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江戸前ダンジョン繁盛記!  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
1854~1855年 震災
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第九十話 ダンジョン防衛戦 7

 迫りくる弾丸と矢を、持ち前の機敏な動きと【念動】によりことごとく回避し続けるジュイ。だが、攻めへ転じるタイミングをつかみかねていた。


 回避に専念しながらも観察することで、相手の動きは大体把握できてはいる。いるのだが、やはり火縄銃は速いのだ。

 そして本来ならまったく連発の利かない火縄銃を、数人で1組を作り役割を分担、その組で用いる銃を複数にすることで、連射を再現しているのだ。それでも生じる隙や時間の空白は、矢によって補われている。


 彼らに淀みはなく、また迷いも見当たらない。しばらく立ち回って、ジュイはそう感じていた。

 そして、素直に彼らを賞賛する。


 大勢が群れを作り、それぞれが己の役割に徹することで、個々をはるかに上回る力を発揮する。それは本来であればジュイが、いや、彼の生まれである狼が最も得意とする戦い方であるからだ。

 狼はそういう狩りをおこなう、極めて社会性の高い生き物だ。だからこそ、目の前で繰り広げられている人間の戦いも、彼にはよく理解できた。


 そしてこうも思う。


(俺も、白く生まれなかったらこうして『狩り』をしてたんだろうけどねー)


 アルビノに生まれ、群れから疎まれた彼は、成体となる前に一匹狼となった。そしてそれ以降は、とにかく一匹で生き抜くための技術と力を磨くことだけに注力してきた。

 結果、ベラルモース的に言うレベルも早々と上がり、それだけの実力を持った個体へと成長したのであるが……そんな人生だったからこそ、ジュイにとっての狩りは一人で、圧倒的な力でもって、あるいはどんな手段を使ってでも、相手をねじ伏せることであった。


 そしてそれができないならば、絶対に戦わない。勝てない相手には、絶対に挑まない。また、無理はしない。大けがを負う可能性を受容しなければ狩れない相手とも、戦わない。挑まない。

 自然の中で一人で生きていくとは、そういうことだ。それができなかったら、彼はクインとは出会えなかっただろう。


 しかし今、ジュイが置かれている環境は、そうやって生きてきた彼の考え方とは多分に異なる。

 彼は今、それなりのリスクを負わなければ狩れない相手と対峙している。昔の彼なら、絶対に逃げる状況だ。ダンジョンキーパーの立場を受け入れたからこその、群れのリーダーの指示だからこその戦いに従事している。

 誰かのために己を犠牲にするなど、まっぴらごめんだった。今でもそう思っている。だが、それでも。


(……あっちのほうが、ちょっときつそうかなー?)


 剣豪たちを相手に、技術で劣る仲間が劣勢に立っている姿が見える。それを見ていると、ここで逃げるのはまずいな、とも思う自分がいて、ジュイはぐるると鳴きながら笑う。


(はっはー、俺もやっぱり狼だねー。群れの仲間は減らないに越したことはないなー)


 負け戦はありえないから、と笑っていたクインには一言苦情をくれてやりたいところだったが、それでも、群れの一員になるということは、彼が思っていたよりもずっと心地のいいことで。

 彼は自分が思っていたよりも相当に、そして自分が取っていた態度よりも相当に、今の群れを維持したいと思っているらしいと、この時初めて認識した。


(今の暮らしは、もうやめらんないしねー)


 何より強く、そう思う。


 だから彼は、これまで回避に徹していた意識を攻撃に入れ替えた。

 それは、かつての彼だったら絶対にしないだろう。何せ、火縄銃にしろ弓矢にしろ、限りがあることは彼でもわかることなのだ。回避に専念していればとりあえずダメージは避けられるのだから、矢玉が尽きるまでは逃げ、それからゆっくりと敵を蹂躙すればいい。それが、野生での賢い生き方というものだ。


 だが、今それをやっていてはフェリパたちとの合流が遅れる。そうなった場合の最悪のケースを想定すると、やはり自分も相応のリスクは背負うべきだろうと、ジュイは判断したのだ。


 そして彼は、スキル【裂帛】を発動した。多大な攻撃力と引き換えに、防御力を犠牲にするスキル。そして、ジュイ特有の副作用として、戦闘の高揚感により行動が暴走しがちになるというものがあったスキル。

