15.僕と彼女の後輩と師匠 《天才剣道少女と青い美女》
某空港。そこに一人の女性が下り立った。
切れ長の目。艶やかな紺碧の髪。この世すべての女性が羨むようなボディ。その身体を際立たせる青いスーツ。その女性を一言で言い表すなら『絶世の美女』。
「何年か振りに帰って来たな……『あの』バカは元気にしてるかな?」
女性、『不滅の終焉』森川鏡は空を見上げてそう呟いた。
「……奏さん、」
「あ、ちょっと待っててくれる」
帰る支度をしているといつものように歌澄ちゃんが教室に迎えに来た。当然のように男子達から殺意の籠ったまなざしを向けられる。
先日のアレ以来直接的な事をしなくなったのは助かるんだけど、あの視線はどうもなぁ……。
「……奏さん、私今メイドロボット造ろうかなって思ってるんですけど、容姿をデザインして貰えません?」
「いいけど……なんでまたメイドロボット?」
歌澄ちゃんはすごく眩しい笑顔で楽しそうに言う。
「……ただのメイドじゃないんですよ、空は飛ぶし、膝からはロケットランチャー、ゴル〇ィオンハンマー、ブロークン〇ァントム、高周波ブレード、etc、etc……素敵だと思いませんか?」
本当に好きなんだな……すごく生き生きしてるなぁ。
「……奏さん、聞いてますか?」
「あ、うん。うーん、素敵かもしれないけど武装は要らないんじゃない?」
「そんなことありません!」
珍しく語気を荒げる歌澄ちゃん。
「いいですか? 武装はロマン! ロマンなんですよ! ロボット在っての武装。武装在ってのロボットなんです!」
「そ、そうなんだ」
「そうなんです!」
凄い必死に熱弁する歌澄ちゃんはとっても可愛い。うん、とてもじゃないけど『でも、メイドロボットに武装は要らないんじゃないかな?』とは言えなかった。
校門に向かいながらスパロボ談義に華を咲かせてると――
「っ! 歌澄ちゃんっ!」
「きゃっ!」
歌澄ちゃんを抱きかかえてその場から飛び退く。
「……ど、どうしたの?」
「流石は奏先輩です。あの攻撃を女性を抱えながらよけるなんて……」
さっきまで僕達がいた所にいたのは刀を片手に柳泉学園中等部の制服を着た黒髪のツインテール少女。
「和心ちゃん、危ないからやめてよ。歌澄ちゃんに何かあったらどうすんのさ」
「問題ありませんよ。私は奏先輩の実力は知ってますし、奏先輩しか狙っていませんですし」
「……あの奏さん」
「どうしたの? 歌澄ちゃん」
「……は、恥かしい……です」
僕はしっかりと歌澄ちゃんを抱き締めてる。歌澄ちゃんの顔は林檎のように真っ赤になってた。
「ぅわぁっ! ごめん! 歌澄ちゃん!」
慌てて歌澄ちゃんから離れる。
顔が熱い、多分僕の顔も赤くなってるな……。
「……あ! いえ、そんな……危ないところを助けてくれて、それでその抱き締められた事はその…………う、嬉しくて……」
その恥かしそうな顔の破壊力はゴ〇ディオンクラッシャー並。
「えと、その……」
僕と歌澄ちゃんの嬉し恥かしいやり取りを和心ちゃんに止められた。
「何をイチャイチャしちゃってるんですか」
どこまでも冷ややかなまなざしで僕達を見る和心ちゃんはなんか不機嫌な気もしないではない。
「い、イチャイチャなんてしてないってば!」
歌澄ちゃんもコクコク頷く。それでも和心ちゃんの冷ややかなまなざしは変わらない。
「ま、いいですけどね。あなたが日永歌澄先輩ですか?」
「……うん」
歌澄ちゃんが返事をすると和心ちゃんは礼儀正しくお辞儀した。
「先程はすいません。私は白羽和心と言います。和む心と書いて和心です。以後お見知りおきをよろしくお願いします」
「…よ、よろしく……」
歌澄ちゃんがおずおずと返すと和心ちゃんが僕の腕を掴んで引っ張る。
「さ、先輩、道場に行きましょう」
「いや、今日は用事があるから無理だよ」
「それは……あの方とデートでもするんですか?」
そう言った和心ちゃんには得体のしれない凄みがあった。
こ、怖いよ……。
「デートではないけど一緒に『給食屋』に行くんだよ」
「……それがデートじゃないなら何なんですか……」
和心ちゃんの手が刀にかかる。
なんで怒っているかは分からないけど、襲われるのは嫌だなぁ……
「ねぇ、別にそんな気にしなくても良いんじゃない? それにほら、練習相手なら別に僕じゃなくても……」
「行きます!」
「へ?」
和心ちゃんは何かを決心したように僕の言葉を遮った。
「えと……どこに行くの?」
「私も一緒に給食屋に行きます! 良いですよねっ、日永先輩!」
「……え、う、うん」
事態の推移を成すすべなく見ていた歌澄ちゃんはその勢いに圧倒されて思わず頷いた。
「え、えーと……」
なんでそうなるんだろう?
