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江戸前ダンジョン繁盛記!  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
1855年~1856年 拡張
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第九十九話 大妖怪の一部

 ラミアみたいなモンスター。ボクはそう評したけど、「それ」がラミアじゃないのは間違いないだろう。


 ラミア、というよりはラミア種と総称されるモンスターの特徴は、蛇の下半身と人間の女性の上半身を持つことだ。亜種や固有種などで様々な特徴はあるけど、それは変わらない。

 けど、今目の前の映像のモンスターは、そうじゃないのだ。下半身は、確かに蛇だ。ラミア種と呼ぶにはかなり心もとない太さだけど、とにかく蛇だ。

 でも上半身の部分は、そうじゃない。そこにあるのは、緑がかった蛇の鱗で覆われた、人間の女性っぽい雰囲気の上半身なのだ。あくまで「っぽい」だけで、ちっとも人間らしさはない。蛇の身体を上半身だけ、無理やり人間の形に変形させた感じって言ったらいいかなあ?


 さらにおかしなことに、そのおかしな身体の、顔に当たる部分がどこからどう見ても狐の造形をしている。ここの部分だけ鱗じゃなくて毛皮なんだよね。こちらは金色。違和感がすごいっていうか、違和感しかない。

 そのあまりにも異様な雰囲気に、しばし黙り込んだボクたち。けどその沈黙を破って、ボクは問いかけることにした。


「……幟子たかこちゃん? 何かわかる?」

「た、たぶん、なんじゃがの?」


 ボクの声に、幟子ちゃんと藤乃ちゃんがはっと我に返る。

 そして幟子ちゃんが、ぎこちない仕草でボクに顔を向けた。


「あれは妾も使っておった、【借体形成】の結果と思うのじゃ……」

「それって、確か憑依した身体を作りかえる魔法、だったわよね? 潜入とかで便利そうって思った記憶があるわ」

「左様じゃ……。ただ、この術は結構制約が多くて、人間が器でなければ十全に機能せんのじゃよ。思うにあれは、蛇に憑依して、うまく発動させられぬはずの【借体形成】をそれでも使った結果なんじゃなかろーかのぅ……」

「狐の顔してるのは、そういうことか……」


 ちなみに、顔つきは狐だけど目は蛇だ。縦割れの、どこかぎらぎらとした雰囲気の赤い目。

 なんていうか、出来の悪いキメラを見てる気分だよ。


「けど、これを見て確信したのじゃ。こやつはやはり、妾の一部じゃ! そしてお藤に術をしかけたもの、こやつの仕業に相違あるまい! かようなところで、なにゆえかようなことをしておるかはわからんが……」

「その理由は、このまま【リプレイビジョン】を続けて行けばわかるかもね?」


 幟子ちゃんに答えながら、ボクは再生を再開する。


 映像と共に改めて動き出した「それ」は、水で満たされているはずの空間へ躊躇せず入り込んだ。まるで水の中であることを苦にしてない。水を自在に操る魔法だから、自分への影響を最小限にしてるとかかな?


 そんなことを考えているうちに、「それ」はまず藤田東湖と千葉栄次郎のほうへ移動する。その間近まで行くと、その二人と過去の藤乃ちゃんとを二、三回見比べたのち、にたりと笑った。爬虫類と哺乳類の要素が入り混じった、おぞましい笑みだった。


 次いで「それ」は、何らかの魔法を使った。見覚えのない式、規模だから、たぶん幟子ちゃんも使えるこの世界の古い魔法だろう。

 ただ、東湖と栄次郎の二人がその場から掻き消えたことから、時空魔法に関係した魔法なのはほぼ間違いないと思う。


 そのあたりの詳細はあとで幟子ちゃんに聞くとして……二人を消した「それ」は、今度は藤乃ちゃんへ目を向ける。

 けれど、先の二人とは違って警戒してる様子だ。既に過去の藤乃ちゃんは意識がほとんど残ってないみたいだけど、それでもただの人間二人よりステータスは高い。その辺りが気になったのかもしれない。


 とはいえ、藤乃ちゃんがこの水魔法の中で何もできなかったことは、彼女自身が言っている。そして事態はその通りになっていく。

 過去の藤乃ちゃんの眼前まで迫った「それ」が、ぎらりと殺意に満ちた瞳をこらす。その周囲で魔力の動きが激しくなり――。


「……っと、ここで生命力が危険水域に入って、緊急脱出用のアイテムが発動したわけだ」

「……そういうことになるわね」


 その蠢動していた魔力が放たれる寸前に、過去の藤乃ちゃんの姿が映像の範囲から忽然と消え失せた。

 青天の霹靂とも言うべき出来事に、「それ」は直前までの様子とは裏腹に唖然としている様子だった。けど、ほどなくして正気を取り戻したんだろう。真顔になると同時に、過去の映像から水が消え去った。


