第八十五話 ダンジョン防衛戦 2
「説明するのじゃ!」
「「うわあっ!?」」
突然ボクらの背後に現れた幟子ちゃんに、ボクとフェリパはびっくりして慌てて振り返った。
ジュイはあまり反応がないけど、幟子ちゃんに対してじろりと視線を向けている。
そんなボクらの視線をさらっと受け流しながら、幟子ちゃんは胸を張る。
「この国の剣……すなわち刀は、ぬしさまたちが考えておるベラルモースの剣とは方向性が違うんじゃよ!」
「ふむう?」
単に驚かせるだけかと思ったけど、案外まっとうな解説になりそうだぞ?
「ベラルモースの剣は、基本的に重さと力でもってねじ切るものじゃよな。神話の時代、神々が造ったものはまた違うようじゃが、一般的な剣はそういうもんじゃろ?」
「まあ、そうだね」
「うちがネームレスだったころ使っとったのも、そういうんやな」
幟子ちゃんの言葉に、ボクたちはうん、と頷く。
「ところがどっこい、この国の刀は違うんじゃな。刀は徹頭徹尾『斬る』ためのものでの、鍛造から刃の研ぎに至るまで、それがとにかく重視されておる」
「え? どう違うのさ?」
「細かい説明は長くなるから省くが……鉄を何度も折り重ねて鍛錬することで強度と粘りを得る。これによって、折れず、曲がらず、よく切れるものに仕上がるんじゃ」
「え、何その変態的な工程……剣一本にどんだけの労力かけてるのさ……」
並行して【真理の扉】で調べてみたけど、こんなの剣とはほぼ別物じゃないか。切れ味の評価が、ベラルモースの剣より基本的に一段上に設定されてるぞ。一般級の刀と希少級の剣が同じ攻撃力って何事さ?
なるほど、これは頭おかしい。
いや褒めてるよ?
時代によってだいぶ造り方に差があるみたいだけど、目指してるところはおおむね同じか。
……あのそりも、効率よく斬るためのものなのか……何が日本人をそこまでさせるんだろう。お米と同じ何かを感じる。
「つまりあれやんな、斬撃特化っちゅーことか。せやからストーンゴーレムすら切れたと。あれ、石っぽいけど実際は石とちゃうし」
「然りじゃ! とはいえ、短所もある。その機能を十全に発揮させるには、使い手にある程度の技術が求められるんじゃよ。ま、今来ておる連中は使いこなせるだけの腕があるようじゃがの」
「なるほどね、よくわかったよ」
となると、男谷信友君みたいにスキルレベルがカンストしてる人間が来たら、ストーンゴーレムはおろか、その上のメタルゴーレム、さらにその上のアイアンゴーレムやミスリルゴーレムですら危ういんじゃないだろうか。
名剣と言われるほどの業物を使わせたら、もっと……。
「……うわ、ちょっとぞっとした。ここで知れてよかったかも」
「クイン様、あのストーンゴーレムの防御力って理論値いくつやってん?」
「えーっと、耐性スキル込みで800ちょいだね。撃破に大体8回くらい攻撃してて、彼らの生命力が大体300前後だから、一発のダメージは40ちょっとかな」
「その数値抜いて40もダメージ入るとか、一般級の武器にしちゃ破格やん……うちらでも一発急所にもらったらかなり危ういで、それ」
「うん……これはもうちょっと警戒したほうがいいかもしんないね……」
とりあえず、フェリパの盾は新調しよう。そうしよう。
「……それにしても、幟子ちゃん詳しいね。そういえば【鍛冶】スキル持ってたけど……」
「ふっふっふ、妾こう見えても、昔刀鍛冶をやったことがあるんじゃよ! 今でも有名な刀工に請われての、よう相槌を握ったもんじゃ!」
鼻高々、と言った調子で幟子ちゃんが言う。
が、すぐに表情を変えて、ぶんぶんと首を振る。
「あいや、べ、別に男女の仲ではないぞえ!? 対価として魂を喰ろうておったが、それは向こうも了承しての、仕事の付き合いのみであってじゃな!」
「そう慌てられると逆に疑わしいよね?」
「そそそ、そんなことないのじゃよ!? 妾、こっち来てからは帝くらいしか同衾しておらんから! まこと!」
「まあ、そもそもボクのお嫁さんはかよちゃん一人だからね。その話を聞いたところで、特に思うところはないけどね」
「ふにゃーー!! そこは冗談でも少しくらい嫉妬してくれんかのぉ!?」
両手両足をばたばたと動かしまくって顔を真っ赤にしてる様は、まるっきり駄々っ子にしか見えない。
かよちゃんはあまり感情を表に出したがらないから、そう言う意味では幟子ちゃんもからかいがいがあるとは言えるかな。
「たかちゃんが造った剣とか、百パー魔剣やん。怖くて使われへんわ」
「確かに」
「ひどい言いがかりなのじゃ!? その辺りの加減を間違うほど妾落ちぶれちゃおらんのじゃよ!」
「「…………」」
「せめて何か言ってほしいんじゃよー!!」
うわーんと泣きわめきながら、幟子ちゃん退場。
一応褒めようとは思ってたんだけどなあ。どうも彼女を見てると虐めたくなるみたいだ。まあ、直すつもりはないけど。
