第九十三話 反省会
※あとがきに加筆しました。
一通りを済ませて、ボクは1人第5フロアまでやってきた。少し前まで戦いがあった場所だ。
既に戦いの痕は一切ない。死体やそれに付随する戦利品の数々は回収し終わってるし、攻撃の余波を受けた場所も全部元通りになっている。
周りには誰もいない。……いや、正確にはリポップしたボス役のコボルトサージェントたちがいるけど、ネームレスの彼らに自我はなく、設定通りにしか動かない。侵入者がいない以上彼らも動かないので、実質誰もいないのと一緒だ。
静かだ。自分のため息がよく聞こえるくらいには。
そんな場所に1人佇んで、ボクは魔法を構築する。この広い場所で使うにはちょっと手間はあるけど、どうしてもやっておきたかった。
「時空魔法【リプレイビジョン】」
魔法の完成と共に、フロア全体が魔法の淡い光に覆われる。
そして次の瞬間、そこに大勢の人間が出現した。
……もちろん、そんなわけはない。名前から察せられると思うけど、これはその場であったことを映像として再現する魔法。周囲を歩き回る人間も、彼らの声も、食べているものすら、すべて過去の出来事、虚像に過ぎない。
事実、今まさに木の杭を抱えて歩いていた人がボクにぶつかり、なんの衝撃もないままするりと通り抜けて去って行った。鮮明で、臨場感たっぷりだけど、そこに質量は一切ない。ベラルモースでは主に、犯罪捜査で使われる魔法になる。
なんでこんな魔法を使ったかって言うと、それはあれだ。ここで何があったのかをこの目で見たほうがいいだろうなって思って。
……えーっと、陣地を築き始めてからしばらくはボクもいたから、少し早送りして、と……。
あ、なんか慌ただしくなってきた。そろそろ等倍速度にして……。
「これは……また随分とたくさんの銃を持ち込んだんだね」
慌ただしく防御地点を設定して、準備を整えた人間たち。陣地の前のほうには、白煙が大量にたなびいている。よくこんなに集めたなあ……。
と思っていると、過去のジュイたちが現れる。と同時に、大音量と共に銃が火を噴いた。
それから少し眺めて、映像を一旦止める。
「そうか……これだけ用意して交互に使っていけばあの銃の弱点は克服できるのか」
連発できないという弱点は、戦いの上ではかなり不利になる。そう思ってたから、あまり重要視してなかったんだけど……。
この運用方法なら、面で攻撃できるから回避も難しかったわけか。それでジュイたちも苦戦した、と……。
「……これは完全にボクのミスだなあ」
あれだけの銃を前にしても、やることをやっていればあんな苦戦はしなくて済んだはずだ。
たとえば日本の銃は湿気に弱いから、ティルガナの初手は【シャイニング】じゃなくて、【アシッドシャワー】や【タイダルウェイブ】なんかを使わせてれば、確実に銃は使えなくなってただろうけど……。相手の性能がわからなかったら、そりゃあ一番得意な魔法使うよね。銃という武器の情報を、しっかり教えなかったボクが悪い。
ああ、こういうの、主神様の教えにあったなあ。報告と連絡と相談は順守すべし、だったっけ。その通りだったよ、主神様。
『待たせたな』
「ユヴィル」
ボクがこの世界にいない神様に想いを馳せていると、映像を潜り抜けながらユヴィルが飛んできた。そのまま彼は、ボクの肩にとまる。
「お疲れ様。外はどう?」
『まだ予断は許さないが……とりあえずは落ち着き始めているかな。鳥たちのほうはもうラケリーナに任せて問題ないと思う。あいつは元々そういうことに向いているんだろう』
「そっか。じゃあ、二交代制はうまくいってるかな?」
『ああ、だいぶ形になってきた。欲を言えば、もう1人指示ができる奴を導入して三交代制にしたいところだが……まあ、今はこれ以上のわがままは言わんよ』
頷きながら、ユヴィルが周囲を見渡す。それから停止している過去の映像に、次いで首をかしげる。
『で? 俺を呼んだのはどういうことだ?』
「うんまあ……反省会、かな」
『……なるほど』
今度は深く頷いて、ユヴィルが目を細めた。
それに応じるようにして、ボクは小さくため息をつく。
「……ユヴィル、君の意見が聞きたいんだ。しばらく頼むよ」
『もちろんだ。俺はそのために作られたんだからな』
そう、本来ならユヴィルは副官としての役割を期待して作ったキーパーだ。ただ、空から情報を集める担当にもしたから、普段ダンジョン内に滅多にいないだけ。
それからしばらく、【リプレイビジョン】を再生して戦いを見守る。最後まで進め、終わったところで映像を止めた。