「水の魔法を解除したんだね」


 ボクのつぶやきに、幟子ちゃんがこくりと頷いた。


 一方、藤乃ちゃんをしとめられなかった「それ」は不満そうだ。機嫌もよろしくないようで、蛇部分の尾の先端で地面をべしべしと叩いている。

 でもそれも決して長くは続かなかった。「それ」は気を取り直したかのように雰囲気を、佇まいを変えると、にぃっと笑ってつぶやいた。


『なかなか美味そうでしたね……あれくらいの餌ばかりなら、苦労はしないのですが』


 その声音は、幟子ちゃんと良く似ていた。けど、底抜けに明るい幟子ちゃんと違って、「それ」のものは底冷えがするようなほの暗さが見え隠れしている。

 それに、発言の内容も物騒だ。藤乃ちゃんたちが襲われた理由はこれでなんとなくわかったけど、これまた随分と厄介そうな相手が出てきたなあ……。


 なんてことを考えているうちに、「それ」はずるりずるりと蛇身を引きずりながら林の奥……正確には諏訪湖のほうへと消えていった。


「……なんていうか……アレだね……」

「そう、ね……なんていうか……アレね……」

「……二人してあんまりアレアレ言わんといてくれんかの……妾まで一緒にされておるみたいで気分悪いわ……」

「いやまあ、それはごめんけどさ……だって……ねえ?」

「そうよね……」

「まあ……そうよの。妾もぬしさまらの言わんとしておることは、なんとなくわかる……」


 それからボクたちは、一斉にため息をついた。

 ついてから、魔法の状態を確認する。どうやら、一連の騒動はひとまず終わったみたいで、過去の映像に何かが出てくるような気配は見当たらない。


 それを確認して、ボクは【リプレイビジョン】を切った。途端に、周囲が夜の暗さを取り戻す。

 透き通るような冬の空気が、静かに佇んでいる。吹き抜ける風の音が、その隣を絶え間なく駆け抜けていく。


「……で? 幟子ちゃん、あれについてだけど……」

「うむ……【六魂旙りくこんはん】でお藤の魂を喰らおうとしておったと断言してよいじゃろうな……。現代では、それ以外に魔力を獲得する手段はほとんどないからの……」

「やっぱり『餌』って発言はそういうことよね……」

「だろうねえ……。藤乃ちゃんは妖怪に進化してるから、そこらの人間を一人二人食べるよりもよっぽどたくさんのエネルギーを得られるだろうし」


 伝説の大妖怪とはいえ、魔力がないと魔法が使えずその脅威は激減する。特に幟子ちゃん……っていうより九尾という種族は、魔法特化の種族で直接的な戦闘力は決して高くない。

 分割直前の幟子ちゃんも、その魔力をほぼ枯渇させていたからこそ砕かれてしまったんだから、見立てとしてはそこまで外してないと思う。


 それを考えれば、あの幟子ちゃんの一部も、今はひたすらに魔力を回復させている最中なんだろうと予測がつく。その手段として、他の生物を食べる方法を選んで今に至るんだろうな。


「……でも上様、待って。そんな魂を食われるなんて不審死の話、報告で上がってる? 日本はもう全国でユヴィルやラケリーナの鳥たちが情報網を張ってるでしょ?」

「そういえば聞かないな……。ここ最近地震でごたごたしてたにしても、一切話がないのは不自然だ」

「んむ? それは単に、動けるようになったのがつい最近ってことではないんかの?」

「その可能性もあるだろうけどさ。万が一そうじゃなかったとしたら、相当うまいことやってるってことじゃん?」


 常に最悪を想定しろ、ってのはここ最近ユヴィルに口酸っぱくして言われてることだ。

 複数の可能性を考慮に入れて、どんな事態に陥っても対処できるようにするのが大将の仕事……らしい。


「それもそうじゃの。しかしぬしさまよ、それではいかがするつもりじゃ?」

「あれが幟子ちゃんの一部だとするなら、あれに対抗できるのはボクか幟子ちゃんしかいないだろうからなあ……」

「……上様、一応確認するけど、自分が直接行くとか言わないわよね?」

「ボク一人では言わない、かな。万が一ボクが死んだらダンジョンも崩壊するんだ。たぶん格上っぽい相手に簡単に動いて、命を危険にさらしていい立場じゃないってのはわかってるけど……現状で幟子ちゃんクラスの相手と戦うことになった時、対抗できるのは幟子ちゃん除いたらボクだけだからね……」


 その答えに、藤乃ちゃんがなんとも言えない顔をした。


 言いたいことはわかるよ。最高司令官が敵陣に切り込むなんて、普通ありえないもんね。かといって、幟子ちゃん一人に任せてしまうと、相討ちの可能性も否定できない。彼女を失うわけにはいかないんだよね。

 そんなわけだから、この件について取れる方法は多くない。


「……まあでも、まずは相手を見つけないと始まらないか。幟子ちゃん、そこは君に任せていいかい?」

「水臭いこと言わんでおくれ、ぬしさまよ! 本来これは妾の不始末じゃ、己の失態は己の働きで挽回するのが道理じゃろうて」


 こくりと頷きながら、幟子ちゃんが胸を張る。そこにどんと拳を当てながら、彼女は続けた。


「それに、妾の意思なんぞ確認せんでもいいんじゃよ。妾はぬしさまのためならなんだってしてみせるからの! 任せてたもれ!」

「ありがとう。頼んだよ、幟子ちゃん。ボクは他の九尾がどこで何をしてるのかを調べるから……あ、見つけてもすぐに手を出すのはやめてね。できれば生け捕りにしたいんだ」

「うむ、わかったのじゃよー!」


 大きく頷く幟子ちゃんに、ボクも頷いた。

 それから今度は、藤乃ちゃんに顔を向ける。


「藤乃ちゃん、君は例の二人の捜索と暗殺を継続だ。いいね?」

「御意! この汚名、必ずや返上してみせます!」


 そして彼女は、威勢よく発言するとともに、その場に跪いた。

 そんな藤乃ちゃんを見つめながら、ボクは思う。

 連中がまだ生きてればの話だけどね、と……。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


二章も前から置いといた伏線をようやく回収できた……。


ところで本編とは一切関係ありませんが、この5か月間の江戸前ダンジョン執筆の息抜きに書いてた短編も投稿してみました。

同じく歴史もので、「天台座主になったんだけどお先真っ暗すぎて泣きたい」という戦国時代逆行転生ものです。

よろしければ、よしなにどうぞ。

(http://ncode.syosetu.com/n7101dl/)


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