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江戸前ダンジョン繁盛記!  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
1854~1855年 震災
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第八十七話 ダンジョン防衛戦 4

今回からしばらく三人称です。

 地震の発生を確認したクインは即座に、ダンジョン内にいた幹部を全員招集した。


 その結果、ラケリーナはユヴィルと、藤乃はロシュアネスと合流して情報収集へ。

 幟子たかことクイン自身は、救助隊の住人を率いて外へ繰り出すこととなった。

 このうち、幟子や江戸が地元で顔バレの可能性のある面子は江戸郊外や近隣諸国へ周り、江戸はクインが主に担当することになる。


 そしてダンジョンには、それ以外の面子を残して早急に防衛戦を終結させる指示が下された。


「じゃあかよちゃん、行ってくる。後は任せたよ」

「は、はいっ、がんばります!」


 そんな夫婦のやり取りもそこそこに、クインは幹部たちを率いて外へと【テレポート】していった。

 そして残されたかよたちは、行動を開始する。


「えっと……ジュイさんとフェリパさん、それから……ティルガナさんも、最前線までお願いします」

「わたくしめもですか? しかし奥方様、それでは護衛のほうが……」

「いいんです。新しく人も来ましたし……それに、私だって、少しは戦えるようになったんですから」

「しかし……、いえ、畏まりました。それが奥方様の指示でしたらばこのティルガナ、全身全霊を賭して任務を全ういたします」

「と、賭さなくっていいですよ……ちゃんと生きて帰ってきてくださいっ」

「ありがたきお言葉……!」


 感涙にむせびなくティルガナであった。


 その首根っこをつかみ、フェリパがのっしのっしと歩き出す。空いた手には、直前にクインから賜った新しい盾が握られている。


「ほな、行ってきますわ。かよ様、大丈夫やとは思うけどくれぐれもお気をつけてな」

「はい。状況はこの……えーっと、監視用のダンジョン機能でやりますから、都度連絡入れますね」

「お願いしますわ」


 に、と笑うフェリパと、恍惚とした表情のティルガナ。

 そんな二人をよそに、ジュイは既にその場から消えていた。


「……って、言うてる場合とちゃうな。このままやとジュイ先輩が先走ってまうわ」

「フェリパ、ここはわたくしめに任せてください」

「おん?」

「わたくしめとて、時空属性持ちのモルガン・ル・フェイです。飛びますよ、【テレポート】!」


 その宣言と共に、フェリパとティルガナの姿が空間のゆがみと共に掻き消える。


 かくして、ダンジョン防衛戦は一気に動いていくことになる。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 ジュイは今の己が出しうる最高の速度でダンジョンを駆ける。過ぎ去っていく景色はさながら激流のようで、しかしそのすべてを、彼の優れた感覚ははっきりと認識できていた。

 風そのものと言わんばかりの神速を見せる彼の心中は今、踊っている。


 戦えるのだ。それも、思う存分に。


 ――彼がクインに望んだことは、何よりも安定した生活だった。アルビノに生まれ、仲間からも疎まれた一匹狼にとって、それが一番重要であったから。

 そして最初のうちは、それで問題はなかった。今まで食べたことのない美味に舌鼓を打ち、餓死の恐れもなく、群れの一員としてただのんびりと人間たちを眺める日々は穏やかで、心が安らぐものだった。それは否定しない。


 だが、次第にそうではなくなっていった。

 時が経つにつれて、彼はその身の内に蓄積していく鬱憤をはっきりと自覚するようになったのである。そしてそれが何に端を発するのかもまた、はっきりと。

 それを認識した時、彼は己がどこまでも狼なのだと理解した。獲物を狙い、狩り立て、腹を満たす。最後の部分を他者からの恵みで賄うにしても、狩りという行為、その一点のみは、いかな環境にあっても己の存在意義の一つであり、しないわけにはいかないのだと。


 その時、彼は【裂帛】のスキルを身に着けた。野生の激情を身に降ろし、ため込んでいる鬱憤を全力で発散するために得たと言っても過言ではないそれは、狼でありながら飼われているという矛盾を、彼なりに消化しようとした結果と言えた。


 そして彼は願った。狩りを。

 己の本分を満たせる狩りを!

 同格と戦う高揚感とはまた違う、澄み切った使命感を!


