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江戸前ダンジョン繁盛記!  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
1855年~1856年 拡張
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第九十七話 何者かの影

 聞けば、藤乃ちゃんは意識不明の状態でコアルームに飛んできたらしい。

 人間の一段上のクラスに進化してる彼女が、意識不明? にわかには信じがたい話だ。


 でも甚兵衛君の言葉を信じるなら、彼女は外で致命傷になるだけのダメージを受けて、彼女に与えていた緊急用のアイテムが発動したことになる。

 魔法が消え、圧倒的強さを持つ個が存在しないはずのこの世界で、仮にも妖怪になって強者の一角に入った藤乃ちゃんがそれだけのダメージを受ける? 一体どういうことだろう?


 研究室の片づけをかよちゃんに任せ、ボクは急いでコアルームまで走った。


「マスター!」


 そこでは、ネイシュがやや慌てた様子で魔法を使っていた。あれは水魔法の回復魔法だな。でも、彼女のスキルレベルはまだ高くないし、ステータスも決して高くはない。おかげであまり効果はないっぽいな。となると重傷か?

 彼女以外に数人の住人の姿が見えるけど、こちらは魔法が使えるわけでもないので、ただ様子を見守っているだけってところか。


「ネイシュ、状況は?」

「はい。住人の皆様とコアルームを掃除しているさなか、突如コアが光を放ち、直後に意識不明の藤乃様が現れました」

「それで甚兵衛君に伝言させたってわけか」

「イエスマイマスター」


 話を聞きながら、何故かずぶ濡れの藤乃ちゃんの様子を見ながら【鑑定】をかける。

 すると驚くことに、彼女の生命力は危険域まで減少してしまっていた。一体何があったんだ?


 見る限り、武器によると思われる外傷は一つもない。っていうか、そもそも傷らしい傷すら見当たらない。服も同様だ。

 なのに生命力を削られている? ……いや、全身がやたら水分で濡れているとなると、溺死しそうになったのか? 

 だとするとおかしいな、彼女には内陸での任務を与えてたはずだけど。だとするとその原因は……。


「……魔法? いやまさか……この世界にそれは……」

「マスター、このままでは」

「あ、うん。そうだね。考察はひとまず後だ。ネイシュ、治療はボクが引き継ぐ、一旦下がってて」

「イエスマイマスター」


 ボクの言葉に礼を返し、ネイシュは一歩後ろへ下がった。

 それを見送る間もなく、ボクはすぐさま己が持つ最高の回復魔法を起動する。


「天魔法【ゴッドブレス】」


 ありとあらゆる肉体的なダメージを解消する魔法。それが天属性の空色の光と共に放たれ、藤乃ちゃんの身体を包み込む。

 魂に直接ダメージを受けていたらこの魔法はふさわしくないけど、窒息のような内臓系の負担やダメージはこの魔法でも行ける。だからこれが最適解のはずだ。


 実際その効果は劇的で、生気がなく真っ白だった彼女の身体はすぐに色を取り戻し始めた。あっという間に元通りへ戻っていく。

 光が役目を果たして消える頃には、【鑑定】するまでもなく藤乃ちゃんが息を吹き返したことがわかるほどにまで回復した。


「……これでよし、と。ネイシュ、藤乃ちゃんを介抱して部屋まで運んで。そのまま目を覚ますまで待機」

「イエスマイマスター」


 その会話で藤乃ちゃんが助かるとわかったみたいで、周りで様子を見ていた住人達が一斉に歓声を上げた。

 甚兵衛君もそこに戻ってきていて、ネイシュに運ばれていく藤乃ちゃんを見送った後でボクのほうに歩み寄ってきた。


「旦那、お藤姐に一体何があったんで……?」

「……わからない。少なくとも今はまだ、ね。でも調べるよ。彼女ほどの実力者を戦闘不能にするだけじゃなく、瀕死まで追い込んだ相手がいるんだ。調べないわけにはいかない」

