第九十五話 ロシュアネスの提案
新しく本気で殺すフロアを作って数日後、ボクの下にロシュアネスが訪ねてきた。
相談したいことがある、って言う彼女を会議室に通して、ボクは彼女と相対する。
「え? ダンジョンに金庫と倉庫を作ってほしい?」
そしてボクは、ロシュアネスの進言を受けて首をひねった。
「なんで? 何に使うの?」
「幕府には、今回の震災による諸処の援助の対価として、相当量の金銭と文化財を要求しました。それを収蔵する場所が必要なのです」
「ええ? 対価要求しちゃったの? ……って、そうだよねそれが普通だよねごめん」
安易に答えたボクに、ロシュアネスの視線が突き刺さった。うう、そんな睨まなくってもいいじゃない。
大丈夫だよ、もう無償で協力はしないってば。今回の活動は、それだけの対価を要求するだけのことをしてるんだから、わかるよそれは。
「じゃあ、それらをDEに変換してくわけだね。歴史的価値のあるものなら、結構いい額になりそう……」
「違います」
「……え?」
ボクの言葉を遮って、ロシュアネスが淡々と否定する。
あれえ?
「な、なんで?」
「金銭については、ダンジョン内外での経済活動に利用するためです」
「……んん?」
えーっと……。
「我がダンジョンも、開闢から2年が経って住民たちの間で経済活動が行われるようになってきました。ですが現状、それは物々交換や労働で対価とする方法が主体です」
「それもそうだね。今まではそもそもお店とかそういうのを設置する余裕もなかったわけだし」
「はい。ですが、先述の方法では規模をこれ以上拡大することができません。まして、今後何年か経って、外との貿易を視野に入れた時、住人が貨幣経済を忘れていては非常に困ることになるでしょう。そのためにも、少しずつで構わないので貨幣経済を導入すべきと考えました」
「なるほど……。んー、でも、ベラルモースのお金を使えばいいんじゃないの?」
「自分としてはそれをしたいのですが……閣下、金銭を都度作成してダンジョン内に流通させるのに、どれほどのDEが必要ですか?」
「……ああ、なるほど」
そこでボクはぽんと手を叩いた。
「規模にもよるけど、初期投資で相当額かかるし、維持管理で継続してDEが減る。財源がまだ完全に安定確保できない状態で定期支出が増えるのは、結構きついね」
全部DEで賄うか、材料を用意して住民に作らせるかでも変わってくるけど……どっちにしたって、かなりの額になるのは間違いないね。
だからかー。
「やはりそうですよね。DEはダンジョンの要ですから、節約できるところは極力絞りたいのです。もちろん、国内の通貨を外国のものに依存するデメリットもありますが……現状の財政収支、また人材との兼ね合いから、日本の通貨で賄うのが最善と判断した次第です」
「おっけーわかったよ。そこまで言われれば否はないや」
ロシュアネスに頷けば、彼女もこくりと頷いた。優秀な眷属を作ってよかった。
「あとは……えーと、文化財だっけ。こっちはなんで?」
「今後はともかく、まだ経済基盤がしっかりしていない我が国が、同じく経済基盤がようやく回復してきた日本から大量に金銭を吸い上げるのは、現状得策ではありません」
「ああ……それは確かにそうだね……」
今日本に浸透してきたお金は、ボクが対価として渡した金銀から鋳造されたものだ。これがなかったら重大な問題が起きかねなかったほど、幕府は難しい状況にいたわけで。
そんな中で、うちが日本のお金を報酬にって持っていったら、その意味がなくなっちゃうわけだね。
「一方で、絵画、書物、刀剣などは、それだけで相応の価値を持ちます。また、震災のどさくさによって、日本側の貴重な文化財が遺失することを防ぐという意味もあります。その場合は後に、しかるべき時に、しかるべき対応と共に返還するなど外交の札ともなるでしょう」
「あ、うん……なるほどね……」
うちの利益は絶対に確保しようとするロシュアネスの態度は、嫌いじゃない。
ちゃっかりしてるって言ってしまえばそれまでかもだけど。こういうのは頼りになるって言うべきなんだろうな。
「それから」
「まだあるの?」
「はい。そもそも我々は今、調査団の名目でこの世界にいる、という設定です」
「あ。ああーっ、そうだ、そういえばそうだった。完全に忘れてた。少しは調査してるふりもしないと、ってことか」
