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二人はふたり
作者:海華
強烈なインパクはない作品だと思いますが、読んでいただけたらとても幸せです。
 春の日差しがユラユラと揺れる昼下がり、ちょっとした私の一言が銀介の神経に触って、ガソリンのような銀介の性格に火種を落としてしまった。
「金魚の糞みたいについて来るな!」
 銀介はそう言いながら微かに眉毛を上げて、私に冷たく言い放った。その言葉は私の心に容赦なく突き刺さって、驚いたのと同時に心に痛みが走る。
 煙草を買いに行くって言うから「ついて行ってもいい?」って聞いただけなのに、銀介はその言葉に鬱陶しさを感じたのか、怒りを感じさせる表情を浮かべていた。
 私達の距離の中に気まずさを感じ、淋しい風が心の中に吹き込んで過ぎて行く。人それぞれ感じ方や価値観は違う。だから銀介が思ってる事と、私の思っている事に誤差が生じるのは仕方がないと思うけれど、時として言葉は残酷に人の心を傷つける。
 こんな時少しだけ、銀介に惚れてしまった事を疑問に思う自分がいる。
 好きな人とは少しでも長く一緒に居たい。皆が当たり前のようにそう思っていると私は思っていた。だけど銀介の中ではどうも少し形が違うらしい。
 子供の頃の親からの教えで「自分がやられて嫌なことは他人にはしてはいけない」というのがあったけれど……自分が嬉しいと思う事でも、他人が必ずしも喜ぶとは限らない。という事を思い知らされたような気がした。
 銀介と少しでも一緒にいたいと言うのは私のわがままなのだろうか……思わず考え込んで落ち込んでしまう。私は締め切られた扉の飾りガラスから、差し込んでくる柔らかい日差しを溜息混じりに見つめていた。


