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勇者のクセにデブだとは、何事か! 作者:zan
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封鎖計画

 尋常な状況ではなかった。ヤチコの攻撃を決して受けてはならない、私の中の何かもそのように警告してきていた。
 ヤチコ・ベナはもはや槍など用いず、体術をもって私に躍りかかってくる。非常に苛烈な攻撃だが、断頭台の残骸などを利用してどうにかかわす。彼女の動きは驚くほど素早い。牽制に放たれるような軽いパンチでさえ、おそらく人間の頭蓋骨を打ち砕くには十分だろう。
 その証拠に彼女が繰り出した中段蹴りをかわしたとき、勢い余った敵の右足はなんとただの一撃で、断頭台の土台を粉々に壊してしまった。これほどの攻撃をたったの一撃でも受けたら、私の骨は耐えられない。間違いなく、その場で戦闘不能となってしまう。
 さらに敵はほとんど言葉を発しなかった。
 こちらへ情報を与えるような行為を避けているらしい。であるなら、なんとしてもリジフ・ディーの身柄は押さえたい。ヤチコについて一番よく知っているのは彼だ。彼を捕らえて、情報を取り出したい。ヤチコがリジフを断頭台にかけようとしたのも、それを恐れていたからだろう。
 私は必死に敵の攻撃をいなしながら、反撃の機会を見つけられない。魔物たちが王族を排除しようと動いているのに、これではまずい。もちろんケウアーツァ王女の説得でこちら側についた衛兵たちが頑張ってくれてはいるが、牛頭の魔物二体を倒してしまえるほどだとは思えなかった。

「皆よ、落ち着け!」

 心配事ばかりが増えるそこへ、雷撃のような声が轟いた。その声には覚えがある。
 ヤチコの攻撃をかわしながら、私は確信を抱く。これは、この声はキコナ・ヨズ・セケアの声である。彼女はこの中央広場のどこかに来てくれたらしい。
 私はイリスンとメリタに彼女を探して保護するように頼んでおいた。王族処刑の一大事にはおそらくリジフ・ディーが直接出てくるから、キコナへの監視は甘くなるはずだ。そこを突いて、是が非でも彼が夢中になっている間に助け出さなければならないと。
 どうやらボック姉妹は私の頼みを聞いてくれたらしい。
 あるいはリジフが打ち負かされたので自ら出てきたということも考えられるが、そうではなさそうだ。

「避難場所は十分に用意されている! 他人を足蹴にしてまで急ぐことはない、そうした行為こそ魔物たちの意図したこと。
 奴らに人間の意地を見せたくば、まずは全員が生き延びてこそ。整然と歩むがよい、走らず移動しろ。そなたらの英雄は今も時間を稼いでいる。
 信じろ、彼を。そして隣人を気遣い、決して自分たちは魔物などに淘汰されぬと見せつけろ!」

 彼女は、広場の民衆を落ち着かせて、さらには奮い立たせてどうにか避難を円滑に終わらせようとしている。そして、その演説はあわただしく逃げ惑って他人を押しのけかかっていた人々に冷や水を浴びせている。
 さすがはキコナ。知勇兼備の素晴らしい才女だ。ただの演説ならこうはならない。人の心を打ちぬくような気迫のこもった声でこそ、意味があるものだ。
 なんとか彼女の姿を見た私は愚かにも一瞬動きを止めてしまった。事前にメリタから聞いていた通りではあるが、確かにキコナは片足を失っていた。さらに片腕は折れているようで、肩に布を巻いて吊り下げているような格好だ。その姿は見るに痛々しい。いったいなぜそのような姿になったのかわからないが、リジフからの折檻によるものだとするなら、彼を到底許せそうにはない。
 キコナの傍らには、見慣れたメイド服の女がいる。イリスンだ。ダガーを握ったイリスンはもはや機敏な動きの望めないキコナを護衛している。
 事前に決めた作戦のとおりならば、キコナを助けた後はそのままロカリーの村へ撤退しているはずだった。聡い彼女は予定外の事態が起こったことを知って、ここにやってきてくれたのだろう。
 そこまで考えたときには、ヤチコの貫手が目の前に迫ってきている。左腕を掲げてどうにかいなそうとするが、衣服の袖が簡単にまるごともっていかれた。それなりに頑丈なつくりのはずだが、びりびりと肩から肘にかけて裂けていく。

「むぅ」

 ヤチコ・ベナは不満そうな顔を隠さずに、さらに攻撃をかけてくる。
 なんとか致命的な一撃を避けることには成功しているが、私の体力は次第に削られてきていた。逆転の策もたたず、私は反撃の糸口さえも見えないままでヤチコの攻撃をかわしつづけている。諦めては終わりだが、このままではいずれ殺されてしまう。中央広場から民衆が完全に退避するまで持ちこたえられればいいが。そこまではいけなくとも、王族たちが撤退するまではせめて。衛兵たちが魔物を足止めしていることが気になるが。

