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ダンボールに捨てられていたのはスライムでした  作者: 伊達祐一/夢追い人
一章 ある日、住宅街の中、スライムに出会ったぁ~
12/89

12 バネッサは有名人

 ギルドビルには、様々な訓練施設がある。スポーツジムに始まり、プールや魔法訓練施設、円形のコロシアムもある。一般開放もしており、闘技大会まで定期的に開催されている。ハンターたちはこの訓練場を闘技場とも呼んでいる。


 さまざまな人種が集まり、自分の技術を磨くこの場所に、一人の女性ハンターがいた。自分を追い込み、強い敵と戦い続ける訓練をしていた。


 名は、カレン・ハート。ハンターランク六等級、カペラのクラスだ。


「はぁはぁ。くそ。まだまだだ!」


 彼女は訓練場にあるVRシステムを用いて、仮想の敵と戦い続けている。


 VRで展開される舞台は、砂漠。灼熱の気温と、砂嵐が吹き荒れるステージだ。そして、戦う相手はシャチのように大きなサンドドレイク(砂竜)。


 まるでサメと竜を合体させたようなサンドドレイクは、砂の海を泳いで、地面から飛び出てカレンを襲う。ナイフのような鋭い牙でカレンの体を切り裂き、肉を削ぐ。血が噴き出て、衝撃が走る。たとえ仮想のVRでも、かなりリアルなダメージが、カレンを襲う。


「ぐぅぅ! こんなやつに負けていたら、あの人に顔を向けられない」 



 信はバネッサに案内されて闘技場(通常は訓練場)に向かうことになった。


 闘技場はギルドビルの6階にある。


 闘技場の受付場は、雰囲気を出すために薄暗くなっている。映画館のチケット売り場のような作りで、青いネオン管が天井に走っている。レトロなブラウン管モニターが至る所に設置してあり、ランクの高いハンターたちが動画で紹介されている。


 マッチョな禿げのおっさんがマイクを持ちながら、『君も高ランクハンターを目指そう!』と言って、宣伝動画が延々と流れている。


 様々な種族がごった返す受付場の奥には、スーパーの集中レジのようなカウンターが並んでいた。そこにはサンバイザーとヘッドセットをした、可愛らしい獣人の受付嬢が立っている。まるで遊園地のアトラクションにでも乗るような雰囲気だ。


 バネッサは受付嬢に声をかけると、施設の見学を申し出る。


 獣人の少女はギルドタグをぶら下げている。ハンターであり、職員でもあるようだ。彼女は猫系の獣人で、ニコニコと愛想よく応対してくれる。彼女は少々お待ちくださいと言って、カウンターに設置されているパソコンを操作し始めた。


