16.僕と彼女のキスと宴《青と酒乱とアル中と主夫。未成年の飲酒はダメ絶対!》
「ただっ……?!」
「…ただい……っ?!」
家の玄関を開けるとそこには――
バタン
僕と歌澄ちゃんは速やかに玄関の戸を閉めた。
「僕は今見ちゃいけないものを見たような気がするんだけど……」
「…私も見ちゃいけないものを見たような気がします……」
なんていうか家に入りたく無い。
あんなものを見たせいか壮絶な迄に嫌な予感がする……。
ぐぎゅるごぐご〜
けったいな音が鳴ったと思ったら歌澄ちゃんがお腹に手を当てて僕に訴えて来る。
「…奏さん、お腹好きました……」
ぬぁ、可愛い……まぁ僕もお腹空いてるし……。でもなぁー、アレの側は通りたくないな……。
「よし、じゃあ裏……」
裏から行こうとしたら歌澄が玄関に右手をかけていた。左手には僕の腕が。
「あ」
「………行きます……」
ガチャ
玄関を開けるとそこには――
「お嬢様……」
「奏君……」
全裸で縛られ、天井から吊された編集長と要義兄さん。大事な部分には木彫りの象のお面。
見苦しい事この上無い。というかゼッ〜〜〜〜〜タイに関わりたくない。
「「た、タスケテ……」」
そんな僕の気も知らず、助けを求める編集長と要義兄さん。
歌澄ちゃんは顔を真っ赤にしてオロオロしてる。
「歌澄ちゃん、」
「…は、はい? な、なんでしょう? どうしましょう……」
その顔には後悔が浮かんでる。開けるんじゃなかった、と。
「いい? 僕達は何も見てない、見ていないんだ。分かるかい?」
「………はい」
歌澄ちゃんは少しばかり逡巡してから頷いた。
「おい! 俺達のことバッチリ見てただろっ! なぁおい!」
「奏君! 歌澄ちゃん! 助けてよっ!」
「…奏さん、やっぱり助けた方が……」
歌澄は可哀相なものを見る目で二人を見上げてる。
いやぁー歌澄ちゃんは優しいな〜。
「歌澄ちゃん、無理だよ。あんな高い所から吊されちゃ……」
「あ……」
「ね、だから見なかった事にしよう」
実際どうにもならないしね〜、あははは〜。
「………仕方無いですね……残念ですけど……」
歌澄ちゃんは本当に残念そうに俯く。
「お嬢様っ?!」
「歌澄ちゃん?!」
悲鳴を上げる二人。
僕はできる限りの笑顔を二人に向ける。
「と、言う訳で助ける事は無理な訳で、原因も大方姉さんと水波音ちゃんだろうし、下手に助けて人生棒に振りたくないんで」
「「それが本音かぁぁあぁああああぁぁぁあぁっ!!」」
僕は歌澄ちゃんと一緒ににこやかに奥の方に去る。
歌澄ちゃんはチラチラと二人を残念そうに見ながら呟いた。
「…ごめなさい、叶井さん、要ちゃん。私は無力です……」
「…いませんね」
「いないね……」
いつも呑めや歌えやの大騒ぎしている筈の食堂に誰もいない。凄い静かだ。
なんか……
「…ちょっと不気味ですね……」
「やっぱりそう思う?」
「…はい、こんな静けさは……嫌い……です」
「……歌澄ちゃん?」
歌澄ちゃんが泣きそうな顔で僕の服の裾をギュッと掴む。まるで迷子の子供みたいだ。
「歌澄ちゃんどうしたの?」
「……………や……にぃ……ん……お……ゃん……」
歌澄ちゃんは裾を掴む手に力を込めて身体をカタカタと震わせる。
歌澄ちゃんのその様子が僕をどうしようもなく不安にさせる。
