第九十二話 後始末
はあー、疲れた……本当、疲れたしか言えない。
地震が発生したのがそもそも夜の10時くらいだったわけで。寝てる人も多くって、大パニックになりかかってた中を一晩中駆けずり回って救助に当たるのは、さすがに心身ともに疲れたよ。
ボクはまあ、いいよ。色んな意味で人間じゃないから、一晩くらいの徹夜はわりと行ける。
でも、それができるのは限られてるわけで、救助隊に編成したうちの住人だって普通の人間だから、休ませないといけない。
ましてや、幕府の人間なんて普通の人間しかいない。彼らの心労は並大抵のものじゃなかっただろう。
世界樹の花蜜をいつも以上に大盤振る舞いしてきたけど、あれで果たして何人の人間が救われるだろう。過労死する人が、絶対何人かは出そうな雰囲気だったんだよなあ……。
まあ、それでもみんなのがんばりがあって死者はかなり抑えられたと思う。さすがにけが人はそうそう減らせないけど。
あとは、時間が時間だっただけに、火事なんかの二次災害が少なくて済んだってのも大きいかな。地震エネルギーを吸収してたのもあって、想定より少しだけ規模が小さくなったってのも無視できない。
個人的には、ほとんど地震そのものを抑制できないままだったのが悔しいんだけどさ。もっと研究がんばれたんじゃないかって思うんだよねえ。そうすれば、もっと犠牲も少なくて済んだんじゃないかって。その点では、日本の人たちには申し訳ない。
次があるなら、もっと大きく抑制してみせる。救助活動してて強く思ったのはそんなことだった。
とまあ、そんな感じで、初日の救助活動は終わりを迎えた。
でも、ボクはそこで休むわけにはいかない。明日以降も外でやらなきゃいけないことがあるから、その準備なんかもあるんだけど……それ以上に、ダンジョン防衛戦の後始末がある。2日くらいの徹夜は必要だろう。
まずは何はともあれ、負傷したメンバーの治療だ。
それはいいんだけど……。
「……いやあ、まさか君たちがそういう関係になるとは」
「クイン様、これはそのー、なんちゅーか」
「すまねえ旦那、あっしぁどうにも抑えが利かなくなっちまいやして……!」
コアルームからつながるフェリパの個室で、ボクはベッドに横たわるフェリパとその看病に当たっていた甚兵衛君を前にして苦笑した。
そんなボクに、甚兵衛君が土下座する。別に、咎めてるわけじゃないんだけどなあ。
そう、ボクが戻ってくるまでの間に、フェリパの看病に当たっていたのは誰であろう甚兵衛君だったのだ。
もちろん、止血や増血のために回復魔法を使っていたのはかよちゃんなんだけど、介助はほとんど甚兵衛君が1人でやっていたらしい。
前にもしかしてと思いはしたけど、甚兵衛君はやっぱりフェリパに対して思うところがあったみたいなのだ。で、まあここまでされればさすがにフェリパに気づいた、と。
「えーっと、まずボクとしては、悪いなんて思ってないからね。むしろいいことだと思ってるくらいだから、そこは安心してくれて構わないから」
土下座の姿勢のまま微動だにしない甚兵衛君を、とりあえずなだめる。
「ダンジョンマスターによっては、ダンジョンキーパー全員が自分の意のままにならないとダメだっていう人もいるけどさ。ボクはどっちかっていうと、最低限の義務さえ果たしてくれればそれ以外は自由にしてくれていいって考えでいるから。恋愛も自由にやってくれて構わない」
「旦那……!」
「だから甚兵衛君。ちゃんと責任を全うしてくれるなら、ボクは認めるよ。誓えるかい?」
「へ、へいっ! 天地神明に誓ってこの甚兵衛、姉御を絶対幸せにして見せますっ!」
「ちょ、じ、甚兵衛……」
「あっしぁ本気ですぜ!? 姉御、いやフェリパ、あっしと、あっしと夫婦になってくれっ!」
「あう、そ、そないな……クイン様の前で……」