「まあそれはともかく」
「それでさらっと流せるあたり、クイン様って結構鉄面皮よな」
「否定はしないよ。で、だ。ストーンゴーレムくらいじゃ思ってたより敵にならないってことがわかったわけで」
改めて【モンスタークリエイト】を起動しながら言う。
仮想モニターでは、進撃を続ける探索者たちが変わらず映っている。あの戦いはほとんど影響がなかったっぽいなあ。
〈注意! 指定フロアに侵入者が入りました〉
「おっと……また入って来たのか」
警告を受けて仮想モニターを見てみると、確かに新しいパーティが第6フロアに進入していた。
うーん、第5フロアのほうの設営は確かに進んでない見たいだけど、先に進むことを選んだ人は少なくないのかな。
このまま延々と人を送られると、後が面倒だな。今のうちにいくつか間引いとくか。
「ふふ、今度はスライム系とか行ってみよっか。どう戦うかな?」
手早く【モンスタークリエイト】の操作を終わらせ、ダンジョン内にモンスターを用意する。
今回用意したのはビッグスライム。スライム系の中位種で、藤乃ちゃんがなぜかペットにしてるキングスライムの下に当たるモンスターになる。
こいつらの最大の特徴は、何と言っても種族特性の【物理抵抗・大】と【弾性・大】だ。文字通り、物理的な攻撃に対する耐性で、物理攻撃しか攻撃手段がない場合、鬼門となるモンスターだ。
もちろん、絶対に物理だけで倒せないってわけじゃない。体内のどこかに必ず核があるから、それを破壊できれば倒せる。完全に無効化するわけでもないから、根気よく身体を削ぎ続けても倒せる。
とはいえ、それができれば苦労しない。特に魔法を持たないこの世界の人間にとっては、鬼門であることに変わりはないと思う。
今回は、そんなビッグスライムをストーンゴーレムと同じく2体用意してみた。
「あ、すんごい驚いてる」
「まあ、この世界にああいうタイプの生き物はおらんわな」
「いないことはないけど、あのサイズのはちょっとねえ」
仮想モニターの向こうで、スライムに対峙した探索者たちが戦々恐々としている。
おっかなびっくり繰り出される斬撃。
……残念、ビッグスライムの身体がそれをぶにょんと受け止めてしまう。そしてそのまま、受け止めた剣を体内にずぶずぶと引きずり込んでいく。
こうなったら、もうスライム系の必勝パターンだ。剣を手放さない限り、剣と一緒に取り込まれて窒息コースだね。酸や毒のスライムだったら、もちろん目も当てられない結果になる。
あー、あーあー、一人がビッグスライムに飲み込まれちゃった。周りも必死に助けようと群がるけど、ビッグスライムはもう一匹いる。救助どころかそっちにまた飲み込まれかねない状況で、誰かの心配とかしてる場合じゃない。
「……あ、撤退した」
「そらそうやろ。んで、妥当な判断やと思うわ」
勝てない相手にがむしゃらに挑むのは賢い選択とは言えないね。彼らは正しい。
……それでも、生き残った彼らに先に進む気力はあるかな?
目の前でスライムに飲み込まれていく仲間、それを助けられなかった事実は、結構精神を削るだろう。できればここで心を折って、ダンジョンそのものからの撤退をお勧めするけど、はてさて。
〈注意! 指定フロアに侵入者が入りました〉
「……小出しにしてこっちの戦力を削ってるつもりかなあ」
決して間違ったやり方ではないんだけどな。実際、うちも最初の頃それをやられたら危なかったかもしれない。
ただ、今の江戸前ダンジョンは豊富なDEがある。正直、持久戦に持ち込まれたってなにも困らないのだ。
……あ、ごめん嘘。かよちゃんといちゃつく時間が減る。
うん、ビッグスライム増やそう。それで、この防衛戦さっさと終わらせちゃおう。そうしよう。
「クイン様……目ぇ座っとるがな……」
「ふふふふ……遊びはここまでさ……」
悪役のオーラを背負いつつ、【モンスタークリエイト】に向き直るボク。
そこに、
「旦那様っ」
「かよちゃん? どうしたの……って、あれ? ひょっとして怒ってる?」
「幟子様に何したんですかっ。泣いてらっしゃいましたよ!」
「えー!? なんでそこで君が出てくるの!?」
「旦那様、私を一番に扱ってくださるのはとっても嬉しいですけど、あんまり幟子様を邪険にしないであげてくださいっ。かわいそうです!」
「えええええ!?」
ボクは君一筋なのに、なんで君が幟子ちゃんをかばうんだい!?
「…………」
「フェリパ、無言で肩ポンしないでくれる!?」
〈注意! 指定フロアに侵入者が入りました〉
どうしろってのさこの状況!?
ここまで読んでいただきありがとうございます。
刀についての話は早いうちに触れておきたくって、幟子のスキルに鍛冶を入れたのもそういう理由もあるんですが、ここまでかかりました。
彼女がかつて刀を打ったことがあるという話は、ある刀の逸話をモチーフにしているのですが、某乱舞やってる方にはわかるかも?