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江戸前ダンジョン繁盛記!  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
1855年~1856年 拡張
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第九十八話 鬼が出るか蛇が出るか

本日2回目の更新です。

 現場周辺は、湖にほど近い街道沿いの林だった。

 森、と言うほど木が密集してるわけじゃないから、見通しは決して悪くない。ただ、深夜の今はどっちみち何も見えないだろうけどね。でも、風に乗って水音がかすかに聞こえてくる。


 えーと、まずは闇魔法【ノクトビジョン】で視界を確保して……と。うん、おっけ。


 ただ、それよりも早く、この場所に飛んだ瞬間から、ボクはかなり濃密な魔法の気配を感じて顔をしかめていた。これは、どうもかなりの使い手が現れたって見て間違いないだろう。

 うーん……でもこの気配……。


幟子たかこちゃん」

「うむ……」


 ボクの視線を受けて、幟子ちゃんも顔をしかめる。……いや、しかめるっていうよりは青ざめてるかな?

 なぜなら、今この周辺に漂う気配は、彼女のものとものすごく似通っていたからね。


「上様、どういうこと?」


 そう問いかけてきた藤乃ちゃんにその旨を伝えると、彼女は信じられないといった様子で幟子ちゃんに目を向ける。


「いや、違うぞえ!? 確かに妾、前科は掃いて捨てるほどあるかもしれんが、今回ばかりは無実じゃよ!?」

「そうだね。あの時間帯はボクと一緒に実験をしてたんだ、幟子ちゃんが何かしたってことは有りえないと思うよ」

「ふわああんぬしさまぁー! 信じてくれるんじゃな!?」

「まあね。君がボクの不利益になるようなことをするとは思えない」

「じゃろー!? うむ、さすがぬしさま、妾のことをよう理解してくれておるのじゃ!」


 疑惑が晴れたからか、先ほどまでとは打って変わって明るい表情を見せる幟子ちゃん。相変わらずの百面相だ。

 一方で、藤乃ちゃんは「それもそうか」とつぶやいて幟子ちゃんから視線を外した。


「でも……そうだとすると、一体何者なのかしら?」

「さあ、ね。とりあえずは、現場で【リプレイビジョン】をしてみようか」

「あ、ぬしさま待ってたもれ!」


 一人テンションをあらぬ方へ向けかけていた幟子ちゃんの声を背中ごしに聞きつつ、ボクは林の中を歩く。

 もちろん警戒は怠らない。今のところそれらしい気配はないけど、それをごまかす方法はいくらでもある。相当な実力者が周囲に潜んでるつもりで、夜の林を進んだ。


 そうやって現在地と、当時藤乃ちゃんがいた場所の絶対座標を【真理の扉】で確認しつつ行くことしばし。ボクたちは、その現場とみられる場所に到着した。

 そこは周りとさほど変わらない雰囲気の場所だ。ただ、周囲の木々や地面が不自然に濡れている。いくらより湖に近づいたとはいえ、これは明らかにおかしい。どうやらここで間違いなさそうだ。