「歌澄ちゃん、だいじょ……」
「ひっく、二人してなぁ〜にぃ〜してんのかなぁ〜〜?」
僕はびっくりして声のした方を見ると若魚さんがいた。
「…若魚……さん?」
歌澄ちゃんも驚いてる。さっき迄の震えもすっかり止まってる。
その事に安堵しながら何か様子のおかしい若魚さんに僕は首をひねる。
「若魚さん、なんかおかし……クサッ!」
「…うっ、すごく臭い……」
酒臭い。少し距離があるのに酒の臭いが漂って来る。
若魚さんどんだけ呑んでるんだよ……。
「なんだと……ひっく……」
なんだ? 何やら若魚さんから不穏な空気が……。
「おい、お嬢、奏、ちょっとこっちにこいやぁ……」
いつもの若魚さんからは考えられない程ドスの効いた声。僕も歌澄ちゃんを肩を震わせる。
怖い…。
「…あっ、そういえば若魚さんって――」
歌澄ちゃんが何か思い出したらしい。まぁ言わなくてもなんとなく分かるよ……。
「何してんの、ひっく、こっちこいっつってんだろ!」
「「は、はいぃ!」」
若魚さんの罵声に慌てて近寄る。するとガッチリと肩に手を回されてしまった。
「ん? ひっく、こんな時間まで二人で何してたのかなぁ〜、返答によっては……」
ミシミシと僕の肩に置いた手に力が……。
い、痛い……。
「ん〜? どうした? まさか人に言えない事でもしてたんじゃなかろうなぁ……」
「いだだだだだだっ!!」
痛い! すんごい痛い! 肩がっ、肩がもげる!
「…わ、若魚さん! 剣道部に用事があってその後に画材屋に行ってましたっ!」
歌澄ちゃんの必死の説明に僕の肩に掛かってた力が抜けた。
た、助かった〜、ありがとう、歌澄ちゃん。
「なんだよ、早くそれを、ひっく、言えってんだよぉ!」
陽気なおじさんの様にガハハと笑う若魚さん。
イメージぶち壊しだよ……お酒って、怖いな……。
「歌澄ちゃん、」
若魚さんに聞こえないように歌澄ちゃんに話し掛ける。
「…はい」
歌澄ちゃんもそれに合わせて小声になる。
「さっきの話の続きなんだけどさ、若魚さんってやっぱり、というか見たまんま……」
「…酒乱……です」
心なしかそう言った歌澄ちゃんは遠い目をしている気がする。
しっかし、どうして僕の周りの大人の女性は酒乱やアル中ばかりなんだ?
「なっ?」
「…にょ?」
不意に訪れた浮遊感。
何事かと思ったら僕と歌澄ちゃんは若魚さんの両脇に抱えられている。
「さっ、行くぞぉ〜♪」
完膚無きまでに酔っ払い親父と化してしまっている若魚さんは満面の笑み。
「あの若魚さん、一体何処へ?」
「決まってんだろ、察しろ馬鹿野郎!」
眉を吊り上げ怒鳴る若魚さん。
えぇ〜っ、なんで怒られてんの僕?
「…若魚さん、何処へ行くんですか?」
「講堂に行って酒盛り〜♪」
「………………」
いやさ、僕と歌澄ちゃんとで態度が違うのは別にいいよ? いや、良くないけどさ。 まぁ、それはいいんだけどさ、ここまであからさまにしなくても良くない? ねぇ、若魚さん。
まぁ、言ったらきっとこのまま絞め殺されそうだから言わないけどさ。
そんな僕の思いも知らずに――当たり前だけどさ――若魚さんは歌澄ちゃんに嬉しそうに話し掛ける。
「……でさ、要と秀秋の野郎がそりゃもう生意気でね〜。玄関に吊して来ちゃった☆」
☆、じゃないって! 犯人はあんたかい!
