第八十四話 ダンジョン防衛戦 1
稲の収穫も、精米も終えてお祭りも済ませて。生活に時間が生まれ、少しずつ冬の足音が聞こえてくるようになった頃。
ボクはいつも通り、研究室で開発と実験を繰り返していた。
地震エネルギー変換装置の研究は、正直順調じゃない。確かに効率化やコストの改善自体は進んでるんだけど、その伸び率が予想以上に悪いんだよ。
一番最初に作った奴からしばらく、そうだなあ、四代目辺りまではわりと順調に伸びたんだけどな……。そっから先が、さながらスキルの成長と同じように急に伸びなくなった。
こうなると、素材の見直しや魔法式の改良は頭打ちって言っていいだろう。ここから先は、今までの常識だけでは解決できない領域ってことなんだろうな。
今のところ一番問題なのは、耐久性だ。地球が持っているエネルギーの質が良すぎるおかげで、あっという間に飽和してしまう。一度使ったら何日も休ませるか、まるっと一日かけてオーバーホールするかって具合なのだ。
連続して使用できないと、DE確保目的ならまだしも地震エネルギーの鎮静化には使えない。ただでさえ地震の多い日本なだけに、将来的な安全のためにもなんとかしたいんだけど……。
「……ダメだ、浮かばないや」
名案がそう簡単に浮かぶなら、誰も苦労はしない。
とはいえ、このままずっと考えてたって不毛なだけだ。ここは気分転換に、他のこと考えよう。
「世界管理システムの一時的な変更のためには……」
そして、別の研究資料を引っ張り出そうとした、その瞬間だ。
〈注意! 指定フロアに侵入者が入りました〉
「ぅえっ!?」
突然目の前に出現したメッセージウィンドウに、思わず変な声が出た。
「指定フロアって、第6フロアじゃん!? 中ボスまた倒されたのか!?」
慌ててダンジョン内の映像を表示させてみれば確かに、6人の集団が第6フロアでの探索を開始していた。
あ、説明が遅れたね。指定フロアってのは文字通り、ダンジョンマスターが指定したフロアのことなんだけど、これを設定すると、その指定した場所に外部の存在が立ち入った際に警告してくれるのだ。早い話、一種のセキュリティだね。
ボクはこれを、第6フロアに設定していた。第5フロア、つまり中ボスを突破した探索者がいたら知らせるようにしておいたのだ。
先日剣の達人たちが来た時はそこで引き返してて、その後も先に到達する探索者が一人もいなかったから、別にいいかなって思ってたけど……。
「……あ、この人見たことある」
こないだ中ボスを突破した15人のうちの1人じゃないの。そうか、改めて一探索者として再挑戦してきたのか。
他のメンツは見覚えがないけど……どうも全員相応に剣術が使えるっぽいぞ。浅層をうろついてる探索者とは動きが違う。
しまったな、中ボスのおとも、コボルト6匹じゃ足りなかったかも?
ちょっと本腰入れて状況を見よう。そう思って、ボクは研究室を後にした。
そして会議室に入り込んだ、その瞬間。
〈注意! 指定フロアに侵入者が入りました〉
「え、またっ!?」
確かに中ボスはリポップするまで、他のモンスターより少し時間がかかるけど……それにしたって、前と後との時間差がなさすぎるぞ。もしかして、レイドパーティで来てて、先に進むにあたってパーティを分けた?
会議室のいつもの席に陣取りつつ、仮想モニターを増やす。こちらは、第5フロアの中ボス部屋を映し出す。
「……げっ!? レイドってレベルじゃない!?」
そこには、何十人もの人間が拠点を設営している光景が!
これじゃまるで、軍隊の進軍みたいじゃないか……って、もしかして、みたいじゃなくてそのものか!?
「どこのだれか知らないけど、よく狭いダンジョンに軍隊で入る気になったなあ。確かに、単に攻略するだけならそれが一番手っ取り早いけど……」
この世界でも、そこに気づいた人間がいるってことか。
そういえば、我が江戸前ダンジョンは一応、正体不明の化け物が跋扈する謎の危険地帯って認識だった。完全な協力体制はまだ敷いていない。
となれば、正体を知らない人がガチに攻略しにかかるのも当然か。むしろ、今までそういう動きがなかったのがおかしいのかも。
よーし、その勝負乗った。江戸前ダンジョン最初のガチ防衛戦といこうじゃない! まあ、ボクたちが負けるなんてありえないけどね!