 しかし。


(……あれー? なんか、いつもと見え方が違うなー? なんっていうか――)


 素と同様の精神状態にあることを認識して、ジュイは首をかしげる。今まで抑え込む必要があるくらいだった、鬱屈から来る解放感と陶酔した状態が来ないのだ。

 それは、己の本分を意識し、一匹狼から本来あるべき狼の姿に回帰する道筋を見つけたことによる心の安定がなしたこと。

 だが、まだそれを理解できるほど、ジュイの精神は成熟していない。何せ、進化で高い精神性を獲得してから、まだ2年しか経っていないのだから。


 それに――。


(痛ったー! やっぱこれ使うと防御力減るなー!)


 思考の結果、動きに隙が生じた彼の死角から鉛玉が飛び込み、痛覚がきしむ。

 だがそれによって意識を完全に戦闘へ戻した彼は、それまで【念動】に割いていた己のリソースをすべて攻撃へ振り替えた。


 動きを止め、防御の姿勢もしていない彼に攻撃が殺到し、生命力が減っていく。しかしそれを厭うことなく、彼はスキルを解き放った。

 使ったスキルは【霊能】。それにより、ジュイの身体がぐらりと揺らぎ、かと思えばそれが膨張して、何十体もの群体と化した。分身である。だが、ただの分身ではない。


『ウォオオォォーン!!』


 すべてのジュイが一斉の吠え、四方に向けて散開した。そのいくつかは攻撃を受けて勢いを失っているが、大半は健在だ。そして攻撃を免れた分身が、人間たちへと襲い掛かる。


 そう、これは質量を持った分身なのだ。受ける攻撃を分散させ、自分は手数を増やす。そんなスキルだ。

 もちろんその分攻撃力は落ちるが、そもそもただの人間に対して今のジュイの攻撃力は過剰に過ぎる。分裂してちょうどいいくらいだ。

 もっとも、【裂帛】による上昇分があるので、依然としてやりすぎであることには変わりないのだが。


 そんなジュイに対して、人間側は阿鼻叫喚の様相を呈していた。ただでさえろくに攻撃を与えられなかったというのに、そんな相手が増えたのだ。完全に彼らの手数は足りなくなっていた。

 たゆまぬ努力と鍛錬、そして機能的な運用をしていたからこそ拮抗していた戦列は、だからこそ少しでもほころびが生じると脆い。もはや彼らに、ジュイに抗する手段は残されていなかった。


 ジュイが彼らを制圧しきったのは、それから数分後のことであった。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 塔盾を油断なく構えながら、フェリパは内心でどうすべきか考えていた。

 現在、彼女とティルガナは7人の侍の囲まれている。隙を見せないよう背中合わせになってはいるが、現状ではどうしても不利だ。


 そもそも、ティルガナは完全に後衛型の存在である。最低限の立ち回りはできるが、あくまで最低限。彼女は魔法を使って初めてその真価を発揮できる。

 しかしその魔法は構築から発動まで時間がかかる上、集中力が途切れると失敗する。乱戦の中では万全を期待するのは難しい。怪我をしてもなお構築を続行できるのは、相当量の精神力がなければできないことなのだ。


 これが並みの手合いであれば、困りはしなかった。最悪フェリパが数人見過ごしてしまっても、ティルガナなら対抗できるだろうから。

 だが、今相手をしているのは手練れの剣士。おまけに手にしている武器は、斬撃に特化しきった刀である。その威力のほどを、フェリパは既に知っていた。


 実数値換算にして、800を超える防御力をやすやすと抜く攻撃力を発揮する刀。それをしのぎながらティルガナも守るというのは、困難という言葉が陳腐に聞こえるほどだ。

 何せ、防御魔法で底上げしてもなお、2人の防御力は800に届かない。この状態では、相手の一太刀すべてが相当な威力になる。当たり所が悪ければ、もちろん致命傷だ。


(ま、言うてもしゃーないわな。ここはやっぱ、ティルちゃんに魔法を打ってもらうために身体張らんとな)