 あれからもう半年近い時が流れ、私と銀介の関係も色濃くなっていた。
 初冬を感じさせる日差しが西に傾き、山の陰に隠れようとしていた。
 相変わらず、銀介とは考えの中にズレを感じながらも付き合っている。最近になってそのズレの間合いがわかって来て、ズレの中に楽しさを見出せるようになって来た。
 それと同時に、自分寄りの考え方に銀介の考え方を近づける事に、面白さを感じている自分がいる。私って意外に小悪魔かしら。なんて思ったりしている。
 今日は朝からソワソワしていたけれど、仕事も終わり間近になると椅子に座っていても落ち着かない気がする。心は早く帰りたいって叫んでた。
 今日は私の25回目の誕生日、私が会社を終える頃に合わせて、銀介が会社の前まで迎えにくる事になっていた。
 時計の秒針が一秒一秒刻んでいくのを、見ない振りをしながら必死に目で追っていた。こういう時の時の流れとはとても遅く感じてしまう。この最後の数分がとても長く感じられた。
 時計は6時を指し、私は机の上を整理して、更衣室に向かって制服から私服に着替えると、慌しく会社を出る。
 外は薄暗くなっていて、夕日が伸ばした指先がほんの少し見えるだけだった。
 会社の前に一台の車が滑り込むように走ってきて止まった。運命を感じるくらいのタイミングの良さで、銀介が車で現れた。普通のフォードアの車から顔を覗かせて、私に手を振っている。柔らかく優しい雰囲気を漂わせながら微笑んでいた。
 この笑顔にときめき、顔が緩んでしまう自分がいる。惚れた弱みというやつかな。
 私は小走りに走り、車の助手席のドアを開けると、シートの上にちょこんと小さな子供が腰を下ろすように、籠に入ったブーケが置いてあった。
 眼の前の小さなブーケに感動して余計に顔が緩んでしまって、どこかの変質者みたいな状況になっている。
「誕生日おめでとう」
 銀介が私の方を向いて、童顔の顔をキラキラさせながらそう言った。
 銀介と付き合いだして初めての誕生日。どちらかと言うとガサツで鈍感で忘れっぽい銀介が私の誕生日に花をくれるなんて……それだけで嬉しくて完全に心が舞い上がっていた。
 銀介の姿を見て、一つだけ不思議に思うことがあった。
 それは銀介がきっちりとスーツを着ていた事。一番上までボタンをして、苦しそうなくらいにネクタイをきっちり結んだその姿に、ちょっと違和感を感じていた。
 普段、力仕事をしていてスーツとは無縁の銀介が、こんな姿で現れるなんて。
「スーツなんて着ちゃって、どうしたの?」
 私は踊る心で籠に入ったブーケを抱えて、助手席に座りながら銀介に聞いた。
「華のお父さんに挨拶に行く」
 銀介はほんの少し緊張した顔をしながらそうきっぱりと言い切った。
 挨拶って!? もしかして「娘さんを下さい」ってやつ……
 私は突然の事に一瞬、言葉を飲み込んだ。本当に何でもかんでも事後承諾で、いつでも自分一人で決めちゃうんだから。
 まだプロポーズもされてない気がするんだけど、私の気のせいかしら?
 私は思わず眉間にしわを寄せて、銀介の顔を覗き込む。そんな姿を見て銀介は何かに気付いたのか、目を見開いて口を開いた。
「そう言えば、華にプロポーズするの忘れてた」
 銀介のその言葉に、私は唖然。空いた口が塞がらないとはこの事よね。忘れていただって……銀介らしいと言えばそれまでだけど、これって許される事かしら?
 心の中にゆっくりと湧き上がる怒りに似た苛立ちを隠しながら、私は溜息をついた。
「結婚しよう」
 銀介はそんな私の雰囲気に気付いていないのか、私の両肩をしっかりと掴むと、私の瞳を真っ直ぐに見つめてそう言った。
 鈍感なやつめ。私はそう思いながら、苛立ちを表に出さずに必死に奥歯で噛み締めていた。
 このとってつけたようなプロポーズは何なのよ。普通はもっと雰囲気を重んじてプロポーズするんじゃないの。
「なぜ、急に結婚なんて言い出したのよ。2年後って話じゃなかったっけ?」
 私は必死で怒りを抑えながらそう言う。こういう時に怒ってはいけない。私のせっかくの誕生日を喧嘩で終らせたくないもの。そうなってしまったら、後悔だけが残ってしまう。
 だけどこんなプロポーズに素直に「はい」なんて言える訳がない。こんな忘れられていたようなプロポーズ……ここでも銀介とのズレを感じてしまう。
 銀介は人差し指を立てて、真っ直ぐに私の瞳を見つめると、優しい声で言葉を綴る
「色々考えたんだけど、俺達殆ど同棲に近い生活してるだろう? それならいっその事結婚した方が収入面とか色々便利かな〜って思って……もちろんそれだけじゃない。お前は俺には無いものを持っている。それは俺にとって凄く貴重で、お前と一緒に居れば俺は絶対に幸せになれるって思ったんだよね」
 飾らない正直で素直な言葉が銀介の口から漏れてくる。
 可笑しい……こんなにズレがあるのに、最終的には同じ所に行き着く。
 私も自分が持っていない部分を銀介に感じて、それに強く惹かれている。そしてまた銀介と一緒にいる事で幸せを感じる自分が居る。
 銀介に惹かれる理由「幸せにするよ」じゃなく「幸せになれる」そう言う正直な所。幸せなのかそうじゃないのかは、相手に決められる事じゃなく、自分自身が感じる事だから……
 こんな所は、同じ価値観で心地がいい。銀介の価値感に素直に共感できる自分がいる。
 そうそう、この感覚が忘れなれなくて、私は銀介と離れられないのかもしれない。
「もう一度、プロポーズの言葉言ってくれる?」
 私はちゃんとした返事がしたくて、もう一度プロポーズの言葉をせがんだ。
 銀介はプロポーズの言葉を言う事に何の躊躇も見せず、それが当たり前であるかのように私の方を見つめると口を開いた。
「結婚してください」
 銀介の力強いはっきりとした口調に、私はほんの少しの間をおいてその言葉に答える。
「はい」
 私はこれ以上は無いってくらいの笑顔でそう答えた。銀介もまるで私の笑顔を鏡に映したように満面の笑みを浮かべる。二人を包む空気の温度が少し上がったように感じられた。
 銀介の手が私に伸びてきて私を力強く抱きしめる。ズレを沢山感じるくらいに性格は正反対なのに、銀介の抱擁は私の体にしっくりときて、気持ちが溶けそうになる。
「俺のわがままで、お前から別れを切り出す事はあっても、俺の方から別れを切り出す事はないから」
 銀介は私を抱きしめたままそう言い、その声は私の耳元で響いていた。
 宣戦布告ともとれるようなこの言葉、自分でもわがままなのを認めてるのね。なぜなおそうとしないのかしら。またそれも銀介らしいのだけど。
 私はそんな事を思いながら、ふと車の外に目をやると、通りすがりの方々が私たちが抱き合っているのを見ながら、ニヤニヤしたり、見て見ない振りをしたりして通り過ぎていく。
 途端に私は恥ずかしくなって、銀介から離れようとあたふたと、腕に力を入れて突き放そうとしたのに、銀介が放してくれない。力で敵う筈も無く、私の顔は真っ赤になって熱かった。
「皆見てるよ」
「いいじゃん、見せてやれば」
 銀介は何の躊躇も無くそんな事を言う。真っ直ぐなその性格は嫌いじゃないけれど、やっぱり私との性格にズレを感じていた。 


