第八十九話 ダンジョン防衛戦 6
時間を少し巻き戻し、ジュイたちが第6フロアでの掃討を行っていた頃合い。
第5フロアに着陣を進めていた藤田東湖は、定期的に発生するコボルトたちの群れに歯噛みしていた。
一体一体は勇猛果敢な旧水戸藩士たちに及ばず、さした苦労なく倒せる相手ではあったが、それでも都度陣張りを妨害されることとはまた別問題だ。
そして一向に進まない作業に、彼の怒りが臨界を迎えつつあった時である。これまでとは比較にならぬほど強力な化け物の出現が知らされたのは。
化け物、すなわちジュイたちを遠巻きに発見した部隊が急ぎ戻り、報を入れたのである。
手元で別の部隊を蹂躙していたジュイたちは、この部隊に気づいていなかったわけではないが、追いつくのは時間の問題と放置した。
しかし、彼らはダンジョンキーパーであってダンジョンマスターではない。ダンジョン内の正確な情報を常に確認できるわけではないため、即刻第6フロアから撤退したその部隊を、最後まで倒したものと判断していた。この辺りは、マスターでもあるクインに通じる迂闊さと言えるだろう。
そして一報を受けた東湖は、コボルトたちが発生するボスエリアでの着陣を放棄。一歩下がったところまで退き、そこで急ごしらえの陣を設営した。
ないよりはまし、程度の柵も設置し、次いで彼が下した指示は鉄砲隊、および弓兵隊の配置であった。
巨大な白い狼と、異人らしき金髪の娘、そして化け物の首魁と思われる巨大な怪物。その報告を受けていた彼は、たった3体のモンスター相手に戦の体で挑むことを決断したのであった。
彼にとって幸いであったのは、そのための知らせが早かったことだろう。そして、彼自身の決断もまた早かった。
結果として、彼らはジュイたちが第5フロアへ上がってくる直前にその準備を終え、手ぐすね引いた状態で敵を待ち受けていたのである。
そして、時は来た。
「藤田様、敵が見えました!」
「来たか化け物どもめ! 者ども! 撃てえぇェェー!!」
魔法世界の住人と、科学世界の住人。その初めての戦いの火ぶたが今、まさに切られた。
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「……どわあぁぁっ!?」
「フェリパ!?」
『うわわ、何この量……』
雨あられと注ぎ込まれた大量の鉛玉に対して、フェリパは咄嗟に新品の塔盾をかざして前に出た。それにより、3人に殺到した弾丸はそのほとんどが弾かれ、あるいはそれて、彼女が後方にかばったジュイとティルガナに被害はなかった。
高速で飛来する弾丸を目にしながらも、一瞬でそれだけの判断と行動をできたのは、フェリパが偏に人間ではないからである。
だが、さすがの彼女も、それ以上のことはできなかった。塔盾よりも大きな身体を誇る彼女の身体の端々には、弾丸がかすめた痕、あるいはそのまま弾丸を受けてしまった場所もあった。
それを治療しようとしたティルガナを、フェリパ当人が制する。
「うちのことは心配せんとき! それより二人とも、思ってたよりこいつらガチやぞ! このままじゃ動けへん!」
攻撃を一身に受ける体勢を崩すことなく。
と同時に、彼女は【盾技】のスキル、【ザ・ルーク】を発動させる。発動者がその場から動けなくなる代わりに、発動者の防御力を大幅に向上させるスキルである。
その発動を見ると同時に、ティルガナは別の魔法に切り替えた。
「わ、わかっています!」
「矢も降ってきよる! そっちは先輩頼んだで!」
『おかしーな、火縄銃ってあんな連射できないはずなんだけどなー』
フェリパの身体から大きくはみ出る形になったジュイは、【念動】で攻撃をそらしながら首をひねる。今までであれば真っ先に突っ込む彼も、さすがに銃弾と矢の雨に突撃する暴挙には出ないようだ。
彼ならばそれらの攻撃をかいくぐって突っ込むことはできるが、彼がいなくなると曲線を描いて飛来する矢を回避しきれなくなると理解しているのだ。ジュイとて、常に独断専行するわけではない。
だが、その時間は長くはなかった。
「……行きます! 【シャイニング】!」
2人に守られ、銃声の中ティルガナが選択した魔法は天魔法【シャイニング】。光魔法と雷魔法、双方の特性を併せ持つ広域攻撃魔法である。
その発動により、白と黄の魔法の輝きがティルガナから放出される。そしてその光は、ただちに攻撃の形となって膨張、敵陣の頭上で光の刃と雷の雨となってはじけた。
「うわあぁぁー!?」
「な、何事だー!?」
容赦のない魔法の暴力に、魔法というものを知らぬ人間たちが激しく動揺する。陣形を組んでいたがために密集していた彼ら、特に前方に位置していた鉄砲隊、弓兵隊はその攻撃をほとんどまともに受けた。