「……とりあえず、第5フロアの中ボスは一旦手動リポップさせて、と。それからリポップ速度を一時的にあげておこう」
こうしてやれば、第5フロアを拠点として使われることはないだろう。中ボスにしてあるコボルトサージェントは、確かに【剣術】がカンストしてる人にとっては雑魚だけど、この世界の一般人と比べれば強敵になり得る。設営を邪魔し続けるだけなら、もっと弱いやつでもいいくらいだろう。
案の定、設営に専念していた彼らは、突然現れたコボルトサージェントとその取り巻きに、盛大にうろたえている。既に誰かしらがボスエリアに入ってるので、コボルトサージェントは出現と同時に戦闘開始だ。休憩中の人たちは、運が悪かったとしか言いようがない。
まあ、リポップ速度を上げられるのは一時的で、一定時間経過するとしばらくリポップ速度が落ちるんだけど。今は仕方ない。
この間に、第6フロアに進んだ探索者へ意識を戻す。
第6以降のフロアに出現するモンスターは、それまでより強化してある。レベルはもちろん上だし、それぞれが手にしている武器に応じたスキルも所持している。元がそこまで強くはないから、それだけで安心はできないけど、難易度の上昇は感じられるはずだ。
事実、最初に入ってきたパーティは、最初に遭遇したモンスターの群れといまだに戦闘を続けている。
うん、こないだは一体だけを戦わせたから瞬殺だったけど、さすがに徒党を組んだらそれなりに戦えるわけだね。これはいいデータになりそうだ。
問題は居住エリアの手前、ダンジョンとしての一応の最終フロア(ちなみに今は第10)のボスをどうするかだ。名目上のラスボスだね。
実は今、ここにボスは設定されてない。何せ、第5フロアすら1年以上やっててこないだのレイドが初到達だったのだ。突破されるにしても時間がかかるだろうと踏んで、特に決めてなかった。
それに、無理に設定しておく必要もないって言うか。
「ジュイ、フェリパ、こっち来てくれる? 至急で」
『ごしゅじんどーした?』
「至急ってまた珍しい。どないしたんや?」
ボクの呼びかけに応じて、即座に二人がやってくる。名指しで至急と言っただけあって、二人とも緊張の色が見て取れる。
「大規模な侵入を受けてる。どこまで彼らが行けるかはわかんないけど、万が一の場合は二人に第10フロアを任せたい」
『お! やっとでばんが来た!? 暴れていーんだよね?』
「そりゃもう、盛大に」
『よーし!』
好戦的なジュイは、牙をむいてにやりと笑う。時たま発散はさせてるはずなんだけどな。あれだけじゃ足らないのか?
「うちまで行かんでも、余裕やと思うんやけど……」
「ジュイは【裂帛】を使う。そうすると防御力が不安になるからね。盾役は必要かなって」
「あ、せやったな。なるほど、了解やで」
一方、フェリパのほうはわりと冷静に受け答えをする。元々、ゴブリンナイトでありながら剣を捨ててる彼女だ。あんまり戦いは好きじゃないんだろうけどね、守るための戦いは否定しないんだろう。
「まあ、そこまで到達できない可能性も十分あるけどね。とりあえず、直前までは待機ってことで」
『わかったー』
「あいよー」
そう言う二人の表情は、先ほどと比べて穏やかなものだった。
まあ正直なところ、上位種に至ってる二人に勝てる生身の人間がそうそういるはずもないしね。男谷信友君クラスだとさすがにいい勝負できるだろうけど、それでも殺すことはほぼ無理だ。それくらい、彼我の戦力差は圧倒的なのだ。
残念だけど、たかだか数十人規模じゃうちの幹部には勝てないよ。
「せっかくだ、他にもいろいろ試してみようか」
くすりと笑って、ボクは【モンスタークリエイト】を起動する。
無数の項目から選び出すのは、物理攻撃に強い耐性を持つ物質系のモンスターだ。
「ま、最初だ。とりあえずストーンゴーレムで様子見かな」
つぶやきながら、第6フロアに二番手のパーティの向かう先にストーンゴーレムを2体設置する。
画面の中で、魔法の光と共にストーンゴーレムが出現した。
あれは地属性ゴーレムの中位種で、種族特性として【物理抵抗・微】と【斬撃耐性】を持つゴーレム。
まあストーンと言いつつ実際には石じゃなくてそれっぽい何かなんだけど、どっちにしても剣士系の人間には、戦いづらい相手の一つだ。
『あー、戦ってもあんまりおもしろくないやつ』
「そやけど、一般級程度の剣で【剣術】ってなると、レベル5はないと十分なダメージ出ぇへん相手やん。クイン様も悪いお人やわぁ」
「いやいや、今第6以降に入ってる人間の大半はその域に達してるからね。正直なところトントンだと思うよ」
「……まじ?」
「まじまじ。言ったでしょ、防衛戦って。あっちはあっちなりに本気だよ……っと、接敵したね」
画面の向こうでは、2体のストーンゴーレムと接触したパーティが早速戦闘を開始していた。
最初は今まで見たことのない相手ってこともあって少しびっくりしたようだったけど、立ち直るのは遅くなかった。
そして先頭の男が、気合のこもった声と共に剣を振るう。
「……は?」
「? どないしたんや?」
「……一発でストーンゴーレムの腕が切り落とされたんだけど」
「は? ンなアホな……」
「ことが起きたんだ。何あれどうなってんの……」
ストーンゴーレムが、見る見るうちにバラバラになっていく。わけがわからないよ。
相手側のステータスは、どう【鑑定】しても男谷信友君より格下だ。にもかかわらず細切れになっていくストーンゴー……あっ、死んだ。
「……おっかしーな、あのステじゃあんな芸当できないはずなんだけど」
「可能性があるとしたら武器のほうとちゃう?」
「えー、でも見た感じみんな似たようなもの使ってるよ。量産品じゃないの?」
「そっかー……量産品でそないな切れ味は期待できんか……」
うーん、と腕を組んで考え込むボクら。
その傍らで、ジュイがおおあくびをかました。
君って奴は本当に……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
総合話数101話に来て、初めてダンジョンアタックを受けるの巻。
今章のハイライトになる予定。メンバーの戦闘シーンを予定してますよ!
100話越えて! 初めて!w