歌澄ちゃんも口をあんぐり開けて驚いてるよ……。
講堂の入口まで来らしく若魚さんが立ち止まる。
講堂に人がいる気配はするけど何やら静まっているようだ。
そして、若魚さんが扉を蹴り開けると――
百合が、青と黒の見事な百合が咲いてました。
「〜〜〜〜〜〜〜っふぁっ……」
青――何故かセーラー服姿――が黒――彼方さん――から離れると彼方さんは色っぽい表情で崩れ落ち、セーラー服な青は周りにいたスーツ姿の野次馬達に向かって両手を上げた。
まるで、自分を讃えろとばかりに。
すると、わぁぁあぁあぁと野次馬が盛り上がり、呑めや歌えやの大騒ぎになる。
「酒ぇぇえぇぇっ!」
「ぅわっ」
「…きゃっ」
若魚さんが僕らを落として酒の方へと駆けて行ってしまった。
若魚さん……。
まぁ、この際若魚さんの事はほっとこう。問題は……
「…彼方ちゃん!」
歌澄ちゃんが慌てて彼方さんの元に駆ける。
そう問題は……
「なんであんたがここに居るっ!!!」
「なんでかって? 私だから」
さっき迄、両手を上げていた青い女性が振り向いて妖艶な笑みを浮かべている。
「『私だから』じゃねぇ!! 鏡さん、あんた彼方さんに何してんのっ! あの人絶対あれがファーストキスだよ!?」
「ぅわぁぁあぁあああんっ!! 初めては好きな人って決めてたのにぃいぃぃぃいぃぃいぃっ!!」
「…あっ! 彼方ちゃん!!」
大泣きして講堂を飛び出す彼方さん。追いかけようとした歌澄ちゃんは――
「…わ、若魚さんに水波音さんっ?!」
「ニャッハァ〜、歌澄ちゃぁ〜ん♪」
「酒盛りすんぞ〜」
「…え、ちょっ、二人と、ひゃあぁあぁぁ〜……」
……酔っ払い共に拉致られてるし。
「……え、えーと……ほ、ほら見ろ! 彼方さん泣いちゃっただろ!」
「いやぁーね〜、あーいう子見るとついつい食べたくなっちゃってね〜♪」
変わって無い、あれから三年も経ってるっていうのに全然変わって無いぞこの人……。
「ついつい、じゃない! 大体鏡さん、その格好はなんですかっ? セーラー服? もう三十六にもなるんだからもっと自重し……はっ!」
鏡さんから殺気が……。まずった〜〜っ、僕、殺されちゃうかも……全国の読者の皆さんごめんなさい、僕こと時雨和雪は夢半ばで倒れそうです……。
「クックックッ……良い度胸じゃないか……そんなこと言う奴はなぁ……」
僕にとっては最凶に兇悪な、周りのスーツ男達にとっては最高に妖艶な笑顔でそう宣ってくださった鏡さん。
あぁ、僕の余命が刻一刻と……。
鏡さんはセーラー服に手を掛けて勢い良くはぎ取った。
バンッ
同時に講堂の灯が突然消える。
な、なんだ?
すると講堂のステージの中央がスポットライトで照らされる。
そこにいたのはきっと多くの人が見たことのあるだろう後ろ姿。
金髪のツインテール。
背中の天使のような羽。
セーラー服のような衣装。
も、もしや……。
「女性に年を聞いちゃう奴は――」
彼女の指が僕を差し、
「××に代わってお仕置よ!!」
イタタタタタタ! 鏡さん、イタイ、イタ過ぎるよ!