 外はすっかり夜の闇に包まれ、澄み切った空気の中で星が瞬いていた。
 緊張し張り詰めた空気の中で、今まさに銀介は父を目の前にして正座をして俯いていた。握り締めた手は膝の上で微かに震えているように見える。
 沈黙のままどのくらいの時間が流れたろうか。私も台所にいる母も二人の間に流れる空気を固唾を呑んで見守っていた
 父は銀介をただ黙って見つめていた。それは威圧的で言い出そうとした言葉をついつい飲み込んでしまいそうになるような圧力を感じさせた。
「明日早いから、そろそろ寝るか」
 父は銀介の態度に痺れを切らしたのか、そうぶっきら棒に言うと、銀介と目を合わせる事無く二階に上がろうとする。今を逃すと言えなくなってしまう。銀介どうするの?
 私は心の中で焦りを感じて銀介を見つめる目に力が入る。銀介は意を決したような顔をすると父の背中に向けて声をかけた。
「お父さん、ちょっといいですか!」
 さすがの父もそう声をかけられて、無視するわけにもいかず立ち止まり、二階にあがろうとしていたのをリビングに戻ってきて不機嫌な顔をしながらソファーに座る。
 とても言いずらい雰囲気が漂っていた。
「銀介、がんばれ!」私は心の中でそう強く願いながら、手の指を組んで力一杯握り締めていた。掌は汗ばんでいた。
 夏でもないのに、銀介の額から汗が流れている。それを見ている私も胸が苦しいくなるような感覚を憶えた。
「お、お、お父さん……下さい」
 ついに言った。と思ったら、大きく間違っている。お父さんを下さいって……緊張感の中にいるにもかかわらず、私は思わず笑いそうになって必死にそれを堪えていた。
 台所からもクスクスと母の笑い声が聞こえてきていた。
 銀介は一瞬、気まずそうに照れ笑いをしてごまかしていた。自分のそのドジさ加減に緊張が解れたのか、開き直ったのか、姿勢を正して改めて口を開いた。
「華さんと結婚させてください」
 ついに言った。銀介がついに父に言った。私も心の重荷が取れたように開放された気持ちになる。それと同時にジワジワと喜びにも似た感動が広がっていた。
「その言葉をいつ言うのかと待っていた。華をよろしく頼む」
 父はほんの少し淋しげな笑みを浮かべ一言そう言うと、私とは目を合わせずに二階へと上がっていく。階段を上る音がいつもより少しだけ重い音を響かせていた。
 

 父が二階に姿を消した後、銀介もさすがに緊張の糸が切れたらしく、疲れたような顔をして、大きく溜息をついていた。
「大丈夫?」
 私の言葉に銀介はニッコリと笑っていながらも、ほんの少し顔が引きつっているように見え、やはりいくら動じない銀介でも、緊張したんだろうな。そんな中でも頑張って父に「華さんと結婚させてください」と言った銀介を、褒めてあげたかった。
 私にはたぶん真似が出来ない、あがり性で失敗を極端に嫌う私は、最初の失敗で心は折れてそれ以上、きっと何も言えなくなってしまう。
 こんな所にも銀介との大きな違いを感じる。
「銀介君、疲れたでしょう? このトマト美味しいのよ食べて行ってね」
 ずっと台所に引っ込んでいた母がそう言いながら、切ったトマトをお皿に入れて持って来るとテーブルの上に置く。うちの母、来客があると物を食べさせたがる癖がある。
「何をかけて食べる? マヨネーズ? ソース?」
 母は銀介に向ってそう聞いた。
「砂糖を……」
 銀介はほんの少し躊躇しながらそう言った。私も母もその言葉に驚いた。
 だって、トマトに砂糖よ! グレープフルーツやイチゴじゃないのよ。トマトなのよ。
 我が家ではトマトには普段、マヨネーズかソース、もしくはドレッシングをかけて食べる。銀介みたいに砂糖はさすがにかけては食べない。
「さ、砂糖でいいの?」
 ほらやっぱり母も動揺している。銀介は母の動揺を予想していたのか、ちょっと困ったような顔して頷いた。
 母は台所から砂糖を持ってきて、テーブルの上に置いた。 
 銀介は嬉しそうな顔をして、そのヘタの部分が少し青みがかった、新鮮なトマト全部に砂糖をかけてしまう。
 ちょ、ちょっと……全部にかけたら私が食べられないじゃない。本当に人の事を考えないんだから。私はため息混じりに銀介を見ていた。
 銀介といると溜息ばかりで、酸素欠乏症になりそうだわ。そんなくだらない事を思いながら私はほんの少し心の温かみを感じながら、苦笑いをした。
 砂糖はトマトの水分で少し溶けてトロリとしていた。赤にトロリとした砂糖のコントラストは美味しそうに見えなくもない……銀介はフォークを刺して、口に持って行き大きな口を開けて食べた。
 本当に、ほんと〜に、おいしそうに食べる。幸せそうに笑顔を浮かべて食べている銀介を見ていると、本当においしいのかも? そんな気持ちが私の中に湧いてきた。
「あ〜ん」
 銀介が私の口元にフォークで刺した砂糖のかかったトマトを持って来る。
 食べろという事よね。かなり抵抗を感じたけれど、ここで食べないとまたガソリンに火がつくかも。なんて事を思いながら、仕方がなく私は口を開けた。
 私は砂糖のかかったトマトを頬張る……
 銀介が私の顔を愛くるしい表情で興味津々覗き込んでくる。そんな仕草がたまらなく可愛くて大好きだった。これはもう母親が子供を見る目に似ている。
 トマトの味は……意外に美味しい。でもやっぱりマヨネーズの方が好き!
 
