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はつこい
作:綾畝章人


 ともよちゃんはちいちゃな女の子で、でも明るくて、ちょっとしたことでもコロコロと笑う。授業中にななめ後ろから見る姿は、すこし揺れていて、頭は気持ち傾くのに肩まである髪はいつでもまっすぐにおりていた。男子にも気軽に話しかけてくる、そんなともよちゃんはちょっとまぶしくて、ボクはあまり正面からまっすぐ見た事がない。
 そんなともよちゃんが明日転校してしまう。

 だから今日の6時間目はともよちゃんのお別れ会だった。
 ボクらはみんなで歌を歌ったり、お別れの言葉を並べた色紙をプレゼントしたりして、最後にさようならを言った。
 それも終わって、机を元のように並べていると、突然もうこれでおしまいなんだって思えてきた。もう二度と会えないって、明日も明後日も、もうずっとともよちゃんが居ないって事なんだって分かった。

 ショックで、ボクは机に座ってボーッとしていた。そしたらヒロシくんが
「女子はこのあと相坂んちでお別れ会だって」
 って話しかけてきた。
 え、このあとも?
「ほんと、女子ってうじうじしてるよなー。みんなでお別れ会したっていうのに」
「そうだね」
 そうだね?いや、そうじゃない
「そうだね、女子ばっかで固まってさ」
 ちがうちがうちがう。そんなんじゃない。
 もうお別れじゃなくて、まだ続きがあるなんて、ずるい。
「まったくだ、帰ろうぜ」
「うん」
 ずるいよ。

 下校中、ボクはずっと相坂さんちでのお別れ会の事ばかり考えてた。
 何を話してんだろう。何を贈ったんだろう。女子はちゃんとお別れしたんだろうか。
 それはボクがちゃんとお別れできたのか気になっていたからだ。
 ボクのさようならはきちんとともよちゃんに伝わったんだろうか。
 やっぱり、ボクはちゃんと一人でお別れしなくちゃいけなかったんだと思う。みんなと一緒に言った「さようなら」だけじゃ、きっと足りないから。

「どうした?」
 ボクが考え事をしているのにヒロシくんが気付いた。
「あ、うん、わすれもの」
 ほんとうの事をいえず、ボクはとっさに嘘をついた。
「ああん?何だよ、わすれたんならさっさと取りに行きゃいいのに」
「明日でもいいかと思って」
「だからボーッとしてたのかよ。それでどうすんだ?わすれもの取りに行くなら先に帰るぞ」
 ヒロシくんには悪いけど、今日は一人で帰りたい気分だった。
「うん、やっぱり取りに帰るよ。ごめんね」
「いいって。じゃあな、また明日」
 そうだ、ヒロシくんとは明日も会えるんだ。でも、ともよちゃんとはもう会えないんだ。
 ボクはヒロシくんと別れると、歩いてきた道を引き返しはじめた。

 みんなが帰って誰もいなくなった学校。校庭から差し込む夕焼けの中、ボクは下駄箱の前に立っていた。
 乱暴に突っ込まれたヒロシの上履き、きちんと並んだ女子の上履き、ボクの上履き、空っぽのともよちゃんの下駄箱。ボクはその空いた下駄箱を眺めてうなずいた。何故か分からないけど、ボクはそれを確認したかったんだ。
 それはあたりまえの事だった。そしてあたりまえの事だから、とても悲しい事だった。
 ボクが確認したかったのはこの悲しさだったんだろうか?

 ペタペタと廊下を歩く音が聞こえてきた。ボクがあわててそっちを見ると、それは知らない先生だった。
「どうした?もう下校の時間は過ぎてるぞ?」
「あ、ええと、わすれもの。教科書をわすれちゃって」
 ボクはまた、嘘をついた。
「そうか、もうとったのか?」
「まだとってないです」
「早く教室に行きなさい。そして、とったら気をつけて帰るんだぞ」
「はい」
 嘘のせいでボクは教室まで戻る事になってしまった。

 廊下を歩くと息があがる。教室に近付くにつれ鼓動が高まる。
 ボクだってわすれものをしたことはある。一人で放課後の教室へいくのもはじめてじゃない。
 でも、今日はなぜかとてもドキドキした。
 だって教室は、ボクとともよちゃんが一緒に過ごした唯一の場所で、ともよちゃんが居るとしたらそこ以外に相応しい場所なんてないって、ボクにはそう思えたから。ありえないと思うけど、そう思えてしまったから。

 扉の向こうは、もう教室だ。
 ひょっとしたらともよちゃんも何かわすれものをしたかもしれない。そしてわすれものを取りに教室まで戻ってくるかもしれない。今にも、廊下の向こう側からチョコチョコと走ってきて……。
 そんなことあるわけない。でもあるかもしれない。
 ボクはちらりと昇降口の方を見る。
 誰もいない薄暗い廊下。
 ボクはちょっとがっかりしながら、でも、ちょっとは期待しながら教室の扉をあけた。
 誰もいない教室。
 ボクは教室をぐるっと見回した。
 夕焼けに照らされて真っ赤な部屋。きれいに並べられた机。金魚を飼っている水槽のモーターが立てるウィーンという一定の音。
 水槽が置かれた道具棚には不自然にぽっかりと開いた場所がある。そこがともよちゃんが使っていた場所だ。

 ボクは自分の机まで行き、わすれもののない机の中に手を突っ込んで戻す。
 何もない。
 ともよちゃんがわすれものをしているなら、残るは机の中だけだ。
 道具棚だってすっかり片づいているんだから、机の中に忘れ物なんてあるわけがない。
 ……でも、本当にそうだろうか。もしもともよちゃんが忘れ物をしていたら、そしたらボクはもうすぐともよちゃんと会えるのに、そのチャンスをふいにしてしまっていいんだろうか。ただちょっと、ともよちゃんの机の中を確認すればそれが分かるのに、のぞかずに帰ってしまっていいんだろうか。
 ボクにはこの絶好のチャンスを見逃す事はできなかった。
 すばやく確認しないと。ボクが机の中を見たってともよちゃんにバレないように、ともよちゃんが戻ってこないうちに。

 決心するとすぐにボクはともよちゃんの席へ向かった。
 そこにともよちゃんはもういないのに、近付くだけですごくドキドキした。
 ともよちゃんのイスをひいた時、ガッガッガッって音がして、それが思ったより大きくてボクは息を飲んだ。
 あたりを見回して誰もいない事を確認し、ホッと一息つく。
 それからボクは、悪いなぁと思いつつもワクワクしながら、ともよちゃんの机の中をのぞき込んだ。
 何もない。
 ともよちゃんの机の中はきれいに片づいていた。あたりまえの事なのにすごくショックだった。
 それは奇跡が絶対に起きないって事だから、ボクは、もう誰のものでもない空っぽの机の前で、がっくりとうなだれた。どうしてそんな奇跡が欲しかったのか分からない。でもその奇跡なら、一生分の運を使い果たしてもいいから、起きて欲しいと思ったんだ。

 ああそうか。
 熱い涙が込み上げてきた。
 きっとボクは、ともよちゃんの事が好きだったんだ。
 涙は目から溢れ出し頬をつたって滴り落ち、ボクはひとり、教室で泣いてしまった。







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