和心ちゃんは刀を抱いてドンドン進んで行く。
「奏先輩、日永先輩、何してるんですか、早く行きましょう!」
僕と歌澄ちゃんは只目を合わせて困った顔をするしかなかった。
三人で校門までいくと人だかりが出来ていた。
歌澄ちゃんも和心ちゃんもその人だかりには興味が無いようだった。
うーん、ちょっと気になるけど……ま、いいか。
そう思い素通りしようとした時、聞こえてきた話声に僕の歩みがピタッと止まった。
「あんな美人な人、俺見た事ねぇよ」
「凄い……青い髪なんて初めて見た……」
「あの青いスポーツカー派手だなぁ〜」
青い髪の美人に青いスポーツカー……。悪い予感がする……。
「…奏さん?」
「先輩?」
「あ、ごめんごめ……」
人だかりの向こうから聞こえてきた声に動きが完全に止まった。
「そこのお前、そう、お前だ。座留奏って奴を知ってるか?」
なんであなたがいるんですか、鏡さん……。
「えーと、確かさっきそこに……」
そう聞こえたと思うと人だかりが真っ二つに割れ、艶やかな紺碧の髪、切れ長の目、大人の女性として完璧と言える身体を持った女性が現れた。只、その女性は某ゲームキャラである、マ〇マネ師匠(ア〇ィver.)のコスプレをしていた。
「ふわぁ〜あんな美人初めて見ましたよ、奏先輩」
「…マ〇マネ師匠?」
やっぱりというかなんというか歌澄ちゃんはあのコスプレが分かっていた。
「お、いたいた……」
僕を見つけた鏡さんはニヤリと笑って僕の方に向かって来た。
……こういう時は、逃げるが勝ちだよね、うん!
「…ひゃぁっ!?」
「ちょっ、先輩!?」
歌澄ちゃんと和心ちゃんを両脇に抱えて鏡さんとは反対方向へ全力疾走。
「ふっ、甘いっ!」
一瞬で僕の前に立ち塞がる鏡さん。
何のこれしきっ!
僕は鏡さんの手前でブレーキをかけてすぐさま反転。その反動で抱えてる二人の足が鏡さんを襲う。
「っと、やるじゃないか」
鏡さんが足を避ける為にのけ反った隙に道路の反対側に渡り、店の屋根を飛び越えた。
振り切るようにあっちこっち行きながら走り続ける事しばし、給食屋の前で僕はやっと足を止めた。
「ふぅ、歌澄ちゃん、和心ちゃん、いきなりごめんね……ってあぁっ!」
「きゅぅ……」
「ぁぅぅ……気持ちわる……」
歌澄ちゃんは気絶して和心ちゃんは顔を真っ青にして口に手を当てて吐き気を堪えてた。
「あぁっ、和心ちゃんちょっと我慢して! 高階さん! ちょっと開けてっ!」
そう店の中に向かって叫ぶと出て来たのは『何〜?』と書かれた段ボールを持った、段ボールを持った……マ、マンティコア?
マンティコア――人間の顔、ライオンのような胴体、サソリのような尻尾を持つという古代の幻獣。マンティコアという名はペルシア語で『人喰い』という意味。その文字通りに人肉が好物。
確かこういうのだったと思う。それで、今僕の目の前にいる高階さんの見た目は人の顔、ライオンの体、サソリみたいな尻尾のあるキグルミ。
高階さんはセクシー(?)ポーズをとり『私のマンティコア姿カワイイ?』と書かれた段ボールを持ってる。
……どう返したらいいんだ? 正直な話、気持ち悪いけど、それを言っていいのかなぁ?
