3.僕と彼女のお手伝い(採用編)
「…おはよ…」
「おはよ、ご苦労様だね、奏」
「ありがと、義兄さん」
あの後僕はずっと原稿とにらめっこ。やっぱり徹夜。
僕が食卓に着くと、
「はい、朝食」
「あい、いただきます…」
「もぎゅもぎゅ…」
僕が食べてると上はYシャツ、下はパンツ一丁というあられもない姿の姉さんが起きて来た。
「んあ〜…おはよ〜…楓ざ〜ん…液キャベ〜…うっぷ」
よく見ると水波音ちゃんを引き摺っている。泊まってたのか。
「おはよ、日由ちゃん、水波音ちゃん。二日酔いかい?お酒、程々にしないと駄目だよ?」
「わがってるわよ…」
「はよ〜…楓くーん…あだじにぼ…液キャベ…」
「はいはい」
大変だなぁ…義兄さんも…。
「はい二人共」
二人は義兄さんから液キャベを受け取るとぐいっと一息で飲み干した。
「「やっぱ、まず〜」」
「はい、水」
「「ぐっぐっぐっ…ばぁーっ」」
親父くさっ。
「朝食だよ日由ちゃん。水波音ちゃんもどう?」
「食べる〜」
こうして座留家の朝は過ぎて行く。
「ご馳走さま」
「お粗末様。はいこれ」
そういって義兄さんは食卓の上にユンケルを置いた。
「ありがと。んぐぐっ…ぷはぁ。じゃあ行ってきます」
「いってらしゃい」
「テストさぼったらタダじゃおかないからね」
「いってらしゃ〜い♪」
サボらないよ、姉さん。でも寝ないと身体持たないな…。
そんなことを考えながら玄関を出て行く。
「っふぁあぁっ…眠い…」
「随分と眠そうじゃないか」
「おはよ〜奏」
「相変わらず仲が良いな、糞バカップル」
話し掛けて来たのはがっちりと手つないだカップル。背高のっぽでボブカットの長谷川矩子となぜかポニーテールでパッと見は女にしか見えない男・守戸千央。千央は男とも女とも取れる格好だった。
「なんだ?妬いてるのか?お前…まさか!千央を私から奪うつもりではないだろうなっ!?」
「奏!君は僕の事が…?嬉しいよ…でもごめん!僕はノリじゃないと駄目なんだ!」
なんで僕が千央の事が好きって事になってんだ?というかお前は男だろう。
「千央っ!」
「ノリッ!」
ガシッと抱き合う二人。
なんか、この二人と知り合いだと思われたくないな…。
さっさと学校に行こ。 逃げだそうとすると肩をがっちり掴まれる。
「「逃げるな」」
二人の低くドスのきいた声。
「…わかったよ」
「…と、昨日はそんなことがあって、徹夜継続中なんだよ」
昨日あった事を二人に話してみた。
「……」
「……」
身体を震わせて黙り込む二人。
「どうした?」
「「あはははははははははははっ!!!」」
大爆笑かよっ…なんかスゲェムカツクな…。
「ごめんごめん奏。あんまりにも有り得ない感じの出来事だったからね」
「まったくだ。後、私達は手伝わないよ」
「さいで…」
ふと気になった事を二人に聞いてみた。
「そうだ、昨日僕が会った女の子事なんか知らない?」
「気になるのか?」
矩子がニヤニヤしながら言ってくる。
「なっ…そ、その笑いは何…?」
一体こいつは何を…。
「顔、赤いぞ」
「…っ!」
「あはは、相変わらずノリは奏をからかうのが好きだね〜」
「ふっ、まぁね」
こ、こいつら〜。
「まぁまぁ、それでその女の子だけど、恐らく…」
「あの…」
「ん?」
誰かが僕達の会話を遮った。
その誰かは昨日原稿燃やした女の子だった。
「あれ?昨日の?」
「あっ…はい。日永歌澄っていいます。」
日永歌澄…か、良い名前だな…。
「あっ、僕は座留奏っていいます」
「座留…さん」
「あっ、奏でいいよ、日永さん」
「じゃあ奏さん、私も 歌澄でいいです」
「うん、わかったよ、歌澄ちゃん」
歌澄ちゃんはただ頷く。
「…それで昨日はすいませんでした」
「いやいや、大丈夫だからさ。気にしないでって昨日も言ったでしょ?」
「確かにそうですけど…このままだと私の気が治まません。ですから、何か私に出来る事はありませんか?」
「え?」
「だから、私に出来る事ありませんか?」
どうするべきかな…。
「えーと、そうだ。取りあえず放課後、図書館に来てくれない?返事はその時ってことでいい?」
「大丈夫。じゃあ放課後に」
「うん、じゃあ」
可愛いけど表情が無い娘だなぁ…。
矩子は何やらニヤニヤしていた。
「な、なんだノリ?」
「奏〜、あの娘の名前を聞いた時『良い名前だな〜』とか思ったな?」
「…なっ!」
いきなり何を言うんだ、こいつ。
「はははは。また、顔が赤くなってるぞ」
「うるさい…」
「まぁまぁ、二人共。ところで奏、日永さんの話聞きたい?」
何?
