降臨の章10
それからやや時間が経ち。
幻魔衆が創り出す特殊な生命の空間『薄異空』が解かれ、やがて校内には元のように、生徒達の姿が戻ってきていた。
そして、二時間目を終えた後の休み時間。
涼輔の周りを、咲貴や公司をはじめ、希香や来未、隆幸に霞美が取り巻いている。
彼らはさっきの戦いで大なり小なり負傷はしたが、恵の力によって完全に傷も体力も癒えていた。その折、心底驚嘆した恵の口から、涼輔の恐るべき実力を聞いていたのである。
教室内では、二時間目の出来事などまるで知らず、他の生徒達が楽しそうに笑いさざめいている。ただし彼らは、急に注目されだした転入生の方を見て、不思議に思っていた。さしあたり、初めてやってきていきなり数学の問題をすらすら解いたからであろう、という推測をする者もいたが。
「いやぁ、今日ばかりは駄目かと、本気で思ったぜ」
公司があっけらかんと言う。ついほんの少し前の、あの命に関わる危難など、あっさり忘れてしまっているかのようである。
来未も、
「あたし達、気失ってて全然判らなかったけど、あいつを一発で仕留めちゃったんでしょ? 浅香君を最初見た時なんて、まさかそんな凄い人だなんて、これっぽちも思わなかったわ」
「本当に助けられちゃいましたね。私達逃げ回ってばかりで、何だか、とっても恥ずかしいです」
申し訳なさそうな希香。
すると、それを聞いた咲貴は
「でもさぁ、そういう事なら、どうして早く言ってくれないのよ? 何か変な人だなんて、あたし達、悪口ばっか言っちゃったじゃないのよ。浅香君が仲間だって判ってたら、もう少し何とかしようって思ったかも知れないのに」
と、涼輔に同意を求めるように言った。
要するに、あんな様はなかったと言いたいらしい。
「……」
が、涼輔はにべもない面で窓の外を見て黙っている。
愉快でなかった。
自分がいなかったら、恵がどうなっていたと思っているのか。
自分達の命が助かり、しかも新たな助っ人が加わったことへの安堵感しか頭にない彼らの言動が、文句を言ってやりたいくらいに腹立たしくもあった。
それに引き換え。
あの時、涼輔が皆の危機を察して駆けつけようとすると、彼女は涼輔の手を取って懇願したのである。
「……足手まといだと思いますけど、私も一緒に連れて行ってください! こんなに強い幻魔衆が出てきたからには、お姉ちゃん達のところにもきっといると思います。怪我とかしてたら大変だし、それに、私は治すことができるんです」
一度、涼輔は拒絶した。
狭い校舎内で幻魔衆と戦えば、万が一の時に逃げ場がない。
それに、いつ、予想を裏切るような強力な幻魔衆が現われてこないとも限らないのである。 できる限り、恵を危ない目になど合わせたくはなかった。
それでも、恵は食い下がった。
「お願いです! お姉ちゃんが心配だし、それに――」
彼女がその後話した内容を、涼輔はおぼろげながらも既に察してはいた。
普段は仲良さそうにしている彼らも、いざ幻魔衆が現われてくると、途端に気持ちがバラバラになるという。そのことを、恵はその豊かな感受性で感じ取り、心を痛めていたのである。
「……わかった。じゃ、しっかりつかまっててくれ」
涼輔はそれ以上何も言わず、左腕で彼女を抱えると、転移を使って隆幸や美菜の許へと向かったのであった。
そんなこともあり、公司達とは対照的に、恵の可憐さが涼輔には何とも好ましく思われた。戦うだけの力を持ち合わせていないにも関わらず、実に健気な少女である。
が、自己主張ということを強いてやらない男だから、そのまま黙っていた。今、それを言うべきでない気もしていた。
もう一人、にべもない顔つきで沈黙している人間がいる。
美菜であった。
二列離れた座席に座ったまま、彼らの方には見向きもしない。
彼女には、まださっきの苛立ちが後を引いていた。