「でさァね……」


 幸いボクは、世界の情報を自在に引き出せる魔法と、時間を操る魔法が使える。調べること自体は難しくない。

 ……ただ、その調査に当たってはボク自身が動くべきだろうな。その場で起きたことを調べるには、時空魔法の【リプレイビジョン】が一番だけど、これは現場に行かないと使えないし。


 藤乃ちゃんを倒すようなやつがまだいるかもしれない場所に直接乗り込むのは、危険を伴うだろう。それはわかってる。

 でも、そこにティルガナやロシュアネスを派遣するのは同じ轍を踏むことになりかねない。となれば、それなりの強さを持ってるボクが行くのが一番確実だと思うんだよね。


 そう考えながらも、ボクは先ほどまで藤乃ちゃんが倒れ込んでいた場所にしゃがみこみ、彼女から滴っていた水に目を向ける。

 この水……魔法で作った水じゃないよな。水魔法の水は、効果が終わると消滅する。なのに残っていたってことは、この水が自然のものである可能性を示唆している。


《諏訪湖の水》


 ……やっぱり。

 ってことは、彼女は諏訪湖周辺まで行ったのかな? 諏訪湖と言えば、信濃の国にある湖って記憶してるけど……。


「……考えてもしょうがないな」


 ボクはそうつぶやくと、まず藤乃ちゃんの行動経過を確認するために魔法の準備入った。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 しばらく自室であれこれと調べていると、ネイシュから藤乃ちゃんが目覚めたことを知らされた。

 日付はとっくに変わってたけど、ボクは彼女の部屋へと足を向ける。


「上様……この度はとんだ失態を」


 ボクの顔を見るや否や、土下座に入ろうとする藤乃ちゃんをとどめて、いいから寝ておくように言う。

 彼女はしばらく無言で硬直していたけど、少ししてゆっくりとベッドに身体を横たえた。【ゴッドブレス】でどこにも異常は残ってないだろうけど、念のためだ。あと、土下座をずっとされても話しづらいってのもある。


「一体何があったのさ? ある程度は君が寝てる間に調べたけど、それでもわからないことがあるから、順を追って説明してくれる?」

「御意」


 そもそも藤乃ちゃんがダンジョン周辺を離れて何をしてたか、だけど。彼女には、あの日ダンジョンから脱出した人間の始末を任せていたのだ。


 ボクは元々、その人間……2人の始末自体にはそこまで積極的じゃなかった。別に、魔法の存在がおおっぴらになったところで、世間的には元からうちは謎の洞窟だ。

 魔法の存在が明らかになることで、むしろ目の色変える輩は絶対いるだろう。人間ってのは未知のものを恐れるくせに、その未知のものを解き明かしたいとも考える生き物だ。だから、何が何でも知ろうとしてダンジョンに入るようになるやつは絶対いると思うんだよね。

 ちょうど、科学をものすごく知りたいと思ってるボクみたいにね。ボクが逆の立場なら、多少の犠牲を払ってでもダンジョンに入るよ。学者、研究者っていう人種は、そういう奴が多いもの。


 だからボクが刺客として藤乃ちゃんを繰り出したのは、別のところに理由がある。

 それは、ダンジョンの幹部であり、強力な攻撃手段を持つ三人を見られているから。そして、目撃した2人がそもそもボク……というよりは、ダンジョンという存在に対して強烈な敵愾心を抱いてること。それが理由だ。


 明らかに普通の人間では太刀打ちが難しい存在である、ジュイたちの情報が広がるのはまだいい。あんまりよくないけど、深層に人が来ないならそれはそれで、ダンジョンとしてはナシではないからね。

 ただ、生き残った2人……正確にはその片方である、藤田東湖とうこという人物は、過程がよくわからないけどうちを目の敵にしている。そんな彼が、普通の武備では敵わない相手を見つけてしまい、生きながらえた。

