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勇者のクセにデブだとは、何事か! 作者:zan
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怒った顔の方が

 母を殴り倒してでも、私は行かなければ。メリタをむざむざと殺させるわけにはいかない。
 彼女をなんとしても、救わねばならなかった。私は低く構えて、エイナ・エテスと対峙する。彼女と戦うのは初めてではないが、これほど張り詰めた戦闘をしたことはさすがにない。
 だがそれでも、行かなくては。私は真剣に母を倒す方法を考える。
 と、エイナ・エテスがため息を吐いた。彼女は剣をおろして、とても悲しそうな目で私を見る。

「スム、あなたはそれほどあの子のことをすきなのね。自分の身の安全をかえりみないほどに」
「そうかもしれません」

 特に否定する意味もなかったので、私は素直に頷いた。するとエイナはこんなことを言い出したのだ。

「城には私が行くわ、スム。あなたはイリスンと一緒にジャクちゃんを連れて、ガーデスから出なさい」
「何を言うのです。母様にそのようなことはさせられません」
「私の大切な一人息子の、スム。あなたを失うくらいなら私が行くといっているのよ。ジャクちゃんを守りなさい。ガーデスからまっすぐ東へ行って、ロカリーの町へ向かいなさい、そこで合流するわ」
「母様、私も」
「黙って」

 母は叱りつけるときのような声で私をそこに止め、自分は即座に城へと駆け出した。
 彼女の本気の走りは、たちどころにして私の視界から彼女の姿を消滅させる。もはや、その背を追うことすら不可能となった。

「母、様」

 まさかあのエイナ・エテスがやられてしまうことはないだろうが、私の心をとても冷たい何かが覆う。不安だ。
 だが、追いかけずに私たちだけがロカリーの町へ逃げるということが果たして許されるだろうか? いや彼女を追いかけ、城へ行ったところで自分のようなものがどの程度の役に立つというのだろうか。それよりは言われたとおり、ジャクとイリスンを守るほうが賢明ではないか。

「姉のことは、エイナ様に任せましょう」

 能面のような表情のイリスンが、隣に立っていた。
 ああ、彼女としても姉のメリタをどれほど心配しているか。それでも、あの魔物たちに立ち向かうことの無意味さを知って、鉄の自制心で自分をここに留めているに違いないのだ。
 それなのに私がどうしても助けに行きたいと駄々をこね、母を危険にさらした。
 これは恥ずべきことであるかもしれない。いや、私は恐らく小さい人間であった。イリスンの気持ちなど考えていなかった。たぶん、母の気持ちも。

「わかった」

 私は恐怖のために縮こまり固まっているジャクを、イリスンから受け取る。いつものように肩に彼女を担ぎ、心配要らないと宥めた。
 何の心配がいらないものか。あちこちに心配の種が転がっていて、行く先など闇一色だ。欺瞞に他ならない。
 しかしそれでも、ジャクに対して他にかけてやれる言葉がみつからなかった。

「私は傍にいる。大丈夫、ジャクは何も心配しなくていい」

 私たちは宿を離れ、ガーデスの東出口に向かって歩く。
 魔物たちの行進は大きな通りに限られており、少し気配を殺して歩き続ければ彼らに気取られるようなことはなかった。
 どうやら、何らかの手段によって町の住民がこの事態に気付きにくくなっている。彼らはそれを頼みにして行動しており、人間たちにはそれほど注意を払っていないのだろう。
 ガーデスから逃げることはたやすいと思われた。ジャクとイリスンを連れて、重い足を引きずって、私は首都を去ることにする。

 しばらく気配を殺しつつも歩き続けて、東側の出口にたどりついた。その門は、なぜか開いている。開いている。
 普通は閉じているはずだ。ましてや、真夜中なのである。不穏な輩が出入りせぬよう、閉じているのが常識だし、習慣だ。
 開いているということは好都合なのだが、何かがあったということでもある。魔物だろうか。私たちは引き続き気配を殺しながら、東の門に近づいていく。
 そっとガーデスの外の様子をうかがう。衛兵は誰もいなかった。
 正確には、生きている衛兵は誰もいなかった、というべきだろうか。既に冷たくなってしまっている衛兵ならその場に何人も倒れていたからである。
 暗くてわかりにくいが、何人かの衛兵には矢が刺さっているのが見える。矢だ。私がガーデスの武具屋で見かけたものと、それほど変わらない。人間の手でつくられたものに違いないだろう。
 つまり魔物が通りを行進しているときに、東の門では殺人事件がおこっていたということになる。その結果、東門は丸裸になって開放されっぱなしというわけだ。

「スム様、あの衛兵たちは人間の手で殺害されたと思われます」

 イリスンも私と同じ意見のようだ。感情を押し殺した声で告げてくる。
 私はそれに一度頷いておき、

「何かの罠かもしれないな」

 と、返答した。
 衛兵たちが死んでいるからと、堂々とガーデスを出て行こうとすれば外に待ち構えている魔物たちに発見され、殺されてしまうかもしれないのだ。

「スム、……怖い」
「ああ怖いな。ジャク、しかし何も問題ない。私が君を守るから」

 ジャク・ボリバルはやはり怖がって私にすがりついてくる。そこで私は彼女の背を撫でて宥める。
 ふとそこでイリスンを見やると、彼女は眉を吊り上げて私を射殺さんばかりの目で見ているではないか。

「どうしたんだ」
「スム様は全く女心をわかっておりません!」

 苛立っているらしいイリスンは私に噛み付くようにしてきたが、それが少し面白かった。私は笑う。

「何を笑っていらっしゃるのですか、私は怒っているのですよ」
「すまん、イリスン。しかし君は思いつめているよりもそうして素直にしているときのほうが魅力的だな」

 無論メリタのことは心配だ。だが、必死にそれを隠して私のために振舞おうとしているイリスンは固く、無表情であった。
 そうしているよりは、普段どおりによく笑い、よく怒る彼女の方が落ち着くではないか。私はそのように伝えたかった。これを聞いたイリスンは少しばかり面食らったようで、自分の顔をさわって表情を確かめている。

「み、みりょくてき……」

 何やらそんなことを呟きながら。
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