははぎみさま、よかったですね?」
まるで決戦に勝ったかのように大喜びする女性陣を見て、小首を傾げながら言った小狐丸が、やけに印象的だった。
……早く小狐丸の精神が大人にならないかな、って思ったのは、もしかしたらボクだけなのかもしれない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
段々外堀から埋められてきてるクイン。
まずは既成事実から。