第百一話 幻の太刀
「はあっ!?」
「なんと……」
「これは……」
順にフェリパ、ウェルベス、ロシュアネスのリアクションだ。ボクも正直似たようなものだ。
それくらい、この刀……あーっと、ジャンルは太刀か。の、ステータスは破格だった。
「地球に来て伝説級のアイテムを見るのは初めてだけど……これはまた妙なのが出てきたもんだね」
「品質が3に落ちとるのは、やっぱ経年劣化やろか?」
「この朽ち具合は、経年による劣化なのかそれ以外の劣化かは、判断しづらいですね」
「相当の劣化が生じていることは事実なのでしょうが」
四人で抜身の太刀を囲んでうなる。
「とりあえず、真理の記録に接続してみるね」
状況を整理するためにも、情報はほしい。ボクの発言に、三人は無言で頷いた。
それから少しだけ魔法を使って、結果をみんなに開示する。
《小狐丸について》
《999年、第66代天皇・一条帝の勅命を受けた刀匠、三条宗近により造られた太刀。
相槌は九尾の狐に憑依されていた合槌稲荷神社の巫女、巡女が務めた。
帝の勅命に応えようとした三条宗近は、この時出しうる己のすべての技術をつぎ込んだため、太刀としての質は当代随一である。
また、妖怪が相槌を務めたために魔力が宿り、妖刀ともなった。
その後しばらく皇室に守り刀として保管されていたが、承久の乱の際に鎌倉幕府方の略奪によって持ち出され、以降多くの人間の手を渡り歩くことになる。
長年あちらこちらを遍歴した結果その来歴は人々の知識から失われており、一般的には遺失したものとして認識されている幻の太刀。
(以下、歴代の持ち主の名前が列挙されている)》
「クイン様、ただちに幟子殿を呼びます」
「うん、お願い」
途中まで聞いただけでウェルベスが言い、ボクもそれに了承する。
それから彼は、即座に時空魔法【テレパシー】を発動させた。幟子ちゃんならこれで、文字通り飛んでくるだろう。
「……まあ、これ、幟子ちゃんが絡んでるよね」
「十中八九せやろな……」
「魔法が消失しておよそ900年後の世界にあって、それだけのことができる九尾と言えば彼女くらいでしょうね」
「言われてみれば確かに彼女、会った時から【鍛冶】スキル持ってたしね。日本に来てからは大人しくしてた、みたいなこと言ってたけど……本当にそうなのかな?」
この分だと、他にも何かやらかしてるんじゃないだろーか?
っていうか、彼女が元いた中国のほうとか、もっと何かとんでもない爪痕とか残してたりして?
「クイン様、連絡がつきました。すぐ来るそうです」
「ん、わかったよ」
「ぬしさまあああああ!!」
本当にすぐだった。
まるで弾丸みたいな勢いで、幟子ちゃんの小さい身体がボクに飛び込んできた。
「ぬしさま、妾を呼んでくれるなんてどういう風の吹き回しかの? もしやと思うが、遂に妾を娶ってくれるんかの!?」
目の中にハートが見える……。
「残念だけど、違うよ」
「……じゃよねー! 知ってた! 妾知ってた!」
ボクにひっぺがされた幟子ちゃんは、特に抵抗することなく押しのけられた。そのまま何かをごまかすかのようにして、大声を上げる。
けれどそれはすぐに終わって、一転していつもの表情に戻った彼女は、こてんと首を傾げながら問いかけてきた。
「はて? であれば、妾は何故呼び出されたんかの?」
「それなんだけどね……幟子ちゃん、この太刀について聞きたいんだ」
「ふむ?」
そんな幟子ちゃんの目の前に、ボクは小狐丸と称される太刀を掲げて見せた。
それを見た幟子ちゃんのリアクションは、明らかにボクたちとは違った。大きく目を見張ったかと思うと、信じられないといった様子で、ものを渡してほしいと言いたげに両手を差し出してきた。それは明らかに、モノを知っている態度だった。
「これは……まさか、小狐丸ではないか!? 随分と朽ちてしもうておるようじゃが……何故ぬしさまがこれを?」
どうやら、間違いないらしい。ここまであっさり刀の名前を当てられるとは思ってなかった。
「さっき、幕府から地震対応の対価としてもらったものの中に入ってたんだ。固有名のあるアイテムは初めてだったし、何より調べてみたら幟子ちゃんっぽい人が関わってたから」
「はー、なるほどの。うむ……うむ、確かにこれは妾が作刀に関わったものじゃ。懐かしいのぉ……まだ残っておったんじゃな、なんぞ妙に嬉しいわい」
こくこくと頷きながら、幟子ちゃんは懐かしそうに小狐丸を手に取って抜き払った。そして、まるで子供を慈しむかのようにそっと、優しい手つきで刀身をなでる。
それからさながら侍みたいに、刀を色んな角度から確認し始めた。
「ううむ……ろくに手入れされておらんかったようじゃな……かわいそうに。せっかくの名刀もこうなっては形無しじゃ。こんな姿にされてはあの男も浮かばれんじゃろうな……」
「……随分思い入れがあるんだね?」
「それはもう……なんせあのくそじじいと来たら、三日三晩はおろか十日十晩も妾をこきつかってくれよったからの!!」
……おや?
