11 ポポとオーギュスト
ポポは最後の測定、魔力測定をすることになった。通常の魔力測定機械では、ポポの大魔力を測定できないらしい。一応、測定不能で終わらせるにはまずい検査だ。ポポの飼育許可証にもかかわってくるので、正確な魔力測定が必要だ。普段動かさない大型機械の用意が整うまで、20分程度待たされることになった。
待たされる間、ポポとエヴァはギルド病院の待合室にいた。
正確にはハンター御用達の病院であり、一般人はハンターの家族以外お断り。よって、待合室はハンターばかり。特に亜人の姿が多い。多いと言っても、大混雑というわけではない。待合室の広さの割には、閑散としている。
人が6人座れる長椅子が、20個ほど置いてある待合室だ。壁の方にはパソコンが10台ほど置いてあるスペースもある。大型魔物専用のベッドもある。
エヴァとポポはその6人用の長椅子を二人で占領し、ボケーッと待っている。
ポポは病院の売店で、エヴァに買ってもらったものがある。ポテトチップスとコーラだ。
売店に売っていたツナ缶も気になったが、ポポはポテトチップスを選んでいた。
ポポは触手を器用に使い、ポテトチップスをつまむ。つまんだポテトチップスを本体である体まで近づけると、小さな穴が開いて取り込まれた。バリバリ、もぐもぐ食べている。
時々、ポテトチップスをつまみ損ねて床に落とすが、ポポは食べずにそのままにしている。大型のロボット掃除機が院内を動いているので、除去されるのを今か今かと待ちわびている。
コーラだが、触手から直接ごくごく飲んでいる。
ポポの体がコーラの炭酸でポコポコ音を立てている。
エヴァはポポがポテトチップスを食べるのを見ながら、おしるこを飲んでいた。先ほど食事したので、さすがにまだお腹は減っていない。ポポと違い、エヴァは飲み物だけで済ませている。
見た目完全にロシア系美少女のエヴァ。真っ白いアルビノで、日本食は似合わないが、彼女は日本食を愛していた。特に和菓子は好きであった。甘いおしるこも好きなようである。
待合室で待っているハンターたちは、ゴブリンやオーク。オーガの姿がある。中には従魔の診察を待つ主人の姿もある。
従魔である魔物は多くないが、ヒッポグリフやコカトリスといった大型の魔物がいた。足に包帯などを巻いているため、何らかの怪我や病気をしているようだ。
ポポとエヴァの目の前を通り過ぎるハンターたちは、チラッと見るだけで、特に興味を示さない。珍しい魔物や人種に、見慣れているからかもしれない。
エヴァに関してはホムンクルスと気づいていない節がある。信はすぐに気づいたが、なじみのないホムンクルスに、ハンターたちはエヴァを亜人と思っているようだ。唯一気にしているのがポポだ。通り過ぎるハンターたちは、ポポがなんなのか気にしながら通り過ぎている。
頭に花? マンドラゴラの一種か? それとも花系の魔物か? スライムみたい見えるが。
ハンターたちはチラッとポポを見て、さっと通り過ぎていく。疑問に思うが、どうでもいい。暴れないなら、それでよい。その程度であった。
一応スライムは簡単な見分け方がある。スライムの定義にもなっている物だ。
体の8割がゼリーで出来ていたら、スライムである。ゼリーの種類にもよるが、大体そんな定義だ。
ちなみにスライムだが、ハンターにとっては恐ろしい魔物である。スライムは中級クラスの力がある。ハンターたちが小銭稼ぎに狩るのは、スライムの下位互換である、“ジェリーポット”と呼ばれる魔物だ。
ジェリーポットは見た目ジェリービーンズそっくり。大きさは大人の手のひらもある。こいつらは本物のスライムになれなかった哀れな魔物で、初心者ハンターに狩られる存在である。
スライムは巨大なものになるとドラゴンすら食うので、かなり手ごわい魔物である。
待合室で待っているポポが異常に馴染んでいるので、ハンターたちは気にも留めなかった。魔物は見慣れているため、麻痺している部分があった。本当はスライムなのに。
ポポとエヴァはのほほんと待合室で待っていたが、とある男が声をかけてきた。
「そこの美しい方と可愛らしい魔物の方。こんにちは」
声をかけられ、エヴァは顔を上げる。するとそこには巨大なカメが。
え?
驚くエヴァ。ほんの数メートルまで近付いていたのに、まったく気づかなかった。他のハンターの気配は分かるのに、この巨大なカメには気づかなかった。エヴァのレベルでさえ気づかないスキル。
一体なぜ気づかなかった? 気配遮断の魔法? ギルド内で? まさか。
エヴァは考えを巡らせるが、分からない。
カメの大きさは大型犬並み。四本の足にはゴム製の靴が履かされている。瞳はつぶらで、とても温厚そうに見える。
「こんにちは。御嬢さん方」
カメの横に立っている人物がいた。貴族のようななりをした、若い青年であった。
「僕はオーギュスト・クライスト。あなたとあなたの魔物が気になって、声をかけました」
ニコニコと笑っているが、かなりキザッたらしい髪型をしている。金髪で、右目が髪で隠れている。ワックスで整えられたビジュアル系の髪みたいである。
「私はエヴァ。この子はポポ。あなたは何の用?」
「用という程のものではありませんが、ただ、あなた方が美しいので声をかけました」
エヴァは思った。病院でナンパとは豪気な奴である。しかも巨大なカメを引き連れて。よく見るとこのカメ。甲羅にリボンを結んでいる。女の子か?
