計画
年のころは十七、八だろうか。といっても見た目ではなく、彼女が身に着けている高校の制服からそう判断した。髪は肩にはとどかない位にそろえられているが、活発な印象を受けるほど短くはなく、むしろ受ける印象は静かでおとなしいといったものである。背丈もあきらかに平均を下回り、さらに他の制服たちより頭ひとつ分は下に幼い面持ちをみせていることもあり、見た目だけではとても昨今の高校生とは思えない。
男はそんな少女に恋をした。
男はそんな少女が大人の女に変わっていくことが許せなかった。
男はそんな少女を殺すことにした。
後をつけ、良い場所があったらそこで殺す。そんな計画ともいえない簡単な方法を男は使うことにした。これこそ、この男そのものをあらわしていた。目的は殺すことであって、理由は殺されるべきだから、なのだ。その後何がどうなろうと、そんなことは一切どうでもいいことなのだ。
せめて楽しもう。死ぬべき少女を殺してあげるのだから、その権利は自分にある。男は妙に落ち着いていた。
いつものように知りもしないその人を視界に入れると、わたしは最大限の勇気を振り絞って歩く。ほかの道を通らないことで精一杯なんて我ながら情けないとは思うが、どうも落ち着かないのはここがわたしの限界だということなのだろう。情けないついでだが、もし周りに誰もいなかったら逃げ出してないとも限らない。
でもしょうがないじゃない。だって、その人がいるんだもん。
その人はわたしを見ているのだ。
なんだか恥ずかしくなってくる。
視線を意識してわたしは、少しでも背を高く、大人びて見えるように背筋を伸ばす。この時間この場所、今この瞬間がわたしの舞台。どんな時よりも自分を意識する数十メートルだ。
こんなときに間違って同じ手と足を同時に出してしまったら大変だから、わたしは手足の動きにさえ気をつける。まっすぐ歩いて時々その人を確認する。
ああ!緊張する。
心で叫びつつ。
その人はわたしのことをどう思っているのだろうか。あれこれ考えるせいか高校生活よりも登下校のほうが緊張してしまう。
もしかしたらわたしが小さいから目に留まりやすいだけかもしれない。ただ珍しいから見ているだけかもしれない。もっと言ってしまえば見られているというわたしの錯覚かもしれない。
それでも。それでも名前も知らないその人はわたしをみている。本当なら周りの子みたいにスカートの丈をひざ上にしたいし、ちょっとくらい化粧もしてみたい。勇気があったら女のわたしを見てもらいたい。
そう、わたしは恋をしている。その人は若い男の人。といってもわたしよりは年上だけど。
だからわたしは計画を立てた。それは、いつか告白する、という計画にもならないような、それでいてわたしにとって精一杯の計画。
これじゃ、落ち着いてもいられない。
男の計画は早速行動に移された。
男は少女を殺すべく後をつける。下見なんて必要はない。必要なのは殺せるタイミングだけなのだ。
辺りは落ちかけた太陽と雑然とした人ごみ。それがすぐに夕闇、そして聞こえる少女の足音と変化をしていくと、男は自分の計画に確信を持った。その証拠に、少女の背中にあきるほどの時が経たずに男は笑みをこぼした。それは必要としているタイミングが迫ってくるのが解るからだ。
少女は、男の欲するひと気のない公園に差し掛かった。これだけで男には十分だった。男の考えは決まっている。このまま後ろから襲い掛かり公園に引きずり込んでじっくり殺す。だが少女は自ら公園に入り、それ以上に男を喜ばせた。
これが少女の帰り道なのか寄り道なのか。そんなことはどうでもいい。ただ、早く殺さなければならない。
わたしは知っている。その人が学校を出てからずっと後をついて来ているのを。でも知っているけどもっと知りたい。
なんでわたしについて来るの?
