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江戸前ダンジョン繁盛記!  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
1854~1855年 震災
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第八十八話 ダンジョン防衛戦 5

 ジュイ達の逆侵攻は、当然のように順調だった。たった数人の、一切魔法の使えないパーティなど彼らの敵ではないのだ。

 大体の相手はジュイが殺し、フェリパとティルガナはさながらおこぼれに預かるような状態ではあったが、両者ともその辺りを気にするタイプではなかった。


 第7フロアはもちろん、第6フロアもさほど時間をかけずに制圧した彼らは、そのまま第5フロアへ突入する。


『獲物、たくさんいるといいなー』

「……あんまいすぎても逃しかねへんやろ。うち的にはほどほどを望むわぁ」

「同感ですね。まあ、あのボスエリアから逃げる相手に関しては、わたくしめにお任せを」

「賛成やで」

『うーん……まいっか、そこは譲るよー』


 さほど考えることなく、ティルガナに了承したジュイはそこで顔をしかめて鼻を利かせた。


「どないしてん?」

『……かいだことのある匂いだなーと思って。これって、確か火縄銃じゃなかったかなー』

「火縄銃? 確か、火薬とやらで弾丸を発射する武器でしたか?」

『それそれー』

「ふーん……どないする?」

「主様が仰るには、そこそこの魔法くらいの威力はあるようですが、とにかく連射が効かない、ということでした。とりあえず、防御魔法だけでもかけておきましょうか」

「魔法並みの威力があるなら、そらあったほうがええな」


 頷くフェリパに、早速光魔法【ホーリーシェル】がかけられる。次いでジュイに、そしてティルガナ自身にも。


『まー、直線で飛んでくるだけだから、当たらなきゃどーってことないさー』

「そーいうもんかね?」

「遠距離武器というのはそういうものでしょう。参りましょうか」


 そうして、第5フロアのボスエリアに踏み込んだ彼らを待っていたもの。

 それは、何十丁もの火縄銃と、そこから一斉に放たれる鉛玉であった。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 仲間が集中砲火を浴びる少し前に、第5フロアに待ち受ける鉄砲隊の存在をサブマスターであるかよは気づいていた。

 しかし、その旨を伝えようとした時、彼女の五感全てに訴える形で警告が発令されていた。


〈緊急警告! ダンジョンコアが攻撃を受けました!〉

〈ダンジョンコアの耐久力 200/200〉


「ええええ!?」


 全身を襲う上に、まったく思ってもいなかった出来事にかよは混乱した。

 だが、彼女を非難するのはお門違いと言えるだろう。そもそもの問題として、コアが攻撃を受けた際のことをクインが一切説明していなかったことが大きいのだ。


 通常、ベラルモースであれば誕生間もないダンジョンは数年の間に数回はダンジョンコアまで攻め込まれる可能性がある。

 しかし地球において、ダンジョンを最深部まで潜ることのできる存在は今までいなかった。だからこそ最深部にボスも置いていなかったし、最悪の場合の想定も一切していなかったのである。


 ありていに言えば今回の一件は、クインの慢心と言えよう。


 確かにダンジョンの戦力と、外の戦力は相当に差がある。だが、仮にも国家元首とも言うべき立場の彼には、想定外は許されることではない。国の根幹を揺るがしかねない事態が起きた時どうするか、それを留守を預ける妻に話していなかったことも含めれば、弁護の余地はないだろう。


「だ、だ、だ、旦那様あぁぁー!」


 そして混乱した結果、夫のダンジョンマスターに緊急ヘルプを飛ばしたかよの行為は、決して間違っているとは言えないだろう。


『かよちゃん? 何、どうしたの? 何かあった?』

「た、たい、たいへんなんです! なんか、ダンジョンコアが攻撃を受けたって警告が、急に出て!」

『なんだって!? そんなバカな!』

「ほ、本当、なんですぅ! なんか、目の前にそんな文字も出てきましたし、頭の中に声は響くし、なんかお肌はひりひりするし……」

『うわマジだね!? なんでだ、コアの周りに敵性体なんていないはずなのに……!』

「だ、旦那様、ど、ど、どうすればいいですかぁ!?」

『え!? あ、えーっと、かよちゃん、警告と一緒にコアの耐久力が表示されてるでしょ!? 残数どんだけ!?』

「え!? え、えーっと、あの、へ、減ってないです! 200が最大で、今もそのままです!」

『んんんん!? 攻撃受けたのにダメージゼロ? そんなはずは……って、待てよ……』


 かよは念話を通じて、姿の見えない夫が人差し指を唇に当てて考え込む姿を幻視する。


 その姿を垣間見たかよは、そこで口をつぐんだ。日本の古い因習の中で育った彼女にとって、クインは立てるべき夫である。そのクインが必死に考えをまとめている最中に口を挟むなど、たとえ混乱の渦中にあったとしても恐れ多いことであった。

