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勇者のクセにデブだとは、何事か! 作者:zan
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急転直下の始まりです

 それからしばらく情報の交換をした後、私はキコナを護るという約束に応じた。
 今まで以上の義務が発生するものではなかったし、なんとなく私はこのキコナ・ヨズ・セケアという人物を信用してもいいと感じていたからである。

「私も気をつけるがな、スム。そちらも十分に気をつけたほうがいい。おそらくリジフ・ディーはすぐにも行動を始めるじゃろう。奴は気が短い」
「わかった」

 静かな忠告を受け、私はキコナのところを去った。
 メリタの容態はどうなったのか心配だったので、すぐに宿には戻らない。夜遅くなっているが、施療院の面会時間はまだあったはずである。
 私はガーデスの北側にある施療院へと足を運ぶ。リジフ・ディーに負けたとはいえ、前回3位の実力を十分に見せたメリタの名声はいささかも衰えていなかったのである。もともと剣術大会には3位決定戦が存在しないため、今回も3位をとったといえる。

 施療院に近づいたところで、見慣れた影がそこから出てくるのを目撃する。外套を羽織ったメリタだった。
 私は彼女に近づいて、声をかける。

「メリタ、傷はもういいのか」
「君か。……ああ、もう随分よくなった」

 メリタは私から目をそらし、小さい声で応じてきた。どこかよそよそしい態度ではないか。
 どうかしたのかと訊ねてみるも、彼女は曖昧な返答しかしてこない。

「いや、そのな。なんというか……、ああ、そうだ。君は私を助けてくれた、そうだな」
「うん、そうだな。だが礼を言われるようなことではない。私は随分君に助けられてきている。その恩をいくばくか返したというだけだ」
「それはまあそうなのかもしれないが。いや、本当にそうなのか?」
「どういう意味で訊いているんだ」

 質問の意図がよくつかめなかったので、私は聞き返してしまった。するとメリタは再び目をそらす。
 しばらくしてから彼女は恨みがましい表情を浮かべて、こちらを横目に見てくる。ううむ、やはりあの救命措置は若い女性には辛いものだったのだろうか。
 なるべくそこには触れないようにして気を遣ったつもりなのだが、やはり謝罪しないわけにはいかないらしい。
 だが、私の中に流れる何かが「謝罪するな」と囁く。思うに、スリム・キャシャの血が。
 メリタが怒っているとはいえ、それはおそらく見かけほど大きな怒りではない。私は自分の中の囁きにしたがうことにして、メリタに話しかける。

「とにかく、元気そうで何よりだ。だが、私もその確認のためだけに病み上がりの君を訪ねたわけじゃない」
「そうだろうな」

 真面目な話を振ると、メリタはこちらに向き直った。怒りは完全に消えている。

「少し夜遅くなったな。君はもう食事をとったか? 何か食べながら話さないか、いい店を知っているから」
「ああ、望むところだ」

 私は少し大げさな返事をする。いい店、というのに興味がわいたせいでもある。
 イリスンとジャクは宿の食事をとるだろうし、私が戻らなくとも特に問題があるとは思えなかった。

 私とメリタは少し離れた位置にある酒場に入った。ここは宿を兼ねてはおらず、その代わりに店内の中央部は吹き抜けになっており、なかなかの景観だった。二階は壁際にしか床がないが、一回を見下ろすことができて解放感がある。気分よく酒を飲むことができるだろう。
 ただ私はあまり酒を飲まないので、そのあたりは想像に過ぎない。だが食事をするだけでも十分にその魅力は味わえそうだ。

「いい店とはおもわないか」
「ああ、なかなかいいな」

 私たちは二階の席についた。一回の中央部では踊り子が華麗な舞を披露し、弦楽器を持った男たちがそれにあわせた音楽を奏でている。

「どうした、踊り子が気になるのか」

 メリタは一回を見下ろしていた私に少し意地悪そうな声をかけてくる。確かに踊り子は愛らしい表情で疲れを見せずに踊っており、魅力的である。服装もヤチコ・ベナよりもずっと露出の大きなものを身に着けて、健康的な肉体美を晒している。
 だが、目の前の女性を差し置いてみるべきものではない。

「魅力的だが君ほどではないな」

 と、私は答えてメリタに向き直った。
 彼女は一瞬あっけにとられたような表情をした後、困ったように肩をすくめてしまう。

「血は争えんな」
「なんのことだ」
「こっちのことだ、それより何かわかったんだろう。教えてくれないか」

 メリタがそういうので、私はキコナ・ヨズ・セケアから入手した情報のいくつかを話すことにする。

「そうだな、まずはキコナの素性がわかった。というより教えてくれた。フィルマ・モフォンというのが本名で、ここには顔と名前を変えてやってきたということだ」
「フィルマと云ったのか。それなら調べるまでもなく、いくらかの情報がある。リジフ・ディーには及ばないもののそれなりの噂があがるほどの逸材だった、特に頭のほうでだが。集落の自治に関してズバズバと上申を繰り返し、上から疎まれて、下からは敬われていたときく」
「ほう、それほどの」
「そうきけばキコナが優秀なのも納得だろう。魔物の襲撃で亡くなったときいていたが、リジフが拾っていたとは」
「ああ、そのあたりにも複雑な事情があるらしい」

