第九十四話 死ぬがよい
8/7 お待たせいたしました、本日より更新再開です!
「うーん……」
江戸を襲った震災と、我が江戸前ダンジョンを襲った敵(自業自得って話はこの際勘弁してほしい)から数日後。ボクは自室でダンジョンの作成について頭をひねっていた。
あれやこれやとやる前に、まずは自分の国とも言えるこのダンジョンを、絶対の要塞にしておかないと安心できない。それを今まで、ボクは怠ってきたわけだね。自分のステータスなら、何も怖くないだろうって。
けど、いくらこの世界に魔法がないからって大事な防衛力をおろそかにしてきた事実は間違いない。そしてその問題が、こないだのことではっきりと浮き彫りになったわけだ。
ボクの最終的な目標は、毎日自分の好きなことをして過ごせるような、安泰な生活。そのためには、この世界の人間のことなんて微塵も考えないような、絶対殺す勢いのフロアが……最終防衛ラインとも言える本気のフロアが必要になるわけで。
「そのために一番手っ取り早いのは、シンプルに強いモンスターだらけにすることだよね」
ダンジョンの難易度は、これで左右されると言っても過言じゃない。謎解きなんかは、みんなで考えればなんとかなることもあるし、クイズ系の仕掛けに至っては知識さえあれば誰だって進めるからね。
相手を簡単に殺しうる存在がいる。それだけで、単純に難易度は上がるものだ。
じゃあそれをするにはどうすればいいか、だけど。
「同じ種族、あるいは系統で1フロアを縛ると統一ボーナスが発生する。もしくは特定の組み合わせでもボーナスが出ることもある。その辺りを狙いたいところだなあ」
「そんな仕組みもあるんですね」
ボクの隣は、もちろんかよちゃんだ。彼女もこのダンジョンのサブマスター、ダンジョンについての知識は持っておくに越したことはない。
ちなみにこの統一ボーナス。ダンジョン全体で徹底すると、さらに追加されるから結構何かしらの形でやってるダンジョンは多い。ママのダンジョンもそうだ。
統一ボーナスの内容は種族ごとに違うから、一概にあれを参考にするってわけにもいかないけどね。
「各フロアを何かしらのテーマで統一して、毎フロアでボス戦させる感じで行こうかな」
「そんなにたくさんのテーマがあるんですか?」
「まあね。たぶん、主神様も全部は把握してないんじゃないかってくらいには、あるよ。有名なのはアンデッドかなあ」
「あんでっど?」
「ゾンビ、スケルトン、スペクター。そう言った、まあ、幽霊とかお化けとか言われるような連中のことだね」
あ、かよちゃんの顔が青くなった。こういう類のは苦手なのかな?
アンデッドとは言っても決して不死身じゃないし、そもそも光と闇の両属性を持ってるかよちゃんなら、何も恐れることはないだろうけど……見た目は確かにアレだから、気持ちは分からなくはない。
「……ベラルモースだとアンデッドは普通で誰もそんなに驚かないけど、この世界にああいうのはいないだろうし、まずはアンデッドで行こうかな」
死体が動いてる、骨が動いてる。そんな事態は、魔法の存在しないこの世界では絶対にありえないもんね。
怪談なんかはあるらしいから、概念としては理解できるかもだけど……実際にそんなのが襲ってきたら、普通のモンスター以上に驚いてくれると思うんだ。
それに、アンデッド系の統一ボーナスは、リポップポイントの設定に必要なDEや、その他フロアの維持にかかる経費としてのDE消費量削減だ。数で押すのが鉄板のアンデッド系を扱う上で、これはバカにならない。
「そ、そうですね……きっと、みんな驚くと思います……」
『問題は、アンデッド系統のモンスターが、強すぎるやつか弱すぎるやつかの両極端という点だな』
ドン引きって感じで、消え入りそうなかよちゃんの言葉に、念話が割り込んできた。
ふとメニュー画面から顔を上げれば、そこにはユヴィルが音もなくテーブルに降りたところだった。
「ユヴィル。戻ったんだね、お疲れ様」
『ああ。と、まずは報告だ。ラケリーナへの引き継ぎは遅れている。やはり、俺一人で統括範囲を広げすぎたようだ』
「あー……そうだよねえ、北半球全体をカバーしそうな勢いだもんね……」
吉田寅次郎君のアメリカ行に便乗する形で、道中の鳥を片っ端から掌握してったもんな。さすがに範囲が広すぎる。
