第百二話 久しぶりのカルチャーショック
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よーし待った。ちょっと待った。
うん、このやり取りするの、久しぶりだね! 久々だよね、この感覚!
「閣下、どうされましたか?」
ボクの様子がおかしいことに、ロシュアネスが気づいて声をかけてきた。その察する力は、さすが外交官ってところだ。
そんな彼女に続いて、他のメンバーからも視線が集まる。
でもすぐに返答ができなくて、ボクは「ちょっと待って」のつもりでみんなに手のひらを向けた。
それくらい、この鑑定結果はおかしいからね! こんなのあり得ないからね!
何がおかしいか! それは、アイテムにボクの眷属の称号がついたことだ!
そもそもダンマスの眷属っていう称号は特殊な称号で、ダンマスが作った、もしくは眷属指定した「生き物しか」付与されないはずなんだ。
ゴーレムとかバイオロイドとか、明らかに生物ではないって思うかもしれないけど、この場合の条件は魂と自意識の有無だ。身体を構成している物質とかは関係ない。
インテリジェンスアイテムの類は? って思う人もいるかもだけど、あれもベラルモースではゴーレムの一系統って扱いだ。
だからそういうのはたとえ武器防具として使うものだとしても、【アイテムクリエイト】ではなく【モンスタークリエイト】の範疇になる。もちろん、【改造】や【合成】のシステムはそれぞれの「クリエイト」に依存するから、彼らにそれを使う時は、【モンスタークリエイト】から使う。
だからおかしいんだよ。だって、ボクが小狐丸にほどこした【改造】は【アイテムクリエイト】なのだ。そしてそれが実行されたってことは、ベラルモースシステムにおいて小狐丸は間違いなく、アイテムって認識されてるはずなんだ。
なのに、眷属の称号が入った。こんなこと、絶対にありえないはずなんだ! けど……。
「……実際にそうなってるんだよなあ……」
何回【鑑定】しなおしても、小狐丸の情報は変化しない。わけがわかんないぞ。
レアリティが上がったのは、スキルが増えたからだろう。これはわかる。でも、あとのステータス変化はまるでわからない。
いや、わかるのはわかるんだけど、発端が全部ボクの眷属の称号がついたことだから、結局大本のところがわからないんだよなあ……。
「……あのさ」
とりあえず、あれこれ考えながらボクは口を開いた。
わからないのは仕方ない。現状をこの場にいる4人に一通り説明して、彼女たちの意見を聞いてみよう。
「……ってことなんだけど、何か心当たりある?」
で、最後にそう締めくくって問いかけてみたところ。
「うーん……おかしいっちゅうんはうちもわかるんやけど、なんでかってなるとな……」
「そうですね……自分たちではお力になれそうにありません」
「システムが小狐丸をアイテムとも生物とも認識している……ということなのでしょうか?」
と、ベラルモース組が順繰りに言ったのを聞いて、一人だけおろおろと周りに視線を投げまくる現地組がいた。
「え、な、なんでじゃ? 別にそれ、おかしくなかろ?」
幟子ちゃんだ。
まさかそんな反応が返ってくるとは思ってなかったボクは、……いや、他の皆もだな。ボクたちは、それなりのオーバーリアクションで幟子ちゃんに顔と声と視線を向けた。
「どういうこと?」
「え、いや、その。だって、ある程度時間が経ったら、モノとて魂宿すじゃろ?」
「えっ!?」
「えっ?」
「…………」
「…………」
そのまましばらく、奇妙な沈黙が辺りを包み込む。
えーっと。
うん、ちょっと待った。認識にズレがあるぞ。
「幟子ちゃん、え? この世界って、ある程度時間経ったら魂が宿るの?」
「え、ベラルモースでは宿らんのかの?」
「宿らないね!」
「なんと!?」
すっごい驚かれたけど、そのリアクションはボクがしたいところだ!