 クイン自身も、深い思考をしているさなかにそれを妨害されることを好まない性質がある。それは、既に数年を共にしたかよは良く知っていた。


『……かよちゃん、コアのところまで行ってみて。たぶんコアが破壊されることはないと思うから』

「え!? そ、それって」

『かよちゃんに頼むのは心苦しいんだけど、犯人を取り押さえてほしい。今人でごったがえしてて魔法使うのまずいんだ』

「う……わ、わかりました、私、やります!」

『お願い! 本当にヤバかったら飛んでくけど……たぶん大丈夫だと思うから』

「は、はいっ!」


 かくして、かよはジュイたちが一斉射撃を受けていることに気づくことなく、コアルームへと走ったのである。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 ダンジョンのコアルームとは、ダンジョンの最も最深部に位置することが一般的だが、その位置は好きに変えることができる。

 江戸前ダンジョンもその例外ではなく、マスターであるクインたちの居住区の手前、住人達も気軽に尋ねることができるところに設置されている。

 あえて人前にさらし、ご神体のように荘厳な神殿風の内装に祭り上げることで、人間の心理に訴えかける形で利用しているのだ。


 そんなコアルームの中央、手を伸ばしてもぎりぎり人の手が届かない中空に、それはある。

 空色に輝く結晶体。ダンジョンの要であり、クインとその命運を文字通り共にする物質。ダンジョンコアだ。


 そのコアは今、一人の女によって攻撃を受けていた。


 いや……その人物を女と言っていいかは、いささか疑問がある。なぜなら、その人物は少し前まで男だったのだから。


 クインの魔法の実験台になり、ついでとばかりに性別を書き換えられた元男の、現女。ティルガナにより、メイドとしてしごかれている女。

 それが今、手にした掃除用の魔法道具でコアに攻撃を加えていた。


 ただし、コアに影響は全く出ていない。女はクインの魔法によって、一定の対象へ攻撃をする際の攻撃力を奪われているからだ。コアはその一定の対象に含まれている。


 だが、そうは言ってもコアの秘密を知っている者にしてみれば、その光景はあまりに心臓に悪い。

 夫の指示に従って駆けつけたかよも、それを見て思わず気が遠くなった。


 しかし、ここで卒倒していては夫の役には立てない。その一心で彼女は己を奮い立たせると、精一杯の声を張り上げた。


「あなたっ! 一体何をしているんですか!」

「げっ!?」


 女は一瞬硬直し、それから慌てた様子であー、とかうー、とか意味のない言葉を口走る。

 その間にかよは大股で女に近づき、その手から魔法道具を奪い取った。


「これがどれほど大切なものかは、ティルガナさんが教えていたはずでしょうっ! 何でこんなことをするんですかっ!」

「いや、あー、それは、そのー」


 まさしく鬼の表情でかよは言葉を荒らげるが、女は動じない。柳に風とばかりに、適当な言葉を出すだけだ。


 そんな二人を見ることのできる物陰から、もう一人の女が様子をうかがっていた。

 かよがヒートアップしていくにつれて、隠れていた女が包丁を手にそろりそろりとかよの後ろから近付いていく。


 そう、これは二人の一計であった。

 わざと目立つ形で、最もかよが怒るであろうことをして目を引く。その隙に、もう一人が出てかよを手籠めにしよう、というのである。


 決して悪い作戦ではない。相手の注意を引き付け隙をつくのは、兵法の基本とも言える。

 だが、二人は致命的なミスを犯している。それは、単純な彼我の能力差を極めて甘く見積もっていたことだ。


「うぉあ……っ!?」


 女が包丁をかよの喉元に当てようとした、まさにその瞬間。かよの身体が2人の視界ではぶれ、一時的に消えた。

 そして直後、背後から現れた女は包丁を取り落とし、その場にあっさりと組み敷かれたのである。


《スキル【気配察知】を正式取得しました》


 かよの脳内に、システムメッセージが響き渡る。

 だが、彼女はそれを意に介すことなく組み敷いた女をにらみつける。


「……包丁ですか。それで私をどうするつもりだったんですか?」


 その声は冷え切っていた。クインが聞いたら正気を疑うほどに、普段貞淑なかよらしからぬ声音であった。

 不意を突かれた――実際は不意ではなかったのだが――ことで、一気に頭が冷えたのである。そしてその心境のまま放たれたからこそ、言葉には氷の冷やかさが宿っていた。


「あいっ、いだ、いだだだ!」

「ぐっ、てめえなにしやが……ひっ!?」