「す、すごい前衛的ですね……」
『嬉しい事言ってくれるじゃな〜い♪』
嬉しそうに身体をクネクネさせるマンティコアこと高階さん。
う、うわぁ……キショイ。
『ところで、奏君は女の子みたい顔して、女の子を二人も侍らせちゃって〜〜♪ 百合のようでオネイサン、ド・キ・ド・キしちゃうな〜〜♪』
そんなこと書かれた段ボールを持ちながら僕の胸のチョンチョンつつく高階さんは怖い。
「ぜ、ぜんばい……っう……」
「あ、和心ちゃん! 大丈夫? 高階さん、トイレ貸してっ、和心ちゃん吐いちゃう!」
『う、嘘んっ!? こ、こっちこっち!』
高階さんが慌ててトイレに案内しようとした瞬間和心ちゃんに限界が――
「ぜ、ぜんばい……も……だべ…………っ!」
※※自首規制※※
「すや〜」
「うぅっ……」
『……………』
ここは給食屋の奥にある高階さん家の客間。
部屋の真ん中に敷かれた布団には歌澄ちゃんが気持ち良さそうに寝ている。
和心ちゃんは部屋の隅で壁の方を見て泣いてる。
高階さんはマンティコア姿ではなくライオンの頭、山羊の胴体、蛇の尻尾のキマイラ姿。そんなキマイラ高階さんはゲロまみれのマンティコアのキグルミを目の前に膝をついて沈んでいた。
「えーと……高階さん」
『……何か?』
「そのキグルミ取りあえず洗濯したどうですか?」
高階さんは『……うん』と書いた段ボールを残してマンティコアのキグルミを持って客間を出ていった。
取りあえず高階さんのフォローはできたかな? 次は……
「…………ふ、フフっ……吐いちゃった……先輩の目の前で……吐いちゃった……ふ、フフ……」
……く、暗い。今にも自殺しちゃうんじゃないかと思わせるくらいに暗い……。
「な、和心ちゃん?」
「……ゲロ吐き女になんの用ですか? ゲロ臭くなっちゃいますよ……」
卑屈になっちゃってる……まぁ、無理も無いだろうけど。でも原因は僕なんだよね、悪い事しちゃったな……。
「ごめんね、なんか僕のせいで……お詫びと言っちゃあなんだけどここの用事が終わったら練習に付き合わせてくれない?」
「いいんですよ、こんなゲロ女に気なんか使わないでください……」
和心ちゃんは相変わらず陰鬱な顔でウジウジしてる。
うーん、押しが弱かったかな?
「いいから、いいから。過ぎた事を悔やんでも仕方が無いよ。はい、決定!」
「……別にいいですけど」
和心ちゃんの声はさっきまでと変わらなかったけどよく見ると小さく笑っていた。
機嫌が戻ってよかったよ、さて……
「それじゃあ、僕は店の方にいるから高階さんが戻って来たらそう言っておいてくれる?」
「わかりました」
「それと歌澄ちゃんもよろしくね」
「……わかりました」
なんで最後に和心ちゃんが言い淀んだのか分からないけど……ま、いいか。
「あ、コピック新色出たんだ〜、そういえばトーンにも切れてるのあったよな〜」
やっぱり給食屋は楽しいな〜〜。
画材を見てると奥から歌澄ちゃん、和心ちゃん、高階さんがやってきた。
「…奏さん、すいません。気絶しちゃって……」
申し訳なさそうに謝る歌澄ちゃん。
あ……またこんな顔させちゃった……。
「いや、僕が悪かったよ。ごめんね」
「…そ、そうですか?」
「うん、そう」
「…はい」
歌澄ちゃんは申し訳なさそうな顔を笑顔に変える。
うん、良かった良かった。
「………………」
和心ちゃんを見た時、なんだか面白くなさそうに口を尖らせてた。
うーん、やっぱり和心ちゃんなんか機嫌悪いなぁ……どうしたんだろう?