 このままだと、また何かしらうちにちょっかいを出してくる可能性がある。今度は前回よりも大きな規模にして、再挑戦してくる可能性はかなり高い。

 だからこそ、後々面倒なことにならないために、今のうちに殺しておこうと思ったんだよね。


 そしてその役目は、隠密として様々なことをしていた藤乃ちゃんのお家芸と言ってもいいわけで。ボクは彼女に仕事を任せたのだ。


 幸いボクには【真理の扉】がある。これで相手の現在地を割り出して、甲州街道を移動してることは藤乃ちゃんにも伝えてた。だから追いかけるのは簡単だったという。


「先回りして待ち伏せしてたんだけど……」

「諏訪湖の近くで?」

「そう。あちらはどうも相当急いでたみたいで、かなりの速度で移動していたことになるかしら。ともかく、あたしは諏訪湖の近くで二人を迎え撃ったわ」

「迎え撃った……ということは、少なくとも体勢としては万全だったわけだね」

「……とは言い難いわ。自分の失態を言うのは正直堪えるんだけど……完璧な不意打ちと思ってたのが、仕留める直前に……」

「……ん。続けて? 大丈夫、怒らないから」

「は。……仕留めるその直前で、突然あたしは水の中に閉じ込められてしまったの」

「……は?」


 突然って、どういうことだろう? 思わずボクは声を上げて藤乃ちゃんの顔を凝視する。


「本当にそう言うしかないくらい、突然だった。あたしだけじゃないわ、標的の二人も水の中にいた。それに前触れは一切なかった……」

「前触れなく、いきなり水の中? 君の身体に付着してたのは確か諏訪湖の水だったけど……湖の底に強制転移させられたってこと?」


 ボクの問いに対して、藤乃ちゃんははっきりと首を振った。


「たぶん、それはないわ。だって、水の中に入っただけで周りの景色は変わらなかったもの。場所は林の中だったんだけど、それは変わらなかった。ただその場所一帯が、突然水に包まれた……って感じだった」

「……そんな大規模な魔法を、今のこの世界で使えるやつがいるのか……?」


 藤乃ちゃんの話が真実なら、それはものすごく高度な魔法だろう。魔法が消えて千年以上経つこの世界で、そんな使い手が存在するって? にわかには信じがたいなあ……。


「それに」

「まだあるの?」

「ええ。ただ水の中に入っただけなら、別に問題はないわ。あたしは水練もきちんとしているもの。でも、泳げなかった。あの水……まるで土の中に閉じ込められたみたいに、まったく身動きが取れなくなったの」

「……今までの話で想定してたのよりさらに危険度が上がったんだけど。それ、たぶんボクでも使えないレベルだぞ……そんなレベルの魔法が使えるのなんて」


 ……この世界じゃ、一人しかボクは知らない。

 幟子たかこちゃん。彼女なら、たぶんできるだろう。魔法の存在する時代から生きてる大妖怪。それだけの技量と魔力を持っている。


 まあ彼女が犯人ってことは絶対にないだろう。彼女の気持ちはボクに向いてるし、そもそもアリバイもある。

 けど、彼女と同年代の妖怪って可能性は、ゼロじゃないんじゃないだろうか。彼女のように、現代でも生き残っている使い手はゼロじゃないんじゃないだろうか。


「……幟子ちゃんなら何か心当たりがあるかな?」

「ありえるかもしれないわ。あたし、魔法のことはまだ詳しくわからないけど、少なくとも妖怪に進化したあたしが前触れにまったく気づけない魔法なんて、最低でも上様レベルだと思う」

「だね。……よし、現場検証には彼女もつれてこう」

「上様、あたしもお連れください! この汚名を返上する機会を!」

「……わかった。君も来るといい」

「はっ、ありがとうございます!」


 ベッドの上で、藤乃ちゃんが深く頭を下げた。


「今から動けるかい?」

「おかげさまで、睡眠は十分です!」

「おっけ、それじゃあ行こうか。ネイシュ、片付けはよろしく」

「イエスマイマスター」


 そしてボクはその足で幟子ちゃんを拾うと、現場に向けて【テレポート】で飛んだのだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


敵現る。

……とか言いつつ、たぶんわかる人はすぐわかっちゃうかな。っていうか、今までにあからさまな伏線敷いてあるし……。


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