 受付嬢の返答を待っている間、何の気なしに、信は周りを見渡してみる。すると、信は周りのハンターからジロジロと見られていることに気が付いた。


 なぜ見られているのか理解できなかったが、原因はすぐに分かった。ハンターたちがジロジロ観察しているのは、信や香澄ではなく、バネッサだったのだ。


 周りのハンターたちは口々に言う。


「おい、あれってバネッサさんじゃねぇか?」


「“激剣”のバネッサか? ウソだろ」


「まさか、ここは上級ハンターが来る場所じゃねぇぞ?」


 ゴブリンの亜人や、オークの亜人たちがひそひそ話している。彼らは全員筋骨隆々だ。筋肉ダルマが何人も集まって、ひそひそと話しているのは少し気持ち悪い。


 見られるのに慣れていない信は、かなり居心地が悪い。香澄はあまり気にしていないようだが、信はあまり目立ちたくない。子供のころ、いじめられていた過去があるからだ。


 集まっているハンターたちは、無断で動画などを取っている。信はカメラに写っていないから良いものの、勝手に取るとは肖像権の侵害だ。


「どうやら本物みたいだぞ。今日はバネッサさんを見れるなんて超ラッキーだぜ」


「そうだな。有名になってからはマネージャーが雑務をこなしているみたいだからな。受付にはこなかったよな」


 バネッサはギルドマスター専門の護衛になっていることは誰にも言っていない。一線を退いているので、今はマネージャーなどはいない。


「最近はバネッサさん見なかったからな。でも、誰だあのガキども」


「そうだな。バネッサさんの連れか?」


「依頼主か護衛対象だろ? 見たところハンターじゃなさそうだしな」


「いや、もう一人の女はハンターだろ? 足の運びや雰囲気が違うぜ」


 ひそひそ話は信や香澄も聞こえている。バネッサがいかにすごいハンターなのか、これでわかった。下手なアイドルより有名かもしれない。


「すごいんだな。バネッサさん」


 香澄はまだ知名度が低いハンターなので特に気にしていないが、いつかはバネッサのように有名になると誓っている。


「すごいのはわかったけど、俺はここに来るのは失敗だとわかったよ」


 まさかバネッサのせいでこんなに目立つとは思わなかった。安請け合いするんじゃなかった。


「バネッサ様。施設の見学は可能です。こちらが許可証です」


 バネッサは受付嬢から許可証をもらう。首から下げるカードだ。魔導式のカードのようで、魔術回路が組み込まれている。


「では行きましょうか。何か見たいものでもあれば行ってください」  


 バネッサは周りの視線も気にせず、信と香澄にほほ笑んだ。彼女の豚耳と、豚の尻尾がピコピコと動く。


「バネッサさん、見られてますよ、私たち。というか、勝手に写真取られていますけど」


「はは。いつものことですよ。むしろ私は見られることに慣れています。こんな恰好をしているのですし、仕方ないことです」


 バネッサはビキニアーマーの紐を引っ張る。胸当ての紐を引っ張ったため、バストが持ち上げられる。周りの男性ハンターたちはゴクリと喉を鳴らす。 


 バネッサが行きましょうと言って歩き出すも、彼女目当てのハンターがぞろぞろと着いてくる。非常に迷惑な状況になる。


「あはは。すみません信君、香澄さん。平日の午前中だったので、人があまりいないと思ったのですが、失敗だったようです。今日はあきらめて別の所に行きましょうか?」


「うーん。そうですね。この状況だと、お兄ちゃんが発狂しちゃいそうだし」


 信は筋骨隆々のハンターたちに囲まれ、ガタガタ震えている。強面のハンターたちが多いが、言っていることはバネッサのサインが欲しいとか、握手して欲しいとか、そんな程度だ。非常にがやがやしており、バネッサも失敗したと思っていたが、そこへ一人のハンターが突っ込んできた。


「ちょっと! そこどいて! 邪魔! バネッサさんに話があるの! どいて!」


 ギャラリーをかき分け、何やら大きな体の亜人が近づいてくる。頭に角が見えるので、人間ではないのは確かだ。声が高いので、女性だと思われる。


 なんだなんだと信たちは声がする方を見ていると、ギャラリーの男たちをかき分けて、一人の亜人女性が現れた。 


 見ると、燃えるような情熱的な赤い髪に、牛の角が二本、頭からにょっきりと生えている。体はとても大きく、身長は信よりもはるかに大きい。胸は自己主張が激しく、天を貫かんと揺れまくっている。


「あたしはハンターランク六級のカレンです! ランク三級のバネッサ殿とお見受けしました! お仕事中で迷惑だと分かっていますが、あたしと勝負願いたい!」


 彼女は、ミノタウロスという種族だった。人間の血が結構混ざっているのか、顔は女優のように整っている。


「お願いします! 簡単な手合せでもいいんです!」


 ミノタウロスのハンター、カレンは、深々と頭を下げる。どうしてもバネッサと一戦したいらしい。 


「今はお客様を連れています。ギルドマスターからはあまり力を見せるなと言われていますし、申し訳ありませんがお引き取り願います」 


 表情は穏やかだが、バネッサには拒否の色が出ている。


「そこを何とか! 高ランクハンターに出会えるのは滅多にないんです!! ましてやアリーナでは特に!」


 アリーナとは信たちがいる場所のことだ。訓練場の別名でもある。


「どうか!」


 ミノタウロスのカレンは、必死に頭を下げる。鋭い角が信たちに向く。先端恐怖症の人なら倒れそうなレベルだ。 


「そんなことを言われても困ります」


 バネッサはまさか絡んでくるハンターがいるとは思わなかった。


 一応暗黙のルールで、下のハンターは上のハンターに意見を言うのは憚られる。願いを断られたら、即退場すべきだ。恥をかくのは目に見えている。それなのにカレンは食い下がる。


 信たちは完全に置いてけぼりで、いったい何をしに来たのかわからなくなるレベルだ。


 とにかく、信は思ったことがある。とても大事なことだ。


 目の前に現れたミノタウロスのカレンは、とてつもない美人だということだ。特に大きな胸が、信の心を打った。目の前に、女神が存在している。彼女はとてつもなく好みだ。


 信は、空気も読まずそんな感想を抱いたが、横に立っていた香澄は違った。 


「バネッサさん。あたし、後学のためにバネッサさんの戦闘スタイルを見たいです」


 香澄が余計なことを言った。


「え? 私の?」


「はい。バネッサさんは大先輩です。私がバネッサさんに頼むのは身分をわきまえろって感じだけど、見てみたいんです。バネッサさんは女性ハンターで憧れの人だから」


「おい! 香澄、バネッサさんが困るだろ。ここはもう見学するのは止めに……」


 しよう。


 そう言いたかったが、バネッサは香澄の言葉に感銘を受けた。他ならぬ、護衛対象、依頼人からの頼み。少しくらいならいいだろう。どうせこのミノタウロスは五分と私の剣にはついていけない。訓練場の見学にもなる。時間をつぶすついでに彼女を練習相手にしよう。


 6級のランクでは3級の足元にも及ばない。それほどの差があるのだ。ましてや2級に近いといわれているバネッサ。試験を受ければ昇級は確実といわれている。


「しょうがないですね。ほんの少しだけならお付き合いしましょう。カレンさんと言いましたか。香澄さんに感謝するのですね」


「本当ですか!! ありがとうございます! そちらのお嬢さんもありがとう!!!」


 ミノタウロスのカレンは、しきりに頭を下げていた。周りのハンターからも歓声が飛び交う。


「バネッサさんの試合が見れるぞ!!」


「まじかよ!」


「今日はすげぇラッキーだ!!」


 周りのハンターは大騒ぎしているが、信はアンラッキー。これ以上、筋骨隆々のハンターたちに囲まれるのは好きじゃない。


 俺もエヴァのところに行こうかな。待合室で待っているだけでいいんだ。早くポポに会いたい。


 信はげんなりした。 



 

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