 自身は攻撃手段をあまり持たないフェリパは、いわゆるタンクを担うことになる。

 それは彼女に背を合わせるティルガナも理解していた。


「フェリパ」

「わかっとる。でも、最悪も覚悟しといてくれるとありがたいかな」


 短くそう交わすと、ティルガナは即座に魔法の構築を開始した。

 一方フェリパは、無理に攻勢には出ず守りに徹する。


 始まりからここまで、わずか数秒。そしてそこに、まずは様子見とばかり3人が打って出た。1人はフェリパの正面からだが、2人は位置的にティルガナの横からだ。

 目でそれを追うことはできずとも、フェリパには【気配察知】他複数の探知系パッシブスキルがある。それが、ティルガナへ向かう相手を掴み取った。


「させへんで……【スケープゴート】!」


 それを認識した彼女は、すぐにスキルを発動させる。絶対ではないが、敵の攻撃を自身に集める、かばうためのスキルだ。

 効果は少なくとも2人には通り、ティルガナに迫ろうとしていた2人は鋭角の軌道でフェリパへ殺到する。


 瞬間、リーダー的立場にある栄次郎が不思議そうに表情をゆがめたが、そちらを気にする余裕はフェリパにはない。

 彼女は素早く己の立ち位置を変え、三人の攻撃を塔盾で同時に受けきった。


「皆の衆、行くぞ」

「応っ!」


 フェリパの動きを見た栄次郎は、一斉に打って出ることを決断した。その場から動くことなく、ただじっとしているティルガナに対して、何かしていると察したのである。

 実際彼女は何か、すなわち魔法の構築をしているわけで、栄次郎の決断は正しい。若いながらも大した判断力である。


 そして、2人に殺到した残り6人のうち、栄次郎を含めた4人が【スケープゴート】の効果に釣られてフェリパに向かう。だが、2人がティルガナへ向かってしまった。


「っくうぅー! ティルちゃんすまん、さすがに7対1は守りきれへんわ!」


 断続的に襲い来る刀を必死にしのぎながら、フェリパが叫ぶ。せわしなく動く塔盾が、刃を受けて甲高い音を響かせる。


「この人数なら十分です! 【ウォーターボール】!」


 ほんの数秒しかなかった猶予で、ティルガナが構築した魔法。それは水球を投げかける初歩的な水魔法だった。あの程度の時間では、それくらいしか選択できなかったのだ。

 だがそれでも、ティルガナは十分だと判断する。何せ、相手は魔法など使えないのだから。


「ほがっ!?」


 放たれた【ウォーターボール】が、彼女の眼前に迫っていた男の顔を包み込んだ。そのまま彼は、たたらを打って地面に転がる。

 そうして相手を1人に絞ったティルガナは、さっと身をひるがえしてもう1人からの攻撃を回避した。正面からなら、彼女がいくら格闘スキルで劣っていても、敏捷力の差で避けられる。


「ごぼっ、ごぼぼぼっ!? がぶっ、ごばっ!?」


 その視線の端で、水を食らった男が七転八倒している。いまだに顔を覆う水が、彼への酸素を断っているのだ。


 水魔法の攻撃魔法は、他属性のそれと比べると全体的に威力が低い。だが、それでも構わないことは多い。見ての通り、大抵の生き物は空気を吸わなければまともに行動できないのだから。


「ぐぬぬ……っ、こなくそっ、【シールドバッシュ】っ!」

「うぬうっ!?」


 一方、7人もの人数を相手取るフェリパは、既にあちこちに切り傷を受けながらも奮戦していた。そして、4人がほぼ同時に迫ったところで、【盾技】の少ない攻撃系スキルの1つを放つ。

 塔盾自体の性能も加わった強烈な衝撃に、4人は大きく弾き飛ばされ地面を転がった。全員がしっかり受け身を取っていたため、最初の一撃以上のダメージは期待できそうになかったが、大きく距離を離したうえ、刀を取り落とした者もいたのだから、十分だろう。


 そんなフェリパの行動を見て、栄次郎は夢から覚めたかのように刀の切っ先をティルガナに向けた。【スケープゴート】の効果が切れたのだ。まだ効果が残っていてフェリパを狙う者もいるが、栄次郎はそちらはそちらで任せておいていいと判断した。


