帰郷
「懐かしいな。7年振りか……」
故郷、セントメリーズの街並みを眺めながら呟く。
セントメリーズは王都のすぐ隣。
トラフォード王国最大の都市だ。
此処に来るのは、ピストリウス家を追い出されて以来。
当然、良い思い出がある場所じゃねえ。
それなのに、こんな所にいる理由はただ1つ。
セントメリーズにある王立ハイバリー魔術学校に今日から通う事になってるからだ。
本当は学校なんて行く気は無かったんだが、叔父のアルバス・ギルクリストに「学校くらい出といた方が良いっしょ」と言われたので、通う事にした。
最初は普通の学校に行く予定だったんだが、アルバスに勝手に願書を出されてハイバリーの試験を受けるはめになったんだ。
落ちようと筆記試験はでたらめばっかり書いたんだが、実技試験でうっかり張り切っちまったせいでまさかの合格。
今日は入学式って訳だ。
「久しぶりに見ても、やっぱデケェな」
学校と言うよりは、完全に城と言った方が正しいハイバリーの校舎を眺め、呟く。
ガキの時に何度か見た事あるが、改めて見ると本当にデカイ。
門を抜けると広場があって、中央には噴水がある。
噴水だぜ。
どう考えても必要無いよな。
んで、広場には俺と同じ新入生諸君が沢山いる。
皆が見てるのは4つの掲示板。
A、B、C、Dと書かれ、その下にズラ~っと人の名前が記された紙が貼ってある。
クラス表だろう。
俺もそこに近づき、自分の名をAから探す。
かなり後ろの方にいるが、俺は異常なまでに目が良いから問題無い。
俺の名はB組にあった。
ニコラス・ギルクリストと確かに書いてある。
ちなみに、クラスは別に能力とかで分けてある訳じゃ無い。
クラスマッチとかあるらしいから、出来るだけ均等に分けてるらしい。
まぁ、別にどうでも良いけど。
とりあえず、クラス分かったし行くか。
俺はそう考え、広場を抜けて校舎に向かった。
校舎は4つある。
広場を抜けてすぐにある一番デカイのが学園長室や職員室、各特別教室や食堂、購買などがある第1校舎。
そして、その後ろに3つ並んでるのが、1年から3年までの教室のある校舎。
3年の校舎が第2校舎で、2年のが第3校舎、1年のが第4校舎だ。
まぁ、見た目は完全に城なんだけどな。
校舎の立派さに感心半分、呆れ半分で俺は第4校舎へ向かった。
B組の教室前に着く。
両開きの扉を開けて中に入ると、そこはまるで教会だった。
真ん中に絨毯のしかれた中央通路があり、それを挟んで信者席がある。
席には長机が備え付けられてるから、ここが生徒の机って事か。
中央通路を行った先には教壇があり、その後ろにデカイ黒板がある。
そこには物凄い汚い字で『好きな席に座れ。扉側から右が男子で左が女子』と書いてある。
担任教師が書いたのだろうか。
教師が書いたにしては余りに字が汚くて不安になった。
大体、こういうのは出席番号順とかで指定されてるもんじゃ無いのか?
新入生が好きな席に座れって言われても逆に困るだろ。
実際、男子も女子も既に何人か席に着いてるが、全員バラバラな場所にポツンと一人で座ってる。
俺も社交的な性格じゃ無いからな……。
誰かに声をかける事はせずに、他の連中とはちょっと離れた場所に座ろうとするコミュニケーション能力の低い俺。
その俺の肩を誰かがぽんぽんと叩いた。
「あ? 」
おっといかん、癖が出てしまった。
この返事の仕方は喧嘩腰にしか見えんから止めろとアルバスに言われてるんだが、どうも治らん。
しかし、俺の肩を叩いた男は、俺の態度に気を悪くした様子も無く爽やかに笑う。
「よお。お前もB組か? 」
「お、おう……」
当たり前だろボケ、と言いそうになるのをこらえる。
俺の真っ黒な髪とは正反対の明るい茶色の髪を、これまたぺったんこの俺とは正反対にツンツンにおっ立ててるソイツは「そうか、俺もだぜ」とか言ってる。
言われなくても分かってるってんだよ。
「俺はベイトリス・ブレイディ。 ベイって呼んでくれ。よろしくな」
「あぁ、よろしく。俺はニコラス・ギルクリストだ」
「ニコラス……。じゃあ、ニコだな」
「あぁ!? 」
「お前のあだ名」
「やめろよ。女みたいじゃねえか」
「良いじゃん。よろしくな、ニコ」
爽やかに笑うこいつを見てると、怒りも消え失せる。
いや、別にそんな怒っても無いけどさ……。
でもニコはねえだろ!?
