第八十六話 ダンジョン防衛戦 3
少し時間を置いて、どうにかこうにか場を治めることができた。
かよちゃんは、大事な時に邪魔して申し訳ないって泣きそうだったけど、いいんだ。負け戦じゃないんだし。
ただ、なんかどんどん第6フロア以降に踏み込む人間が増えてるから、その点は面倒だなって思う。
正確な人数は数えてないけど、当初第5フロアに留まってた人間よりも多いのは間違いない。どんだけ本気なんだろう。
まあ、この程度で揺らぐようなやわな備えはしてないけど……後になればなるほど入ってくる連中が、物資以外のものと思われる包み? 的な何かを背負ってるのが気になる。あれの中身はなんあんだろう。
「第7フロアまで進入されたか」
まあそれはともかく、いくつかの仮想モニターを順繰りに眺めながら、つぶやく。
それを聞いたかよちゃんが、小首を傾げた。
「第7って、確か謎解きフロアじゃありませんでしたっけ」
「そうだね。かよちゃんの作った和算の問題を解かないと、先には進めないフロアだ」
「ああ、そういやそんなん作った言うてたなあ」
『おれには縁のないところー』
第7フロアにある問題は全部で6つで、ルートが2つに分かれてるので3つは解かないといけない。そして謎解きエリアの扉は破壊不能オブジェクトなので、ズルはできない。
そういうフロアだから、全体的に狭い。ジュイのようなスピードアタッカーはもちろん、集団戦そのものがしづらいフロアと言えるだろう。
「このフロアをどんなふうに進むかな? 謎解きフロアはここが最初だから、これまたいいデータが取れそうだ」
ダンジョンとは縁のないこの世界の人間が、前情報なしでそんな反応をしてくれるのか楽しみだ。
そして集団戦の真価を発揮しづらいフロアだから、いい具合に脱落者が出てほしい。
「旦那様」
「うん、最初のパーティが最初の謎解きエリアに入ったね」
画面の一つを見て、ボクたちは頷き合う。
謎解きエリアには、進行役のオブジェクトが設定してある。一定のプログラムに従って、録音した内容を再生するものだから、分類としてはゴーレムになるんだろうけど、モンスターではない。ダンジョンの一部ということで、破壊不能オブジェクトになっている。
その進行役は、難しい問題と簡単な問題の選択をさせ、問題を提示する役目を負っている。ただし、普通に提示するんじゃなくて、挑戦者を煽って難しい方を選択するように仕向けるやり方でだ。
冷静に考えるなら、早く先に進むために簡単な方を選べばいいんだけど……。
「……あ、難しい方を選んでしまいましたね……」
「言ったでしょ、変なプライドが邪魔して難しい方をあえて選ぶやつがいるって」
「よくわかりました……」
あとでどれだけ難しいほうに挑んだか統計取っておこう。
「……旦那様、あの数字が減ってるのはどういう意味ですか?」
記録のためにカウンターを用意していると、そんな質問が飛んできた。
確かに、例の進行役の胸元には数字が表示されている。そして、時間経過に伴いそれが小さくなっていっている。
「ああ、タイムリミットだね」
「たいむりみっと」
「そう。あのカウントがゼロになったら、強制的にフロアの入り口まで戻される仕組みになってるんだ」
「……それって、他のエリアもですか?」
「もちろんだよ。最後の謎解きエリアでも、時間内に解けなかったら最初からやり直しさ。で、当然同じ問題は出ないようになってるから」
「……うわあ」
「クイン様って結構ええ性格しとるよな」
「褒め言葉って受け取るからね?」
これくらいで性格悪いなんて、失礼しちゃうなあ。
ベラルモース七大ダンジョンの一つ、ビブリオラビリンスとかえげつないぞ。全フロアが謎解きフロアで、世界のすべてに通じてないと先に進めないんだ。しかも、一定回数間違えると問答無用でダンジョンの外に放り出されるからね。
あれに比べたらボクの仕掛けなんて、かわいいものさ。
「……そのダンジョンって、旦那様が天敵じゃないですか?」
「さすがに魔力が持たないよ。全部で何フロアあるかまだわからないくらいたくさんあるから」
「確認されとるのは、1970フロアまでやったかなあ」
「うわあ……」
「ちなみに、七大ダンジョンの最長は主神様が経営するところが5000フロアだから、ビブリオもそれくらいなんじゃないかなあ」
「…………」
かよちゃんが絶句した。
わからなくはないけど、最深部まで至れた人は結構いるから七大ダンジョンの中では一番易しい。おまけに辿り着ければ主神様に直接拝謁できるから、よく巡礼者が入ってる。うちのママもその1人だった。
「あ」
そんな、ちょっとした豆知識講義をしていたところで、動きがあった。
真っ赤な顔をして和算に挑んでいた一人が、タイムリミットに焦って入力した答えが間違ってたのだ。
そして問題を間違えると、ペナルティとして謎解きエリアに閉じ込められたうえでモンスターに襲われるわけで。
「……旦那様、スライムはやりすぎなのでは?」
「クイン様……」
「いや、だってペナルティだし。……フェリパ、そんな目で見ないで」
そういえば彼女、サブ性格が【優しい人】だったっけか……。敵にまで同情しないでほしいなあ……。
「あ、全滅した」
それはともかく、挑戦者たちの最期はあっけないものだった。