「その通りです」
文化的な方面は専門じゃないから、すっかり頭の中から抜け落ちてたよ。環境とか世界管理システムなんかはやってたけど……。
うう、ボクってこっち方面ホント向いてないな。これもう、ボク以外に内政を指揮できる眷属も創ろう……そうしたほうが絶対いいよねこれ……。
「……まあうん、ボクの反省は後でやるとして……金庫と倉庫、了解したよ。専用の場所を用意しよう」
「ご決断、ありがとうございます」
「いつまでにやればいい? ロシュアネスも時空魔法あるから、持ち込む時は一気に持って来れるよね?」
「そうですね……あちら側の都合もありますし、半月ほどあれば問題ないかと」
「半月ね。おっけーわかった、それまでにやっとく」
「ありがとうございます」
恭しくロシュアネスが頭を垂れた。さすがの立ち居振る舞いだな。
「もう一点、よろしいですか?」
「ん、何?」
「今後の経済活動についてですが……日本はこれから、まずアメリカを通じて世界と交易を始めていくでしょう。なので、あちらに行っている者からアメリカなどヨーロッパ各国の外貨も得られるように指示をお願いしたく」
「あー、アメリカが今、日本と貿易関係の条約結ぶために駐日大使の選定してるんだっけ」
これはもちろん、寅次郎君についていった忠太君からの情報だ。鳥たちも使って情報収集はしているし、その情報はボクたちを通じて少しずつ幕府にも入っている。
だから、地震の件が少しずつ落ち着きを見せ始めている今、老中として政務を取り仕切る正弘君たちの目下の話題は、今後再び訪れるだろうアメリカへの対応も盛り込まれているとか。
まあ、これについてはいずれ話す機会が来るはずだ。今は一旦保留するとして……。
「はい。そしてその動きは、今後広がっていくはずです。我々の支援があってもなお、ヨーロッパ諸国の植民地になってしまったら、その限りではないですが……」
「可能性はなくはないけど、ボクらがいる限りそれはさせないよね?」
「ですね。少なくとも、島国という立地上、日本は外からの攻撃には強い土地です。我々がそこに防衛目的で加われば、現状のこの世界の軍事力で突破することは難しいでしょう。それでも警戒するに越したことはありませんが」
そりゃそうだ。まったく警戒してなかったから、こないだ痛い目見たんだし。そこはボクも気にしてる。
ボクは頷く形で了承を返し、続きを促す。
「なので、ひとまず諸外国との交易が広がると仮定します。そうなると、日本に拠点を置く我がダンジョンもいずれはその流れに入らざるを得ないでしょう。交易自体は我々にも大いに益があることなので、私に否はありませんが……すべての交易を日本のお金で行うのは、色々な意味で非効率です」
「なるほど、なるほど。この世界にはまだ、世界共通のお金がないもんね」
「ええ。……とはいえ、自分もこの分野については疎いです。共通貨幣がなかった時代のベラルモースが、どのように経済を動かしていたのかも寡聞にして知りません。ですので、今後の経済活動を円滑に進めるためにも、その方面に明るい人材を用意したほうがいいかと」
「あ、うん、それはボクもさっき考えてたんだ。ロシュアネスの仕事量を増やすのは後でしわ寄せ来るだろうし、専門性の高いところは、やっぱ無理せず特化した人材に任せるのが一番だよね」
「賢明な判断かと存じます」
あはは、褒められてる気がまったくしないや。ここまで来るといっそ清々しい。
「もうちょっとしたら新しい実験装置で大量のDEを作って、中間職クラスの眷属を作るつもりだったけど……計画は見直したほうが良さそうだなあ。幹部クラスの眷属を作るなら、結構な量いるもんな……」
「あ、それについて少し考えていたことがあったのですが、よろしいですか?」
「お、まだある? 言ってみて」
「はい。今回の震災で、あちこちでかなりの量のごみが出ています。この国の建物は、様々な部材があちこちに転用できるようにかなり無駄なく造られていますが、それでもどうにもならないものもあります。生活ごみとなれば、それはなおさらです。その処理を、我がダンジョンで請け負うというのはいかがでしょう?」
「んっと……そのゴミをDEに変換するってこと?」