あれもミスの一つかも。あれで一気にユヴィルの仕事量が増えたし。
『ああ。ここはやはり、増員が必要だろう。ラケリーナの器は十分だが、まだステータスが追いついていない』
「だよねえ。おっけ、今度の実験で入る予定のDEで作ることにしよう」
『足りるのか? 各部署の中間層を相当数作るって話だっただろう』
「今までの実験結果から、理論上は80万くらいのDEが入る計算だよ。それで行けるはず」
『あくまで理論上はだろう……と言いたいが、今のところ想定を大きく下回る結果は出ていないからな。ことこの分野に関しては、主の手腕は信じてもいいか』
そうそう、魔法工学はボクのアイデンティティみたいなものだ。失敗なんてしたくないし、するつもりもない。
まあ、この手のものは失敗もある意味では成功なんだけどさ。
「さて話を戻して、と。アンデッド系のモンスターのメリットとデメリットだけど」
『ああ。あの系統はものすごく強いか、ものすごく弱いかのどちらかだ。それに応じて消費DEの値もかなり差がある。だからこそアンデッドの運用方法は、弱いやつらで数に任せる戦い方をさせるのが一般的だな』
「そうなんだよねえ。そこはダンジョンの構造とうまく組み合わせるしかないかなー」
「強ければ強いほどDEかさみますもんね。無限に手に入るならいいんでしょうけど……」
「今はまだそうじゃないから、ね」
言いながら、メニューを操作する。そこにあるのは、新しく造った第11フロア。今はまだ何もない空間でしかないけど。ここを、アンデッドフロアに相応しい場所にしていくのだ。
「さて、それじゃあどうするか。アンデッドフロアに相応しいのはどんな空間かな?」
『そうだな……アンデッド系は総じて速力が低い。一方で耐久力は極めて高い。だから一撃離脱のような布陣ではなく、待ち伏せるスタイルのほうがいいだろう。それか、休む間もなく大軍で攻めるか』
「なるほど。じゃあ、ここは後者を採用しよう。それなりの広さの部屋を作って、囲まれてるところからスタート、とか」
『ついでに、出口を四方に配置するのはどうだ? 進む方向をかく乱できそうだ。先に進めるのはその中で一つだけ、と』
「わお、ユヴィルもなかなか言うねえ」
「あの、でしたらはずれのところにはそれらしく道具を置いておくのはいかがでしょう?」
「お? その心は?」
「えっと、はずれの場所に得られるものがあるなら、万一二回目に正解を引き当てても、欲をかいて戻る人が出てくるかな、なんて……」
「『採用だ』ね」
「えっ? あ、は、はい、ありがとうございます?」
かよちゃんも順調にこっち側だなあ。いいことだ。
『ついでに、アイテムを拾ったらモンスターが沸くようにトラップだな』
「いいねそれ、それも採用」
その後もあれこれと意見を出し合った結果、第11フロア(現状暫定)は以下の通りになった。
まず、フロアの属性はなし。闇属性とか選べたらよかったけど、うちのダンジョンコアは天属性だからね。ここは仕方ない。
代わりに見た目だけでもこだわることにして、日本のホラーを参考にしつつ墓石やら卒塔婆やらのインテリア(?)を配置しておいた。フロア全体の照明も暗めだ。
そして肝心の構造は、大きめの部屋が十字に5つ組み合わさった形状。上のフロアから降りてきた探索者はまず、真ん中の部屋の真ん中に降り立つことになる。
そこに待ち構えているのは、大量のアンデッドモンスター。顔ぶれは主に中位種だけど、ひたすらタフなパワーファイターのゾンビ種、【剣術】などのスキルが持たせられる技巧派なスケルトン種、物理攻撃がろくに効かないスペクター種がそろい踏みだ。そして、それらを統括するコマンダータイプもそれぞれしっかりと配置してある。
複数種のアンデッドが、連携して四方八方から襲いかかってくるのは恐怖以外の何物でもないだろう。
それとほぼ同じ構造で、ただしアイテムを取るまで出現しないようになってるのが行き止まりのはずれ部屋。手に入るのは、魔法道具系を除いた希少級アイテムだから、うまく切り抜けられれば割にはあうんじゃないかな。犠牲出しながらだとまったく割に合わないけど。
そしてそれらを潜り抜けた先、次のフロアに続く正解の部屋で待ち受けるフロアボスは、奮発してワイトキングだ。スケルトン種の超上位種に当たるワイトキングは、【眷属召喚】と【眷属支配】、そして【指揮】のスキルをデフォルトで持つ。こいつを倒さない限り、延々とわき続けるアンデッドと戦い続ける羽目になるわけだね。
