ワールドエンド
とうに非常食も水も底についていた。空腹と口渇は限界を振り切り、体躯が思うように動かないという錆びた感覚だけがあった。
今、仲間たちの亡骸の傍らで独り、男は意識を手放そうとしている。
何故こんなことになってしまったのだろう。矮小な男の頭では、その理由は判らなかった。ただ唐突に、生まれ親しみ永遠に続くかと思われた世界は終わりを告げたのだ。
そして彼もまた、唯一生き残った者として、最後を迎えようとしている。
ふいに昔のことを思い出した。
彼の家族は多かった。仲間たちも多かった。皆で世話しなく働き、助け合い生きた。時には強靭な巨人たちと身一つで戦い、逃げては子孫を育んだ。厳しい世界ではあったがささやかな生活を愛し懸命に生きた。
そしてある日、不条理に終わりはやってきた。強靭な巨人たちをやっと撃退し、勝利にわきたったあの日。世界は燃えた。
火の玉が降り注ぎ、大地は揺れ、水が噴き出した。
安全な地下へと避難し、やがて来る平穏を待ったが、それは来なかった。地球は生命には過酷な場所へと変貌してしまったのだ。順応や進化というものは世代を重ねて少しずつ行われるものだ。生きる術など、どこにあろう。彼は死ぬのだ。
だが死を目前として彼の心は、混沌になく静寂にあった。ようやく皆と同じになれる。一緒になれる。そう思えば死に恐怖の色は一片もなく、寧ろ幸福にすら感じられるのだった。
薄らぐ脳が柔らかな喜びを感受する中で、男はゆっくりと体躯を動かした。
せめて最期に、地上へ。
死んだ者たちが求めてやまなかった地上への歩み。渇望が痩せた魂に僅かな力を与える。地上へのなだらかな道を行き、湿った暗がりを背にし、男はついに天を仰いだ。
埃っぽ空気。赤く膿んだような大地。暗雲に塞がれた空。居るだけで痺れる。危険信号を放ち、拒絶する。が、逃げはしない。
地上で死ぬのだ。男は最期の力を振り絞り、触覚を揺らした。
――最後の生命体『昆虫綱ゴキブリ目ワモンゴキブリ』として。
黒々とした殻に包まれた筋肉は麻痺しつつある。地球で最も強いとされた生命力は消えつつある。
かつて彼の最強の敵だった巨人。奴等は巨大な物質で彼を原始的に潰そうとしたり、時には甘美な芳香を放つ穴ぐら――ただし入った者は二度と出てこなかった――という罠や毒ガスを出す塔を置くといった卑怯な攻撃もあった。
今はあの宿敵はいない。新たな敵は、母なる地球。
なんと残酷な世界か。なんと無慈悲な世界か。こんな世界は、終わってしまう方が正しい。
男は力を抜いた。少しずつ近づいてくる死という安寧、死という楽園。その時を全身で受け入れるために。
いま、肉と殻の呪縛がほどけ、天の国へと、ゆっくり浮上する――。
瞬間、男は驚愕した。
気付くと透明な壁に四方を囲まれていた。そして清浄な空気の中に浮かびながら、見下ろしていたのだ。かつての宿敵を。
男は怯えた。まさか巨人たちが戻ってくるとは。殺される。天寿を全うすることなく殺されてしまうのだ。
瞬く間に絶望に侵食された彼であったが、不思議なことに巨人たちはいつまでたっても襲ってこなかった。そればかりか、彼を慎重に扱う。以前ならば悲鳴をあげて彼を殺しにかかったであろう巨人たちは、宝物のように彼を両手で包み、運んだ。大事に動かし、そっと大きな箱へと移す。
彼はすっと床に降ろされた。すくんでいた彼であったが、降ろされた場所で周囲を見渡すと、緊張をみるみるうちに弛ませた。そこに懐かしい顔を見つけたからだった。僅かだが、生き残っていたのは自分だけではなかったのだ。
途端に、本当の喜びが溢れ出る。生への歓喜が蘇る。
生きてやろう、きっと生きてやろう。熱く心を燃やして。きっと再び、繁栄してみせると誓って。
男はひとまず床に転がった食料を口にすると、仲間の一人にまたがった。
シュールな小話を書きたかったのです。数が減れば大切にしとくのが我々の常よねということで。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
また、感想を下さいますと、もっとやる気をだすと思います。本当に。本当に。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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