そしてその瞬間を、ジュイが見逃すはずもない。
「アオオォォーン!!」
ただの狼であったころから得意とする、【咆哮】のスキルを放ちながら、その巨体が彼我の距離を一瞬にして超越する。
びりびりと空気を震えさせる大音声は、もはや音の弾丸と言っても過言ではない。それと共に敵陣のただなかに割り込んだジュイ。彼の周辺で、音波にやられた数人が、耳から血を吹き出して倒れた。
「ひいぃっ!?」
「ば、化け物だぁぁ!」
あっという間に敵陣の中に飛び込んだジュイを見て、得体のしれない攻撃をした彼に、人間たちにはさらに動揺が広がる。
江戸時代の日本人は、小柄だ。対するジュイは、それを大きく上回る。進化により巨大化が進んだうえに、日々栄養価の高い食事を摂っているのだから、当然である。
そんなサイズの狼を、あの魔法の直後に目の前で見た人間が、パニックにならないはずがなかった。
そしてそれに追い打ちをかけるようにして、ジュイは【雷撃】を放つ。人知を超えたその攻撃に、陣の前衛は完全に瓦解した。
「第二鉄砲隊構え! 撃てーっ!」
だが、人間側も負けていない。被害を免れた位置にいた司令官――藤田東湖必死の鼓舞により、後衛はほどなくして規律を取り戻していた。
そして彼の指示により、再び銃撃が始まる。
決して遠くはない位置から放たれた弾丸は確かに数は減ったが、それでも一発一発の威力は今の地球でも最高峰、さらに言えば速度も最高峰。
一直線に襲い掛かるそれは、さしものジュイでも余裕で回避できるわけではない。すぐさま回避へ移りはしたが、その身体の数か所に弾丸が突き刺さった。
「あかん、ジュイ先輩が囲まれとるで! うちらも追いつかんと!」
「わかっています、飛びますよ!」
入り口付近から動けていなかったフェリパたちが、そこで動く。ティルガナの【テレポート】により、2人の姿が空間のうねりと共に消えた。
次に2人が出現したのは、敵陣の後衛、その数メートル上空だった。
「ど……っせぇーい!」
そこから放り出される形になりながらも、フェリパは構えていた塔盾を全力で叩きつけた。それによって3人ほどがひしゃげるように潰れ、血しぶきが舞い上がる。
青天の霹靂とも言うべき2人の不意打ちに、しかし今度は混乱が広がらない。乱入によって組織的な行動を阻害しようとしていたフェリパの思惑は外れることになる。
「よし釣れたぞ! 面妖な術は想定外だが、派手なだけで被害は大きくはないわぁ! 鉄砲、弓兵隊は狼への攻撃を続行、奴をその場に引きつけよ! 栄次郎、そなたは剣士を率いてあの2匹を抑えるのじゃ!」
「御意!」
ジュイを守るために敵のさなかへ飛び込んだ2人の前に、7人の剣客が立ちはだかった。いずれも構えに隙はなく、ひとかどの手練れであることは、【剣術】スキルを持たない2人からも一目瞭然である。
そしてその中でも中心に立っていた人物……それこそ、かつてこのダンジョンに挑んだ15人の剣客の一人、北辰一刀流開祖の息子、千葉栄次郎。正眼に構えた刃の波紋は美しく、欠けは一切見当たらない。それが業物であることは、仮に【鑑定】を持っていたとしても、使うまでもないだろう。
「……もしかしぃへんくても、下手こいたっぽいな?」
「そのようですね……ですが、後悔はいつでもできます。まずはこの場を切り抜けることが最優先かと」
「せやな。はー、まったくとんだ初陣やでぇ!」
「同感ですね!」
塔盾を構えたフェリパと背中合わせに立ち、魔法を構築するティルガナ。
そして、彼女たちから少し離れたところで、既に飛び交う弾丸と踊るジュイ。
3人が第5フロアに踏み込んでからここまでで、まだ5分と経過していない。一瞬一瞬が濃密な時間の中で、ジュイ、フェリパ、ティルガナそれぞれの戦いが始まる。
しかし今、彼らの動きを見守るものはいない。それまで彼らを見守っていたかよはこの時、突然の警告によってこちらを気にする余裕を完全になくしていたからだ。
彼女が持ち場を離れていた時間は、決して長くはない。それでも、刻一刻と変化する戦いの場において、その時間は実に長い。
それが意味するところは一つ。ジュイたちは、一切の援軍なしにこの場を治めなければならないということだ。
一撃で彼らに致命傷を与えうる武器と技を持つ剣士と、間断なく撃ち続けることができる限りは彼らすら動きを止めざるを得ない銃撃が、その前に立ちはだかっている。
それは魔法を失った世界の、持たないがゆえに磨き上げられた牙。
しかしその牙は今、確かに魔法世界からの者を食い破ろうとしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少し短いですが、切りがいいのでひとまずここまでで。
次回はいよいよ3人の戦闘になります。