フェリパが顔を赤くしてる。ゴブリン種ってのは決して見目麗しいわけじゃないけど、彼女だって1人の女性だ。正面からの一途な想いには、思うところがあるんだろうね。
そして彼女は、少しまごついた後で、小さい声で甚兵衛君に是を返した。
うん。今ここに一つのカップルが生まれたわけだ。祝いこそすれ、呪うなんてありえない。
「よかったね、2人とも。おめでとう。じゃあまずは……こうしておかないとね」
それから2人のやり取りが一段落したのを見計らって、ボクは割り込む。
そしてアイテムボックスから、用意しておいたものを取り出してフェリパの前に掲げた。
それは腕だった。失ったはずのフェリパの左腕。
「だ、旦那……それって」
「うん、フェリパの左腕だよ。新しく作ったんだ」
「……なんでもありじゃぁねえですかい……」
「ダンマスってのはそういうもんや。うちかてそれがわかっとったから、そう心配せんでもええって言うとったんやで」
「そういうことだね。あ、フェリパ。悪いけど腕持ってて」
「はいな」
残る右腕で左腕を取ると、フェリパはその断面を左腕のそれへそっとくっつける。
当たり前だけど、これだけでつながるわけがない。適切な処置をほどこしてあげないとだ。
「じゃ、行くよ。天魔法【ゴッドブレス】」
以前も使った最高回復魔法だ。身体の欠損までは治療できないから、完全じゃなくて最高。
それでも、他の魔法と組み合わせれば欠損を補うくらいのことはわりと簡単なのだ。腕に限らず、目や歯、肌、はては臓器だってこれとの組み合わせで治療できる。
全部を1つの魔法でやるには、対らい病魔法の大元になった【奇跡】くらいの複雑なものじゃないとできないだろうけど……正直費用対効果に見合わない。組み合わせで十分にできるんだから、これでいいんだ。
かくして天魔法特有の光の輝きが消えたあと、そこにはすっかり元通りになったフェリパがいた。
彼女は状態を確認するように左腕を何度か動かす。
「どうだい?」
「ん、問題ナッシンやな。さすがクイン様、ありがとうございますわ」
問いかけてみれば、フェリパはいつもの彼女らしい屈託ない笑みを浮かべた。
それを見た甚兵衛君は、涙をボロボロ流しながら再びボクに土下座する。
「旦那……ありがとうございやす、ありがとうございやす!」
「う、うん……これくらいどってことないんだけど……」
「ありがとうございやす……!!」
あ、これダメなパターンだ。完全に感極まってる。
「……フェリパ? あと、任せてもいいかな……」
「へっ? あ、えーっと……は、はい……がんばるます」
「うん。それじゃ、一応しばらくは安静でね。また来るよ」
そんな感じで、ボクはフェリパの部屋を後にしたのだった。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
それからボクは、ジュイとティルガナをそれぞれ治した後で、独房へ向かった。
畏れ多くも、ダンジョンコアを攻撃するなんて暴挙に出た連中の対処もしないとなのだ。
いやまあ、これについてはボクのミスだ。ティルガナがあれだけ一方的にノしたから大丈夫って思ったんだけど、根っからの悪人はあの程度じゃダメだったらしい。
ダンジョンキーパー以外でダンジョンに関係した仕事の用意と、それに伴う魔法が使える地球人の立場のテストケースのつもりだったんだけど。前提から判断を間違えてるようじゃ世話ないね。この件については、犯罪者を流用しないで普通に住人から募るべきだったよ。
あと、身内に関わる重要なポジションを、いきなりテストケースの場にするのはよくないね。何を今さらって? 仰る通りです。
これらに限らず、今回はかなりの数の失敗を重ねてるから、さすがにため息が絶えない。全部自分が悪いんだけどね!