 地面を蹴った栄次郎が、ティルガナへ一直線に向かう。そこでは、残っていた1人にぎりぎりの体勢で【ウィンドカッター】を撃ち込み撃破したティルガナが。


「ティルちゃん!」

「わかっていますとも!」


 察知系のスキルの大半を持つティルガナは、もちろん栄次郎の接近を即座に感知した。そうして肉薄されるまでのわずかなうちに構築できる魔法を、回避行動をとりながら放つ。


「【ウォーターボール】!」

「遅い!」

「なっ!?」


 だが、放たれた水球は、栄次郎の刀によって切り落とされた。彼はそのまま振り下ろした体勢から、返す刀で逆袈裟にティルガナを襲う。


 とはいえ、ティルガナも最悪を想定して行動している。先ほどの回避は無駄にはならず、ひとまず栄次郎の射程から逃れることに成功した。


「こ、この男、魔法を切りましたね……!」


 確かに、格闘系のスキルも極めればその境地に辿り着ける。だが、魔法を持たない世界の住人でもそれができるという事実は、ティルガナにとって決して軽くはない衝撃だった。


 それから、栄次郎の猛攻が始まった。

 鋭すぎる攻撃の数々を、軽い魔法を駆使してかろうじてさばくティルガナ。


 その応酬を繰り返しながら、対する栄次郎は魔法に対する考察を行っていた。

 彼の結論は、面妖な術だが考える間もない攻撃を繰り返せば封殺できる、だった。それは正しく、ティルガナは徐々にに劣勢になっていく。強力な魔法を放つ余裕がなく、ジリ貧であった。


「あかん早くあっち行かんと……! ええいこうなったら!」


 追い込まれていくティルガナを横目に見ながら、焦れるフェリパ。そして彼女は決断する。


「ぐうぅぅ……っ! もらったぁー!!」


 わざと作った隙へ攻撃を誘い込み、己の筋肉で刀を止めた。そして、離れられなくなった相手の一瞬の躊躇を逃さず、その頭を噛み砕く。

 肉を切らせて骨を断つ。まさにその言葉通りの作戦であった。【堅守】や【物理抵抗】、【耐痛覚】があるからこその荒業と言える。


 そして、そのあまりにも凄惨な光景に彼女と戦っていた侍たちが一瞬硬直する。


「これは! 返すで!」


 もちろんそれを見逃すフェリパではない。身体に食い込んだままの刀を抜くと、血まみれになったその刀を全力で【投擲】した。


「ぐああぁっ!?」


 狙い通り首を取ることはできなかったが、それでも一人の脚を切断することはできた。魔法が使えない彼らだ、戦闘不能は間違いない。

 そして、先ほどの投擲はただ投げただけではない。


「っしゃあ! もっかいいくで!」


 そう、【ブーメランショット】である。投擲物がダメージを与えた場合、投げ手にそれが戻ってくる【投擲】のスキルだ。傍目には、とてつもない手練れの武芸者に見えることだろう。

 返すと言っておきながら、返すつもりなどさらさらないのはご愛嬌だ。


 フェリパはそれを、再度繰り返す。

 だが、二度目はさすがになかった。


「うっはあ!? あれを叩き落とすかいな!?」


 2人がかりで打ち払われた刀は、スキルの影響下から離れて地面に転がった。


(けどこの隙は大きいで! 一旦ティルちゃんと合流や!)


 その巨体に見合わぬ速さで駆けだすフェリパ。そこに、残る5人が追いすがる。


「こんだけ離れりゃうちかて……【ガイアキネシス】!」


 それは土魔法でも初歩の初歩の魔法。土を操作する魔法だ。それを、名前を得てからは養鶏他、開墾や農作に従事してきたフェリパは、土、すなわち足場を柔らかくするという方向性で使用した。

 これにより、突然踏ん張りが利かなくなった追っ手はもんどりうって転倒。彼らをさらに引き離したフェリパは、大急ぎでティルガナの元へ駆けつける。


 だが彼女の視線の先にあったものは、白刃を閃かせんとする栄次郎の姿。そしてティルガナに、それに対処する余力は既にないように見えた。


「……ッ! 待たんかぁぁぁい!!」


 振り下ろされる刀。そこに、フェリパは全力で駆け込んだ。

 そして次の瞬間だ。


「チッ!」

「フェリパ!? 貴女という人は!」


 舌打ちしながら栄次郎が飛び退き、そこをフェリパの塔盾が轟音を響かせて通過する。


 その頭上には、フェリパの太い左腕が舞っていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


久々にガッツリ全面バトル回を書いた気がする。

一応、次でダンジョン防衛戦は最後になる……予定。

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