公司や咲貴の例の態度である。何もしようとしなかったにも関わらず、敢えて突破口を開こうと試みた彼女を非難した。あのまま運が悪ければ、恵どころか美菜達三人、さらには隆幸や希香達だって間違いなく殺されてしまっていたではないか。
自分程、真剣に考えているのかと、声を大にして言いたい。
それを、彼らは忘れてしまったのかどうか。
知らぬ顔で談笑しているのが、どうにも許せなかった。
このあたり、涼輔の胸の内にあるそれと同類かもしれない。
だが、美菜はその涼輔も解せなかった。
具体的に彼自身に瑕疵がある訳ではない。むしろ、彼によって美菜自身も命を救われてさえいた。感謝の一つくらい、してやっても、それはいい。
ただ、この点なかなか理解されるのが困難な心情なのかもしれなかったが――涼輔にこうも、恵を助けられたことである。
今日まで、恵というひ弱な存在を幻魔衆の攻撃から守り抜いてきたのは、姉である美菜一人であった。素直な恵はよく姉を慕い、彼女に従うことで生き長らえることができていた。
しかし、今日という今日、それが破られた。
妹を守りに行くことができなかったばかりか、見知らぬ転入生一人によって、自分もまた救われるという羽目になった。人一倍誇りの高い彼女にしてみれば、これは一大事である。どころか、二大事くらいかも知れない。
さらにいえば、幻魔衆に殺されかけて茫然自失だった彼女の傍に駈け付けて来た恵に、心配すらされたのである。
大袈裟に言えば、殊、美菜は恵の保護者のつもりでいた。保護者として守り抜く決心でいた。
そんな心情をして、どうにも涼輔という存在を面白くなさしめていたといっていい。彼女の勝手に属する部分に違いはないにせよ、ともかくも振り切れぬ思いなのである。嫉妬、という表現に当てはめていいものなのか、どうか。
が、何の落ち度も無い涼輔に向かって毒づく訳にもいかないから、ただ不機嫌な顔でそっぽを向いていたのであった。
そんな涼輔や美菜の苛立ちなど斟酌することもなく、公司や咲貴、来未は無邪気に喜んでいる。そもそも、彼らに大いに自覚を持てなどというのは、あるいは酷かも知れなかった。見方を変えれば、たかが十代の半ばを少し過ぎた年齢なのである。命に関わる切所で、他の人間にまで気配りのできる高校生が果たして何人いたものであろう?
相変わらず、彼らはあれこれと喋っている。
隆幸だけが同調することなく、彼もまた沈黙を守っていた。
幻魔衆の力に圧倒されて傷つき、目の前で踏みつけられている希香を助けることすらできなかった、あの瞬間が今も彼の心に重く圧し掛かっている。
実力の不足を、彼一人が感じ取っていたといっていい。
深沈と考え込んでしまうにせよ次に向かって飛躍する男だから、自分がこの後どうすべきか、それをずっと考えているのだった。
残念ながら、公司にはそんな思想はない。
彼から、こんな発言が出たのも無理はなかった。
「まぁ、恵ちゃんが入ってきてどうなるか心配もあったけど、ひとまずは安心だよなぁ」
この時、涼輔が初めて反応した。
「……安心?」
「おお。一人でいる時に幻魔衆に襲われたら、っていう不安があったけどさ、もう大丈夫じゃんか。頼りにしてるぜ、浅香」
戦えない恵を自分も守ろうと思う気持ちも責任感もまるで放棄したような言葉である。これを公司が口にした瞬間、先に堪忍袋の緒を切ったのは美菜であった。
「……何を言い出すの? さっきので判ったでしょ? あのコ、今まで以上に危ない環境にいるのよ? 幻魔衆があんなに強くなって現われて、あたし達が自分のこともどうにか守れるかどうか判らないのに、あのコは尚更よ。そういう発想は止めて貰えないかしら?」
そこで止せば良かったが、一度着火した怒りを抑えることはできなかった。
「大体、みんなもみんなよ。七人いて、誰も恵のこと、助けに行けなかったのよ? っていうか、揃って吹っ飛ばされて手も足も出なかったんじゃない。何をそんなに浮かれているの? そこの彼がこれからは助けてくれるからいいの? ちょっとばっか強いからって、これからもそうだとは限らないでしょ。当てにしてたら、みんなそのうち」ちょっと声を落とし「死ぬわよ、必ず」