 付き合いだした頃には「金魚の糞」て言われたり、トマトの食べ方も違うし、性格も正反対で考え方にも誤差がある。これで本当に大丈夫なのだろうか。
 私の心の中にほんの少しだけ不安が通り過ぎて、思わず苦笑いをする。
 トマトを頬張っている私を見て、銀介は満足そうに笑い、自分の口にもトマトを運んで食べていた。

「この花、綺麗ね。飾っておくわね」
 母はそう言いながら、銀介から貰ったブーケを手に持ち歩き始めたその時、母が躓いて転びそうになった。転ぶ寸前で母は踏みとどまったけれど、ブーケは弧を描いて空を飛び、反射神経の鈍い私の額に見事命中して、絨毯の上に落ちると花は無残にも散らばり、籠は絨毯の上で円を描いて転がる。 
「いった〜い」
 私は額を押さえながら母を睨んだ。母は私の額に命中した事がおかしかったらしく、口に手を当て、笑いを必死に堪えているようだった。
 もう! 誰のせいだと思ってるの……なんて薄情な母親なのかしら。
 籠がテーブルの脚に当たり止まる。中から何か光るものが転がり出た。
 それは……銀色に輝く指輪だった。
 私はその指輪を人差し指と親指で優しく掴む。小さな透明感のある清純な輝きを放つ石が可愛らしくついていた。
 銀介が私の所に近付いてきて、籠がぶつかった部分を優しく撫でてくれた。
「この指輪……」
 心が熱くなるのを感じながら、そう呟いた私を銀介は見つめて優しく微笑んでいた。人の良さが現れるような柔らかい笑顔だった。
 私が掴んでいた指輪を銀介は優しく取ると、私の左の薬指にそっとはめてくれる。
 もっと普通に指輪をくれればいいのに。どこまで私と考え方が違うのかしら……
 心地のいい嬉しい裏切りを感じていた。

 二人の考えや性格が同じ形で重なる事はない。だからこそ、そこに新鮮な感動が生まれ、魅力を感じるのかもしれない。
 きっとこれからも違う考え方を持ち、ぶつかり合いながら歩いて行く事になるのだろうと思う。
 私達二人の体が重なり合う事はあっても、所詮違う人間、一つになる事はない。
 お互いのズレを楽しみに変えながら、目に見えない絆を築き上げ、手を繋いで歩いていく事ができるだろうか……ちょっとだけ心配。
 銀介と一緒に時を刻んでいくのか……先が思いやられる。
 私は口の端を少し上げて笑みを零した。銀介は幸せそうな顔をしてトマトを食べている。
 そんな銀介を私は頬杖をついてただ見つめていた。
 心の奥ではいつもお互いが存在していて、必要とし、一緒にいたいと願う。
 だけど今、こうして同じ空間にいるけれど、違う事を考え、違う事を思い、違う事をしている。
 
 二人はやっぱり、ふたりでしかないんだよね。

 あっ、銀介がトマトを下に落として転がした。慌ててる慌ててる……可愛い。
 私の顔は自然と緩み笑顔になる。銀介もそれに気付いて照れ笑いをしていた。

                                         完  
 
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
皆さんはトマトに何をかけて食べますか?
食生活は、その人の育った環境が正直にでますよね。
どんなに気の合う人間でも、同じ人間ではないのですから、違う所があって当然なのですが、ついつい自分の考えを、押し付けてしまいがちになってしまう事ってありませんか?
私自身、日々生活しながら反省し気をつけています。

この作品を読んで、のほほんと、まったりと何かを感じてくれたら嬉しいですね。
ありがとうございました。
   〜海華より〜
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