まさかとは思ったけど、月に代わってお仕置してくれるセーラー服で美少女な戦士のコスプレかよ……しかもエターナル仕様だし……。
男達は口笛を吹いたりして囃立ててる。
お前ら、鏡さんは三十六歳だぞ……。
「んっふふ」
「ぅわぃっ?!」
セーラー服な美少女の戦士姿の鏡さんが目の前に。
僕の身体が逃げろと叫びをあげている。
ヤバイぞ、これ。殺気はもう無いけどよからぬ笑いを浮かべてやがる……。
「ふっふっふっ、逃げた上に舐めた口を聞いた報いを受けるがいい!!」
鏡さんが僕に飛び掛かった。
「や、やめ……っ、鏡さん、ちょっ、ひゃあぁあぁぁあああぁぁあぁぁ……」
「ま、また……」
「相変わらず奏ちゃんはカワイイねぇ〜」
周りにいた男達の会話が僕の耳に届いてきた。
「ぅおっ、めっちゃ可愛いな」
「あぁ、スゲェ可愛いな」
「なんだって男に生まれたんだろうな」
「勿体無いよなぁ〜」
……『男』の僕が全否定されてる気がする。そりゃ今はフリフリのヒラヒラのドレス姿だけどさ。
「いっその事性転換してみたら? 奏」
「しません!」
まったく阿呆な事言わないでもらいたいよ!
それにしても、このスーツ姿の人達は誰だろ?
「鏡さん、今更ですけどこのスーツ姿の皆さんは?」
「さぁ?」
知らないのかよ。まったくもう、この人一体何しに来たんだよ……。
「うひゃぁっ!?」
いきなり誰かが後ろから抱き付いてきて、僕の偽チチを揉み始めた。
「フフフフフフ、彼等は私の下僕よ」
「ね、姉さんっ!?」
「ん? この弾力に揉み心地……。本物そっくりね」
どんなに身をくねらせようとも姉さんから離れられない。
「ちょっ、姉さん! 揉まないでよ!! 後、そこ! ざわつかないで!!」
姉さんの下僕――ようは姉さんの会社の社員――の皆さんには僕の声は届かず、僕の痴態を肴に盛り上がってる。いつの間にか鏡さんいなくなってるし……。
うぅっ、勘弁してよ……。
疲れドッが襲ってくる。もはや抵抗する気力も無い。
不意に姉さんが僕から離れた。
「飽きた。奏、喘がないとつまらないわよ」
「喘ぐ訳ないでしょ。私は男だし、胸は偽物なんだから」
「ノリで喘ぎなさいよ、変態」
「なっ!」
へ、変態?!
姉さんは口に手を当て、ぷっ、と嘲笑する。
僕の中で怒りが煮え滾ってくる。
「あら、反論? 出来る訳が無いわよね〜」
「なんですって……」
いつもなら怖い姉さんの冷笑が怒りのせいか全然怖くない。
姉さんが続ける。
「ヒラヒラフリフリの乙女チックなドレスを着て、」
げふっ。
「カツラをかぶって、偽物のチチをつけて、」
ぐふっ。
「挙句の果てには女の子に完全になりきる、」
がはっ。
「それの、」
うぅっ……。
「何処が、」
あぁ……。
「変態じゃないって?」
もうさっき迄の怒りも何処へやら、心が折れて、膝をつく。
反論、出来ない……。うぅ、う……そういう仕様になっちゃってるんだから仕方無いじゃないか! 女の子になりきっちゃうのは条件反射なんだから仕方無いじゃないかっ!
「クスクス……私に逆らうからそういう事になるのよ」
「す、すみません……」
「……俺も社長にあんな事されてぇ」
「あぁ、そうだよなぁ……」
「日由社長、素敵過ぎ……」
うっとりしてる姉さんの社員達。
そこ、羨望のまなざしでこっちを見るな……。
姉さんは楽しそうに、それはもうほんと愉快そうに僕を見下ろしてる。
も、もう僕耐えられ……。
「日由ちゃん、それ位にしておきなよ」
「楓さん……」
お、おぉ……きゅ、救世主だ……。助かった、あぁ……ほんとに助かった!
楓義兄さんは天使のような笑顔で僕に手を差し出す。
「ほら、奏。大丈夫?」
「う、うん。ありがと、義兄さん」
本当にありがとう、楓義兄さん! あなたが僕の兄になってくれてよかったよ!