「ああ。この子はライトニングタートルですよ。別名発電ガメと言われていましてね。可愛いでしょう」
甲羅を撫でるオーギュスト。カメの名前は「ヒカリ」というらしい。
エヴァは「ふーん」と言って聞く。エヴァですら初めて見る魔物だ。かなり珍しいのだろう。
「あなたのその横にいる魔物はなんでしょうか? スライムに見えますが、どんな魔物で?」
「この子は私の従魔じゃない。預かっているだけ。この子はマンドラゴラの亜種」
エヴァはウソをついた。先ほどの健康診断ではスライム認定された。ここでスライムと言えば、無駄な騒ぎを生むだけだ。
「ほう。マンドラゴラの亜種ですか? 別に主人はいるということですが、触ってもよろしいでしょうか? すごく興味がありまして」
「ポポ。触りたいって。どうする?」
ポポはポテトチップスを食べるのをやめると、シュパッと触手を上げた。
「触ってもいいって」
エヴァはポポの行動を理解した。
「ありがたい。こんな可愛らしい子を触れるとは、今日は最高の日になりそうです」
オーギュストは大げさに言うが、顔がとろけている。
そっとやさしくポポの頭をなでる。オーギュストは驚いた。
「や、柔らかい。しかもすべすべで、温かい」
「ポポのさわり心地は誰にも負けない」
エヴァはふふんと鼻息を荒くする。なぜかエヴァが得意げである。
オーギュストはタンポポに顔を近づけると、くんくんと匂いを嗅いでみる。
「とても優しい、甘い匂いですね。いつまでもこうしていたい」
オーギュストがポポにメロメロになっていると、巨大カメのヒカリが頭で小突いた。
「おお、すまん。ヒカリ。君の事を忘れていたわけじゃない。あまりにもポポちゃんがかわいくてね。すまん」
カメのヒカリはポポに嫉妬したらしい。オーギュストの尻を頭で小突いている。
オーギュストに撫でられたポポも大人しくしている。全くおびえていない。その様子を見るエヴァは、オーギュストに悪意がないことを悟る。ポポが大丈夫なら、オーギュストは悪い奴ではないだろう。
「オーギュスト。あなたは何者? ただのナンパじゃないでしょ」
「これは失礼しました。僕はこういう者です」
ポポから離れると、オーギュストは名刺を取り出した。
テイマーランク5級。ハンターランク8級。オーギュスト・クライスト。電話番号などが名刺に書かれており、フリーのハンターらしい。
「本業は魔導回路の開発です。フリーで仕事をしています。実はこう見えて、かなり貧乏でして。よければお仕事を依頼してくださると助かります。お友達の方でも大歓迎ですよ。ファクターに関しても詳しいので、修理依頼があれば請け負います」
どうやらナンパではなく、仕事の営業をしていたようだ。ポポが気になったのは事実だろうが、彼の目的は仕事の営業のようだった。
「種族は? 何人?」
「私はエルフとアメリカ人のハーフです」
ハーフエルフか。高い精霊魔力を感じたが、エルフの血だったか。もしかしたら、認識阻害のスキルを持っていたのかもしれない。エルフは隠れるのが得意だから。
「そう。なら信に聞いてみる。もしかしたら仕事の依頼があるかもしれない」
「そうですか! それは嬉しいです。料金に関してはこちらのパンフレットを」
用意のいいことで、料金表をエヴァに渡してくる。
「分かった。仕事があれば連絡する」
「ありがとうございます。ではポポちゃん。僕はこれで。行くぞヒカリ」
「キュー」
大きな体とは裏腹に、とても高く可愛い声を出すヒカリ。
オーギュストが歩いて去っていくと、その後ろをついていく巨大なカメ。のっしのっしと歩いていく後ろ姿に、なぜか癒される。
キザッタらしい髪型に、高そうな服。革製のクロークだろうか? 貧乏だというのに、履いていた靴も高級そうな革靴だった。営業の為に身綺麗にしているだけなら分かるが、貧乏というには程遠い格好だ。
「変な奴だった」
エヴァは冷めたおしるこを飲み干す。
ポポもオーギュストについて気にかけた様子はなく、残ったポテトチップスを食べ始めた。
その後しばらくして、ポポの目の前を大型のロボット掃除機が通過する。こぼれ落ちたポテトチップスが綺麗に回収され、ポポは一人で喜んでいた。