「聞かせろっ」
苦笑する千央とニヤニヤ笑う矩子。
「…あ」
「重症だね〜」
「すっかりお熱だな」
「うっ、うるさい!さっさと行くぞっ!」
僕を見てしきりに笑う二人。最悪だ…。
僕と矩子は千央とクラスが違うから階段で別れる。 教室に着くとスポーツマンといった感じの短めな髪で精悍な顔つきの長身の男子生徒が話し掛けて来た。
「よう、奏。おはよーさん。随分と眠そうだな」
「おはよ、謙治。そりゃ四日連続の徹夜は誰だって堪えるよ」
「大変だな…。おっ長谷川もおはよーさん」
謙治は俺の後ろから入って来た矩子にも挨拶をした。
「あぁ、おはよう。
ところで謙治君」
「なんだ?」
「君、今度は商業科L組の岸和田陽子に告白されたそうじゃないか。ご苦労なことだな」
ほんとにモテるな謙治は。
「お前また告白されたんだ…ご苦労なことだな」
「ほっとけ。この学園の女は和心以外眼中にねぇんだよ」
「流石は我が学年一の色男…いやシスコンだな。岸和田陽子は学年の美少女ランキングでもかなりの上位だぞ。確か4位だった筈だ。可哀相に…」
そんなランキングがあるのか…。 きっと歌澄ちゃんは1位なんだろうな…。
「謙治はシスコンというか、近親相姦の域だよね」
言いながら僕は自分の席に着く。
「ふん。ほっとけ」
「ちなみに奏、お前は男子のランキング13位と大健闘だぞ」
「あっそ」
「後、女装させたい男子で1位だ。千央はいつも女装とかしてるから対象外だそうだ」
…………なんだそれ。
なんだか哀れみの表情を僕に向ける謙治。
「奏…よかったな1位で」
「謙治…いいわけないだろ。後、そんな顔で僕を見るな」
矩子は何やらほくそ笑んでいた。
「ところで奏、」
「どうした?」
何やら真剣な顔をする矩子。
「日永歌澄のランキングの順位は知りたいか?」
「何っ!知ってるの?教えろ!」
「か、奏?どうした?」
滅茶苦茶気になる…歌澄ちゃんの順位。
「…………………………」
じっと僕を見つめる矩子。
「…………………」
「焦らすな!さっさと!言えっ!」
「な、何柄にも無く熱くなってんだ?奏」
困惑顔の謙治。そしてやっと矩子は口を開いた。
「…1位だ」
「やっぱり…」
歌澄ちゃん滅茶苦茶可愛いからな。表情はあまり変わらないけど、あの時の顔が忘れられないんだ。
「なぁ長谷川」
「どうした謙治君」
「奏、どうしたんだ?なんかどっかにトリップしてるぞ…」
「あぁ、ついに奏に春が来たらしい」
「めでたいけど…大丈夫か?」
「大丈夫だろうさ。以前の様になるまい」
「そうだな。で、話からすると日永歌澄なのか?」
「日永歌澄だよ」
「また難儀そうなのに惚れたもんだな」
「まったくもってそうだな」
…すっかり歌澄ちゃんに熱上げちゃってるな僕。
そういえば歌澄ちゃんに僕が漫画家だと教えるべきなんだろうか…。
学校には一応秘密にしてるけど…大丈夫な気がするからいいか。
ガチャと戸が開き、担任の高本呉羽先生が入って来た。
「早く座りなさい」
全員座るのを確認すると呉羽先生は話を続けた。
「朝のSHRを始める。今日は古典と英語と数1のテストがある。頑張りなさい。後カンニング絶対にしない様にすること。以上終わり」
そう言って呉羽先生はさっさと教室から出て行く。
相変わらずさばさばした人だなぁ。
そんなことを思ってると謙治が来た。
「なぁ奏、古典のテストでこれは絶対に出るぞっ!ってのはあるか?」
「相変わらず駄目なんだ。多分教科書の若紫あたりなんか出るんじゃないかな」
「…ふむふむわかったそれで他に…」
謙治に教えてると先生が入って来る。
「テスト始めるぞーさっさと席に着けー」
みんなガヤガヤと各自の席に戻って行く。 やった、仮眠が取れる。
テストが渡される。僕はそれをさっさと片付けて速やかに眠りについた。
古典のテスト終了まで後30分ばかり時間がある。
あの申し出を受けてくれるだろうか?もし受けてくれたとしたらどんな事をするんだろう?