「……でさ、人手不足についてはこの際仕方ないとしても、あの場面でユヴィルをそのまま外で運用したのはまずかったと思ってるんだ」
『ふむ。そうだな、副主1人に防衛戦の統制を任せたのはまだ早かったかもしれん』
「そうー、そうしたらあの反逆がなくっても、もうちょっとジュイたちを効率的に立ち回らせることはできたと思うんだよねえー……」
ユヴィルはうちのメンバーで一番【指揮】のスキルレベルが高い。彼がかよちゃんについていれば、彼女の経験不足は補えたと思うんだよなあ。
『あとは、あれだな。対集団戦の経験がなさすぎるのも問題だろう』
「あー……それは……だって、正直必要になるって思わなかったから……」
『闘技場での修行も、主に仲間内でのタイマンか、自我を持たないモンスターの集団くらいだからな。人間のようにしっかり統率を持って攻めてくる相手との経験は正直ないな。この辺りは外での経験が一番多い俺が指摘できればよかったんだが……』
「いやまー、それを言ったら……そもそも最大の失敗は、あれだよ。ボクだよ」
これは誰の目にも明らかだと思う。
実際、負ける心配なんて一切してなかったけど、正直に言うとダメージを受ける心配すらしてなかったのだ。
にもかかわらず、フェリパは腕一本を失う大けがを負ったし、ティルガナやジュイもそれなりのけがを負っていた。これは想定してなかった。
……いや、想定してなかったっていうのは、まだ見栄があるか。
はっきり言って、この世界の人間をなめてた。魔法の使えない人間なんて、大したことないって。それは認めるしかない。
ふたを開けてみれば、この結果だもんね。あれだけ軽視してた鉄砲がジュイたち相手に一定以上の効果を上げたうえに、剣の性能もあるにしても白兵戦で守りに定評のあるはずのフェリパが死にかけた。相手になめてかかって辛勝とか、笑い話にもならない。何も言い逃れができないよね。
200年以上鎖国してて、軍事面での技術がさほど進歩していない日本でこれなんだから、技術がもっと進んでるヨーロッパの軍を相手にしたら絶対やばい。だって、ヨーロッパの銃は既に雨という弱点を克服しつつあるんだから。
あるいは、もっと時代が進んで銃をも超える威力の武器が出てきたらどうなるだろう。そうなったら、魔法というアドバンテージはほぼないも同然になりかねない。
「銃に限らず、今の江戸前ダンジョンの体制ははっきり言って相手をなめてるとしか言いようがないもの。あれだけの人数を、特に疲弊させることなく第5フロアまで通しちゃってるわけだし、この世界の軍隊の具体的な戦闘力がわからなかったとはいえ、その先だって大したことはしてないもんね」
『そういうことだろうな。もっと意識を改める必要があるんだろう……もちろん俺たちも』
今回のことは、ボクの認識の甘さが一番の問題だ。これに尽きる。キーパーであるユヴィルたちはそれに引きずられてるわけだから、彼らは悪くない。
まずは、ボクが頭をしっかり切り替えなきゃいけない。これから先、もうこんな無様な結果は出すもんか。
『そのためには何をすべきだろうな?』
「えーっと……早急に今の防衛体制を見直す必要がある、かな?」
『それも大事だろうが、ダンジョンという自治体としての目指すところ、大目標など、将来のための柱がいるな。今までは明確な方向性がなかっただろう?』
「あ……うん、そう、だね……それはそうだね」
そもそもボクの最大の目的が、のんびりまったり暮らすことだからなあ。組織を運営する上での細かいことは、何も考えてないって言ってもいい。
ボク自身が何をしたいかって言えば、それこそずっと魔法工学だけやっていたいんだけど。
……でも、そうだよなあ。魔法工学の研究にしたって、目的があってやるわけだもんな。規模は違うけど、大筋は同じなわけで、そりゃあ芯のないものが弱いのは当然か。
「……ただの一研究者で済まない話なんだなあ」
何を今さらって言われるのは間違いないだろうな。うん、甘んじて受け入れよう。
ボクってつくづく上に立つタイプじゃないとは思ってるよ、自分でも。でも、そうも言ってられないんだな。最初の動機はアレにしても、ボクがここの長なことは変わらない。そしてダンジョンの滅亡は、誇張でもなんでもなくボクの死とイコールだし。
「……まずはボクたちがいなくても、絶対に突破されないようなダンジョンにしよう。何をするにもここが安全ってのが一番大事……なはずだし」
