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双転生物語 降臨の章
作:北野 鉄露



降臨の章9


 美菜は、観念してぎゅっと固く目を閉じている。
 幻魔衆の男は、そのまま彼女の首から胸の辺りを刺し貫こうと、長い爪に変化した右手をぐっと差し出そうとした。
 案に反した。
 腕が、動かせないのである。
「……?」
 振り返った男は次の瞬間、星を見た。
 強烈な一撃が、その顔面を捉えていたのである。
 不意を突かれた攻撃によろめくと同時に、美菜を吊るしていた左腕の力が抜け、彼女の身体は床に落とされた。が、それを何とか受け止めた者がいる。
「大丈夫? お姉ちゃん!」
 恵であった。
「……恵? あなた、どうして?」
 驚く美菜に、恵は微笑んで見せた。
「だって、ね?」
 はっとしてそちらに視線をやると、たった今自分を殺そうとしていた幻魔衆が、殴り飛ばされて数メートルも廊下を転がっている光景が目に飛び込んできた。
 近くに、無言で立っている少年の姿がある。
 それが、転入生の浅香涼輔だということに美菜が気付くまで、少しの時間と理解を要した。
 判ってくると、俄かに信じることができなかった。
 この正体不明の、やや妙な雰囲気をもった転入生は、校庭で恵を救ったばかりでなく、どうやって探り当てたのか、ここまで駆けつけて来てたった今幻魔衆をぶん殴っているのである。美菜と公司、そして咲貴が三人掛かりでも歯が立たなかった、これまでになく強力な幻魔衆の男を、である。
 美菜が呆然としている間にも、幻魔衆と涼輔の戦いは進行している。
 二撃をお見舞いされて床に這いつくばっていた男は、ゆらりと立ち上がった。幻魔衆といえども脳震盪を起こすのか、身体がふらふらと揺れて定まっていない。
「……この、双転の化身め。こうも邪魔をしてくれるか!」
 白いローブがばさりとはためき、男の周りに鈍いオーラのようなものが立ち上り始めた。右手の人差し指と中指を立て、胸の前で構えている。
 強烈な邪気である。
 これほどまでに禍々しい幻魔衆の姿を、恵はもちろん、美菜も見たことがなかった。
 男を取り巻く光は次第に濃く、大きくなっていき、全身を包むほどになった。そして。
「……許さん、許さんぞ、双転の化身!」
 叫ぶや否や、何かを振り放つようにして、男は右手を三人の方に向けた。
と、男を包んでいた光がその身体から右腕へと伝わり、右手で一塊に凝縮されたかと思うと、まるで放電するかのように一気にほとばしり出た。
 凄まじい勢いと、大きさである。
 光が通過するや、天井の蛍光灯が弾け飛び、触れた壁や床に太い傷が刻まれていく。
間合いはほとんどない。
 みるみる迫り来る強大な邪念は、美菜をも震えさせた。そのまま、三人とも飲み込まれてしまうのではないかと思われるほどにそれは巨大で、そして禍々しくうねりながらこちらに向かって非常な勢いで突き進んでくる。
 だが、涼輔は動かない。
 男の放った力が今まさに彼を包もうとした刹那、涼輔は右手の平をすっと男の方に差し向けた。
「……てぇっ!」
 気合なのかどうか。
 彼が一声すると同時に、廊下自体が大爆発を起こしたのではないかと思われるような大音響、振動、そして目が瞑れそうな閃光が、一気に巻き起こった。
 閃光は幻魔衆のプレッシャーを瞬時にブロックしたかのように見えた。光と光が衝突し合い。さらに激しくフラッシュする。
 しかし、それはほんの一瞬のことに過ぎなかった。
 涼輔の放った一撃は幻魔衆の力をことごとく粉微塵に吹き飛ばし消し去り、その勢いは弱まることなくなおも突き進んで、一気に幻魔衆の男を包み込んだ。
 白く、そして彼の強い意志のようなその光は、幻魔衆の男の身体に激しく作用し、食い込み、侵食し、たちまちのうちに全身を破壊し去っていったのだった。
「ぐおおぉ……があぁ……」
 男は消滅する寸前、断末魔の叫び声を上げた。
 が、それすら美菜達には届かなかった程、涼輔の力は一瞬で幻魔衆を消し去っていた。
 やがて光がすっとフェードアウトし、後には薄暗い廊下だけが残った。割れた蛍光灯の破片が細かく散乱し、壁や床は、あたかも大きな物体を無理やり押し通したかのように傷つけられ、涼輔が立っている手前辺りで止まっている。
 恐るべき幻魔衆の力であると言わねばならない。
 が、それすらあっけなく退けた当の涼輔は、幻魔衆が消し去られたのを見届けると、
「……ふん」
と、鼻で小さく笑っただけであった。
「……」
 座り込んだまま、口が利けない美菜。
 恵も、幻魔衆の邪念の凄まじさには少し驚いたようであったが、その前に涼輔の並外れた実力を目の当たりにしていたこともあるらしく、姉を気遣うだけの精神的余裕は残されていた。
「……お姉ちゃん、どこか怪我してない? 怪我してたら教えて。今度はあたしの出番だから」
 にこにこしている。
 妹の笑顔に、呆然としていた美菜も、ようやく口を利く心地を得た。
「あ、あたしは……大丈夫。それよりも……公司君と咲貴ちゃんが、やられたから……そこ、そこの化学実験室よ。倒れていると思うから……みてあげて……」
「わかった。お姉ちゃんは、本当に大丈夫なのね?」
 美菜が頷いて見せると、恵は立ち上がってドアの吹き飛ばされた化学実験室に入って行った。
「……命復、か。成る程」
 彼女の後ろ姿を見ていた涼輔が呟いた。
「あの子らしい属性だ」
 彼は、倒れている美菜には声をかけることもなく、そのまま転移して姿を消した。
「……何なの、あの人」
 美菜は心気定まらぬ面持ちで、ぽつりと呟いた。







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