朝からそればっかり考えてる。
不安もあるけど、なんだかとても楽しみ。
「………よ」
心地良い眠りを誰かが邪魔してくる。
手でその誰かを払う。
「……きろよ」
僕の健やかな眠り邪魔するな。
「起きろよ」
「うぅっ…」
あぁ起きたらいんだろ、起きたら。
「…なにするんだ謙治、気持ち良く寝てたのに」
「やっと起きたか…もう放課後だぞ」
「あぁ、もう放課後なんだ…」
教室に人は疎ら。いつの間にか数1のテストは終わっていたらしい。
「ふぁ〜、良く寝た」
「奏はアレか?今日も図書館で仕事か?昼飯食べに行かないか?」
「うん。あと、昼飯は弁当があるから遠慮しとくよ」
あまり歌澄ちゃんを待たせられないしね。
「そうか、それじゃまた明日な」
「うん、また明日」
僕に背を向け、片手を上げて教室を出て行く謙治はとても様になっていた。
さっ、早く図書館に行かないとな。
僕は鞄を持ち教室を足早に出て行った。
僕は小走りで図書館に入った。
少し探すと奥の方に歌澄ちゃんがいた。暖かい陽射の中でおにぎりをリスみたいに食べていた。
…なんか滅茶苦茶可愛いな…。
「歌澄ちゃん、ごめん待っ…た?」
「んぐ?」
なんだ…これ?重箱?
目を疑った。机の上にあったのは5段の大きめの重箱。中身はすべておにぎり。つっこんでいいんだろうか…?いや、止めておこう。きっと誰かと食べる約束でもしたんだろう。
「あ…えと…取りあえず昼ご飯一緒にいいかな?」
「んぐ」
頷いているからいいらしい。
「ありがとう」
2人っきりの昼食。素晴らしくナイスな状況…のはずなんだけど…。
「んぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐ…」
なんだろうこの雰囲気。えーとどうしたらいい、僕は。
「んぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐ…」
僕は食べ終わったけど、歌澄ちゃんはまだ食べてる。後、重箱3段分は残っている。
「あのさ、歌澄ちゃん、」
「むぐ?」
「それは…全部一人で食べ…」
「あっ歌澄!」
やってきたのはセミロングで活発そうな娘だった。
「あれ?私お邪魔だったかな?」
首を振る歌澄ちゃん。
「それは良かった!携帯に連絡着かなかったからさっ、どうしようって思ったよ」
「んぐんぐんぐんぐんぐんぐ…」
来た娘が話し掛けてるにも関わらずおにぎりを食べ続ける歌澄ちゃん。
いいんだろうか…。
「例の物、届いたから約束通り直接持って来たよっ」
「むぐっ!」
食べるのを止め、目を見開く歌澄ちゃん。
なんだか歓喜のオーラが出ている気がする。
「んぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐ…」
食べるペースが上がってないか?
「急がなくっても大丈夫大丈夫っ、あれは逃げないよっ!」
それを聞いてペースを戻して食べ続けた。
「でっ、君は確かよく謙治君と一緒にいる人だよねっ!私は岸和田陽子って言うんだっ。歌澄の親友だよっ!よろしくっ!」
「唐突ですね、あぁ、僕は座留奏って言います。よろしく、陽子さん」
「いやぁー陽子さんなんて照れるなっ!陽子とかでいいよっ!」
すごく明るい人だな。謙治はこんな人に告白されたのか…。
「じゃあ、陽子ちゃんで」
「うん!それでいいよっ!でさっ奏君、君はなんでまた歌澄と一緒に?」
「まぁ昨日歌澄ちゃんに鞄燃やされちゃって、それでいろいろと手伝って貰う事にしたんだ」
何やら不審そうな顔をする陽子ちゃん。
「そんな顔されても事実だからさ…」
「ほんとに?」
陽子ちゃんは歌澄ちゃんに振った。
もう少し信用して欲しいな…。
「むぐ」
おにぎりを咥えたまま頷く。というか食べ過ぎじゃないかな…。
「今日の朝、何か自分に出来る事がないかって歌澄ちゃんに聞かれたからさ。それでその返事をしにね」
それを聞いた陽子ちゃんは驚いていた。
「あの歌澄がね…」
そんなに珍しい事なのか…。
「ところでさ、ずっと気になってたんだけど…歌澄ちゃんはアレ全部一人で食べるの?」
そう聞いて5段の重箱を指差す。
「そだよっ!いつもあんな感じだよっ、ぶっちゃけ常軌を逸してるよねっ!」
「ほんとだね…」
一体あの小さい身体の何処にあの量のおにぎりが入るんだろうか?