「それじゃ早速やろうか。時空魔法【リプレイビジョン】」


 いつかと同じ魔法が起動し、周囲に魔法の光が広がる。それはやがて、昼のような明るさを作りだしながら一定範囲を包み込んだ。

 ここから、実際に問題が起こった時間帯に調整する。詳細は調査済みだから、細かい制御をすればいい。


「この辺だな。うん、これでよしと」


 ボクが微調整を終わらせると、【リプレイビジョン】の範囲内に人影が二つ、浮かび上がる。そこで映像は一時停止して、と。


「これが藤田東湖と千葉栄次郎だね」

「ええ、そうよ。誰がどっちかは別にいいわよね?」

「うん、それはわかってる」


 相槌を打ちながら、ボクは過去の二人に目を向ける。

 二人とも旅装束で、周囲を警戒しながら歩いているみたい。栄次郎は常に腰の剣……おっと、刀に手を当ててるみたいだし、東湖も鋭く目を光らせている。


「で、ここに藤乃ちゃんが入ると」

「ええ。まあ、入る直前に水に取り込まれたから、結局できなかったんだけど」

「ふむ……。何はともあれ、そこまで時間を進めてみよう」


 言いながら、止めていた【リプレイビジョン】の映像を再生する。少しだけスピードを上げて、と……。


「おっと、ここで藤乃ちゃん登場だ。この辺りで速度1倍だね」


 映像の範囲の端。そこに、数時間前の藤乃ちゃんが姿を現した。存在は希薄で、一切の身動きもない。この状態で潜んでいる存在に気づくのは、そう簡単じゃないだろう。


「ここで藤乃ちゃんが動いて……、……っ!?」


 その過去の藤乃ちゃんが、暗殺のために動いた。そして、見事栄次郎の首に一撃を加え――ようとしたところで、出し抜けに周囲が水に包まれる。

 直前に、まるで水蒸気爆発のように独特な魔力の気配が膨れ上がって、それが直後水になった。そんな感じだった。


 その変化は、客観的に見ていても驚きだったんだろう。今の藤乃ちゃんは、種の分からない手品を見た時のように、けれどそれよりも緊張した面持ちで唸っていた。

 その隣では、幟子ちゃんが顔色を悪くしている。っていうか、真っ青で脂汗がだらだらだ。何か心当たりがある、ってレベルじゃなさそうだぞ?


「突然水の中に放り込まれて、相手二人は早々にリタイアと。藤乃ちゃんは……さすがに長いこと息止めてるね」

「まあその、そういう訓練もしてきたから」

「頼もしい限りだよ」


 ボクだったらせいぜい1、2分だろうなあ。


「それはともかく……幟子ちゃん? そろそろ君の思ってることを話してくれないかな?」

「ぬしさま……ううううう、ほんっとうにごめんなさいなのじゃあぁぁ!」


 ボクの言葉に、がばっと土下座する幟子ちゃん。


「いきなり謝られてもよくわかんないんだけどさ。とりあえず、どういうことか教えてくれる?」

「う、ううう……こ、この術は……これは妾が学んだ截教せっきょうの妖術で、水を自在に操る【混元珠こんげんじゅ】に相違ないのじゃ!

 大量の水でもって敵を圧殺したり、溺死させるという殺傷力の高い術でな……特に術によって強化された水の中に囚われると、並大抵の力では突破することもできず死ぬだけとなる。そんな術なんじゃ!」

「魔法そのものについて、とっても興味がわくけど……それは置いとこう。とりあえず、状況には一致するね。ってことは、この件は幟子の同門の妖怪の仕業なのかな?」


 んー、と唇に指を当てて、ボクは言う。

 そんなボクに、幟子ちゃんはものすごく言いづらそうに、顔を伏せた。


「あ、あのう……ぬしさまや……」

「なーに? もしかして、相手に心当たりがある?」

「ある、というか……あるにはあるんじゃが、そのう……なんていうか、ありすぎるというかのー……」

「随分歯切れが悪いね。もしかして、親族?」

「し、親族っていうかじゃな……その……じ、十中八九……妾の……一部の仕業じゃなかろうかと……」


 左右の人差し指をつんつんと付き合わせながら、幟子ちゃんが言った。ばつが悪そうに、ちらちらとこちらを見ながら。そう言う仕草は、いつもの自信満々(って言うか、強引?)な彼女とはまったく印象が違う。


「……ちょっと、一部ってどういうことよ?」

「こ、言葉の通りじゃ! 他意はないんじゃよ! ほれ、妾、昔殺生石じゃった頃に身体ごと砕かれたことがあるって言うたじゃろ!? 実はあの時、その砕かれた破片に魂魄の一部も一緒に持って行かれとるんじゃ! これはたぶん、その時離れ離れになった魂魄の一部の仕業なんじゃよ!」