美菜の剣幕に、教室にいる何人かが彼女を振り返り見た。
その、浮かれていた一人である来未が繭をしかめた。
「あのさ、何そんなにムキになる訳? 美菜、絶対おかしいって。そんなガチガチになってたってしょうがないじゃん。みんなで仲良くやろうって、言ったばっかりだよ。あんたの言うことって、いっつも固いよね。そうやって水注さないでよ」
「あんたは富野君にくっついてばっかで、いつも何もしてないでしょ。そういう口叩く前に、たまには自分で戦えば? 仲良しグループもいいけど、その前にやることやんなさいよ」
「何よ、それ?」
来未が立ち上がった。美菜の容赦ない言葉に、我慢がならなくなっていた。
「ちょっと、やめてよ、二人共」
霞美が二人の間に割って入った。
「美菜ちゃん、言い過ぎだよ。来未ちゃんも、少し落ち着いて。朝、富野君が仲良くやろうっていったのに――」
美菜の矛先は、霞美にも向けられた。彼女にすれば、霞美だって何もできないでいた一人ではなかったか。
「霞美ちゃんさ、あなた、いっつも逃げ回ってるよね? 希香ちゃんもそう。物の判った顔だけしてるけど、そういうのって、あたしはどうかと思うけど?」
肺腑を抉るような鋭い言葉に、さすが大人しい霞美も顔色を変えた。が、美菜の言う通りでもあるだけに、何も返す言葉が見つからない。黙って座ってしまった。
希香は素直である。
今日といい普段といい、自分の姿が恥ずかしく思え、小さくなって俯いている。少しばかり可哀相な感じを与えぬでもなかった。
美菜の凄まじい怒りに、咲貴は無言でいる。
言い過ぎなのは判っていた。それも、多分に感情的である。
が、恵に関する部分だけに、真っ向から物を言う気が起こらなかった。咲貴だけが、美菜が恵にこだわる理由を知っていたからである。
それに、さっきの諍いのこともあった。美菜の主張も幾分正しくはあるが、納得できるものではなかったし、かといって頭ごなしに罵倒できるだけ自分が正しい訳でもないと思っていた。
女の怒りに対して、男という存在は限りなく無力である。
あれだけ調子の良いことを吹き回っていた公司も、美菜が爆発するや沈黙してしまった。横槍など入れたが最後、こちらが倒れるまで美菜の攻撃が止まらないことを、公司は経験で知っている。
口の減らない公司だが、どうにも美菜だけは苦手であった。
かといって納得できる話でもなかったから、顔だけは苦々しい表情になっていた。
「……」
八人の間に、気まずい空気が流れている。
美菜も、次に罵声を浴びせる相手を失い、険しい顔のまま立っている。
やがて、その沈黙を破ったのは、意外にも涼輔であった。
「……一つ、気になったんだけど」
皆が、彼の方を見た。
「みんな、光壁は使えるのか? さっき、みんなして幻魔衆の命術くらってたみたいだが……」
「光壁? 命術?」
皆、首をかしげた。聞いたこともない単語がでてきたからである。それぞれ、常人では不可能な力を扱うことができてはいたが、それについてのどういう知識も、誰もが持ち合わせていなかった。
ただ使えるようになった、というだけで、何の説明も全く聞いたことが無かったからであった。
不思議そうな皆の顔を見て、涼輔は疑問の答えを知った。
「成る程、光壁が使えないばかりに、幻魔衆と戦うのがキツかったって話か。しかし変だな、遥空の誰かが教えてやってもよさそうなものだが……」
涼輔は、独り言のようにぶつぶつと呟いている。
今まで無言でいた隆幸が、初めて口を開いた。
「その……光壁というのは? それとか、命術とかいうのは何なんだ? それはどういう意味なんだ?」
危機感を人一倍感じていただけに、彼の関心は高かった。
おっ被せるように来未が