まあそれはともかく。
元々2つしかなかった独房を、急きょ3つにしたうえでそれぞれ見張らせている。
見張りに置いといた藤乃ちゃんの部下に軽くあいさつをしつつ、それぞれの状態を見る。
どうやらかよちゃんの魔眼がまだ効いてるようで、全員完全に正体を失ってるみたいだ。
で、この3人をどうするかだ。
聞いた話だと、1人は参加することなく止めたけど、報告はせずに黙って傍観してたとか。
その1人はまあ、消極的ではあったけども敵対する意思自体はなかったと見ていいと思う。だからその1人は、大目に見てあげるつもりだ。殺しはしない。
ただ、殺さないだけでしっかり首輪はつけよう。ダンジョンキーパーに引きずり込んで、反抗できないようにする。ちょっとDEがかさむからって、ケチるべきじゃなかったよね。
あとは、実際にことに及んだ2人のほう。
こっちについては、素直に死んでもらおう。発端としてはボクのせいではあるけど、彼らがやったことはダンマス的には絶対に許せないから。
彼らから得たDEで、残す1人の設定をやってしまおう。
というわけで、ドン。
ドン。
……さて、残る1人をダンジョンキーパーにするわけだけど。ちょっと細工をして、少し違う性格になってもらうつもりでいる。
ダンジョンキーパーになれば、もう何があっても絶対にボクには逆らえなくなる。ダンジョンに直接不利益を起こすような行為もだ。
ただ、直接でなければ多少のことはできる。たとえば、ダンジョンキーパーは自我を持つから、多くの場合自発的な行動を期待する場面は多いんだけど、あえて命令があるまで何もしない、とかね。
今のところこの世界の存在を【眷属指定】したキーパーは、今のところ全員がなんだかんだでダンジョンでの生活に順応している。誰もが素直に従ったとは言わないけど、地球世界を圧倒的に上回る生活水準に、大抵は陥落してくれたわけだ。おかげでそういう事態にはないけど、ないとは言い切れない。
それでも今まで大丈夫だったから元犯罪者の3人であっても行けるかな、って思ったんだけどね。さすがにそれが甘すぎる考えってことは、今回で理解した。
考えてみれば、今まで選んできたのはみんな、何かしらの形で社会から正当に評価されていなかった人たちだったもんね。それも本人は悪くないのにだ。だからなのかもなあ、あっさりと現状を受け入れられたのは。
……っと、話が少しずれちゃったな。
そんなわけで、自発的にボクに協力するような性格に書き換えてあげようと思う。やる気もあって絶対服従という、多くの人が喉から手が出るほどほしい存在になるわけだ。
もちろん、完全に従順な存在になられてもそれはそれで困るんだけど、そこまで極端な改変はしない。……ミスらない限りは大丈夫なはずだ。
その方法については、考えがある。性別を変えてやった時と同じく、【存在概念改変】で性格とかを変えるのが一番無難なんだけど、あれは疲れるから今回はなし。できればやりたくないんだ、あれ。
「というわけで、と」
そこでボクはメニュー画面を開くと、まずは【眷属指定】を実行する。
これには相手の同意が必要だから、もちろんたたき起こしてだ。そしてどうあってもはいと答えてもらう。大目に見るとは言ったけど、仲間の反逆を見逃したことは事実だ。もう容赦しないからね。
それからポイントはほぼ使わずそのままにして、完了と同時に今度は【モンスタークリエイト】を実行する。そうして、それまで一度も使ったことのない項目を選ぶ。
その名は【モンスター合成】。配下のモンスター同士を合成し、新しい別のモンスターを作るというものだ。これによって、普通にモンスターを作るより若干低いコストで強いモンスターを作ることができる。
ダンジョンコアのレベルが2になった時に解禁されたシステムだけど、今まで使ってなかった。使う必要性がなかったっていうのが一番の理由ではあるけど、重要性を感じてなかったってのもあるんだよね。
何せ……。
「これをやると、性格とかもいろいろ混ざっちゃうんだよねえ」
だって合成だからね。
そういうわけだから、本来は性格はおろか自我すら持たないネームレスのモンスター同士だけに限定して行うシステムだ。
ところが、別に名持ちモンスターでもできないわけじゃない。明らかに非人道的な行為になるから、現代では大抵のダンジョンマスターはあんまり使わないけど、使わない人がいないわけでもない。覇道派のダンジョンマスターなんかは、魔王を名乗るからわりと使うしね。
というわけで、これを利用すれば比較的楽に人格を書き換えることができる。細かい指定はできないけど……そうだね、【モンスタークリエイト】の際のサブ性格を書き換える程度のことはできる。
で、人格形成に影響を与えるには名持ち同士の合成が一番簡単だけど……それをやるためには新しく名持ち作らなきゃだから却下だ。
今回やるのは、裏ワザとも、バグ技とも言うやり方。合成する相手側のモンスターに、従う系統の習性を持っているものを選ぶのだ。そうすると、その習性がサブ性格に移植される。
そういう仕組みになってるかはよくわかんないけど、実験でそういう結果になるって証明されてるのだ。過去のダンマスたちに感謝。