「いいね」

 と、そこでヤチコの攻撃が止まる。一体何が「いい」のか。
 この戦いがか、それとも人々の逃げ惑う姿か。どちらにしても命の瀬戸際、数多の悲劇と隣り合わせの状況では私に返答の余裕はない。
 にもかかわらず、ヤチコは軽く手を挙げて笑う。

「あの女は、つかえそうね」

 それでやっと私は得心した。ヤチコは、イリスンを標的にしようとしているのだ。
 私はこのガーデスにいる間、イリスンと行動を共にすることが多かった。また、王に二度目の謁見をした時も彼女を連れている。リジフ・ディーやヤチコから見れば、私とイリスンは浅からぬ仲と見えるだろう。彼女を害すれば、私に何らかの影響を与えるという判断をヤチコがくだすには十分すぎる。
 今しも、ヤチコに反撃すらできない私をさらに弱らせる意味がわからないところではあるが、そんなことはどうでもいい。
 とにかくイリスンを傷つけさせはしない。
 ここはヤチコを圧倒せねば。無理にもそうするべきだった。

「怒った?」

 かすかにそう聞こえた。が、気にもしない。
 私に何か影響を与えるために、私以外の者を傷つけようというのは戦略的に正しいことかもしれないが、許されることではない。少なくとも私にとって、それは不要なものだ。断固阻止させてもらう。
 ヤチコめ。そうして余裕ぶっているのも今のうちだ。私は怒りに燃える心を抑えない。
 あえて、突撃をかけた。私の一撃を、くるりとまわるような華麗さでヤチコはかわす。

「ハッ!」

 そうして私の背後へと踊るように回り込む。こちらの力を利用するような格好でだ。あっさりと背後をとられた!
 私はそこで両足を踏み、一気に上半身をのけぞらせる。目の前に星が散った。
 後頭部での頭突きがヤチコに決まったはずだが、こちらもずいぶん痛い。これでも村では石頭で有名だったのだが、痛覚で指先が痺れそうだ。
 私は手を緩めず、肘を背中側に突き出す。これも何かにぶち当たった。うまく命中している。
 とどめとばかりに私は振り返り、振り上げた腕を思い切り標的へと叩きつけた。瞬間、鎚でも打ち込んだように轟音が鳴り、広場に据え付けられていた高台が割れる。さすがに崩れはしなかったが、ヤチコのいたところは砕けて、窪みができてしまった。
 その中心に頭から沈み込んでいるのは、間違いなくヤチコ・ベナ。髪をべっとりと血で染め、目の中にも入り込んでいるようだったが、それでも彼女は意識を失っていないようだった。

「おお、やるね」

 そんなことを言うなり、立ち上がろうとする。私はすかさずもう一撃を見舞おうとしたが、これはかわされた。
 何事もなかったようにさらりと立ち上がり、彼女は捨てていた槍を拾い上げる。

「女相手にずいぶん、乱暴じゃないか。スリム・キャシャの血を引いている割には、レディの扱いを知らないね」

 まるでスリム本人を知っているような言い方で、ヤチコは笑った。
 その出血量は、普通なら間違いなく昏睡するほどのものだが、彼女は平然としつづけている。何がどうなっているのか、私にはわからない。
 が、彼女を威圧するという目的は果たされたらしかった。ヤチコの目はこちらを見ている。

「負けぬ。どこからでも来い」

 私は短く挑発した。勝てないにしても、ヤチコをこの場にくぎ付けにする意味はきっとある。
 現に、今の間に衛兵たちは魔物たちの攻撃をどうにかしのぎ、リジフ・ディーの身柄を抑えている。ヤチコの嫌がりそうなことをしてやったのだ。
 広場からも民衆の撤退が半分以上終わっていた。キコナやイリスンも逃げ出すことができるだろう。もはやあの二人に危害をなし、私を追い込むということもできまい。

「ふむ。よかろ」

 もてあそぶ様に手の中で長大な槍をくるくると回していたヤチコだが、ふと私との距離をさらにあけた。くるりと反転し、逃げようとする。
 ここで逃がしては何の意味もない。

「たった一人を相手にして、逃げるのか! 負けるのが怖いか!」

 相手をあざけりながら、私は再び突進をかけた。だがヤチコは本気で逃走しているようで、追いつけない。人知を超えた跳躍で、一気に私から離れていく。まさかあのまま逃げた者たちを斬り殺しにいくというのではあるまい。それが目的なら最初からそうしているはずだ。
 彼女は南へと逃げた。
 まっすぐに南門へ、逃げた! ガーデスから一旦離れるつもりだろう。
 少し予定とは違うが、おおよそ計算のとおりだ。
 王族を狙っている魔物たちは衛兵たちと小競り合いを続けていたが、私が助走をつけて殴りかかると二体とも沈黙した。これでひとまず、この場の安全は確保されたと言っていい。
 所用を終えて振り向いたとき、すでにヤチコの姿は遠い。だが、方角は変わっていない。南である。

「メリタ!」

 私は期待を込めて、その場にいない衛兵の名を呼んだ。
 ヤチコは確かに強かった。だが、メリタはこのくらいのことに対応できないような人物ではない。おそらく、計画通りにやってくれるだろう。
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