楓義兄さんはうんと頷いてからあからさまに不満そうな――ほっぺを膨らませてなんともイタ……可愛らしい――姉さんを窘める。
「日由ちゃん、そんなにむくれない、むくれない」
「何? 楓さんは奏に味方する気?」
この上無くイライラしてる姉さんを楓義兄さんが宥める。
「そんな訳無いよ。今にきっと面白いものが見れるから」
「む〜〜〜〜」
「まぁ僕に任せてよ。歌澄ちゃん! 奏はここにいるよ〜〜っ!」
はい? 歌澄ちゃん? へ? 一体何が……
「わひゃぃっ?!」
突然何かが僕に突っ込んできて押し倒される。
な、何だ? 何が……歌澄ちゃん?!
僕の顔の前にトロンと幸せそうな表情の歌澄ちゃんの顔。
そして、僕と目があった途端にゴ〇ディオンクラッシャー級の破壊力を持った笑顔。
う、うわぁ……。
その笑顔は反則だって……。
「奏しゃぁ〜ん」
歌澄ちゃんは笑顔で僕の名前を呼んだ。
呂律が回って無い上に酒臭い。
あー酔ってるよ、これ。そういえば水波音ちゃんと若魚さんに拉致られてたっけ……。
「か〜にゃ〜でしゃん♪」
「な、何?」
そう聞いた瞬間、歌澄ちゃんの顔が一気に近付き――
僕と歌澄ちゃんの唇が――
まるで吸い寄せられるように――
……な、何……が……。
何も、分からない。
僕の耳には歌澄ちゃんの息遣いだけが聞こえてくる。
視界には歌澄ちゃんだけが映ってる。
唇が温かい。
頭がポーっとしてくる。
なんか……気持ちい……っ?!
「〜〜〜〜っ?!」
突然、口の中に何かが入ってくる。
僕の頭をぐちゃぐちゃにしてやるとばかりに舌に何かが絡んでくる。
嫌なのに嫌じゃない、思ったように動けない。
もう、何も分からない……。
「ぷはふぅ〜」
「ふわぁっ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
歌澄の顔が離れ、僕の視界が開けていく。
それでも僕が見てるのは歌澄ちゃんだけ。
ああ、どうしよう、何も考えられないや……。
「奏ひゃん♪」
「どうひりゃの?」
あーなんか僕も呂律が回らなくなってきた……。
「えへへ〜」
僕の上でゴロゴロする歌澄ちゃん。
あ〜も〜可愛いなぁ歌澄ちゃん。
…………抱きしめちゃえ♪
「うにゃ?」
僕はギュッと歌澄ちゃんを抱いた。
柔らかくて、いい匂いで……気持ち良い〜。
「えへへ〜」
歌澄ちゃんは嬉しそうに笑う。
なんか幸せ〜……。
歌澄ちゃんがいきなり目を閉じて唇を少し突き出す。
僕はそれに吸い寄せられるように顔を近付け、そして――
ゴッ
鈍い音と共に後頭部に強烈な衝撃。
僕はあっという間に意識を手放した。
「……う……あいた〜」
……なんで頭痛いんだ? ってか、何で僕は気絶してたんだ?
取りあえず起き上がろうとするとなんだか身体が重い。
一体なんで……
「って、歌澄ちゃんっ?!」
…………一体何が? なんで歌澄ちゃんが僕に抱き付いて寝てるのっ?!
そういえば気絶する前に何してたっけ……うーん……ん? なんだ? なんか思いだそうとするとピンクのモヤモヤが……ピンク?!
「……ぃ」
ピンクって……なんだ?
「……ぉぃ」
ほんとになんだ? 僕は歌澄ちゃんに一体何を?!