和心ちゃんが妙に不機嫌な事に首を傾げつつ、会計を済ます為に高階さんとレジに向かった。
キグルミを着た高階さんは馴れた手つきでレジを打ってる。
いつ見てもすごいよなぁ……。
『6420円になりま〜す』
「はい」
『丁度お預かりしま〜す』
高階さんがお金をレジにしまうのを確認してから歌澄ちゃん達のところに行こうとすると高階さんに引き止められた。
「なんです?」
『あのさ〜、歌澄ちゃんと和心ちゃんだっけ? 奏君はどっちが本命なのかな?』
本命? なんの話だろ……。
『何を言ってるのか分からないって顔してるね〜。だからね、歌澄ちゃんと和心ちゃんのどっちが好きかってこと』
「なっ!?」
いきなり何を言い出すんだこの人はっ!
キグルミのせいで表情がまったく分からないけどニヤニヤと笑ってるような気がする。
『で、どっちなのかな?』
高階さんはそのライオンの顔をズズイッと僕の顔に近付ける。どうしようも出来ない妙な威圧感がある。
「うっ…………か、歌澄ちゃん……です」
そのせいなのかついポロッと本音を漏らしてしまった。
「あ゛…………」
『んふふふ〜、そっか歌澄ちゃんかぁ〜〜。きっと色々大変だろうけど頑張れよ、青少年♪』
高階さんはそう書いた段ボールを放置して店の奥へと行ってしまった。
なんか知られてはいけない人に知られてしまったような気がしてならないんだけど……。
僕達三人は給食屋を後にして、学校の道場へと向かっている。
「…和心ちゃんはロボットって好き?」
「へ? ロボット……ですか?」
歌澄ちゃんの質問に狼狽する和心ちゃん。どう答えたらいいのか分からずに目で僕に助けを求めてくる。
「あ、あはは……」
どうしたらいいのか分からなかったから取りあえず苦笑いで返したら和心ちゃんに睨まれてしまった。
……取りあえず、頑張れ、和心ちゃん。
「き、嫌いではない……と思いますけど」
「…本当!? …最近のロボットアニメはCGに頼り過ぎだと思わない?」
「ロ、ロボットアニメですか?」
只ただ困惑するばかりの和心ちゃんと顔をキラキラ輝かせて楽しそうにロボットについて語る歌澄ちゃん。
いやぁー微笑ましいなぁ〜、これで何事もなければ……あ、そうだった。そうだったぁ〜っ!
「和心ちゃん」
「はい?」
「道場へは裏からこっそり行こう」
歌澄ちゃんと和心ちゃんがぽかんとした顔で僕を見た。
「なんで裏からこっそりなんですか、先輩」
「奏さん、校門にいた女性のせいですか?」
「うん、まぁ……そういう訳だから、お願い。あの人とは昔色々あったんだよ……」
思い出されるのはいろんな意味で辛かった日々。お陰で猫が尋常じゃ無い程の恐怖の対象となり、女性になりきる事が出来るようになり、他にもあんなことやこんなこと……………………
「…奏さん、どうしたんですか?」
「えっ?」
ボーっとしてたらしい、歌澄ちゃんが心配そうに僕の顔を覗いていた。
「なんか凄い遠い目をしてましたよ?」
「あぁ、ごめんごめん。ちょっと昔の事思い出しちゃって……」
「先輩……それって……」
僕の言葉に不安そうな顔になってしまった和心ちゃん。
やはりまだ多少なりとも不安があるんだろうな。和心ちゃん、小さい頃から慕ってくれてたもんなぁ……。
「大丈夫だよ、和心ちゃん。じゃ、さっさと行こっか、稽古やるんでしょ?」
「はい!」
僕達は学校の塀をよじ登り、こっそりと道場に侵入した。幸い、鏡さんはいなかったようだった。
「……はぁ……はぁ……奏、さんも、和心ちゃ、ん、もす、すごい、です」
僕も和心ちゃんもそれほど疲れなかったけど歌澄ちゃんはかなり息を荒げてた。
「大丈夫?」
「…だ……じょう、ぶ、です……」
今にも死にそうな顔の歌澄ちゃんは全然大丈夫そうには見えない。体力が無いとは聞いてたけどここまで無いとはなぁ……。
「日永先輩、だらしないですね。水飲み場はあそこにありますんでご自由にどうぞ」
「…あ、ありが、とう……」
歌澄ちゃんはフラフラとおぼつかない足取りで水飲み場に向かう。
……あ、危ないな〜。
和心ちゃんはすっかり呆れ顔で歌澄ちゃんを見ている。
「日永先輩軟弱過ぎです。たかだか2、3メートルの塀を登ったくらいであれは無いですよ……」
「歌澄ちゃんはほら、科学者っていうかなんというか……運動とは無縁の娘だからさ。まぁ、僕もあそこまで無いとは思わなかっ……」
「和心ぉぉぉおおっ!!」
そんな叫びと共に誰かが和心ちゃんに突っ込んで来る。和心ちゃんはそれをひょいと避け、足を突き出した。
ビッタンッ!!