 仲間があっさり取り押さえられ、けれども一人を組み敷いたことでかよは身動きが取れなくなった、と判断した女が躍りかかろうとした、瞬間。

 その視線にかよの視線が重ねられ、女は硬直した。そのまま、びくびくと痙攣して背中からばたりと倒れこむ。


 比喩でもなんでもなく、かよの目が赤く光っていた。

 スキル【魔眼】。視線を受けた相手を、状態異常に侵すスキルだ。


「あが……っ、お、おいっ、どうした!? 何が……くそっ! こうなったら……【ライトアロー】!」


 仲間が戦闘不能になったことを見て、抑えられていた女は苦し紛れに魔法を行使した。


 実験台になったとはいえ、ベラルモースシステムの管理下に置かれたことで、覚えることができた魔法。

 至近距離で発動したその魔法を見ながら、かよはただただ理解に苦しんでいた。


(そりゃあ、確かに無理やり性別を変えられたのは辛かったと思いますけど……こんなに便利な道具がいっぱいあって不自由なく暮らせるし、食べ物だって外よりうんとおいしいものが食べられるのに……どうしてこんなことをするんでしょう?)


 その思考は、寒村で女として生まれ、寒村で女として育った彼女の人生に基づく思考だ。その正誤はともかくそれが彼女の価値観であり、そこに他人の価値観が踏み込む余地はない。

 だが逆に、自分以外の価値観が己のものと必ずしも合致するわけではないと判断できるほど、彼女はまだ歳を重ねていなかった。若さ特有の視界の狭さは、簡単に広げられるものではない。


 まさに彼女が良いと思っていることが、悪党として生きてきた元男たちの感覚にはそぐわなかったのであるが。

 文明の利器で生じた多大な余暇を、惚れた夫のために使うことを幸せと感じる女であるかよにとって、彼女たちと分かり合うことは相当な困難だろう。


 そうして刹那の合間に小さくため息をつきながら、かよは間近で放たれた光の矢を真正面から、身構えることなく食らった。


 だが、


「ひ……っ!? な、なんで無傷なんだ……!?」

「残念ですが、私に光魔法は効きませんよ」


 称号によって得た【自属性攻撃吸収】が、魔法から威力の一切を奪った。光属性を持つかよにしてみれば、光魔法など糧でしかない。

 そして彼女は言いながら、ティルガナが光魔法だけを教えていたことを思い出して一人で頷いた。


 頷きながら、拘束する手に力を込める。


「い……ッ!?」

「あなたたちの処遇は旦那様が決められます。それまでゆっくりおやすみなさい」


 痛みに思わず顔を上げた女は、直後に赤い瞳と対面する。

 それが再度光るや否や、女はがくりと意識を失った。


「……【魔眼】って、便利ですけど結構疲れますね……」


 力の抜けた女を離し、かよは立ち上がる。それから周囲を見渡して、ある一点に向けて声をかけた。


「そこに潜んでいるのはわかっています。出てきてください」

「……透明になってたのに、なんでわかったんですかい……」


 一見すると誰もいないように見えるそこに、もう一人、女が出現した。


「私は魔力の動きを目で見ることができます。ただの【インビジブル】ではごまかされませんよ」

「……だと思いましたよ……。ったく、だから言ったんだ、勝てるわけがないって」

「その口ぶりだと、二人の計画を知った上で報告していなかったわけですか」

「……一応、仲間だったんで。ただ、邪魔もしませんでしたよ?」

「駄目です」


 機嫌をうかがうように言った女に、かよはぴしゃりと断言する。


「旦那様に敵対するような手合いを見つけたら、即座に報告してください。それが旦那様の庇護にあるものの義務です」


 続いた言葉に、女は自嘲気味に肩をすくめた。


「俺はどうなるんで?」

「他と同じく拘束します。その後は、旦那様の裁可次第ですね。まあ、でも、直接牙をむいたわけではないですし、その点は考慮してくださると思いますけどね。だって、旦那様はお優しい方ですから」


 その言葉と共に、再三かよの瞳が光る。


 最後の一人が倒れ伏したのを確認して、かよは一つ、大きなため息をついた。そうして同時に緊張の糸が切れた彼女はそのまま、その場にへたり込むのであった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


かよちゃんの初陣でした。まあ、戦闘力が制限されている相手に戦いもクソもない気はしますが、彼女が敵との荒事を経験するのは初めてなので、一応。


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