「おい! 奏! 聞いてんのかよ!」
「は、はいぃっ!」
びっ、びっくりしたぁ……。
「か、彼方さん。なんですか?」
「死ねぇっ!!」
「ぅわぃっ?!」
彼方さんの放った拳は壁をぶち抜いてる。
「いきなり何すんですか!?」
「何すんのかって? お嬢様の唇を奪った報いだ。俺の『イルアン・グライベル』の錆となれ……」
彼方さんが装備した手甲『イルアン・グライベル(鉄の手袋)』からバチバチと雷を纏いだす。
ちょっと洒落になりませんってぇ!
「食らえ! 雷神拳!!!」
彼方さんの拳が再び僕に放たれる。
歌澄ちゃんが落ちない様にしながら緊急回避!
その拳は電撃を迸らせながら壁を穿つ。ってぇ! 実況中継してる場合無いっての!
「ちょっ、彼方さん! 歌澄ちゃんが抱き付いてるのにそんなことしたら歌澄ちゃんもそれに巻き込まれちゃいますって!!」
彼方さんは獰猛な笑みを浮かべる。
「心配は要らねぇよぉっ! ちゃぁ〜んとお前だけ狙って殺る(やる)からなぁっ!!」
あ、『やる』はやるでも殺す方の『やる』なんだ……。
まぁ、何はともあれ今は――
「逃げろっ!」
「あっ! 待ちやがれ!」
彼方さんから僕は逃げ出す。
ドンッ、と何かにぶつかった。
「ぅわっ、と!」
何かと思って見上げると頬をほんのり朱に染めている楓義兄さんだった。
「うわっと……奏……はいいや」
疑問に思う間もなく僕は楓義兄さんに無視された。
なんか、悲しい……、っと。そんなことより彼方さんから逃げないと。
「しめたっ! ……っ?!」
急に彼方さんの声が止まった。
何かと思って振り向くと彼方さんの前に楓義兄さんが立ち塞がっていた。
「なんだよっ! 邪魔すんじゃねぇよ!」
「彼方ちゃん、丁度良い所に!」
「は? って、酒クセェッ!」
彼方さんは酔っ払いに関わっている暇は無いと楓義兄さんを避けようとしたらまたも進路を妨げられた。
「おい、邪魔すんなよ」
「さぁ、彼方くん。共に家庭の食卓を預かる身として朝まで語り明かそうじゃないかっ!」
「はぁ?」
楓義兄さんっ?! おかしい、おかしいぞ?
楓義兄さんの手には空のワインボトル。
彼方さんが警戒して一歩下がろうとすると楓義兄さんにガッチリと肩を掴まれた。
「あれ? 彼方ちゃんは僕の話は聞けないってのかなぁ?」
彼方さんの顔が引きつった。
「ん? どうなのかなぁ?」
楓義兄さんが、怖い。
彼方さんが目でどうにかしてくれ、と訴えてきてる気がする。
彼方さん、僕は無力ですよ、と首を振ると泣きそうな顔になり、そしてガックリとうなだれる。
「付き合いますぅぅ……」
「それじゃっ、まずは蛇の料理法について語り合おうじゃないかっ!!」
「へ、ヘビィッ?!」
「その通りっ! やっぱり家族には美味しくて色んな物を食べて欲しいからねっ! さぁさぁ、オールナイトで語り明かそうっ!」
「なんっじゃそりゃぁーーーーっ!!」
楓義兄さんが壊れた……。彼方さん、頑張って!!
彼方さんに滅茶苦茶絡む楓義兄さんを後に安全な場所を探してみる。
しっかし、広いよな〜。
ん、なんだ? さっき僕と歌澄ちゃんの名前が聞こえてきた気がしたんだけど……。
辺りを見回すと人が一ヵ所に固まっていた。何かと思って近付いてみると僕と歌澄ちゃんの名前が聞こえてきた。
「奏の顔だいぶいっちゃってるわね」
「にゃはは〜、奏君の唇、歌澄ちゃんにとりゃれちゃった〜」
なんですと?