「な、なんですって!?」

「なるほどね、大体わかったよ」


 色めき立つ藤乃ちゃんをよそに、うんうんと頷くボク。


 確かに、幟子ちゃんは以前そんなようなことを言っていた。魂の一部がその破片に混じってたってのは初耳だけど、実際彼女には今も、ステータスに「本体」っていう但し書きがついている。

 彼女は魂で行動できる存在だから、そういうこともなくはないだろうね。実際、自分の魂の一部を他人、あるいは他の物質に寄生させるスキルだってあるし。それに近いことが起きたんだろう。

 で、それがどういう因果か本体である幟子ちゃんの制御を離れて、自立して行動し始めた。だからこそ、幟子ちゃんくらいぶっ飛んだ存在じゃないと容易に扱えない魔法が、ここで行使された、と。


 なるほど、だからこの周辺に残ってる魔法の気配が、幟子ちゃんとよく似ているわけだね。


「ボクの推測はこんな感じかな?」

「妾もそう思うのじゃよ……」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って。魂の一部が本体から離れて勝手に動くなんて、そんなことあり得るの!?」

「なくはないねえ。そもそも、幟子ちゃんが殺生石の身体ごと砕かれたのってもう何百年も前だし。それくらい時間が経ってたら、その『一部』が自我を得るくらいに成長する可能性は十分ある」

「あとは、あれじゃ……離れ離れになったとはいえ元は同じ魂魄、そこに繋がりが皆無ということはなかろう。数百年ずっと、生き永らえるために仮死状態だった妾がぬしさまのおかげで復活して、ここ最近は活発に行動しておる。そんな妾の得た力が、離れた魂魄たちに届いて自立した、という可能性もあるかの……」

「ああうん、それもありそう。どんなに遠く離しても、元が同じ魂は何らかの形で影響しあうって説は霊魂学でも一定の支持がある説だもんね」


 実証はされてないけどね。


 ……ん? 待てよ?


「幟子ちゃん、今さ、魂魄『たち』って言ったよね?」

「んむ? うむ、言うたの」

「えっ。ちょ、ちょっと幟子、あんたまさかとは思うけど、あんたみたいな化け物が複数いるって言わないわよね?」

「うーむ……」


 焦った様子の藤乃ちゃんに、幟子ちゃんは腕を組みながら天を仰いだ。まだ【リプレイビジョン】は続いているので、その天は水のベールに包まれてるけど。

 その態度を見て相当不安に感じたのか、藤乃ちゃんが幟子ちゃんの肩をつかんだ。


「言わないわよね!?」

「……確か、本体の妾を含めて、四つくらいには分裂した気がするんじゃよなあ……」

「ちょっとおぉぉ!?」


 衝撃の告白に、藤乃ちゃんは肩を掴んだままの幟子ちゃんをがっくがっく揺らす。

 むむ。今のはボクもちょっとびっくりしたぞ。


「君みたいなのが、まだ他に3人もいる可能性があるのかー」


 そっかー。

 となると、それぞれが今どこで何をしてるのか、すぐに調べないとだよね……。


「も、申し訳ないのじゃよ……妾もまさか、あの時の失態がこんなことになるとは……」


 ボクの態度がショックだったのか、幟子ちゃんの耳と尻尾がくてんと下がった。

 いや、そんな落ち込まなくってもいいんだけどさ。


「過ぎたことを悔やんでもしょうがないよね。まずはこの先のことを……んんん?」


 とりあえず、彼女に落ち込まれてもそれはそれで困るし、励まそうとしたところでボクは視界の端に映ったものに思わず【リプレイビジョン】を停止させた。


「上様?」

「ねえ二人とも、あれ、どう思う?」

「あれ?」

「ふむ?」


 ボクが指差したほうに、二人が素直に目を向ける。

 そこには、まるでラミアみたいな出で立ちのモンスター……が、にじり寄ってくる過去の映像があった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


はい、大方の予想通りだと思います。

欠片の存在してる場所は越後じゃなかったのかと質問が来そうですが、これについては後々クインが追跡調査しますので、今ここでは言及いたしません。あしからず。


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