『ふむ。そのために、どうする?』
「絶対に踏み込まれるわけにはいかないところを守るための、殺すつもりのフロアを作らないといけないんじゃないかな。もちろん、探索者を呼び込むための、飴になるフロアも必要だけど……そういうのはある程度の深さまでで留める形で」
『そうだな。最低でも居住区の手前……いや、念には念を入れて最後10フロアくらいは全力で殺しにかかるフロアがあってもいいんじゃないか?』
「なんだかんだで、軍隊もあったほうがいいかも? 大軍が入ってくる可能性はすごく低いし、人数が多すぎるとダンジョン内じゃろくに動けないだろうけど……だからって今後絶対にないとは断言できないわけだし」
『仮に作るとするなら、外に出せる軍隊のほうがいいだろうな。それなら、今後もし日本と共同戦線を張ることになった時などに、義務の履行もわかりやすくできる』
「んー、でもそうなるとDEかさむよ。外で倒した相手はDEにできないからうま味もあんまりないし……なんだかなあ、戦争なんてするもんじゃないかなあ。……それにさ、モンスターの軍団が外に出たら、絶対びっくりするよね?」
『……まあ、モンスターのいない世界だからな。迂闊にやったら全世界を敵に回しかねないか』
この案は着地地点が難しいなあ。やるやらないも含めて、細かいところは後で腰を据えてしっかり考えたほうがいいかな。他にも考えておかなきゃいけないことはあるんだし。
「あとは……そうだ、今回この世界の人間に無双ができるのはボクや幟子ちゃんくらいのステがないとだめってことがはっきりしたし、みんなのレベリングもできるだけ進めたほうがいいよね」
『そうだな。あとは、手っ取り早い強化方法としては装備品か』
「ああうん、それはやろう。一番手っ取り早くできることだし」
言われて確かにって思う。これまで装備品らしい装備品は、かよちゃんのリボンとフェリパのタワーシールドくらいしか与えていなかったもんなあ。他のメンバーはただの服なんかしか支給していない。
……返す返す、雑なやり方してるなボクは。1年前に戻って自分を殴りたい。
「……諜報を担わせるために外に出している藤乃ちゃんとその部下には、特に必要な気がする。ユヴィルやラケリーナもだよね。銃をはじめとした武器の威力を考えると、ただ魔法が使えるようになっただけの人間じゃ、いざって時対応ができない可能性が高くなるし」
『その通りだと思うが、問題もあるぞ。外の人間に鹵獲された場合のことを想定しておけよ』
「あっ。いや、うん」
全然それ考えてなかった。
そうだね、よく考えればわかることだよね。そこは……うーん、呪いで代用するのが妥当かなあ……?
『外で鹵獲、といえば……』
「うん?」
それまで2人で顔を突き合わせて話をしていたけど、そこでユヴィルが久々に視線を外した。
その視線の先には、【リプレイビジョン】のかよちゃんたち。一通り終わったところで止めてあるから、彼女が放った魔法がちょうど切れたあたりになっている。
『……【土竜爪】の前と後で、人数が変わっているのは気づいていたか?』
「……えっ? いや、ナニソレ知らない」
言いながら、映像を巻き戻して改めて該当のシーン確認する。
すると確かに、【土竜爪】が敵を飲み込む前と後で、人数が違う。明らかに後の方が、人数が減っている。
これが意味するところは……。
「……何人か、外に逃げた?」
『そう考えるのが妥当だろう。この間、副主はメニューを一切していないからな。主、もしやと思うんだが、エスケープクリスタルが出るようにしてるのか?』
「え? うん、ごく低確率だけどドロップするようにしてるけど……」
ユヴィルに応じながら、【リプレイビジョン】の範囲を絞る。これにより、【土竜爪】の中で起きていたことだけを映し出すようにする。
そこには……確かに一番活躍してた侍が、帰還用アイテムのエスケープクリスタルを使う様子が映っていた。それによって、彼を中心として効果範囲内にいる人間が生死問わず外へと転移している。
「……取り逃がしてるね」
『……これはまずいぞ。魔法やジュイたちの情報が漏れてしまっただろう。それに、エスケープクリスタルの存在が魔法の実在をはっきり証明してしまっている』
「うーん……確かにそうだけど、エスケープクリスタルはリピーターを確保する上で必要なアイテムだよ? 入ってきた探索者全員を殺してたら、誰も挑みたくなくなるだろうし」