誰かは勢い良く倒れ、したたかに顔を床に打ち付けた。そしてピクリとも動かない。
「それじゃあ着替えて来ますね」
「うん」
倒れてる男を無視して和心ちゃんは更衣室へ向かい、僕は剣道部の練習を眺める。
今は小中高の部員が素振りをしていた。
柳泉学園剣道部。全国でもトップクラスで、大きな大会では小中高大の団体・個人のいずれにもその名前を連ねている。中でも有名なのが『女帝』和心ちゃんと――
ガバッ
「はっはっは! 和心は恥ずかしがり屋さんだなっ! そこがまた最高にあいくるし……あれ?」
「お前は見苦しいよ、謙治」
和心ちゃんに飛び付こうとしてあしらわれ、鼻血を垂れ流しているのは学年一のモテ男・白羽謙治。剣道界ではその容姿と疾風のごとき連続技から『疾風の貴公子』なんて呼ばれてるらしい。
僕からしてみれば、謙治は『変態シスコンキング』だけどさ。ちなみに和心ちゃんの『女帝』というのは小学校の頃から負けた事が無いからとか。
「奏、お前なんでこんなとこにいるんだ?」
鼻血をダラダラと垂らしながらそんなことを聞いて来る謙治。
汚いよ、顔を近付けるな!
「和心ちゃんの練習相手だよ」
「なんだと……」
謙治はのっそりと起き上がり、竹刀を正眼に構えた。
……っ! このシスコン男っ!
慌てて謙治から離れると謙治が突っ込んで来る。
「テメェ……よくも俺の和心をたぶらかしなぁっ! 奏といえども許さねぇ!!」
怒り狂った謙治は正眼から僕の眉間に突きを放つ。
ヒュゴォッ! ズガッ!
「ぅわいっ!?」
竹刀は空を裂き、道場の壁を穿つ。
あっぶな〜。本当、和心ちゃんが絡むと人が変わるなぁ……。
道場にいる誰もが『またか……』という呆れ顔で僕らを見てる。
「避けるんじゃねぇ……」
「避ける決まってるだろ!」
謙治は僕との間合いを一歩で詰め、大きく振りかぶり逆胴目掛けて振り下ろす。
「天ちゅぶっ!?」
謙治は変な声を上げて倒れる。その後ろには白い剣道着と袴をはき竹刀を持った和心ちゃんが謙治を睨んでた。
「天誅です。この恥さらし」
竹刀に血がついてるような気がするけど気にしない事にする。
「先輩、竹刀です」
和心ちゃんから竹刀を受け取ると和心ちゃんは防具をつけ、準備を始めた。
取りあえず謙治が邪魔だな、寄せとこ。
僕は動かなくなった謙治をロープでしっかりと縛って脇に転がす。
「よし、これで気がついても邪魔になんないかな」
「先輩、準備出来ましたよ」
「うん、じゃあやろっか」
「はい」
うぅ、私って本当に体力が無いなぁ……。どうしてあんな塀をひょいひょい登って行けるんだろ?
私が水飲み場から戻ってくると奏さんと和心ちゃんが対峙してる。和心ちゃんは防具をしっかりとつけてるけど、奏さんは防具も何もつけていない。
道場にいる誰もが二人を見てる。
奏さんは下段に和心ちゃんは正眼に構える。
「いきます。ぃやぁぁぁぁっ!」
和心ちゃんが声を張り上げて面を打ち込む。
奏さんは半歩斜め後ろに下がるだけでそれを避け面を軽く打つ。
「っ!」
和心ちゃんは奏さんの竹刀を振り払い再び正眼に構える。
「相変わらず速いな〜」
「ぃやぁぁぁぁっ!!」
パッパーンッ!
あっという間に二人は鍔競り合い。そう思うと今度は和心ちゃんが引き技を放ち、奏さんはそれをあっさりと竹刀で受け止める。
パンッ! バチィッ! ダンッ! バーンッ!