「魔法が消えて以降、魂を得た器物が生物と化すのは妾が知る限り起こっておらんがの。かつては珍しいことではなかったぞえ?
妾の義妹にも、琵琶という楽器から妖怪に変じた者がおったし……そもそも妾が所属しておった截教というのは、主に妖怪たちが起こした術の流派なんじゃよ。その中には妾みたいな動物由来もおったが、鉱物や植物と言ったものが由来の妖怪が大勢おったもんじゃて」
「お、おおう……」
なんてこった。これはまた久々に、強いカルチャーショックだね……。
「つまり、この世界のアイテムは、たいてい魂を持っている。そのため【眷属指定】してしまえる、ということですか」
「かもしれませんね。ただし実際は、ベラルモースシステムであるダンジョンではアイテムと認識されるため、【アイテムクリエイト】を介すことが条件。そして一度なされると両方の性質を持つが、ベラルモースシステムではありえないため、アイテムと生物両方として認識される……ということでしょうか?」
ロシュアネスとウェルベスの文官コンビが、鋭い指摘をしてくれた。
恐らく、彼らの指摘は間違ってないだろう。ボクも同感だ。
「その法則があるとしても……ダンジョン内はベラルモースシステムで動いてるから、ダンジョン内で製造されたアイテムはたぶん、当てはまらないだろうね」
アイテムやスキルの挙動を見ても、ダンジョン内が地球と地続きながら地球システムの管理下にないことは明らかだ。
あの防衛戦の際、敵の兵士たちが淀みなく鉄砲を扱えたのは、ベラルモースの「どんな状況だろうと使い手のスキルレベル以下の効果が出ることはない」って法則が働いてたからなのが確認済みだからね。スキルそのものとは関係のない法則も、ダンジョン内ではベラルモース式なはずだ。
では、改めて小狐丸にスポットを当ててみよう。
「製造は999年……今からおよそ860年前に造られた刀、か。てことは、魔法が消えてからもこの世界ではモノに魂が宿るシステムは生きてるのかな? ……ねえ幟子ちゃん、君の経験上、魂が得られるまでどれくらいかかるの?」
「個体差や環境差があることじゃから、断言はできんがの。それでも100年もあれば、間違いなく得ておったはずじゃよ。ただし、魂を得たからと言ってそれが妖怪となるとは限らん。何もないままずっとモノであり続けるものも多々おったぞえ。いわんや人化をや、じゃ」
「また興味深い話を……」
ああ、こういう話になると研究したくなる! でも今はこの気持ちは留めておかないと……。
「……じゃあ、そのアイテムが生物になるにはどうすれば?」
「そこは宿った魂の心持次第じゃな。開明的な魂だった場合は変ずることが多いはずじゃ。あれがしたい、こうしたい、という感情がきっかけになるんじゃな。その場合はもちろん、連中にも位階というものがあって、変じた直後は九十九と言うてな……」
「待った! 幟子ちゃん待った、その単語一つずつ教えて! 真理の記録にアクセスしたい!」
「お? お、おお、わかったのじゃよ。まず九十九じゃが……」
結局、好奇心を抑えられなかったボクでした。
で、でも、あれだよ。これはもしかしたら、今後のダンジョン運営に何かしら生かせるかもしれないし?