「ご馳走さま、奏さん待たせてごめんなさい」
「いや、大丈夫だよ」
すごい食べっぷりだったよ…。
「朝の返事…教えて」
なんだか告白の返事をするみたいだなぁ。
「私は邪魔かなっ?」
「あぁ、陽子ちゃんも誰にも喋らないなら別に大じょ…」
すると歌澄ちゃんが、
「ダメ」
はっきりと拒絶した。
え?なんでダメなんだろ?
「なんで陽子ちゃんがいるとダメなの?歌澄ちゃん」
「…なんか…嫌…」
二人は親友じゃないのか?なんか陽子ちゃんは新しい玩具を手に入れた子供みたいに笑ってるし。
「ウフフッ。わかったよっ!わったしは図書館の外で待ってるよっ!」
そう言って楽しそうに陽子ちゃんは去っていった。
「いいの?」
「うん…それで返事…」
「あ、あぁ、返事ね。手伝って貰えないかな?」
「何を?」
小首を傾げる歌澄ちゃんは滅茶苦茶可愛い。
「漫画。誰にも喋らないでね?実は僕、漫画家なんだ。昨日燃えちゃったのは、鞄だけじゃなくて、完成した原稿も一緒に燃えちゃったんだよ」
「…えっ」
かなりの衝撃だったらしい。絶句していた。
「えーと時雨和雪って漫画家知ってるかな?僕なんだ、それ」
「…う…そ…」
身体を震わせながら潤んだ瞳で僕を見つめてくる。
その目は反則だよ。可愛い過ぎ。
「…ほんとに…時雨和雪…?」
「う、うん」
するとおもむろに僕の手を両手で握ってきた。
「えっ?ど、どうしたの?」
歌澄ちゃんはうっとりした目で僕を見た。そして、
「すごい…すごく嬉しいです。私…ファン…なんです。うわぁ、どうしよう、どうしよう。はうぅ〜幸せ…。サインくれませんか?」
えーと、整理すると、歌澄ちゃんは僕のファンで、僕に会えて心底嬉しいということになるんだよね。
…………役得じゃないか!
「いいよ」
僕は満面の笑みを浮かべているんだろうな…。
「で、何に描けば良いのかな?」
しばしの熟考による沈黙。
「………………そうだ!家に来て貰えませんか?」
……家?
「なぜ、歌澄ちゃんの家へ?」
「もちろんサインを先生の著書(同人誌)にして欲しいからです」
なるほど確かにそれしか無いんだろうな。
でも、歌澄ちゃんは忘れてるよ。
「歌澄ちゃん、喜んでくれるのは嬉しいし、サインを君の家に行って描いても良い。でも、取りあえず今は落ち着いてくれないかな。話はまだ途中だよ」
「…あ」
言われて顔を真っ赤にして申し訳なさそうに俯く姿。僕にとってそれはそれは可愛くて可愛くて愛しくて愛しくて…。溢れだしてくる保護欲。猛烈に抱き締めたい衝動を何とか押さえ付けて話を続ける。
「大丈夫、気にして、無いから。…とにかく、歌澄ちゃんには僕のアシスタントをして貰いたい訳なんだよ」
「分かりました。もう嬉しすぎます。喜んでやらせていただきます」
とても嬉しそうな歌澄ちゃん。怖いくらいに瞳が爛々と輝いている。
うーん、昨日、朝、今とで全然キャラが違う様なそうじゃないような…。いや、状況の問題なんだろう。
「期間は今日を含めた三日間。仕事場は僕の家。多分遅くまでかかると思う。下手したら泊まり掛けなんてのも有り得る。だから、家の人とか大丈夫?」
歌澄ちゃんは少し考えてから答えた。
「………大丈夫」
「うん、じゃあよろしく。あと、先生とかは止めてお願いだから。奏で頼みます」
「…うん」
これで後は手伝って貰うだけだな。
「話も終わったし、陽子ちゃんをそんなに待たせる訳にもいかないでしょ?それになんか頼んでた物があるみたいだし。帰ろうか。…ところで、何を頼んでたのか聞いても大丈夫?」
純粋に興味をそそられたんだよね。
「うん」
頷き、教えてくれた物はなかなかに意外で結構マニアック(多分)な代物。結構マニアックな趣味なんだなと思った。まぁ人の事は言えないな。
歌澄ちゃんが頼んでいた物、それは、
「『勇〇王ガ〇ガイガーGGG戦闘記録集』」
…熱いロボットはほんとに最高だと思います。いや、蝶・サイコー。
そんな感じ陽子ちゃんに合流した僕と歌澄ちゃんは、『勇者〇ガオガ〇ガーGGG戦闘記録集』を陽子ちゃんが歌澄ちゃんに渡してから三人で学校を後にした。 |