で、習性って言ってもいろいろある。
たとえば、ブラウニー。家妖精とも言うこの種族は、家事に関する命令は無意識に従う習性を持っている。
たとえば、ウルフ。群れのリーダーの命令には忠実に従う習性を持っている。
そんな存在と合成すればいいのだ。
というわけで選ぶのは、パペット種の上位種であるオートマトン。正統進化系統じゃないのでここが到達点なのが残念ではあるけど、命令に対してとにかく忠実というのが大きい。
それ自体はゴーレムと共通だけど、ゴーレムとは違って忠実な下僕でありながら細かい作業をさせることができるのが強みだ。ただし、ダンマス的には強さ微妙だし、ネームレスのままだと融通が利かなさすぎて世話係としても微妙という外れに近いモンスターになる。
でも、人間と合成させればその辺りのデメリットは改善される! ……はずだ。
ちなみに、同じくコアレベル2に達した時に【改造】も解禁されてるけど、これはネームレスに対してしか使えない。一度作ったモンスターの再設定を行うものなんだけど、そんなわけなのであいにく今回は出番なしだ。
ってわけで、早速合成を始めましょう。
まずは普通の【モンスタークリエイト】でオートマトンを作成。せっかくなので、いくつかのスキルをつけておく。そうすれば合成先にも受け継がれるから、そっちで新しく取得するよりは安く上がる。
ではでは。
〈個体名【小次郎】と個体名【なし】を合成します!〉
〈合成を実行しますか?〉
あ、そんな名前だったんだね。
なんて思いながら躊躇なくはいを選ぶ。
合成はすぐにその機能を発揮して、選んだ二者が光に包まれて少しずつ近づいていく。そのまま次第に溶け合うように、1つになっていく。
〈合成が完了しました!〉
〈新規個体の設定を行ってください〉
そして光はそのままの状態で留まり、そこで一旦動きが完全に止まった。
新規設定が終わるまで、あれが続くってわけだね。妙に親切というかなんていうか。
それはさておき、目の前の入力画面。これを見る限り、ちゃんと合成は完了したみたいだ。合成結果はバイオロイドになっている。生体パーツ中心の人型ゴーレムってところかな。
そして気になってた性格だけど、メイン性格は【慎重】、サブ性格は【几帳面】【忠実】。気にしてた悪いほうのサブ性格がうまく書き代わっていた。
これはいい。この性格の組み合わせはよさそうだぞ無事にオートマトンの習性が反映されて、当初の目的はこれで果たせたかな。
新しい名前は……そうだな、ネイシュとしよう。
で、それ以外の設定はこんな感じに。
*********************************************
個体名:ネイシュ
種族:バイオロイド
職業:ダンジョンキーパー
性別:女
状態:普通
Lv:1/300
生命力:301/301
魔力:89/89
攻撃力:143
防御力:174
構築力:168
精神力:145
器用:513
敏捷力:196
属性1:天
スキル
体術Lv2 小剣技Lv2 護衛Lv3(New!) 指揮Lv1(New!)
水魔法Lv1(New!) 天魔法Lv1(New!)
魔力遮断LvEX 振動感知Lv1(New!) 熱源感知Lv1(New!)
毒無効Lv1(New!) 耐痛覚LvEX(New!)
魔力自動回復・微Lv1(New!) 物理抵抗・微Lv1(New!)
料理Lv3(New!) 裁縫Lv3(New!) 給仕Lv3(New!) 儀礼Lv3(New!) 日本語Lv3 潜伏Lv2
称号:強奪犯
強姦魔
ヒューマンキラー
クインの眷属
*********************************************
改めて見ると、実にカルマ値が低そうだ。
「生まれ変わった気分はどう?」
「……不思議な気分です」
性格の変化に合わせて口調も変わったな。普通に丁寧語だ。
「君には改めて、ティルガナの下についてメイドとして働いてもらうよ。そのうち人数増やして君の下にも部下をつけるつもりでいるから、しっかり励むように」
「イエスマイマスター、御心のままに」
ふむ。
これならティルガナのところにもっかい送っても問題なさそうだな。彼女はそういうところ結構気にするからなあ。
ボクは口調くらいなら別に気にしないんだけどね。
……やっぱりボク、甘いかな?
でも、これについてあれこれ考えたところでしょうがない。これはこういう性格として受け入れて、いざって時に備えておけるようにするのが重要だよね。
とりあえず、中で起きたことの後始末はこんなところかな。
あとは……ボク自身のことだよなあ……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
合成と改造については、第二十四話にちらっと出てきています。
いつか使おうと思ってやっと出番が来ました……。改造のほうも使っていきたいですが、こっちはたぶんアイテムクリエイトのほうが出番多いかも。
まあ、そのシーンをちゃんと書くかどうかってなるとまた微妙なんですけど。