 私は言葉を選びつつも、キコナとリジフが決して堅い絆で結ばれてはいないことを説明する。
 メリタは難しい顔をして、口元を手で覆い隠してしまった。

「それは、信用すべき情報なのか判断しかねるな。私とて頭のいい人間ではないが、どうも引っかかるところじゃないか?」
「だが私としては信じたい。キコナは自分の恥を晒したのだ」
「そうかもしれないがな」

 メリタはまだ迷っている様子で、目を閉じる。
 そこへ料理が運ばれてきた。手に持ったトレイにたくさんの料理を載せてきたウェイトレスは接客用のスマイルを振りまき、去っていく。
 料理は結構な量があった。安くてうまい、味が濃くて酒が進む、という具合のものだ。

「ああ、腹が減っていると考えがまとまらないものだ。何か口に入れないか、冷めてまずくなってしまうのもよくないだろう」
「一理あるな」

 私が勧めると、メリタはいくらかの料理を食べ始める。フォークを刺しては口に入れ、もぐもぐやっている。私もそれにならって食べ始めるが、今度は会話がなくなってしまった。
 あまり食べてばかりもまずかろうと手を止めるが、メリタは言葉通り本当に腹が減っていたらしく手を止めない。さらに彼女にしては非常に珍しく、エールを飲んでいる。酒は考えを鈍らせるものだと考えていそうなメリタだが、何か酔いたい理由があるのかもしれない。
 私は何も言わずに水を飲んでいる。茶は高いし、果汁等は食事時に適さないからである。酒場にわざわざきて水を飲んでいるのは私くらいかもしれないが、仕方ない。
 しばらくしてから、ようやくメリタの手が止まった。少し顔が赤くなっているが、まだ目はまともだ。話をしてもいいだろう。

「他には何かあったか」
「ジャクのことについては、少し」
「聞いても?」
「ああ。ダープル・スンという少年はおそらく既に亡くなっているということがわかった。キコナの調べでは身元不明の遺体が私がジャクを保護するより前にあがっている。おそらくそれがダープル・スンで、彼からアンクレットがはずされたのだと思われる」
「なぜ身元がわからなかったんだ。登録されている奴隷なら、足輪がないくらいならすぐにわかるはずだろう」
「顔が変えられたからだ、たぶん。フィルマがキコナになったように、リジフ・ディーはそういう技術に詳しかったらしい。ほんの数週間程度で顔の印象がまるで変わってみるようになるとか。もっと期間を変えればまるで別人にできるとも聞いた」
「それは恐ろしいな。にわかには信じがたい」
「だがディー家は元々外科治療を志した医師の一族だ。ありえない話ではない。それに、これはキコナが言っていた事だ。多少は誇張されていると考えたほうがいい」

 ふむ、そうだな。とメリタは頷いた。
 それから彼女は下の階で舞を続けている踊り子をふらりと見下ろす。

「それと、ジャクの父親が判明した。セメト・ボリバルというらしい。旅商人の一人で、何年か前まではガーデスの周辺集落を巡っていたと思われる」
「ほう、それで賊に襲われたわけか」
「いや、それが……。セメト・ボリバルは旅慣れた商人で腕のほうもあったらしい。それに長い間世話になっていた集落があって、そこに寝泊りしていたらしいのだ。これでもジャクを拉致されて自らもどうにかなったというのなら賊は相当な腕前だ」
「犯人がリジフ・ディーだと?」

 ちらりとメリタがこちらを見つめる。私は首を振った。

「可能性はあるが、多分違うと思う」
「ふむ。ボリバルという姓は珍しいから、多分セメトがジャクの父親なんだろう。しかしその賊というのがグリゲーの手下たちなのか、それともたまたまそいつらの売却先がグリゲーだったのかは判断がつかない。どっちにしても衛兵としては彼らを追跡調査しなければならないな。この情報は助かる」
「余計な仕事を増やしたかもしれない」
「臣民を護るための仕事なら、増えたとはいわない。して当然のことだからだ」

 ふう、と彼女は大きく息を吐いた。用を足しに席を立つのだということはわかったので、私は何もいわない。
 しかしその一瞬、階下から大きな衝撃が響いた。誰かが暴れているのかもしれないと思ったが、そうではなさそうだ。明らかに、外から中へと誰かが強引に押し入ってきている。

「強盗か?」

 そんなはずがないと思いながら、私は一階の様子を見た。メリタも既に腰の剣に手をかけている。
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