いつもわたしを見ているのだから、その人もわたしに好意を持っているのだろうか。そんなことは前から考えていた。でも確信なんてどこにもない。
・・・でも。その人もわたしが好きなんだ。だからわたしに告白したいんだ。今ならそう強く思える。
だからなのか。わたしはいつの間にか帰り道とは違う静かなところを歩いていた。そうするとその人の足音が聞こえる。わたしの鼓動も聞こえる。
でもこれは、わたしにとっても願ってもないチャンスだ。今こそ計画を実行に移す時なんだろう。そして、願望ではなく計画だと証明してみせる、と自分自身を奮い立たせる。
わたしは視界の隅に入った用もない公園を、大切な公園にするために足を踏み入れた。
もちろん緊張している。逃げ出さないようにするだけで大変だ。それでも、公園の真ん中辺でわたしは足を止める。目を閉じ、今しかないんだ、と胸に手を当てて軽く深呼吸。後は振り向いてその人に笑顔でも見せられれば完璧だ。
わたしは静かに息を吐きながら、ゆっくりと目を開けた。
闇にまぎれて男は音もなく少女の前に立ちはだかった。
薄暗い公園が見せる不気味な空気。昼間にしみこんだであろう子供たちの声も、闇の中では無機質な遊具に捕らえられ表に出ることはできない。木々の葉のざわめきも、不気味な静寂に取り込まれ安らぎを与えてくれはしない。昼間とは何もかもが違うのは、男がこの場にいるからだろうか。
そんな公園。少し踏み込んで手を伸ばせば触れられる距離。
男は何の感情も見せない目で少女を見つめる。
少女は立ち止まり慎重な面持ちでまぶたを開いたところだった。まばたきの瞬間だったんだろう、と男は何も気にせず、その緊張した少女に集中する。
視線がぶつかる。男は黙って見つめ、少女は見る見る顔色を変える。
そして、それを男が少女の恐怖だと頬を緩めたとき、少女は走り出した。
気取られたかと一瞬男は焦ったようだが、すぐに追いかけたときにはその表情は、楽しむかのように笑っていた。
気がついたときには、わたしはあまりの恥ずかしさに逃げ出してしまっていた。体が自然に動いてしまったなんてそんな言い訳はしたくないが、逃げることがわたしの本心であったはずはない。そうは思うがやってしまったことは確かだ。
まさかいきなり目の前にいるとは思いもしなかった。だがそんなことも理由にはならない。
せっかくその人がわたしに微笑みかけてくれたのに・・・。うれしかったのにわたしは逃げ出してしまった。自分の勇気のなさが情けない。
これじゃあ計画が。
わたしはわたしの口で告白するためにここにいるのだ。
わたしは走りながら、握ったこぶしにを入れる。
公園は楽しいところなんだ。暗くたってそれは変わらないはずだ。
勇気をください。
だからわたしは振り返って口を開く。
先ほどよりも二人の距離はさらに近い。
急に立ち止まり振り返った少女。何かを決心したような、そして何かをこらえているようなやや上目使いの瞳。その少女の瞳の奥に男は、追い詰められた獲物の諦めを見たような気がした。いや、男にはそうしか思えなかったし、この状況で他の考えなどできるはずもなかった。なぜなら男は少女を殺そうとし、少女は男に殺されようとしているのだから。狩る者と狩られる者の関係は決まっている。
男は握手でも求めるかのように、少女の前に手を持っていく。行動としては少女の口元の動きの方がやや早かったが、男は叫びも乞いも聞く気などなかった。少女の表情は緊張は感じるが恐怖とはどこか違う。だがそんなことには気にも止めずに、いや気にする必要もないかのように男は計画を実行した。
少女の首を男はおもむろに絞める。しばらく感触を楽しみ、そして放す。少女の目が驚きで見開かれた。
しゃがみ込みむせる少女の首を両手でさらに絞め、そして放す。少女の表情は男からは見えないが、抵抗をする素振りも見せない。
涙がこぼれ落ちる少女の首をつかみ、絞めながら押し倒しそして放す。天を仰いだ少女は何かを探すかのように目だけを忙しく動かす。
倒れこみよだれをたらす少女にまたがり首を絞め、男は快感を感じつつそして放す。少女は焦点の定まらない瞳で男を見つめる。
失禁した少女を絞めながら持ち上げる。男の腕に支えられ立たされた少女は、だらしなく腕を落とし足にはまだ液体が伝わっている。
何で少女は自分を見る。絞めながら男は疑問に思った。このまま殺してはその疑問が晴れることはない。そもそも、少女はなぜ自分の前にずっといたのか。
ふいに、少女の苦悶にゆがむ中に笑顔を垣間見たような気が男にはした。振り切るように指に力を入れようとするが、うまく力が入らない。
悶える少女に感じた恍惚が、その笑顔で心地よさに変わってしまったようだった。
その人は今わたしの目の前にいる。それは、急に逃げてしまったわたしを追いかけてくれたからだろう。やはりこの人はわたしに用があったのだ。もちろんわたしだっていいたい事があったのだ。
だが、わたしの口から言葉が出ることはなかった。
その人の笑顔にはわたしとは距離があるんだと感じたときには、その人の手はすでにわたしに触れていた。
わたしは何もいえずに死ぬんだ・・・。
でも、不思議とその人を恨む気にもなれない。言葉のとおり死ぬほど苦しいが、その人がそうしたいのならそれでいい。そう思うとこれもいいんじゃないかとさえ思えた。わたしはおかしいのだろうか。
自分がどんなことになっているのかも良くわからないというのに意外と落ち着いている。漠然とした死から、他人には見られたくないようなことになっていると想像はできるが、その人ならいやじゃない。
死ぬのならその人を見ていたい。そしてその人にはせめて笑顔を見せてあげよう。
わたしは笑顔を作ろうとするが、それができているかもわからない。
その人が困ったような顔をしている。わたしはその人に触れようとするが腕が、いや体が動かない。
なんだ、距離なんてなかったんだ。
だけど心残りだってある。
男は殺す以上に無性に少女が知りたくなった。
わたしは告白したかった。
手が緩む。
「計画が!!」
同時に叫んだ。
了 |