聞こえてきた声は姉さんと水波音ちゃんのもの。二人が何か言う度に周りの人が失笑や爆笑を漏らす。
なんか今日は帰って来てから嫌な予感ばっかりだ……。
歌澄をくっつけたまま、なんとかその人ゴミに紛れ込んでみると姉さん達が見ていたのは一台のビデオカメラ。
そこに映っていたのはディープなキスをしてる僕と歌澄ちゃん。
僕の思考がホワイトアウト。
「ぅわぁぁあぁあああぁぁあぁああぁあぁああぁあああああああぁあぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあああぁぁあぁぁぁあぁああぁあぁああぁあああああああぁあぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁあああぁぁあぁあぁっ!!!」
思考の復活と共に姉さんと水波音ちゃんからビデオカメラをひったくる。
「あっ、奏! 何するのっ!」
「あっははははははははははは〜〜♪」
「何するも糞も無いって何これっ!!?」
もう一回ビデオカメラを見てみるとやっぱり……っ!
「でりゃっ!!!」
証拠隠滅! 証拠隠滅!! 証拠隠滅!!!
ビデオカメラを床に叩きつけてひたすら足で潰す。めっためたのギッタギタに踏みつぶす。
「はぁ……はぁ……はぁ……こ、これで証拠は……」
「みんな見てよこれ、奏がいやらしい表情で歌澄ちゃんを食べようとしてるわよ」
「っ!?」
姉さんはあろう事か写真をみんなに見せびらかせて……
「だらっしゃぁっ!!!!」
姉さんの手から写真を奪い取り、ビリビリ、ビリビリと破る! 破る!! 破る!!!
「よし、こ、今度こそ……」
「ぷっ」
姉さんはそんな僕を見て可哀相なものでも見る様な目付きで鼻で笑う。
「何がおかしいんだよ!!」
「水波音」
「ぅい〜〜♪」
グデングデンの水波音ちゃんが持って来たのは大量のDVD-Rと大量のちょっと大きいサイズの写真。
「ま、まさか……それ……」
「あんたと歌澄ちゃんの痴態を完全収録した映像のコピーと焼き増しして引き伸ばした写真ね」
僕がそれらを奪い取ろうと近付くと姉さんに釘を刺された。
「元の映像もネガも別の所に大切に保管してあるから無駄。だから、どうぞ? そのDVDと写真は存分に持って行っていいわよ」
姉さんの『無駄』という言葉が僕の頭にズシンと来た。
気付くと僕は、
「日由姉さんの人でなしぃぃぃっ!!」
そう叫んで講堂から出て行っていた。
空を見上げると夜という黒いキャンパスを上弦の月が明るく照らし、星達が星座という名画を描き出していた……なんて、クサい事を考えた訳で無く、僕は屋敷の外れにあるベランダで少し湿った風に吹かれながらうなだれていた。
歌澄ちゃんは相変わらず寝たままで僕にしっかりとひっついて離れない。
よくまぁ落ちないよな、と感心してしまうくらいだ。
「……ん……ふぅ……」
歌澄ちゃんが小さな声を立てて少しみじろぐ。
歌澄ちゃんは気持ち良さそうな表情で眠り続けてる。
「ぅわっ…………私、歌澄ちゃんとキスしちゃったのかぁ〜……」
今なら思い出せる。酔っ払った歌澄ちゃんが僕に突っ込んで来て押し倒し、それで僕の唇を奪ったんだ。それもディープキスで……。
歌澄ちゃんが今起きたら僕は恥ずかしさで死んじゃうな……。 どうか目を覚ましません様に!