「そうです。あちらはごみを処理できる。我々はDEが手に入る。誰も損はしないと思うのですが」
「ただでさえ生物じゃないのに、ゴミとなるとDEへの変換効率はかなり落ちる……けど、そもそも元手がかかってないから、多少でもプラスにはなるってことか」
「はい。日本には、『ちりも積もれば山となる』ということわざがあるそうですよ?」
「言い得て妙だね。なるほど」
唇に指を当てて、考えてみる。
アイテムからDEへ変換するのは、今までほとんどやってない。それはやっぱり、変換効率が悪いからだ。希少級以上のアイテムでないと割に合わないのに、この世界にはそのクラスのアイテムはなかなかなくって。
でも、確かにどんな少ない量でも、たくさん持ち込めばそれはプラスになる。生活ごみに至っては、人が生きている限り絶対に出てくるものだ。しかも江戸はものすごい人口がある。そこから定期的に元手が手に入るなら、DEの収入としてはかなり効率はよさそうだな……。
「……おっけ、それ、やってみよう」
「御意。それでは、各所での調整を進めます」
「ん、頼んだよ」
「はっ!」
ボクの言葉に、ロシュアネスが再度頭を垂れた。
それから礼儀正しく辞去しようとする彼女を、ふと思い出してボクは呼び止める。
「あ、そうだロシュアネス」
「はい、なんでしょうか?」
「君にこれをあげるよ」
「これは……」
言いながらボクが持ち出したのは、ロシュアネス用に【アイテムクリエイト】した服類の装備品だ。具体的にはローブだね。
細かいカタログスペックは割愛するけど、ベラルモースでも相応の素材でできた特質級装備だ。
「ほら、こないだ地球人相手にボクたち苦戦しちゃったじゃない。で、万が一に備えてメンバーの装備を整えようと思って」
「……今さらですか……」
「え?」
「いえ、何でもありません。しかしこれは……レインボーバグの絹ですね? 相当値が張ったのでは?」
「【経験値取得アップ】も付けてるから、普通よりもかなり高かったね。一応、前の地震エネルギー吸収装置を応急処置して、使い捨てだけどそれなりにDEは確保してるから、大丈夫だよ」
「……なるほど」
なんか歯切れの悪い感じ。何かあったかな?
まあいいや。
「そんなわけで、できるだけメンバーの進化を早めて、基礎ステータスの底上げも並行してやっていきたいんだ。死なれたら困るからね。今は外に出ることが多いメンバーに優先して用意してまわってるところなんだ」
この経験値アップの装備は、ボクも身に着けている。メンバーの底上げは、ボクだって例外じゃないのだ。
特に、文官であるロシュアネスは一番効率のいい経験値稼ぎである戦闘訓練に費やせる時間が少ない。だから彼女に渡した装備の効果は他のメンバーより高くしてある。
彼女だけ他と比べて突出して弱い、ってのもできれば避けたいからね。文官でもめちゃくちゃ強いから手出ししたくない、そう思わせたいんだ。
「なるほど、よくわかりました」
「それから、これも」
「腕輪、ですか?」
「うん。万が一致命傷に至るダメージを受ける事態になった時、コアルームまで自動で転送するようにしてあるんだ」
「また高い買い物を……」
「でも安全にお金をかけるのは、無駄じゃない。でしょ?」
「……そうですね。私の戦闘力は幹部の中では最低クラスですから……その点では、歯がゆい思いです」
少しだけ表情を陰らせて、ロシュアネスが頷いた。
人材は替えが効かないからね。臆病くらいがちょうどいいと思う。っていうか、思うようになった。
ベラルモースだったら、もっと最初から警戒してただろうけどね……って、いうのは言い訳だろうけど。
ともあれ、万が一のための緊急退避用アイテムは、全員に渡してる。効果を発揮しないのが一番だけどね。
「それでは、自分は外に戻ります」
「わかった。気をつけてね」
「御意」
再び礼をして、ロシュアネスが【テレポート】していった。
消えた彼女の余韻を少しだけ味わって、ボクも改めて行動を始める。
まだまだやることはいっぱいだ。がんばろう。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
やっぱりどこかで抜けてるクイン。主人公一人で無双する系の作品ではないので、こういうところは素直に人の意見に従います。
でも今章は少し彼の見せ場もある、予定。