母親と神様
ベラルモースには無数のダンジョンがあり、多くの探索者が富と栄誉を夢見て今日もダンジョンへと挑む。
もちろん時には潰れるダンジョンもあるが、ダンジョンコアの入手はかつてに比べ容易になっており、その数は基本的に常に増え続けている。
そんなダンジョン業界なので、今やダンジョンにまつわる話はベラルモースでは娯楽の1つだ。その中に、ダンジョンランキングというものがある。そのままずばり、ダンジョンに関係した様々な事物を競い格付けを行っているものになる。
このダンジョンランキングの最上位に常に君臨し続けるダンジョン。
それこそベラルモース最古にして最長であり、主神ドロシアが運営する「タカマガハラ」である。
擁するフロアはきっかり5000。そしてこれは、中継地点となるダンジョン内シティと、マスタールームを抜いた数なので、実際は5501フロアという途方もない数字になっている。
そして特筆すべきは、ダンジョンのテーマ。
それは歴史であり、最初は現代的な街を模したフロアから始まり、進んでいくにつれて歴史をさかのぼっていくように変遷するのだ。出現するモンスターもそれに従って古くなっていき、ある地点で神話の中に出てくる魔族を模したものすら出現するようになる。
最終フロア近くまで行くと、他のどのダンジョンマスターも実現していない全属性フロアとなり、小惑星飛び交う宇宙空間そのものとなる。当然だが地に足をつけて移動することは困難で、空気すら存在しないため、突破は極めて難しい。
……のだが、長い歴史の中でそれなりに突破した者はいる。突出した魔法能力、あるいはそれを再現する魔法道具をしっかり整えて行けば、このフロアはモンスターがいないためクリアは容易なのである。
だが、このダンジョンはクリアしても破壊できない。なぜなら、ダンジョンコアが存在しないからである。
このダンジョン、運営は確かに主神ドロシアだが、その維持管理には彼女を含めた7大女神全員が参画している。そのため唯一コアなしで稼働するダンジョンであり、仮に破壊するためには、7大女神全員を殺す必要がある。
そしてそんなことは、今のベラルモース人には絶対に不可能。ただでさえ恐れ多くて神に挑むものが少ないのに、主神ドロシアのステータスは紛れもなく最強なのだから。
なので、このダンジョンはもっぱら、主神ドロシアに拝謁するためのダンジョンと化している。
そんなタカマガハラのマスタールームに据えられた光臨の間で、ドロシアは1人の客を迎えていた。
相手は純白の花から上半身を生やしたアルラウネ。世界で1人のオリジンセイバアルラウネにして、ダンジョンランキング上位に立つダンジョン「ユグドラシル」のマスター、ミューフェルである。
彼女は1000年を生きる著名なダンジョンマスターであり、現存するダンジョンマスターの中でもトップクラスの実力を持つ。時間さえかければ、タカマガハラのクリアは可能な存在の1人であった。
「主神様……本日伺ったのは他でもありませんわ。我が子、クインの動向をどうしても知りたく……教えていただきたく!」
そして、異世界に旅立っていったまま音沙汰のない末っ子の行方を憂う、1人の母親である。
そんな彼女に、まさに女神らしい美貌をやや陰らせて、ドロシアは頷いた。
「クイン坊やってあれだっけ? ダンマスやるからっつって独り立ちした」
「そうですわ! それが聞いてくださいまし、あの子ったらベラルモースはもう介入する余地がないからって、異世界に飛んだんですのよ!」
「おんや、そいつは豪気な。っていうか、【世界跳躍】が1人分アンロックされたのは聞いてたけど、まさかクイン坊やとはね。おねーさんびっくりだ」
「あの子が出て行って、もうかれこれ50年が経ちましたのよ!? なのにいまだに連絡の1つもなくて……さすがに不安になったのですわ……!」
「50年ねえ。経験上、うちと異世界で時間の流れが違うなんてことはよくあることだし、案外あっちは数年も経ってなかったりすると思うけど……ま、親ってのはそんなもんだよなあ」
「はい……。それにあの子、魔法工学の研究以外はてんで弱いと言いましょうか……その……経営能力は親のひいき目を抜きにしてもなかったので……」
「あっはっは、あの子は職人気質なところあったからねえ」
それ以外にも懸念はあるけど、とつぶやきながらドロシアは魔法を展開する。だが、その兆候を一切見せることなく、またそのようなそぶりも一切なしに魔法は完成した。これこそ世界の頂点、ドロシアが主神たるゆえんの一端である。
「じゃあ念のため確認するけど、今回の到達ボーナスはクイン坊やの今を知ることでいいんだね?」
「はい、どうかよろしくお願いします!」
問いにミューフェルが応じたと同時に、ドロシアは魔法を待機状態から実行に移した。
そしてすぐ、届けられた情報に彼女は一瞬だけ目を丸くした。だがそれは本当に一瞬で、すぐに魔法を一つの青色のオーブへと変換し、手のひらでそれを受ける。
「……はいよ。これを使えば、クイン坊やが今やってることが見れる。効果はベラルモース時間で1日、こっちからメッセージを飛ばしたりとかはできない。それでおけ?」
「はい……ありがとうございます! ありがとうございますわ!」
「ええんやで。……まあせっかくだ、いつも通りしばらくゆっくりしてくといいさ。ここまで来れる客は多くないからなー、みんなで酒でも囲もうや」
「はい、今回もお世話になりますわ」
「ええんやで。……おーい、ミューフェルちゃんを部屋まで案内してさしあげろ」
それからミューフェルは、ドロシアに応じてやってきたメイド(明らかにクインより強い)に連れられて、その場を後にした。
そうして光臨の間には、ドロシアが1人残される。
しばらく頬杖をついて考え込んでいた彼女だったが……。
「……いやー、いつか誰かがやるだろうとは思ってたけど、遂にテラズワールドに飛んだやつが出たか。感無量だな」
そのまま顎をなでさすりながら、くくくと笑う女神。
「それにしても、松平元康が天下を取って、200年以上鎖国をしていた時代を持つテラズワールド、テラリアか……。信長が天下を取ったテラヴェウェルテとは全然違うな。俺の知ってる19世紀代半ばの日本って言えば、師匠が大ハッスルしたおかげで日本の人口が3分の2になってたもんだがなあ」
楽しそうな口調だが、とても楽しい内容ではない。
「どっちにしても、しばらくは退屈しなくて済みそうだな。……【世界跳躍】した奴の動向見るのを娯楽にするのは、また嫁に怒られそうだけど。『わーかっちゃいーるけーどやーめられない』……ってね」
再度笑う女神。だが彼女が口ずさんだのは間違いなく、日本語の歌謡曲であった。
ベラルモースの主神ドロシア。世界を救い、人々を導いた愛と絆の女神。そんな彼女がなぜ日本語を扱えるのか。
それを知る者は誰もいない。彼女は謎多き女神なのである。
だがそれはまた、別のお話。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今までちょいちょいクインの地の文で21世紀の地球のネタの源泉になってた主神様の秘密を明らかにしてみました。
いや明らかにはなってないですけど、ここまでやれば彼女が何者かなろうの読者さんたちにはご理解いただけるかと……w
さて、第3章はこれでおしまいです。
またこれから書き溜めを行いますので、しばらく更新が止まりますがご了承いただければと思います。