 ――そりゃもう、盛大に。


 群れの長と認めた者の声が、頭の中によみがえる。それこそまさに、今まで待ち望んだ許可。


 その刹那、ジュイは一匹の狼へと戻った。

 獲物を、狩る。それが本来の、彼の存在理由レゾンデートルだから。

 純白の毛並が、青白く光を帯びる。紅の瞳が、ざわりと激情に染まる。


「アオオオォォーン!!」


 そうして、【裂帛】と共に彼の咆哮が響き渡った。

 その眼前の空間が歪み、見知った顔が二つ現れる。


「ジュイ先輩、先走りすぎやで! うちらかて同じ命令受けてるんや、せめてそこだけは足並みそろえてもらわんと!」

『ごめんよー、つい嬉しくってねー』

「気持ちはわかるけどな!」


 疾走するジュイの隣を、時空魔法特有の歪みが引きながらフェリパとティルガナが並走する。

 もちろん実際にその速度で走っているわけではなく、時間を加速させてジュイと同じ速度を疑似的に再現しているのだが。


 いずれにしても、地球上のどの生物にも実現できない速度で動くことには変わりない。

 彼らはあっという間に、ダンジョンの最深部から侵入を許したその前線まで辿り着く。


「!?」

「なんだあれは……!?」


 そこにいたのはもちろん、刀で武装する侍たちだ。数は5人。そのいずれもが、突如として現れた巨大な白狼と、浅層に出てくる化け物の親玉とも言うべき塔盾を構える異形、そして地球人に非ざる容姿を持ったメイド服の女に瞠目する。


 無理もない。この3体のモンスターの姿は、放つ気配は、明らかに彼らがこれまで遭遇してきたモンスターとは一味もふた味も違うのだから。


 そんな人間たちを睥睨して、ジュイが舌なめずりした。


「ジュイ先輩」

『あれは俺の獲物だからー』

「はいはい……せやろうと思ったわ。ま、守りと補助は任しとき」

「そうですね。物理的な戦闘力は、ジュイが我々の中では最も優れているのは客観的事実です」

『ふふふん』


 二人からの言葉を受けて、ジュイが得意げに笑う。念話が届いていない人間たちには、それは死神の微笑みに似た何かに見えただろうか。


 刹那、ジュイの身体が飛び出した。ただし、その速度はまさに疾風。人の目では到底とらえきれぬ速さにあっという間に到達すると、彼はそのまま人間たちの目の前へと現れ――。


「うがあぁっ!?」


 その鋭利な牙でもって、後衛に位置していた1人の頭を食いちぎった。

 左半分のみとなってしまった彼は、そのままばたりと倒れる。一拍置いて、そこから血しぶきが派手に吹き上がった。


「……ああああああ!?」

「ひいぃぃ!?」


 そしてその瞬間を持って、最前線を進んでいた人間たちにパニックが広がった。

 だが、それでは遅い。遅すぎる。焦りと恐怖で繰り出された刀など、今のジュイにとって止まった棒でしかない。


 唸り声と共に、ジュイの身体から見えない波動が放たれる。

 スキル【念動】。彼が最初の進化で得たスキル。サイコキネシスと呼べるそれは、手を触れることなく物体を動かせるスキルだ。それに煽られて、4人が盛大に床を転がった。


「わあああぁぁ!!」

「ば、ば、化け物だああ!!」


 それでも、そこで心が完全に折れなかったあたり、4人はやはり相応の手練れと言えるのだろう。転がされてもなお、おぼつかないながらも受け身を取って起き上がると、彼らは全員別の方向へ逃げ出したのだ。