「あたし達みんな、何も判っちゃいないのよ。唯一判るのは、あの変な連中が幻魔衆っていうって、それだけ。浅香君、何か知っているんでしょ? だったら、教えて。どうしてあたし達だけがこんなことになってるのか」
皆、いつの間にか身を乗り出してきている。
涼輔は、皆のあの敗北の理由を、何もかも悟った。
要するに、初めて棒切れを与えられた猿人がただ振り回すことしかできなかった様に、その力、命術というのだが――の十分な活かし方を何一つ知らないまま、ただ力任せに発動させるだけで幻魔衆と戦い続けてきたのである。幻魔衆の命術を防ぐために必要な「光壁」も、誰一人使えなかったのは当然であった。
が、彼は皆の質問に答える代わりに、別なことを言った。
「俺を含めて九人。そのうちあの子が付双だから、ここにいるのは双転一人と秘転が六人。ということは、この中の誰かが双転ということになるが……その一人くらいは何かしら判っていてもいいと思うんだが」
また、新しい固有名詞が連続して飛び出した。
何が何やら、皆、訳が判らない。
「で? 何だよ?」
焦れったくなって公司が訊いた。
だが、涼輔は何も答えず、黙って七人をじっと見回していた。
そのうち、彼の目線が美菜に向けられた。
「……君だな、双転のもう一人というのは」
六人が美菜を見た。
突然名指しされた美菜はちょっとたじろいだ様子を見せたが、すぐにキッと涼輔を睨んで訊き返した。
「……そういえば、そんなことを言われたような記憶もなくはないけど……それがどうかしたかしら?」
「君は、何も聞かされていないのか?」
何気なく、涼輔は尋ねたに過ぎない。
だが、美菜には「今までみんなに何も伝えていないのか」という風に聞こえた。
一人で六人の敵役に回らざるを得なかった直後である。
涼輔がみんなをフォローするために彼女の責任を問うたような具合に受け取ってしまったから、果然美菜の態度は硬化した。
「あのねぇ、あたしだって、何も知らないのよ。ただ、あなたは双転の化身だって、そう言われただけ。光壁だか何だか知らないけど、そんな大事なことを判っていたら、わざとみんなに秘密にしたりする、普通? あなたの言うこと聞いてたら、何だかあたしが悪いみたいな感じなんだけど」
「別にそうは言ってないさ。秘双八精の中心である双転だから、何かしら判ってるかも知れんと思っただけだが」
あくまでも、平静な涼輔。が、美菜は収まらない。
「あなたは色々と判った顔してるけど、あたしは何も知らないの、本当に。大体、何? さっきから聞いていれば訳のわからないことをあれこれと。自分だけ知った振りして、みんなに何も教えないのはあなたの方じゃない」
静まりかけた怒りが、再び沸騰し始めた。
聞いたこともない話の内容をきっかけに始まった美菜と涼輔のやり取りだけに、あとの六人はただじっとその成り行きを見守っているしかない。ただし、先ほどのこともあり、美菜に対して同情をしている者はいなかったといっていい。そんなことよりも、何かを知っているに違いない涼輔に、それを話してくれる事を期待していた。
が、既に空気は思わぬ方向に流れ始めてしまっている。
美菜の怒りをまともに浴びつつも、涼輔は反論しない。ただあさってを向いて頭を掻いているだけである。困ったな、という言葉のない表現に過ぎなかったのだが、それも美菜には人を食った態度に思われた。もっとも、こういう時にそんな仕草をされては、誰でも誤解するに違いないのだが。
「ちょっと、いい加減にしてくれない?」
ひときわ美菜の大きな声が、教室中に響き渡った。
一瞬で、教室がシンと静まり返る。誰もが驚いたように彼女に注目した。
「……ちょっと、美菜」
小声で咲貴が宥める。
が、もはや美菜の爆発は止まらなかった。