「そりゃ妾もちっとは調子に乗ったがの!? 対価に魂を喰ろうたがの!? にしても休憩なしで槌を振らされ続けたんじゃよ!! 当時の憑代は齢十になるかくらいの小娘であったというに、情け無用で一切の容赦なしじゃ! 死ぬかと思うたわ! っていうか、実際憑代の娘は死んでしもうたわい!」
「お、おおう……」
「妾とて鍛冶なんぞ初めてじゃったというに、あのくそじじい何と言うたと思う? 『下手すぎて腹がよじれる』じゃぞ!? 初心者相手に高望みしすぎじゃろうに! そこからは小言の雨あられじゃ! 泣きそうじゃったわ! っていうか泣いたわ! あやつ絶対鬼畜じゃ! 聞仲の生まれ変わりって言われても信じるレベルじゃ!!」
誰だよ、って割り込む余地はなかった。
なんていうか、当時のことは相当なトラウマなんだろう。彼女にそこまで言わせるってよっぽどだなあ。
「ふふ……憑代の娘が死ぬまでの数日、刀の幻ばかり見たわい……。目を閉じれば瞼の裏に赤熱した刀の姿が浮かんでくるんじゃ……。刀を打つ音がずっと頭の中に響き続けるんじゃ……。しまいには夢の中でまで刀を打って……」
つくづく伝説の大妖怪(笑)を地で行くね、この子は。本当にかつては国を傾けさせたんだろうか……。
それからしばらく、幟子ちゃんによるトラウマトークは続いた。ただの愚痴とも言う。
「……まあそんなわけで、死ぬ思いをして造った大量の刀の中の、最高傑作がこれなんじゃ。忘れたくとも忘れられんものなんじゃよ。それがこれだけ朽ちているとなれば、思うところもあるというものよ」
「なるほどね。君も存外苦労してるんだね」
「まあの。長く生きとると、いろんなことがあったわい」
散々愚痴ってすっきりしたからか。
そう言って肩をすくめる幟子ちゃんからは、さすがに長く生きた貫禄と寂寥感が伺えた。
そこに、あくびをかみ殺しながらフェリパが口を開く。
「せやったら、せっかくたかちゃん【鍛冶】スキルあるんやし、打ち直したらええんとちゃう?」
「あ、確かに。伝説級アイテムだし、鍛え直せばすごく使えそう」
ボクもフェリパに同意する。
けど、肝心の幟子ちゃんはゆっくりと首を振ってそれを否定した。
「それは無理じゃな。刀を造ることと維持管理することは、別の技能じゃ。かといって鍛え直すのも難しい。刀は研ぎも専門の職人がいるからの。……故に妾にはこれ以上、この太刀をどうこうすることはできんのじゃ。当時の技術を高い水準で持っておる者がおれば多少はいけるやもしれんが……」
「刀というのは予想以上に面倒ですね……」
ロシュアネスが、倉庫に並んだ刀剣類を見ながら真顔で言い放った。隣でウェルベスも頷いてる。
同感だけど。同感だけど!