ついでに、このワイトキングは魔法向きのステータス、スキル構成でポップするようにしてある。文字通り肉壁となって殺到するアンデッド達の後ろから、強力な闇魔法や冥魔法が飛んでくるわけだ。今の地球人に、ここを突破するなんて不可能だろう。
……将来的に、不可能とは断言できなさそうではあるけどね。その時はこっちも強化すればいいさ。まずは今のことだ。
「で、しめて18万9902DEと」
『創業してわずか2年でそれだけの額を運用できるのはすごいな』
「この世界の自然エネルギーが、すっごく良質だったおかげだね」
「それを変換できるようにした、旦那様がすごいんだと思いますよ」
「ありがと。そう言ってくれると嬉しいな」
半分くらい興味本位というか、好奇心でしかなかったんだけど、まあ、うん。それは言いっこなしだよ。結果オーライってことで。
〈ダンジョンコアのレベルが5に上がりました〉
〈これにより、ダンジョンメニュー【モンスタークリエイト】に【転生】機能が追加されました〉
〈これにより、DE端数加算の加算率が10%上昇します〉
「お、コアレベルが遂に5に!」
「わあ、おめでとうございます」
『5か……確か、【転生】が実装されるんだったか?』
「そうそう。これでまた選択肢が広がったね。使うかどうかは別として」
新しい機能、【転生】はダンジョンキーパーになってるモンスターを選んで別の種族に生まれ変わらせる機能だ。早い話、禁呪の【存在概念改変】をモンスター限定にしたようなものだね。
この際、ステータスの大半を引き継いで同系統の下位種になるか、ステータスをその位階のレベル1相当に落として別系統の種族になるかの二択ができる。
ボクでたとえるなら、下位種のセイバアルラウネシードに戻るか、レベル1になるけど超上位種のゴブリンキングになるか、ってところかな。
この機能はほぼ名持ち専用機能って言っていい。ネームレスなら、手間ではあるけど一度DEに戻して造り直しが利くから、そもそもこの機能を使う意義が薄いんだよね。でも名持ちはそれができないからさ。
そしてこの【転生】を繰り返すことで、ダンジョンの戦力を上昇させていく……ってわけだね。
ダンジョンランキングの上位に名を連ねる老舗ダンジョンでは、これを重ねたとんでもなく強い奴がいるのが普通だ。最上位種に上り詰めた個体を【転生】させれば、当たり前のように強くなるからね。
変わり種だと、人間がダンマスやってるダンジョンで、ダンマスが自分を対象に【転生】を繰り返すことで疑似的な不老不死を実現してた。
まあ、【転生】もデメリットはある、すればするほどレベルアップに必要な経験値が増えるんだよ。だからそのダンマスさんは最終的にレベルアップが間に合わなくなって、300年ほど前に死んじゃったんだけどね。それでも1500年近くダンジョンを維持し続けて、一大帝国を築いてたから、すごいのは間違いないんだけど。
話を戻そう。
「けどまあ、思ったよりは出費がかさんだよ。この感じだと、やるとしても【転生】は当分先のことになりそうかな。本気のフロア作りはまたしばらくお預けだろうし……」
アンデッドは安めではあるけど、今回はかなり数を用意したからねえ。しょうがないって言えばしょうがないんだけど……うーん、やっぱりDEの安定した収入は確保しないとな。
そのためにも、地震エネルギー変換装置の研究は今後もしっかりやっていこう。あれさえ完成すれば、半永久的にDEが確保できるはずだから。
「ま、DEがたまるまでは次のフロアの案を練っておく、ってことで?」
『そうだな』
「無い袖は振れませんもんね」
「だね。よし、それじゃ今回はこれで一旦おしまい!」
そしてそう宣言すると、ボクはメニュー画面を閉じたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
というわけで、再開までまさか5か月近くかかるとは思っていませんでしたが、ともあれ戻ってまいりました。
今章は、歴史的なイベントがあんまりない年なので、主にダンジョンに関係した話を中心にした章になる予定です。
クインがどのようにダンジョンを「拡張」していくのか、どうぞご覧ください。