「何よ、その態度。あたし達が頼りないのを見て、呆れてるんでしょ? ええ、確かにそうよね、あたし達の誰も、恵のこと助けられなかったものね。あなたみたいに強くないし、頼りないわよ。情けなくて悪かったわね。光壁だが何だか知らないけど、あたしも誰も、使えないし。きっと、あたし達みたいな馬鹿がいるから、優秀なあなたがここにくることになったのよ。さぞかし、これから大変でしょうね」
一気にまくし立てられながらも、表情一つ変えない涼輔。
髪に隠れて目つきがわからないにせよ、淡々と美菜の相手になっていることだけは、その場の誰にもわかった。
周囲は、美菜の怒りの理由を知らない。
が、彼女の矛先がどうやら転入生らしいということが知れ、ひそひそと推測をし合う者もいた。
「……ねぇ、美菜が何か言ってる相手って、あの転入生よね?」
「多分。美菜、何をあんなに怒ってるのかしら?」
剣野と、仲のいい吉井和美という娘が小声で話している。
どちらかといえば、普段の美菜という存在を知っているだけに、その彼女が激昂する以上は、転入生である浅香涼輔が何か悪いことを言ったのだろうという憶測がなされた。剣野がそう見たことで、他の女子にもそう受け取る者が何人かいた。ただし、当事者である涼輔や美菜、公司達には、そんなことは判らない。
しかし、傍で聞いている希香や霞美は、どうやら美菜の怒りがもはや逆ギレの域にきていると思った。美菜がぶち切れまくってそれで済むならいいが、一方的に皆を非難して調和を破壊しているのは、この場合涼輔ではなく、どこからどう見たって美菜の方ではないか。
「美菜さん、それはひどいじゃないですか」
たまりかねて、希香が立ち上がった。
「浅香さん、今まで私達がどうやってきたのかって、訊いただけです。それを、何か悪口でも言われたように、色んな事言って。そもそも、美菜さんだって、浅香さんに助けられたんですよね? それなのに、自分の――」
「あのねぇ、黙っててくれる? あなた、他人の事どうこう言えるような立場なの!?」
美菜の一喝は、希香のささやかな反論を微塵に粉砕した。
凄まじい剣幕に、希香は言うべき言葉を失い、ただ悲しそうに立ちすくんでいるだけであった。
「……」
口を開く者はいない。
完全に澱んだ空気だけが、その場を支配していた。
大きな沈黙に呑まれ、美菜も口を閉ざしてしまった。相変わらず、立ったまま身動きもしない。
やや間があり、ガタンと、椅子から立ち上がる音がした。
皆がはっとして見ると、涼輔であった。
彼は、カリカリと頭を掻いている。困惑した時の癖なのかも知れなかった。
「……俺に文句言って済むなら、まぁそれはそれでいいけど。でも、俺が余計な事言ったばっかりに仲間割れされても敵わんしな」
「……」
「ま、こういうことは、少し時間が経ってからまた考えよう」
そう言って、彼はすっと教室を出て行ってしまった。
直後、三時間目の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。
我に返ったようにして、それぞれがガタガタと自分の座席に戻っていく。
希香も美菜も、疲れたように椅子に座った。二人もそうだが、皆、ただ徒労感しか残らなかった。ぶつけ様のない不愉快さが、重く各自の心に圧し掛かっていた。
自分達が果たしてどうするべきなのか、答えが判らないまま、ただしその答えを見つけなければならないという一種絶望感にも似たものであったかも知れない。
が、考えなしの公司は、涼輔の出て行った後のドアを見つめたまま、咲貴に向かって言った。
「……あいつ、今度こそサボりだよな?」
「……」
それに反応するほど、咲貴の神経は図太くはなかった。
ただ、「あたしだってサボっちゃいたい気分よ」と言いたかったのだが、それを口に出すだけの元気はなかった。
そのまま、涼輔は三時間目も四時間目も教室には戻らなかった。
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