でもそれを言っちゃおしまいじゃない。フェリパが最初に言ったけど、せっかくなんだ。この刀は有効活用したい。
「……じゃあ、ここはダンマスのボクがなんとかしようか」
仕方ないから、ボクはそう言ってメニュー画面を開いた。
それを見て、頭のいい文官二人はなるほどとばかりに頷く。フェリパと幟子ちゃんはよくわからないらしい。
「ああ、あれを使うのですね。なるほど、確かにそれならメンテフリーで置いておけそうですね」
「うむ? ぬしさまにそういった能力があったじゃろうか?」
「コアの機能にはね、【改造】ってのがあるのさ。対象はモンスターとアイテム。今回は対象が武器だから、【アイテムクリエイト】からだね」
小狐丸を渡してもらいながらそう言うと、幟子ちゃんが目を丸くした。
視界の端では、フェリパが納得したと言わんばかりに膝を叩いている。
「それを使って、スキルを一つ定着させよう。【生命力自動回復】系をね。これがついてれば、どんなアイテムだってメンテフリーの逸品さ」
言いながら、ボクはメニュー画面を操作する。
【改造】の項目、その中で対象となった小狐丸の映像が画面に浮かび上がっている。それに対して、【生命力自動回復・小】Lv1を選んでくっつける。
アイテムに対して「生命力」って表現はおかしいかもしれないけど、これは仕様だ。当たり前だけど、回復魔法を使ってもアイテムは修復しない。この辺は、主神様が構築したシステムのリソースを節約した影響だと思う。
それはともかく、察しのいい人にはわかるかもだけど、これは最初から意図してスキルつきのアイテムを作るより割高だ。おまけに、元になるアイテムの質に比例して値段は等加速度的に上がるし、そうそう多用はできないんだよね、これ。
それでもこの利便性は高い。今までこれを使ってこなかったのは、少しでもDEを節約したかったからだけど……あの事件以来、使うべきところにはケチらずに使うことにしてる。今のところモンスターに対してばっかりだけど、使うべき時に使わないのはダメだよね。
「これでよし、っと」
画面から実行を選び、操作は完了。直後に、手の中にあった小狐丸が一瞬、魔法の光に包まれる。
そんな感じで処理を終えた小狐丸は……特に変化もなく、ボクの手の中でたたずんでいた。
「……変わらんぞえ?」
「DEの残量的に、【生命力自動回復・小】Lv1が限界だったんだよ。元に戻るまでは少し時間かかると思う」
「それは……仕方ないのぅ」
本当にね。
でも、今までとは雰囲気が違う。一心同体とも言える鞘もそうだ。スキルがうまく組み込まれて、ちゃんと発動してるのは間違いないだろう。
それを確認して、ボクは小狐丸をひとまず鞘に納めた。まだ修復が不完全だからか、カチンという音がやけにはっきりと鳴った。
ふむ。これについてはとりあえず、こんなところかな。
あ、でも一応、改めて【鑑定】をかけてみよう。コアの機能にエラーが起きることはないはずだけど、別世界のアイテムに使ったのは初めてだし、念のため……。
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アイテム名:小狐丸(個体名)
ジャンル:太刀
品質:4(8)(Up!)
レアリティ:伝説級
スキル:防御力無視・小Lv8(Up!)
魄撃Lv3(Up!)
魔力察知・小Lv3(Up!)
形態変換Lv1(New!)
生命力自動回復・小Lv1(New!)
自属性攻撃吸収・微Lv1(New!)
属性1:冥 属性2:天(New!)
特性:野狐系統のフォックス種を感知する。
称号:刀派【三条】
妖刀
クインの眷属(New!)
聖魔両族(New!)
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……んんんん!?
ここまで読んでいただきありがとうございます。
はい、というわけで、幟子関係の一品でした。
九尾が相槌を取ったというのは、それをキャラとして使うと決めた時に同時に思いついたアイディアです。なので、彼女のスキルには最初から【鍛冶】があったわけですね。
どんだけ越しの伏線回収だろう!w ホントはもっと早く使いたかったんですけどね!
ちなみに【改造】もすごい昔にちらっと出ただけなので覚えてない方のが多いかもなあ……。
それと関係ないですが、おとといに引き続き昨日も短編を投稿しました。
今までとちょっと方向性の異なる作品で、「我ら異世界調査員!」というお話です。
歴史ものではありませんが、異世界での職業ものとしてご覧になっていただければなと思います。
(http://ncode.syosetu.com/n7562dl/)