 そんな逃げ惑う人間たちを、ジュイは品定めする。


『あれとあれは、そっちでー』


 そして狩ると決めたもの、譲ると決めたものとフェリパたちへ通達する。


「へいへい、わかりましたよっと……」

「人使いの荒い狼ですね。普段は一番だらけていますのに」


 肩をすくめながらも了承を返した彼女たちが、動き出す。


 フェリパが塔盾を構える。だがそれは、攻撃を受けるための構えではない。それは投擲の構え。

 その一歩後ろで、ティルガナが魔法を組み上げる。浮かび上がる燐光は白、すなわち光の色。


「【ブーメランショット】」

「【ホーリーレーザー】」


 同時の宣言で放たれたもの。それは手元へ戻ることを約束された巨大な塔盾と、一瞬で間合いを詰める光の光線であった。


 前者は投擲物がダメージを与えた場合、投げ手にそれが戻ってくる【投擲】のアクティブスキル。

 後者は光であるが故の速射性により、ほぼ確実に一撃を与える【光魔法】の一つ。


 そしてそれらはいずれも、寸分たがわず獲物の息の根を止めた。


 その数瞬前には雷が場に落ち、1人の身体が炭化している。そして、フェリパたちの攻撃が終わった時――。


「あがあっ!」


 最後に残っていた1人も、ジュイの爪によって身体の前面を切り裂かれて絶命した。


『……この人数だと、足りないかなー』


 最後の1人が倒れたのを見ながら、ジュイがこぼす。


「そら、うちらのレベルになってしもたら、この程度の人間がこの程度の人数集まったところで、面白くはないわな」

「ですが、確か第5フロアにはかなりの人間が集結していたはずです。そこまで行けば、ジュイの気も紛れるのでは?」

『あー、そういえばそうだったねー』

「……一気に行くのはあかんで?」

「そうです。まずはこのまま遡って、侵入者を順に排除ですよ」

『わかってるー、お楽しみは最後にとっとくさー』


 にたあ、と笑うジュイ。その足元で、今し方死んだ侍の姿が音もなく消滅していく。

 その魂が、存在が、DEへと変換されたのだ。今のこの瞬間も最深部から見守るサブマスターが、処理を済ませたのだろう。


「ほな、行こか」

「ええ。すべては主様と奥方様のために」

『あーい』


 そうして三体のモンスターは、はやてとなって進軍を再開する。

 その後ろには、誰も残らない。

 そう、誰も、誰も。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



「おい、なんか騒がしいな? 何かあったのか?」

「ああ、よくわからねえがあの花の小僧が大慌てでたくさんの人間を引き連れてどこかに出て行ったみたいだぜ」

「ええ? じゃあ外で何かあったってことかい?」

「かもしれないな……で、俺らはどうするんだ?」

「待機だとよ。なんてことはねえ、いつも通りだ」

「いつも通りねえ……あーあー、つまんねえなあ」

「まあまあ……生かしてもらってるだけ恩の字だろ。飯はうまいし、不思議な道具のおかげで楽ができる」

「そうだけどよ……なんかこう、違うんだよなあ」

「そうだそうだ。女にされたことを抜きにしても、刺激が足りねえんだよここの暮らしは」

「言いたいことはわかるけどな……」

「そこでだ! なあ、あの鬼娘に聞いたんだが、今ここの化け物はあの鬼娘以外全員出払ってるらしいぜ」

「なに? ってことはあの鬼畜な魔女もか?」

「そうだ! ってことで、どうよ? ここはいっちょ、やってみねえか?」

「やるって……おい、お前まさか」

「ほう? 聞かせてみろよ」

「あの鬼娘をかどわかすのよ! へっへっへ、ちょいと肉付きは薄いが女としちゃ充分だろ」

「いや、俺らも今は女だけどな?」

「うるせえ、言葉の綾だ! とにかくあいつを盾にしてやればだな、窮屈な暮らしからもおさらばできると思わねえか!?」

「なるほど、今が好機ってことだな」

「そうだ! どうよ!?」

「……俺はやめておくよ。思うところがないわけじゃないけど、死ぬのは御免だ」

「おいおい、随分とつれねえな。一緒にこんなところまできた悪党同士じゃねえか」

「勝てるわけがないって、どう見たって明らかだからな。負けるってわかってる博打に乗るつもりはないよ。安心しろ、黙っておくくらいはしてやるさ」

「へっ、友達がいのねえやつだぜ。お前はどうだ?」

「おう、やってやんよ! あいつらにはいい加減いらついてたんだ!」

「よぉし、そうこなくっちゃあな! で、細かい手順だが……」

「……俺は忠告したからな……」


ここまで読んでいただきありがとうございます。


ジュイ、フェリパ、ティルガナ出陣。次回からバトル回になる予定です。

……戦闘シーンとか久しぶりだ、ちゃんと書けるといいなあ。

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