「席、隣に座ろうぜ」
俺の気も知らず、ベイは言う。
奴が向かうのは、一番後ろの壁側。
まぁ、絶好の席だな。
「ここなら、寝ててもバレねえぜ」
へへっと笑うベイ。
入学初日からそんな事考えてんのかコイツ。
呆れる俺。
何故か、ガキの頃セブルスに友達は選べって言われたのを思い出した。
嫌な奴を思い出しちまった。
そういや、シリウスやエヴァンジェリーナもこの学校にいるんだろうなぁ……。
席に着き、ベイと他愛ない話をしている内に鐘が鳴った。
席は全部埋まってる。
1列4人の5列。
男子20人、女子20人で1クラス。
だから、学年全体で160人だな。
鐘が鳴り終わると同時に扉が開き、男が入ってきた。
ダークスーツを着た長身の男。
ボサボサの黒髪に、眠たそうな瞳。
何より驚いたのは、口元。
この人、タバコくわえてやがる……。
「お~し。全員揃ってんなぁ~」
担任らしき人はゆったりと歩き、教壇にたどり着くなり振り返りながら言った。
すげえダルそうに。
振り返った事で顔がちゃんと見えたが、かなり男前だ。
あれで、もう少しキリッとした顔してりゃ完璧だろうに……。
「俺がこれから1年間お前らの担任をやるフェルガス・ジンバーウォックだ。年は25。独身だぞ~」
何のアピールか知らんが、そんな事を言う。
隣のベイは「面白い人だなっ」って笑ってる。
まぁ、口やかましくは無さそうなのは良いな。
「ジンバーウォック先生って呼びにくいだろうから、気軽にフェルガス先生って呼んでくれ。流石に呼び捨てはやめてくれよ~」
フェルガス先生の言葉にクラスメート達ーー主に女子ーーの何人かが笑う。
正直何も面白く無いが、女は男前には甘いからな。
けしからんぜ。
「何か質問あるか~」
「はいっ! 」
「おっ! んじゃあ、ベイトリス・ブレイディ君」
ベイが手を挙げる。
フェルガス先生は資料らしき物を見て、ベイを指名する。
「フェルガス先生! タバコ吸ってて良いんですか!? 」
「バレなきゃ良い。誰にも言うなよ」
おいおい。
フェルガス先生の回答にベイ初めクラスメート達が笑う。
やれやれ……。
「他に無いなら、講堂に行くぞ。入学式だ」
フェルガス先生に言われ、俺達は立ち上がり教室から出る。
入学式かぁ。だりぃな。
「入学式かぁ。だりぃな」
俺と全く同じことを、ベイが口に出す。
「サボるか? 」
「マジで言ってる? 」
「俺が冗談なんて言った事あるか? 」
「いや、今日が初対面なんだけど……」
ふむ。
てっきり、ボケキャラかと思ってたがつっこみも出来るみたいだ。
「で、どうする? 」
「サボっちゃいますか? 」
「すか? 」
俺らはニヤニヤと顔を合わせる。
「お前らさぁ……そういう話はもっと小さい声でやれよ」
しかし、後ろから聞こえてきた声で、笑顔は消えた。
「あ、先生……」
「サボるとかやめてくれよ。お前らが怒られるだけなら良いが、担任の俺も色々と言われんだから」
とても教師とは思えない台詞をタバコをスパスパしながら言うフェルガス先生。
この学校に自分の子供を通わせ、多額の寄付までしてる貴族連中が見たら卒倒しそうだ。
「とりあえず、入学式くらいは出ろ。寝てても起こしはしねえから」
フェルガス先生はそう言うと、タバコを携帯用灰皿に捩じ込み消す。
そして、片手でボサボサの髪を直しながら先に行った。
「しゃあねえ。行くか」
「だな」
俺とベイはサボるのを諦めて、講堂に向かった。