まあ、魔法系の攻撃手段を持たないパーティで大量のスライムに襲われたらそうもなる。魔力を剣に宿して、魔法的に敵を攻撃するアクティブスキルも【剣術】にはあるけど……この世界、スキルの概念ないしねえ。
そう思いながら今までの情報を整理していると、横でフェリパが神妙な顔で手を合わせる。
「……冥福を祈っとくわ。なむなむ」
まさかの仏教式だった。
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その後、9組のパーティが謎解きフロアに挑み、5組が突破して第8フロアに進み、残り3組が全滅、最後の1組がペナルティーのモンスターラッシュには耐えたものの撤退を選んだ。
彼らの内訳としては、突破した5組のうち4組が簡単な方に挑み突破。まさか難しい方で突破者が出るとは思わなかったけど、支障はないから大丈夫。
全滅したほうは、2組が難しい方でやられ、1組がまさかの簡単な方で撃沈。和算も、できる人とできない人が結構分かれてるみたいだ。
「そうこうしてるうちにまた来たなあ……」
これで11組目。今回のパーティは、どうやら弓使いがいるようだ。今まで剣士が大半だったから、すごく新鮮に見える。とはいえ、ある程度広いところじゃないと真価を発揮するのは難しいだろう。
そんな彼らは、どうやら難しいほうに挑むようだ。進んで墓穴に飛び込んでいくスタイルには頭が下がる。
「……見た感じ、彼らは失敗しそうだね」
「進んでませんもんね……」
問題を見た瞬間、顔から表情が消えた人すらいたもんね。さっぱりわかんないんだろう。
この様子だと、簡単な方を選んだとしてもダメだったかも?
そう思った時だった。その謎解きエリアに、別のパーティが入ってきた。
「あれっ」
「? どうかしたんですか?」
「いや……謎解きエリアは同時に複数のパーティが入れないように、並行空間に設定してあったはずだけど……あれえ?」
おかしいなあ。
レイドパーティならともかく、後に入ってきた別々のパーティは同じ中身で違う空間に入るようになっている。それが並行空間設定なんだけど。
「……あっ」
「今度はどないしたんや?」
「あは、設定してなかったみたい」
ボクの答えに、フェリパがズコーとこけた。
うん、これは完全にボクのミスだね。
「あそこに人がいる間は設定変更できないからなあ……いなくなったら即刻設定しておかなきゃ」
そうしておかないと、後から来た人に切れ者がいたら、複数のパーティを同時に先に通してしまうことになる。それは、謎解きフロアでは致命的だ。
「あ」
ほら。
今みたいに、後から来たパーティの一人が正解を入力したおかげで、最初に来て詰まってたパーティも先に進めちゃう。
我ながらこれは手痛いミスだ。
設定を確認すると、一応その先にある残りの2つはちゃんと設定がしてあった。なるほど、そこをやったことでここもやったものだと思い込んじゃったかな。
「突破されちゃいましたね……」
「ね。まあでも、これは教訓だと思おう」
人がいなくなった第一の謎解きエリアに設定をしつつ、ボクは苦笑した。
そこを抜けた二つのパーティはと言うと、そのままくっついたまま先に進むみたいだ。
この形だと、謎解きエリアは二つのパーティの混在じゃなくって、人数の多い一つのパーティって認識するだろうな。ってことは、恐らくこの後もこの二つのパーティは先に突破して、第8フロアまで足を踏み入れると思う。
うーん、自分の設定ミスが原因とはいえ、やっちゃったなあ。やっぱり、その場の勢いだけでフロアを一気に増やすのは少し気を付けないとダメだな。
「……あ、旦那様っ、遂に第8フロアにまではいられちゃいましたよ!」
「本当だね。あそこは風属性をつけたエリアだったな……」
飛び道具を使う人には辛いフロアだ。もちろん、単純に大半の人が行動しづらいフロアにもある。
こういう特殊なフロアで、彼らがどういう風に行動するのか気になるところだ。
ただ、そろそろ本格的に殺しに行ったほうがいいかもしれない。残りは第8を含めても3フロア。面倒なことになる前に始末をつけたほうが……。
そう思った時だ。
『閣下、大変です!』
『主、大変だ!』
ほぼ同時に、ロシュアネスとユヴィルから念話が飛んできた。
「うわっ、二人してどうしたのさ? 何かあった?」
『何かあったというどころの騒ぎではありません!』
『ああ、こいつはやばいぞ!』
ボクの、少しおどけた調子の返答に返ってきたのは、二人の切羽詰まったような声。
その瞬間に、ボクは何があったのかを察した。
この二人がそんなに慌てて、しかも同時に報告してくるだろうことなんて、現状一つしか思いつかない。
「……まさか。起きたの?」
思わず生唾を飲み込みながら、尋ねたボクへの返事は。
『その通りです!』
『ああ!』
『『江戸で大地震が!』』
時は安政2年の10月2日(1855年11月11日)。
遂に、恐れていたことが起きてしまったようだ。
しかも、大勢に侵攻を受けているという事態の真っ最中に――。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
地震第三弾。一応、これでとりあえずは最後になると思います。
実際はまだあるんですけど、今章はあくまで「1854年~1855年」なので。