僕は取りあえず起こさないよう歌澄ちゃんをひっぺがして膝枕をしてやる。このまま起きるまでしがみつかれてもお互い困るしね。
空を見上げると月も星も雲に隠れている。
もうそろそろ梅雨かぁ……。ジメジメしてインクが乾きにくいから嫌いなんだよな……後で若魚さんに頼んで除湿機でも置いて貰おう。
「あ、そういえばまだ女装したまんま……」
早く着替えないと、と思ってると頭の上から声がした。
「奏、こんな所にその子と二人っきりで何してるのかな?」
見上げると鏡さんがそこにいた。
「鏡さんこそ、こんな所で何してるんですか?」
「月でも見ながら日本酒を飲むのって情緒があって素敵だね〜」
六月に月見酒ですか……。
「阿呆師匠、」
「何だい、馬鹿弟子君」
「何しに来たんですか?」
「何って、仕事に決まってるでしょ?」
「仕事なら私のとこに来る必要は無いでしょ」
そう、例え殺しだろうが護衛だろうが鏡さんがここに来る必要性は微塵も感じられない。
歌澄ちゃんの誘拐が依頼ならとっくにやってる筈だし、歌澄ちゃんの護衛だとしたら若魚さん達が前もって言ってくれるだろう。
って事は、
「気まぐれでここに来たんですか?」
この後に聞いた鏡さんの言葉は予想だにしなかった。
まさに青天の霹靂というものだった。
「だから仕事だって言ってんでしょ? 今日から私があんたの保護者の代理」
「………………はい?」
鏡さんが。僕の。保護者代理?
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、そんな馬鹿な話が……」
「私が依頼の事で嘘吐くと思う? じゃなきゃ、ここにこないわよ」
「………………」
僕の平穏(?)な生活が脆くも崩れ去ったような気がした。
依頼したのはきっと……
「父さんと母さん……か」
「その通り。まったく面倒な依頼してくれたもんだよ」
「あ、あははは……」
あの二人は僕に対してちょっと過保護気味な所があるからなぁ……。
「ま、そういう訳だ。ちなみに期間は今日から高校卒業まで。日本に拠点を移したから別の仕事が来たら奏、お前にも手伝っても……」
「イヤ」
周りの空気の体感温度が一気に下がる。
ヤバイ、めっちゃ怖い。いや、それでもここで粘らないと大変なことになる!
「どうして私が手伝わないといけないんです? もうトラウマは増やしたくないんで……」
「ふっ、くく、良い度胸してるな……奏、あんたが私の手伝いをするのも依頼内容の一つなんだがなぁ?」
なんですと? と、父さんも母さんもなんて事をぉぉぉおおっ!!
不意に鏡さんの声が優しいものになる。
「まぁなんだ、三年振りだな。会えて嬉しいよ、奏。元気そうで何よりだ」
ふぅ、まったくこの人は……。
「私も嬉しいですよ、鏡さん。嬉しいですけど、学校に来る事はないじゃないですか」
「あー、アレは私の親友に会いに行ったついでにお前を驚かせようと思って」
「さいですか……」
あの学校にも鏡さんの友人がいるのか……。世間って狭いな。
「ところで、お前はその歌澄ちゃんが好きなのかな? 一緒にいる所を見ると随分と楽しそうにしてるし、面食いのお前好みの顔立ちだし」
う、鋭いな……。でも……
「好き……ですよ。ですけど、告白とかする気は無いです。そんな資格は私には微塵も無いから……」
「そうか……」
それっきり、沈黙が落ちてしまった。
なんか、気まずい。
僕は堪らず歌澄ちゃんをお姫様抱っこをして立ち上がる。
「それじゃあ、私は歌澄ちゃんを部屋に返してもう寝るから……鏡さん、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ、奏」
鏡さんの優しい声に送られて、僕は歌澄ちゃんの部屋に向かう。
どんなに迷惑かけられても、トラウマの原因になっていても僕にとっては親も同然。
みんなには割と鏡さんの傍若無人さを強調しちゃったりしてるけど、やっぱり鏡さんは僕の家族で大切な人。正直な話、鏡さんには今の仕事はやめて欲しい。
たとえ鏡さんが世界で唯一至高の存在だとしても終わりは来るんだから……。
それにしても、明日は早く起きないと大変なことになってる気がするんだよなぁ……。二日酔い祭りになっていませんように!
|