将来への投資ってやつだよ、うん。きっと。うん。
ロシュアネスのため息が聞こえたのは、気のせいだよ。うん。そうに違いない。
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【九十九】
テラリア世界固有の生物であり、器物系統の中位種。
日本では付喪神とも呼ばれる。
百年の時を刻み魂を得た器物が、自由に動く肉体を求めて神の祝福を望み進化した姿であり、その外見、性質は多岐に渡る。
テラリア世界のバージョンアップに伴い、現在は自然発生しないように調整されている。
進化条件:生物でない
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わーお。
なるほど。
テラリア世界の完全固有種か。またとんでもないものを用意してたもんだなあ。この世界を創った神様は、どういう意図があったんだろうね。
「……現在は自然発生しないってのは、まあ、予想通りだけど」
「この世界の神さん、ホンマむちゃくちゃやんな」
「そこまでして魔法を消したかったのでしょうか……」
「消さざるを得なかったのかもしれませんよ?」
その辺りも気になるところではある。いつか調べてみたいね。
でも、今はそれより気になることがある。
「ねえみんな、これ説明に『神の祝福を望み』ってあるんだけどさ。スキルの【祝福】使ったら進化しないかな?」
「どーやろなぁ」
「想像もつきませんね」
「同感です」
「眷属指定はついとるんじゃし、最悪は起こらんじゃろ? であればやってみればええんでないかの。ぬしさまなら使えるはずじゃし」
「それもそうだね」
称号にばっちりボクの眷属ってついてる以上は、ボクが攻撃される事態は起こらないもんね。
スキル【祝福】は本来、一時的に全ステータスを上昇させるバフスキルだから、仮に失敗だったとしても、アイテムが壊れるってことはないだろう。たぶん。
ここで使うことになるとは思ってもみなかったけどね。
「じゃあ、せっかくだしやってみようか。【祝福】っと」
ボクのかざした手から、魔法と同じような燐光が放たれる。それが自己修復が進み始めていた小狐丸を包み込んでいく。
…………。
…………。
……うん。
「……何も起きないね」
「あかんっちゅーことかいな?」
「まあ、説明文は『神の祝福』と書いてありましたしね。神属性が必要なのかもしれません」
「逆に言えば、神属性を持った状態ならあるいは……?」
「ジュイ殿かユヴィル殿に覚えてもらうしかあるまいのー」
「か、ボクが神属性取得するかだね。でもあれってものすごく難しいんだよね……っていうか、この世界の固有種って簡単に神とか妖とか取得しすぎなんだよね」
ボクだってそれくらいぱっと上に行きたい。苦労や努力は否定しないけど、早いに越したことはないじゃない?
まあ、それはともかく。
「とりあえず、今回はここまでにしとこうか。幟子ちゃん、小狐丸はひとまず君に預けとくよ」
「いいのかの?」
「うん。それにそれ、野狐系……妖怪のフォックス種を探せるみたいだから、役に立つかなって思って」
「わかったのじゃ。では責任を持って預かるのじゃよ」
ボクが向けた小狐丸を、幟子ちゃんは恭しく受け取った。
彼女の今の体格から行くと、太刀の小狐丸は腰には佩けそうにない。背負っても足りないみたいで、どうやらそのまま手に持ったままで行くみたいだ。
「それではぬしさま、妾は自分探しに戻るのじゃよ!」
「うん、頼むよ」
「ふふ、任せてたもれ! では失礼するのじゃ!」
そうして幟子ちゃんは、背丈に合わない太刀をぶんぶんと頭上で振り回しながら、倉庫から出て行った。
それを見送って、ボクは改めて残ったメンバーに向き直る。
「……思わぬ時間を使ったけど、元の作業に戻ろうか」
そう、ボクたちはまだまだ倉庫整理の仕事が残ってるのだ。それは片づけておかないとね。
でも、今までよりはモチベーションは高い。
小狐丸レベルとまではいかずとも、何かしらいいものがあるかもしれないもんね。あわよくば、システム周りの謎を解く一助になってくれれば、ボクとしては願ったりかなったりだ!
……まあ、結局それ以降は、特にめぼしいものはなかったんだけどね。これが物欲センサーってやつか……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
日本人は都合のいいことに、九尾の狐をあっちこっちのネタをくっつけまくってくれてるのでネタには事欠かなくてついつい幟子を多用してしまう。
琵琶から妖怪になった義妹、については恐らくボクと同年代くらいの方はすぐにピンとくるでしょう。
この世界ではさて、あの三姉妹はどうなってるんでしょうね?(フラグ