奏さんは和心ちゃんの激しい攻撃をいとも簡単に受け止め、いなす。
「…すごい…………」
「だろ? なんたって俺の妹と親友だぜ?」
「ひゃうっ!? …白羽……さん?」
私の足下にロープで縛られて転がってる白羽さんがいた。
「や、日永さん」
「…あの何してるんです?」
「見て分からない? 縛られてるんだよ」
「…どうしてですか?」
何か縛られても仕方の無い事でもしたのかな?
「気が付いたらこうなってた。この縄解いてくれたら助かる」
「…は、はぁ……」
縄を解いて上げると白羽さんは伸びをして身体をほぐし始めた。
「日永さんはさ、奏が三年くらい前まで行方不明になってた事知ってるか?」
「…えっ?」
そんなこと、私は奏さんから一言も聞いてない……。
白羽さんは顔を曇らせて頭をガシガシと掻く。
「あー、あいつ言ってなかったのか……てっきり言ってるもんだと思ったんだがなぁ……」
「…あの、行方不明って……」
「気になるって言うのは分かるけど、こればっかりは俺の口からは言えない」
そう言った白羽さんの顔は真剣そのもの。
そういえば、今まで奏さんから聞いた話は何なの?
奏さんを見ると笑みを浮かべながら必死に打ち込んでくる和心ちゃんを軽くあしらっている。
「日永さん」
白羽さんは奏さん達を見ながら私に話し掛けてくる。
「奏のこと嫌いにならないでくれよ。あいつ、多分言ったら嫌われるって思ってるからさ」
そう言った白羽さんの横顔はとっても優しい目をしていて付き合いの長さを感じさせた。
「…嫌いになんか、なりませんよ」
「そっか、ありがとな」
私は何があったって奏さんを嫌いになんかなりません、嫌いになるわけ無いじゃないですか。
「はぁ……はぁ……はぁ……ありがとう、ございました……」
「ふぅ……お疲れ様、和心ちゃん」
和心ちゃんとの稽古を始めてから一時間半、やっと終わった。
和心ちゃんは一礼して剣道部員の元へ向かい、整列する。僕が歌澄ちゃんのところに行くとハンカチで汗を拭ってくれた。
「お疲れ様です、奏さん」
「ありがとう、歌澄ちゃん」
「ん゛ん゛っ!」
突然の咳に驚いて咳がした方を見ると整列した部員が冷めた目で僕らを見ていた。
「「あ……すいません」」
僕達は慌てて脇に避けた。
終了の礼が終わると和心ちゃんと謙治、そして剣道部の部長さんが来た。
「なぁ和心、俺が、汗、ふいてぶっ!」
「やめろ、馬鹿兄! ったく……。あの、奏さん、ほんとにありがとうございました」
謙治を伸した和心ちゃんが丁寧にお辞儀する。
「いいえ。それより和心ちゃんの方こそお疲れ様。前より強くなったんじゃない?」
「そ、そんなことないですよ!」
和心ちゃんは恥ずかしそうに手を振る。
「いや、確かに強くなっていたぞ、白羽妹」
部長さんはそのデカい手を和心ちゃんの頭にボフッと置いた。
「竹刀の振りは速くなっていたし、技のキレも良くなっていた。あと体力の方も付いたみたいだな。やっぱり天才だと思わないか、座留」
「そうですね、僕と違って才能がありますよ」
そう言うと和心ちゃんも部長さんも変な顔をする。
「あれだけ強いのに自分に才能が無いって言うのはどういうことですか?!」
「そうだぞ、厭味にしか聞こえんぞ?」
「そんなこと言われても……僕は只単に場数を踏んでるというかなんというか……」
実際、僕に才能が無いからなぁ……。
「それに竹刀の振りの鋭さだって摺り足のキレだって和心ちゃんの方が上ですよ。それじゃあ歌澄ちゃんが待ってるんで、もう」
「む〜、またはぐらかされた気がするんだが……」
「私も同感です……」
不満そうに唸る二人を苦笑いで誤魔化して僕は歌澄ちゃんの所に戻る。
「待たせちゃってごめんね。早く帰って夕飯食べよう」
「…はい。私とってもお腹が空いちゃいました」
少し恥ずかしそうに言う歌澄ちゃん。
あ〜、なんか癒される……。
「じゃっ、さっさと行こう」
「…はい」
僕達は帰路につく。狂乱の宴が待ってるとも知らずに……
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