だからそれを持ってたのは相手の運がよかったってことだ。運も実力の内って言うし、別にいいんじゃないかなあ。それに、いざって時に使った判断力は、素直に相手がすごいんだと思うけど。
『それは確かにそうなんだが……まだあまりそういうことは広めないほうがいいんじゃないのか? せめてもう少しダンジョンが安定するまで放出しないほうがよかったんじゃ……もはや済んでしまったことではあるが』
「んー……そうか……確かに見せびらかしてるような感じはあったかも……」
魔法が存在すること、使えることをことさらに自慢してるような感じになってたかな……。
うわあ、だとしたらボク、無意識のうちに相当この世界のことを見下してるな。この辺りも考え方変えてかないと……。
……あー、そういえば「相手が勝ち誇った時、既にそいつは敗北している」って教えがあったなあ。少しニュアンス違うけど、油断や驕りは負けフラグってわけだ。
聖書って説教臭いところ多いからあんま気にしたことなかったけど、もしかして今のボクに一番必要な戒めなんじゃないだろうか。今度1冊用意しよう……ベラルモースの宗教も、今後必要になるかもしれないし……。
……って、それは今は置いといて……。
「……今からエスケープクリスタルをなかったことにはできないから、それについてはもう諦めるしかないかな……。最悪討伐隊が組まれたとしても、問題ないようにこれからダンジョンをガッチガチに固めていくってことで……」
『逃げた相手はどうする? 俺は追いかけて首を取ったほうがいいと思うんだが。主なら【真理の扉】で調べられるだろう?』
「うーん……個人的にはそこまでしなくていい気がするけど……ここはユヴィルの言うとおりにしてみるよ」
生き延びた連中を放置するってのは、危険視していないってことだし。それはもう、慢心してるって言っても過言じゃないだろう。少しの可能性もつぶしていくように行動したほうが、こういう時はいいんだろう。たぶん。
大丈夫なんじゃないのって感覚でやってきて痛い目見たのが今回だから、そこは手を抜かないようにしよう。
幸い、逃げた相手の顔や個人情報は、ユヴィルが言った通りボクなら調べられる。他にもやることがあって、その中での優先順位もあるけど、なるべく近いうちに済ませるようにしよう。
……それにしても、いつかはダンジョンのこと、魔法のことも全部開示しても問題なくなる日が来るといいんだけど。現状ボクを悩ませてることのいくつかは秘匿しなきゃいけないからこそだもん。
でもそれはまだ、何十年かは先なんだろうなあ……。
『旦那様、まだ起きていらっしゃるんですか? 少しは休まないと、後に響きますよ』
理想の未来を想像しつつ遠くを眺めていると、かよちゃんからメッセージが飛んできた。
ふむ。どうも結構な時間ここにいたみたいだ。
『ん、ありがとう。そろそろ戻るよ』
彼女に返信しつつ、ボクは【リプレイビジョン】を消した。
「よし、じゃあユヴィル、一旦戻ろうか。小休止して、また外に行かないとね」
『了解だ』
そうしてユヴィルを乗せたまま、【テレポート】する。
えーっと、こういう時なんて言うんだったかな?
主神様が言うことには……「俺たちの戦いはこれからだ!」だっけか。
あれ? それは打ち切りだから言うなって教えだったっけ……まあいいや。
ともあれ、ボクたちは新しい局面を迎えつつある。それはきっと、間違いないだろう……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
元々いろいろと反省させるつもりでしたが、せっかく感想でいろいろと有意義なご指摘をいただいたので、できる限り取り入れた内容にしました。
コメントしてくださったみなさん、ありがとうございます。
まだまだ慢心してる感のあるクインですが、これから少しずつ成長させていきいたいところですね。
……と、言ったところで今章はこれにておしまいです。
次回、今章までに登場したダンジョンのメンバー紹介をステータス付きでやった後で、数話ほど閑話を挟んで今回の更新を終わろうかと思います。
その後はいつも通り書き溜めに入る予定でおりますので、もう数日ほどお付き合いいただければ幸いです。
(ここから追記分)
それから、先ほど割烹には書いたのですが、今後はいただいた感想に返信できないかもしれないということをお知らせいたします。
感想をたくさんいただくのはありがたいのですが、それで執筆時間が減るのはさすがに……。
どうかご了承いただきたく思います。