神話体系
その世界はかつて、邪神たちの支配下にあった。世界のすべてはその掌中にあり、そのシステムもまた邪神たちの都合のいいものであり、あらゆる生物はその奴隷であり餌に過ぎなかった。もちろんそれは、人類も同様である。
邪神たちのやり口は巧妙だった。その姿は一切見せず、その世界の中に協力者を作り、それを操って世界を思うがままにした。作られた協力者は、人々の腹に宿って生まれてくるにもかかわらず、生まれながらにして彼らは邪神の下僕だった。
人々はその協力者を、それとは知らぬまま魔族と呼び、恐れた。それを束ねる、魔王を名乗る7人の強大な存在を恐れた。
だがただ恐れるのではなく、できる限りの抵抗も試みたし、時には人々が魔族の軍勢を討ち果たしたこともあった。魔族に匹敵するほどの力を持った人間の英雄も時に現れ、彼らは勇者と呼ばれるようになった。
一進一退。そのような均衡が生まれるまで、さほど時間はかからなかった。
そしてそのうち、世界はそのような形で悪い意味で安定した。人間と魔族の戦い。ただそれを繰り返すだけの世界として。ただ、邪神たちに餌を提供するためだけの世界として。
その時代は長く続いた。始まりを知る者は皆無となり、あらゆる魔族が己の本当の存在意義を忘れた。強大な魔王すら幾度も代替わりし、一切は闇の中の物語となった。
しかし、誰もがそんな世界のありようを受け入れてしまった頃。遂に、その事態を動かす者が現れる。
その者は魔族に生まれ、魔王になるべくして育ち、魔王となり、人々と敵対した。そして、他の魔王と同じくやがて勇者によって討伐される。
だが、始まりはそれからであった。
その者は死から1000年を経て、甦ったのである。
奇跡を体現したその者は、世界の真理を知った。誰もが忘れていた世界の真理を。そして、死に触れたことで人の心をも取り戻したのである。
やがてその者は魔族の中で力を蓄え、魔族を統一する。そうして、邪神によって構築された世界に異を覚え、そして否を唱えた。
人々との和解はできなかったが、それでも勇者の一人とは契りを交わし、真実倒すべき存在を知らしめ、そのために動いた。
そうしてその者は多くの魔族を引き連れて、邪神たちの討伐に成功する。多くの犠牲を払いながらも確かに、その世界を永く苦しめてきた邪神を斃したのだ。
それからその者は、かつて魔王と呼ばれた仲間と共に、世界の改善に尽力する。世界を縛っていたシステムは是正され、魔族はその戒めから解き放たれ魔人となった。
そうした多くの改善の果てに、無限に出現し続けるモンスターという存在が現れるようにもなったが、それすらも利用して、無駄な犠牲が増えないようにダンジョンというシステムが世界に組み込まれもした。
かくして魔王は神と呼ばれるようになり、その世界の主神となる。
その矢面に、その頂に立つかの者の名こそ、ドロシア。偉大なる主神、すべての愛と絆を司り、世界に生まれ続ける愛と絆を力の源泉とする女神。
彼女によってその世界は、人も魔人も関係なく、性別も種族も超えて愛を交わし、子をなすことのできる世界へとなり、自身もまた多くの者と愛をはぐくんだ。
彼女と苦楽を共にした魔王たちもまたその下で神となり、7柱の神々が誕生する。彼女たちはみな、世界の安寧と平和のために尽力し続けることを、人々に約束した。人々は彼女たちを7大女神と呼び、これを崇めた。
それから世界は少しずつ、しかし確実に繁栄の道を歩み始める。7大女神たちからも幾柱の神々が生まれ、多くの概念が正しく管理されるようになった。
そうしてかつての邪神たちの影が完全に消えた頃、主神ドロシアは世界の復興を宣言する。
同時に、彼女は世界の名を改めることも宣言した。
彼女が名づけた、その世界の新しい名前。
それこそ小さな幻想の楽園。神々の恩寵に満ちた、彼女たちの箱庭。神々と人々が手を取り合う世界である。
新たな名を得て生まれ変わった世界がその後、5000年を経てもなお繁栄を続けていることは、誰もが知る事実である……。
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「マジすか……ベラルモース半端ねぇスね」
ティルガナの講義を聞き終えて、甚兵衛がうなる。
そんな彼に、ティルガナは手にした聖書もそのままに、ゆるゆると首を振った。
「そう、なのでわたくしめたちにしてみれば、神が一切手を出さず、管理も投げているこの世界のありようは理解できないのですね」
「ははは、そりゃあ仏様に祈ったって御利益がないわけでさァね。坊主は私腹を肥やすし、戒律なんざないも同然な生臭もいる始末で」
「そういう聖職者がベラルモースにいないというわけでもありませんがね」
「そうなんで?」
「ええ」
甚兵衛の問いに頷きながら、ティルガナは【アイテムボックス】から別の本を取り出した。
聖書に比べれば明らかに分厚く、武器になりそうなほどだ。しかし明確に神聖を放っている。
そんな本を開き、彼女はあるページで手を止める。
「主、曰く」
そして音読を始めた。
だが次の瞬間、彼女はそれまでの厳正な雰囲気を一転させる。
「『いやいや、持ち上げすぎっしょ。そんな綺麗じゃないよ、この世界』と」
それを聞いた甚兵衛が、がくりと脱力してテーブルで額を打った。
だがティルガナは、それに構わず音読を続ける。
「『どんなに俺たちががんばっても、悪いやつは際限なくわいてくるもんだしさあ。俺、知ってるよ? 神に仕えるとか言っときながら遊びほうけてる生臭坊主』」
「ななな、なんでさァその本!? それ、本当に神様の言葉なんで!?」
「はい、主神様が直々に発行された本ですよ。その名も『クィルサカンテ応話集 第5022年版』。前年に捧げられた、主神様に関わるすべての発言、文書に対する主神様直々の答弁書になっています。あ、クィルサカンテというのは主神様の家名です」
「5022年!? 待って、待ってくだせェティルガナ姐さん! その数値もしかして何かい、そのどろしあ? 様ってのは、毎年人間に反応してくださすってるんじゃあねェでしょうね!?」
「いえ、その通りですが?」
「律儀か!」
「主神様がお手すきの折りは、その場でお返事を頂けることもあるようですね」
「話好きな主婦か何かですかい!?」
思わず声を上げる甚兵衛。日本人である彼にとって、ベラルモースの常識とはまさに理解を超えたものなのであった。
主神ドロシア・クィルサカンテ。世界を救い、正しい道へ導いた勝利の女神。同時に、常に人々を気遣い声をかける、慈愛の女神。
だが彼女、ベラルモースでは一部の信者から親しみを込めてこうも呼ばれている。
即レス女神、と。
そのあだ名は確実に彼女の耳に届いているはずだが、別に否定はされていない。むしろ笑って、クッションを届けたとも言われている。
そのクッションは現在教皇の椅子の上に敷かれ、教皇の尻に安寧を与えているとか、いないとか。
かくもベラルモースの神々とは、つくづくこのテラリア世界……地球のそれとは異なる存在なのである。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
閑話は基本的に本編に関係のない話です。
なので、今回のまとまりも本編とはおおむね関係ありません。
ただ、ベラルモースの情報も少しはあったほうがいいなと思ったので。